“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、爆睡中に、A野さんの愛犬たち登場!…夢の中で、人間に見られる習性について、犬たちと論じる。 “その十一”(人間じゅんいち君と○○○大先生との会話“その一”) 


……例によって、Kellyさん爆睡中……

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

…Kelly…Kelly…Kelly…Kelly……

Kelly 会話中 …なんやねん…遠慮がちに囁くような先生の声がするやんか…なんか伝えたいことがあるんやな。 そやったなら面と向かって言うてくれたらエエのに。

○○○大先生会話中 …うむ、承知したがね。 それでは遠慮なくアタシの意向を述べさせてもらう。 
実は今回、じゅんいち君と話すにあたってアタシは一対一でじゅんいち君と話がしたいと思ったのだ。 それでこのことはKellyの思惑を無視することになってしまうので…。

Kelly 会話中そうでっか…。
そやからそれは、前回Kellyさんが“○○○大先生が登場したら…ひょっとしてNominyanはんやSenyapooはんも登場するのかもしれへん…じゅんいち君が考えてたことのテーマについてはKellyさんも話に参加したいな”って思うたからなんやな。

○○○大先生会話中そうなのだよ。 Kellyには悪いけど…。
それと、話の展開としては実に都合がよいことなのだが(例によってこれを書いている○○○大先生の手抜きなので)、じゅんいち君が何を感じ何を思ったのか、それについて全部アタシは承知していることになっているし、その心(靈)の動きの変遷、それは…彼は悩み、一人(今回は人間になって登場するのだから一匹ではなく一人)で考え、そして自分の在り方を自分で見出そうとしている…そのことに対し、アタシはとても重いものを感じているからなのだよ。
 
Kelly 会話中…そうか、そうかもしれへんな。 
そやからそれはじゅんいち君も男、先生も男、男っちゅうのんは日足(ひたり)の極性の表れやから、その思想(伊邪那岐(いざなぎ)の岐、山=脳、支=ささえ、わかれ、の意)、考え、これが大事やし、ことに日足(ひたり)の極性の強い心(靈)の先生は、じゅんいち君が一人(犬やから一匹)で悩み思ったことを重く受け止めてはる。 
そやからこそ先生は、一対一でじゅんいち君と話をしたいって思いはったってことなんやな。

○○○大先生会話中さすがアタシと長い付き合いのKellyにはアタシの“どういうつもり”(思惑)はすぐ分かってしまうね。
それではKelly、前回じゅんいち君とKellyが話していたように、まずじゅんいち君が人間になって登場するように強く念じてはくれないだろうか。

Kelly 会話中オッ○ー牧場おぱんつお~ほほほ!! スーパーまかしといてチョ~でんねん。

じゅんいち君が人間になれますように! 
じゅんいち君が人間になれますように! 
じゅんいち君が人間になれますように!

犬じゅんいち君 人間になって会話中Kellyさん、どうやら僕は人間になれたようです。 大変お手間を取らせてしまいました。

Kelly 会話中いや、全然かまわへんねん。 
(…そやけど、人間になったじゅんいち君の画像…ものすごい手抜きやな。 鼻なんか犬そのままやんか。 
 
犬じゅんいち君 会話中      犬じゅんいち君 人間になって会話中
          犬じゅんいち君   人間になったじゅんいち君

…そやけどあまりきちんと人間じゅんいち君の画像を作るとタレントの石○○一氏そっくりになる…それを懸念してこの文章を作ってる○○○大先生はわざわざ手抜きしたのかもしれへな)
Kelly 会話中さて、人間になったじゅんいち君も登場したことやし、Kellyさんはこの辺でそろそろ失礼しまんねん、

○○○大先生会話中ありがとうKelly、手間を取らせて悪かったね。 
そして…じゅんいち君、待っていたよ。

犬じゅんいち君 人間になって会話中僕も人間として人間の○○○大先生と話が出来る機会を待ち望んでいました。 今夜はよろしくお願いします。

○○○大先生会話中こちらこそじゅんいち君、では、さっそく本題に入ろう。

このカテゴリーでの前々回、犬になったアタシたち(犬○○○大先生、犬Nominyan、犬Senyapoo)とじゅんいち君は“ブタのけつ”を見ている“アホ”について話したね。
また、前回の君は、自省(胸の磁性“十”)の小屋で一人(犬だから一匹)で考えていた時、自分自身が“ブタのけつ”を見ている“アホ”であったことを認めた。

さらにじゅんいち君が、

“犬○○○大先生が僕に言ってくれた“今まで持っていた低い価値観を捨て去ろうとしている…これから何を求めるのか、自分で決めようとしている”っていう人は“ごく少数”であることがうかがい知れる…


このことに気付き、これを自分の考えの一端としたこと自体が、この世界の大半の人が“ブタのけつ”を見ている“アホ”であることを指摘できる認識を持った。

さらに先に述べたように、じゅんいち君が自分の心(靈)の中に“ブタのけつ”を見ている“アホ”の部分があることをしっかり認識した。

これらのことはとても大事なことなのだよ。

犬じゅんいち君 人間になって会話中…僕自身にはっきりその自覚はありませんでしたが…言われてみればそうですね。 それは…僕は前回こんなふうに思っていた。

認識(悟り、幸取=さとり)の低い人、霊的成長度の低い人、それは“その手法にはまっている”のだし、だから刷り込まれやすい=低い認識しか持っていないってことだと思うけれど、それじゃ高い認識を獲得しようとするにはどうしたらよいのだろうか…

それと

今の僕は“ブタのけつ”を見ている“アホ”であった僕自身を否定している……だけど
“じゅんいち君はこれから何を求めるのか、自分で決めようとしている”そして“これが出来る人間(今は犬だけど)こそが、次の“創造”を“創造”の“主(ヌシ)”から託される”…これについてはよく分からないことがある


…こんなふうに考えていました。 
そして僕は“次の“創造”を“創造”の“主(ヌシ)”から託される”ってことを深く知りたいと思ったのでした。

○○○大先生会話中うん、君が深く知りたいと思ったこと、これを君自身が自分の思想の中に答えとして導き出す過程、これが大事であると思う。
アタシは今、これについて述べたい。

犬じゅんいち君 人間になって会話中はい、お願いします。

○○○大先生会話中君は、自分自身の低い心(靈)の部分とそうではない部分、そして一般の人たちの低い心(靈)の動き、刷り込まれやすい幼稚な心(靈)、これらを理解していると思う。 
今述べたじゅんいち君の心(靈)と一般の幼稚な心(靈)の違いというのは、何が低く何が高いのか、何が価値があり何が価値が無いのか、これらのことを見出せるか見いだせないかの違いにもなるし、そこには霊的成長度の違いというものがあるのだとアタシは著書とブログで散々述べてきた。 

だが、この世界は低い人が多い、低い人が大半、よってこのアタシの認識はなかなか伝わらないし、伝わる要素もきわめて少ない。
 
話がそれかけているから本題に戻り、じゅんいち君がじゅんいちくん自身の心(靈)の動きの高低を見出す過程として、まず本能による欲望中心の行動でセブンちゃんに接し、そのことをセブンちゃんに諌められ、そしてA野さんの同居犬たちと話し、犬Kellyと話し、犬になったアタシとNominyanとSenyapooと話し、その過程で君は深く悩み、一人で考え、いろんな認識(悟り、幸取=さとり)を持ったのだと思う。

この深く悩み一人で考えたこと、これはとても尊いことだと思うし、こういうことがあったからこそ君は自分の低い心(靈)の部分を自分自身で低いと認識できるようになったのだとも思うのだ。 

それでこのことは、ある意味、自分を観察する自分を確立しつつあるともいえる。

この“自分を観察する自分の確立”というのは、平均的地球人の霊的成長度である自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)では、中々できないことなのだ。
この“自分を観察する自分の確立”、もう少しそれが進めばアタシが著書に書いた般若心経の“観自在”自分がどう在るべきか観る、自分の在り方を観る、この解釈どおりにもなっていくし、そして神道における“直日”(なおひ)も、同様の意味を持つことをアタシは著書で述べた。 
ちょっと余談だったが、この“自分を観察する自分の確立”が出来なければ、自分の心(靈)の“上”と“下”を見出すことが出来ない。 
そして平均的地球人はこれが出来ていないからこそ“今まで持っていた低い価値観を捨て去ろうとしている…これから何を求めるのか、自分で決めようとしている”っていう人は“ごく少数”ってことになる。
このことは少し考えれば分かることなのだが、心(靈)(ヒ)の構成要素としての自我、そして自我中心の心(靈)というのは、自分の考えが正しいと思い、だから本人はあまり気づかないうちに排他的にもなり、他者の批判ばかりして自分の心(靈)の低さに気付かないようになり、また自分が思い込んだことは絶対に正しいとかとも思いこんだりもする。
そして“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が課した自らを諌められる事象に遭遇しても、自分に原因があるとか自分が悪かったとかとは思わない傾向がある。 
ありていに言えば、何でも自分の都合よく考えてしまう傾向があるってことでもある。
さらに自分の都合の良いことしか思わない考えのパターンを持つ人が、アタシが犬になって君に説明したインプリンティング(刷り込み(すりこみ)、刻印付け)って手法にはまりやすい。 

それは物事の本質を見出そうとする心の動きがほとんどないからだ。
 
また物事の本質を見出そうとする心の動きというのは人間ならば誰でも持っていそうなものだが、これを行使しない、深く考えない、だからアタシが犬になった時に説明した見せかけの報酬=エサみたいなものに飛びつきやすいってことにもなり得るし、その裏の事情についてもじゅんいち君にはよく理解して欲しい。
これら沢山の事柄を君と話したいと思っているのだ。

…だが、今回君は初めて人間になったという体験をした。 たくさんの戸惑いもあると思うし、人間由来の思考のパターンにも慣れていないと思う。

よって今回のアタシの話はこれくらいにして、次回からやや具体的な事例を対象に君と議論し、何が高く何が低いのか、そしてその低さの中に何が“ブタのけつ”で、どういう心が“ブタのけつを見ているアホ”であるか、これを見出していく作業をしたいと思っているのだが、このアタシの提案に君は賛同してくれるだろうか?

犬じゅんいち君 人間になって会話中○○○大先生の提案自体に何の異存もありません。
それに、○○○大先生と議論すること自体が、僕の疑問である
“じゅんいち君はこれから何を求めるのか、自分で決めようとしている”そして“これが出来る人間(今は犬だけど)こそが、次の“創造”を“創造”の“主(ヌシ)”から託される”
ってことの答えを導き出す作業になる…○○○大先生はそうお考えなのですね。

○○○大先生会話中その通りだね。 
それではそろそろ今回の話は終わりにしようと思うが、ちょっとその前に…人間になった君に読んで欲しいものがあるのだ。 
それはアタシが著書でも取り上げたことのある「まほう色の瞳」という本の中のきわめてメッセージ性の強い文なのだ。
…この本自体がメッセージ性の強い本なのだが…アタシが指摘している文章、先走るがこれが君の求めている答えに相当する要素があるのだ。
それは252ページに書いてある。 これを次回アタシと話をする前に読んできて欲しいのだ。

犬じゅんいち君 人間になって会話中分かりました。 それでは次回お会いできる時を楽しみにしています。

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犬じゅんいち君 人間になって会話中この夢を見ていただいてるKellyさん、もう事情はお分かりでしょうが、次回Kellyさんの夢に僕が登場する際、ぜひ人間のままでいさせてください。

Kelly 会話中承知しましてんな。 ほんでからまた○○○大先生もともに登場するように念じときまんがな。

犬じゅんいち君 人間になって会話中お手数をおかけしますがよろしくお願いします。 それでは失礼します。

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Kelly 会話中…そやけど今回先生はあまり具体的な話をせんかったな。 
これはKellyさんと話した時みたいに(著書になった前のブログのこと)、今回はじゅんいち君の認識の高まりを先生は望んではるんやな。 それはよう分かることや。
まあ…どんな話になっていくのか…期待してまた二人の話す様子を傍観させてもらうことにして……今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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初めての方は、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
写真部に投稿した最新の写真
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○○○大先生の水草水槽記録
facebook 児玉登







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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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