“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第四話 四方の祈り 南 Kellyさん的解釈“その四”&第四話の総括

 前回は、自分たちの“例えば、自分の運が悪い方向に進んでいる時”について、それは恨みの連鎖の霊的干渉と因縁、その霊的干渉をできるだけ避けることをする、そのために南に祈り、その霊的干渉の悪影響を軽減する力を借りることについて解釈した。 
しかしこれは、決して御利益だけを求めるような心(靈)の動きではいけない。  
それは、自分たちは恨みの連鎖の霊的干渉や因縁の裏の事情について知り、そして自分たちの在り方を考えるべきであること…このことを前回、ほんの少し述べた。
 
それで太霊は“南北神は…中略…南幽全部を統率されると共に、その庁は北神に通ずる拠点であるから、この天寿の全うと運命の開けとに対する大本がここに在ると言って差支えない…中略…従って、自分の運が下り坂にあることに気が付かず、…中略…その裏でこの南幽の神を祈りながら表で東現の神に願ってこそ真の効果が得られる”と述べられ、これはこの後の“これは一国にしても一個人にしても同じこと”に、掛かることである。 
この言い回しは、霊的成長度の低い人はまず自分の身の回りのことしか思わないからこそ太霊はこういうおっしゃり方をされたと思えるし、さらに霊的成長度の低い人は南に祈れば運がよくなる程度のことしか思わないだろうからでもあり、さらにそれはぼたもち坊ちゃん(ローム太霊講話集316頁参照)であり、自分が頑張らなくてもただ祈りさえすれば何でも良い結果になるだろうという甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)考えを持つことが多いからでもあるが…そんなふうにしか思えない人は(救いようがないくらい低いから)置いといて、いうまでもなくそれは第二話の“何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ちではないかと思う”であり、人はこれを顕現する思想と“力”を持ち、その力の使い方を考えるべきである。 
(要は、一個人ではなく地球全体のことを思えということ)
そのことがこれに続く“この神の気持ちは人間の心の中にもありながら、それを出す時が余り少ないのであって、その半分も無理であろうが、自分のできる範囲でこの神の心を出せばよいのである”という言い回しの裏にあることだと確信する。

それと、因縁や恨みの連鎖の霊的干渉というのは“神の咎め”の要素もある。 
それは“その二”で“不幸な死と不運を体験して認識を拡大せねばならない理由は、自らの心(靈)(ヒ)が育っていないからであるといい得る。 人生は楽しむためにあるとか快楽を充たすことが幸福とかと思っている人間は相当霊的成長度の低い人間であるが、そんなことが人生ではない、生きる目的ではない、生きているということはなんなのか? 自分の存在とはなんなのか? これを悟らせるために“上”はいろんなことを教えようとする。 そしてその教訓を体験させるためには自らの低い心(靈)が生み出している恨みの連鎖の霊的干渉を体験させることをするものでもある”と述べた通りでもあるが、その悪影響と感じ得ることを体験し、苦しみ悩んでこそいろいろな認識が開け、それは自分の在り方、人生の過ごし方に反映するものであるし、“神の咎め”そのものがそれはS会=紫光会の交霊会でよく言われた“神は乗り越えられない試練は与えない”の文言の裏にあることでもあるし、ここに神が望む人間の在り方ということを知るべきでもある。
 
それで今まで著書とブログで散々述べてきている恨みの連鎖の霊的干渉、そしてその増大、動物を殺して食うこと、大国の経済の繁栄の結果、飢餓貧困で子供を間接的に殺すことなど、それらの憑依現象で起きている事件や事故など、これらの現象化はどんどん増大しつつあるが、これを見てすら何も感じない人が多すぎるし、大概の人間は霊的干渉についてしっかりした観察眼を持っていない、分析が出来ないからこそ、インチキ霊能力者やインチキお祓いなどの商売が成り立ち、似非スピリチュアルが台頭するのであるが…話を戻し、それは大半の地球人が自我の確立=固定化の段階の進化であるからこそ、自分あるいは自分の周囲のことしか分からない。 要は自分たちの目先のことだけがよければいいという考えだが、それもまたその人たちの認識が低い=霊的成長度が低いとしか言いようがない。

それで太霊は“南北神”のところで以下のように述べていらっしゃる。
天寿の全うと運命の開けとに対する大本がここに在ると言って差支えない…中略…自分の運が下り坂にあることに気が付かず、如何に東現だけを拝んでも転換はむずかしいのであって、その裏でこの南幽の神を祈りながら表で東現の神に願ってこそ真の効果が得られる…中略…これは一国にしても一個人にしても同じことで、この表の東現と裏の南幽とを一つにして拝んでゆけば、これまでの予言者が行なった奇跡の一端位は出来るであろう。そして仮に不思議なことが起こったとしても、それにこだわることなく、修行の関する限りは来る日も来る日も凡々と暮らしてゆけばよいのであって、自分の行に何の変化が現われないでもそんなことに少しも心配はいらない。ただ時計の針が一秒一秒と時を刻んでゆくように、間断なき修行だけが、生きている間に奇跡をもたらす力を授けてくれるのである
 この“生きている間に奇跡をもたらす力”は“間断なき修行”を行っていればということで、言うまでもなくこれは霊的成長のための=智性(神性)の“行”を具体的にやることでしかないが、これを述べられた当時のS会=紫光会にはそこまでの段階に至っている人がいないようだったからこういう言い回しをされるしかなかったと思える。 
それで自分が“修行の関する限りは来る日も来る日も凡々と暮らしてゆけばよい…中略…行に何の変化が現われないでもそんなことに少しも心配はいらない…中略…時計の針が一秒一秒と時を刻んでゆくように、間断なき修行”を行い、霊的成長し、認識(悟り、幸取=さとり)を拡大し、“一”=智性=1番目のオーラが大きくなっていくならば、神の思想を理解し、それを自分の理念とし(天の御目(あめのおめ))、それが行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の根拠になりうるものになる。
 
またこのことが霊的成長度における区別、アセンションの真実であると思う根拠であり、仮にアセンション後の世界が今の平均的地球人の心の成長度の人の多い世界ならば、今と同じ世界になり、その低い価値観と幸福感は物欲、本能由来の欲など、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心(靈)由来の行動しかしないからこそ、恨みの連鎖の霊的干渉は増大し、“その二”で“不幸な死と不運、自省(胸の磁性“十”)のために教訓を得るこれらの事象にも恨みの連鎖の霊的干渉の影響があり、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)は出来るだけ教訓を得させないでその人間を早く殺して“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の霊団に引き込んだり、あるいは智性(神性)無き心のまま一生を過ごさせ、教訓を得るための不運に対しても自分は悪くないとか人をねたんだり羨んだりして自分の在り方を見出そうとしない…そうやって一生を過ごさせ、たいして霊的成長しないまま死を迎えたりさせるものでもある”と述べたとおり、さらに悪霊を増やすことにしかなり得ない。 
またその憑依現象と低い人の低い心(靈)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)で三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)の動きの人を増やすのが、悪魔の思惑である。

そんな世界を創ってはいけないからこそ太霊は“天寿の全うと運命の開け”を自分たちが成していくには、“間断なき修行”を行い、そうするならば“生きている間に奇跡をもたらす力を授けてくれる”ということになると述べられたと思う。 
それでこの“奇跡”の認識は、大概、恨みの連鎖の霊的干渉の結果を免れたとか、因縁の霊的干渉を免れたとかだと思うが、これは“上”の憑依、“上”が力を貸すことであり、そうなるべく“間断なき修行”を行い、“上”が力を貸す資格を獲得せよということでもあり、それは“祈らずとも思いがけないことが次々とその生命の中に起こってくる”ということになる。

そうやって、自分たちがすでに背負っている因縁や、恨みの連鎖の霊的干渉に巻き込まれることなく生きていけという意味合いのことを感じるが、因縁や恨みの連鎖の霊的干渉に巻き込まれてひどい結果になるのは、自分の心(靈)の動きが低いからであり、要は魔がさすとかであるが、そこにも“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”が必須で、自分がどんな心(靈)の動きをしているのか、自分の心(靈)の動きの高低は何か、自分の心(靈)の動きの中の何を貴いと思うのか、あるいは卑下し蔑視していくべきなのか、これが自分に対する“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)であることを著書で述べたが、○○○大先生は著書を読んで直接連絡をくれた人と話したりメールのやり取りをして、このことが出来ている人、あるいは解っている人はほとんどいないって思った。
余談だったが、「第二話 四方の祈り 東」の“何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ちではないかと思う”、これを顕現するべく人間は生きるべきであり、そしてそれを達成するには「第四話」の“天寿の全うと運命の開け”のことを知って、どうやって自分は生きるべきかを知ることが大事であると思う。

それで今、大半の人間は低いことをやっており、それは○○○大先生の著書とこのブログで指摘している“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”と自我の肥大(“石屋の仕組み”)、この心(靈)の動きが根拠の行動を低いと認識し、低さを指摘し、さらに自分の心(靈)の中の“上”と“下”、高低をよく自分で見極めることが必須。 
これが出来なければ“祈らずとも思いがけないことが次々とその生命の中に起こってくる”なんてことには成り得ない。 要は“上”が力を貸さないってことにしかならない。
それだからこそ“間断なき修行”を行い、自らの智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を増して“上”の思惑を知り、それを顕現すべく人間は生きるべきなのだが、因縁や恨みの連鎖の霊的干渉による悪魔の妨害は多いから“天寿の全うと運命の開け”ということが必須であり、そのための力が南幽にあることを太霊は述べられたのだし、このこと事態を神の思惑を顕現すべく人間は、必ず知っておかねばならないからでもあると思える。

それでちょっと余談になるが、○○○大先生の著書の読者の幾人から“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”あるいは“役員づら”の人たちを信じる人、自我の肥大した人、これらの心(靈)の動きを低いと何回も指摘し、それは蔑んでいるのではないのかという意見をもらっているが、これは蔑視ではなく、この人たちにも良いカタチになって欲しいからこそいろいろ低さを指摘するのであり、本当の蔑視というのはこの低い心(靈)の動きを容認するか、あるいは擁護する、こんなものだと思い、ただ眺め傍観しているだけ、これが本当にその人のこと(誰もが神の子)を蔑むことであると思う。 

話を戻し、「第四話 四方の祈り 南」は、人間の生き方、在り方、神の子としての使命をも感じさせる文章であり、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の霊的干渉をたくさん背負っている地球人が本当に良いカタチになるには=“真の幸福”“天寿を全うする”ということになるには、因縁や恨みの連鎖の霊的干渉を生み出し増大させている自分たちの低い心(靈)を指摘し、それではいけない、その心(靈)の動きでは“上”は力を貸せないということまで読み取るべきであるし、低い心(靈)の動きを知ったなら、必然として高い心(靈)の動きも理解する方向に行くものであることを、あえて述べさせてもらい、「第四話」の解釈を終わることとして、次回のこのカテゴリーは「第五話 四方の祈り 西」に入ることとする。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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お近くの書店にない場合は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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