“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 日の出の巻 第十八帖 Kellyさん的解釈


今回も、日の出の巻 第十八帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

富士の御用は奥山に祀り呉れよ、カイの御用も続け呉れよ、江戸一の宮作りて呉れよ、道場も同じぞ、渦巻き 左回転 海の御用とは
渦巻き 左回転海の鳴門(なると)と 渦巻き 左回転海の諏訪と 渦巻き 左回転海のマアカタと三所へ祀りて呉れよ。
その前の御用、言葉で知らした事済みたぞ、 海マアカタとは印幡ぞ。
十柱とは火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神であるぞ。 辛酉の日に祀りて呉れよ。
暫く御神示出ないぞ。皆の者 早く今迄の神示肚に入れて呉れよ、神せけるぞ。 
神示読めば神示出て来るぞ。 神祀り早く済せて呉れよ。
十二月二十一日朝、一二のか三。

 これまでも解釈してきたとおり“富士の御用”は、“富士(二二)”=肉体の二つの磁性、日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道であるから、それを“奥山に祀り呉れ”の“奥山”は目下(めした)(大脳旧皮質と古皮質)(動物の心(靈)の段階)、心(靈)(ヒ)の発現と動きでいえば本能、情動、功名心、自我であり、それを“祀り呉れよ”であるから、これは“下”(低い心(靈))のエネルギーの引き上がり、またクンダリーニの上昇の意味もあり、自我以下の心を諌めよ(自省(胸の磁性“十”)、“十”は肉体(月(ツキ)の腕(水平磁場)と脊椎と脳などにより構成される縦の磁束とによるシンクロトロン放射(“十”の表記の意味合いの一つ)ということであるし、“日月神示”で一貫して述べられている“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者への進化のことを述べている。 

これに続く“カイの御用も続け呉れよ、江戸一の宮作りて呉れよ、道場も同じぞ”の“江戸一の宮”は、“江戸”が腹の水、自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンであるし、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の低い、いわゆるアセンション落第組の“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”というのは自我の肥大をしており、あるいはその心から“上”の心の動きをあまり持っていないものであり、その行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)が“石屋の仕組み”を生み出し、今の世界の崩壊という結果となることを(進化程度=霊的成長度の低い人間の“思惑の顕現”=現象化)これまでも述べてきている。
それで“江戸”(腹の水=“江戸と尾張”の“江”、“戸”はマニピューラチャクラからアナハタチャクラへの関門))=自我の発現とその動きをしている所に、“一の宮を作りてくれ”は、これまでも述べている通り“一”=智性=1番目のオーラの宮を作れであり、智性(神性)の宮という意味である(“宮”は宀(うかんむり、頭の意味)と“呂”)。
それでいうまでもなく智性、“一”=智性=1番目のオーラを大きくして“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅=“天詞様”)する具体的な“行”が太陽凝視である。
 よって“富士の御用は奥山に祀り呉れ”は、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心の発現をつかさどる大脳旧皮質と古皮質に“富士(二二)”の仕組みで“下”のエネルギーを引き上げ(すでに述べた大日如来の条帛(じょうはく)のように)、自我を諌めよという意味。 
それは“富士(二二)”そのものが“下”のエネルギーの引き上がり、自我から“上”の心(靈)(ヒ)の発現(愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動)となっていく仕組みそのものであるし、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の真の意義である(その意義は人の神格化、アセンションはその低い段階のステップである)。
 それで“カイの御用も続け呉れ”の“カイ”は、肉体が持つ磁性の右往左往と左往右往の意味合いであることを前のブログで“櫂(かい)”あるいは“下位”と述べたし、要はぬ舟をこぐ“櫂(かい)”は縦の磁性の右往左往と左往右往であり、またそれは下の“行”であるということ。
 これに続く文の“
渦巻き 左回転 海の御用とは 渦巻き 左回転海の鳴門(なると)と 渦巻き 左回転海の諏訪と 渦巻き 左回転海のマアカタと三所へ祀りて呉れよ。その前の御用、言葉で知らした事済みたぞ、 渦巻き 左回転海マアカタとは印幡ぞ”の“ 渦巻き 左回転海の御用”は、左=日足(ひたり)回転であるから“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転。 そして“海”の表記は“江戸と尾張”の“江”と同義、よってこれも腹のサイクロトロンから胸のシンクロトロンに移行することを述べている。
 それで“鳴門(なると)”は、鳴る=振動の門という意味合いである。
“諏訪”の諏は漢字の意味で、はかる(謀る)、相談する、問う、たずねるの意があり、訪は訪れる(おとずれる)の意、それは次の段階、第四密度とかアナハタチャクラの覚醒とか“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者、岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開くこと、これらすべて“創造”の“主(ヌシ)”の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の計画=諏訪の諏の意味のはかる(謀る)こと、そして次の段階へ訪れるの意。 
“印幡”の印はしるし、これは霊的成長を示すしるし(黙示録にも霊的成長度を示す“額の御印”という表記がある)、幡(ばん)は、仏教で使う布などを材料として高く掲げて目印や装飾とした道具のこと、この詳細に興味のある人はWikipediaなどで調べればよいと思うが、これは繊維を織った布というよりも、人の肉体(月(ツキ))がより進化して神経線維が“慈(しげる)”という意味合いのことを感じ、それを幡(ばん)の如く立てるのであるから、“日月神示”表記の“五六七(みろく)”の五と同義、ちなみに“五”は神経線維が糸巻のように密に巻かれたという意味合いで、これと同じであると思う。 
よって“鳴門(なると)”“諏訪”“印幡”は特定の地名のことではないと思うし、特定の地名を当てはめてみるとこの文は解釈できない。 
それで“マアカタ”だが、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”では、“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根、アは“創造”の“主(ヌシ)”の表記のアイのア、あるいは“亜”、人の心(靈)が認識しうる根元の何か、究極微粒子、“上”から注がれる何か、“カ”は、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意、“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと、このカタカナ、“上”から目線で書かれた四文字で構成された“マアカタ”は、すべて先に述べた“鳴門(なると)”“諏訪”“印幡”の解釈と合わせて鑑みても、霊的成長のことでしかないし、カタカナ表記だからこそ“上”の計画といえることでもあるし、よってここまで述べた解釈が最も妥当だと思う。
それで“
渦巻き 左回転 海の御用”はこれまで述べてきた平均的地球人の心(靈)(ヒ)、自我の確立=固定化の進化過程から第四密度、アナハタチャクラの覚醒、“慈悲”と“慈愛”という心の動きを持つ進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者への進化、そして“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)=“天詞様”、ことにこのことが“三所へ祀りて呉れ”の意味合いであると思うし、実際にこうなってくれという意味合いのことが“その前の御用、言葉で知らした事済みたぞ”という文の意味ということである。

これに続く“十柱とは火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神であるぞ”だが、まず“十柱”は胸の磁性“十”、やはり先に述べたことと同義。
そして“火の神”の火は荷電粒子の回転を示す点が二つの表記と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、あるいは異物の取り込み、食べること、それをエネルギーに変換すること、“改”で述べた“臓腑”の“腑”の電磁誘導。
“木の神”の木は胸の磁性“十”と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)。
“金の神”は“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子、“カネ”の言霊。
“日の出の神”の日の出は、次の段階に移行すること、アセンション後。
“竜宮の乙姫”の“竜宮”は竜の如く“下”のエネルギーが“宮”に上っていく(昇り竜)、宮は宀(うかんむり、頭の意味)と“呂”で、これは頭と腹のエネルギーの回転を示す表記、頭と腹は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)によって結ばれている表記だが、この意味のこと、さらに“竜”の表記は呂と立つ、あるいは太陽に昇る竜、ちなみに月に昇る意味合いは龍。
“雨の神”はこれまで解釈してきたとおり“メグリ”(帀)と左右に分かれた点四つは“上”からの荷電粒子の取り込み。
“風の神”は空気の取り込みによる電磁誘導、いわゆる空気の呼吸。
“地震の神”は地が震える、地は“石”(帯電するミネラル)と土=肉体(月(ツキ))の意味合いで、震えるは振動を発するの意。
“荒の神”は低振動、“下”三つのチャクラの振動。
“岩の神”の岩は岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開くことの岩。
よって“火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神”で、これらすべて“十柱”=胸の磁性“十”が立つ(柱)の表記にかかることであるし、“辛酉の日に祀りて呉れよ”の“辛酉”も、下つ巻 第三十帖で解釈した事をそのまま以下にコピペして示す事とする。 

“辛酉(かのととり)”は、陰陽五行では、十干の辛は陰の金、十二支の酉は陰の金の意味がある。 そやからそれは陰の金、木火土金水の金、それは五臓で言えば肺=“悲しみ”でもある。 ほんでから“辛酉(かのととり)”は、陰の金って意味が二つ重なっている。それを五行思想では、比和(ひわ)って言い表されそれは、同じ気が重なると、その気は盛んになり、その結果が良い場合には益々良く、悪い場合には益々悪くなる。
そやから陰の金は肺=“悲しみ”であり、それは“慈悲”と“慈愛”を発現して行く(アナハタチャクラ、自省(胸の磁性“十”)の“行”)霊的進化過程でもあると思える。
自省(胸の磁性“十”)を果たさんならんからこそ、やってきたことがばれたり、恥をかいたりする事象が多くなってる。 それもフォトンベルト=加速された荷電粒子、白光する神の思惑、大日如来の条帛(じょうはく)、その影響を受けているから、自省(胸の磁性“十”)の“行”に入り、自分の在り方を考えんならん。 そやからその人たちが創り出してるその事象って言うのんは、例えば、うまい事やって儲けた人は、ばれて、恥をかかんならん。 そうやって自省(胸の磁性 “十”)をする。そして自分の人生を恥じ入り、その人の心(靈)は、肺=“悲しみ”でいっぱいになるやろ。
その過程を踏んで行かんと、自我より“上”の心(靈)である“慈悲”と“慈愛”は発現せん。 その意味のことを言うてると思えるな。
(引用終わり)

従って“辛酉の日”は自省(胸の磁性“十”)して自分の人生を恥じ入りそれから“慈悲”と“慈愛”という心の動きに移行することを指すものである。

これに続く“暫く御神示出ないぞ。皆の者 早く今迄の神示肚に入れて呉れよ、神せけるぞ。 神示読めば神示出て来るぞ。 神祀り早く済せて呉れよ。”の“暫く御神示出ない”というのは“その前の御用、言葉で知らした事済みたぞ”と同義、ここまでの“日月神示”では、霊的成長の仕組みやその“理(ミチ)”(ことわり、法則性)を言葉で知らせていたということであるが、それを実践しなければ進化ではないという意味合いのことだと思う。 
それは、人間の神格化のプロセスである智性=神性を高め、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現に至る具体的な“行”が、長時間の太陽凝視であるのだが、“日月神示”を書かせた霊団は朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を黒住教で少しだけ教え、そこから始まり、太陽凝視の意味と意義を知り、そしてその“行”による“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化を獲得せよ、そうすれば“上”は通信を送るものであり、自我の肥大(“石屋の仕組み”を“創造”している心(靈))は“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”するし、それが先に解釈した“辛酉”のことでもある。 
その肉体組織の結晶化、前のブログで述べた“玉(ぎょく)”となること、それに伴う心の変容、それは神の“思惑の顕現”=現象化を担う“日止、霊止”となりうることであるし、それが今後=アセンション後の“創造”を担うべく心(靈)(ヒ)の持ち主、資格ということでもあるが、必ずこうなれ、“創造”の“主(ヌシ)”の計画としてのアセンションは時期があるから=“神せけるぞ”、自我を諌めここまで述べてきた霊的進化の“理(ミチ)”をよく知り=“皆の者 早く今迄の神示肚に入れて呉れ”、そのうえで“行”を実践し“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)するならば“神示読めば神示出て来る”=“上”は通信を送り今までの思想や価値観などを自らの心が見直すものであり、そして“神祀り早く済せて呉れ”はいうまでもなく“上”との感応を示唆する文言である。

今回はこれくらいにしときまんねん。

« 真夏の太陽凝視と太陽凝視の捉え方の違いについて(コメントで質問いただいた蓮様への回答です)|Top|“ローム太霊講話集”第四話 四方の祈り 南 Kellyさん的解釈“その三” »

コメント

真夏の太陽凝視

いつも参考にさせていただいております。
日月神示に関してのコメントではないので恐縮なのですが、質問させていただきたくコメントしました。

暑い日が続いていますが、○○○大先生は著書にも書いておられたように、夏の一番暑い時にも長時間の太陽凝視をされているのでしょうか?
不仕付けな質問で申し訳ないとは思うのですが、真夏の太陽凝視は私には中々大変で、他の季節のようにはできないため、このような質問をさせていただきました。
真夏は太陽光も暑さも強烈で、太陽凝視を他の季節と同じ調子でするとすぐにダウンしてしまいます。
○○○大先生は真夏の太陽凝視をするにあたり、何か熱中症対策のようなことをされているのでしょうか?

また、色々なサイトで、太陽凝視は午前中の限られた時間にするべきで、午後の太陽凝視は危険なので絶対にしてはいけないというような事が書かれているのをよく目にします。
確か○○○大先生は著書かブログで(うろ覚えですみません)、それぞれの季節、時間によって太陽から得られる振動にも違いがあるというような事を書かれていたように思うのですが、このことをもう少し詳しく教えていただきたいです。
よろしくお願いいたします。

Re: 蓮様へ 「真夏の太陽凝視について」

ご質問いただいた件、

> ○○○大先生は真夏の太陽凝視をするにあたり、何か熱中症対策のようなことをされているのでしょうか?

これについてはコメント欄で説明するよりも、いろいろ具体的に説明させていただきたいことがあります。

それで蓮様も、

> 真夏の太陽凝視は私には中々大変で、他の季節のようにはできないため、
> 真夏は太陽光も暑さも強烈で、太陽凝視を他の季節と同じ調子でするとすぐにダウン


とおっしゃられておられる通り、
夏の太陽凝視は中々体にこたえる要素が多いですし、日照時間も長い。
また日照時間が長いので、長時間の太陽凝視が出来る季節ということでもあります。
それで暑い時の太陽凝視にはアタシなりの工夫もあります。 
これについては画像も使いながら、記事を立ち上げて、説明をさせていただきたいと思います。


それと以下のご質問、

> また、色々なサイトで、太陽凝視は午前中の限られた時間にするべきで、午後の太陽凝視は危険なので絶対にしてはいけないというような事が書かれているのをよく目にします。

太陽凝視初心者はいろいろな思いに駆られるもので(それはいろいろな存在が憑依してくるからでもありますが)、
自分の限界を自分で決めてしまう傾向もあると思います。

それで、
初心者は初心者なりの太陽凝視を行っていただければそれでよいのですが、
“行”が進めば、著書で少し説明したように長時間の太陽凝視が出来るようになるものです。 
しかし、そうなるには、数年、あるいは十年以上の期間も必要です。 

このことをご承知おきいただき、
ネット上の記事、
自分は太陽凝視をやっているのだとか、自分の考えを認めてもらいたいとか、
こういう心の動きで書かれた記事に振り回されないようにされるとよろしいと思います。
また、こういう発想をする、そして自分で自分の限界を決めてしまう心の動きになること、
この心(靈)の動きに感応する存在の思惑、
これについても記事で説明させていただきたいと思います。


それと、

> 確か○○○大先生は著書かブログで(うろ覚えですみません)、それぞれの季節、時間によって太陽から得られる振動にも違いがあるというような事を書かれていたように思うのですが、このことをもう少し詳しく教えていただきたいです。

これについても著書では簡単に述べただけで詳しく説明しませんでしたので、
この件と、先の件に関して、記事にさせていただきたいと思います。
しばらくお待ちください。


それで記事にする前に、

夏の一番暑い時にも長時間の太陽凝視をされているのでしょうか?

について少しお答えします。

アタシが真夏に行う太陽凝視ですが、
著書で述べた通り季節を問わず、太陽凝視中心の生活を過ごしており、
よって時間の許す限り太陽凝視を行っているので、
条件が許せば=“上”が時間を作ってくれた時は、
真夏の日照時間が長い時は10時間以上になることもあります。
それで、“上”が時間を作ってくれる、このことについても説明させていただきたいことがあります。
(著書で少し述べてはいますが)

(重複しますが)上記の件をも含め、説明させていただきたいことがありますので、
後日、これらの件を記事にさせていただきますので、しばらくお待ちください。

またこういった突っ込んだ質問をいただくと、これまで説明できなかったことが詳しく述べられます。
それで
不仕付けな質問で申し訳ないとは思うのですが”と、
蓮さまにはお気遣いいただいてますが、
どうぞ遠慮なく、今後もいろいろお訊ね下さいませ。

コメントありがとうございました。



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tuyukusanotuyu.blog45.fc2.com/tb.php/442-6e568d7c

Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (464)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (15)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (12)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
写真部に投稿した最新の写真
 ↓


powered by 写真部









○○○大先生の水草水槽記録
facebook 児玉登







このブログをリンクに追加する


自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード