“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第十六帖 Kellyさん的解釈



今回も上つ巻 第十六帖の解釈をしまんねん。
そやけど、
いきなり上つ巻 十六帖の感想を述べるのもなんやけど・・・
霊的成長の為の肉体の仕組みを、
具体的に言うてる感じ(感じる磁性)になって来てるな・・・

・・・原文は以下の通りでんねん。

ひふみの火水とは結ぞ、
中心の神、表面に世に満つことぞ、
ひらき睦び、
中心に火集ひ、
ひらく水。
神の名二つ、
カミと神世に出づ。
早く鳴り成り、
世、新しき世と、国々の新しき世と栄へ結び、成り展く秋来る。
弥栄に神、
世にみちみち、中心にまつろひ展き結ぶぞ。
月出でて月なり、
月ひらき弥栄え成り、
神世ことごと栄ゆ。
早く道ひらき、
月と水のひらく大道、月の仕組、
月神と日神二つ展き、
地上弥栄みちみち、
世の初め悉くの神も世と共に勇みに勇むぞ。
世はことごとに統一し、
神世の礎極まる時代来る、
神世の秘密と云ふ。
六月二十四日、一二 文(ふみ)。



冒頭の、

“ひふみの火水とは結ぞ、
中心の神、表面に世に満つことぞ、”

この“ひふみ”だけ平仮名なのは、ちょっと納得がいかんのやけど、
もしこれが“一二三”って書かれたとしたなら、
Kellyさん的にはとても解釈し易いんやけど、
それは間違いなくそう言う意味でもあるやろし、
ほんでから今は、
これが平仮名で書かれてる事に付いては、
現時点、Kellyさんが気が付かん・・・なんやしらん意味の有る事かもしれへんけど・・・
それとも只単に“一二三”を“ひふみ”って読ませたのかもしれんし・・・
そやから・・・
さし当たって解釈出来る事から解釈するとして・・・

“ひふみの火水”

これは今までも何回も言うてるように、
“ひふみ”=“一”と“二”と“三”で、
人のオーラの構成の事でも有り、
肉体が持つ三つの磁場でもあり、
そして肉体=“土”=2~3番目のオーラに、
智性のオーラ=“一”を足して、
“王”って言う字になる。
ほんでからその“王”って言う字そのものが、
人の完成されたカタチを示しているって言うのんが、
先生の考えで、
それが又、先生の34年の太陽凝視と、電気行で得た、
認識(悟り、幸取=さとり)で、考えでんねん。

そやけど・・・この事も今まで言うたけど、
この“王”の解釈は、
低い心(靈)の発現の認識の“王”では無いって事でもある。

霊的成長度の低い人=自我までの心(靈)の発現が中心の人(日止、霊止)・・・
その心(靈)の発現の程度の人が創造している事象・・・
崩壊に向かってるこの世界・・・
そんな事ばかり最近考えてるけど・・・

そやからこそ、
“中心の神、表面に世に満つことぞ、”
・・・でもあると思える。

この表現、
“中心の神、”“表面に”と、そして“世に満つことぞ、”・・・

“中心の神”は、
高い振動でもあり、
普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)でいえば、
人が観測し得る宇宙線でもあり、
創造主の思惑とも言えるし、
現時点、その事を人が理解出来ていない事でもある。

そやから、
すべての霊的存在の発振、発信=思惑で、
それぞれの霊的存在=○は、
“日月神示”内の表現でもある、
○ 九 十の、
○は、
その個体個体の思惑の相互干渉=オーラの相互干渉をしているし、
すべての事象を観察するのは=感覚器官は、
様々な振動を感得し、
そやから、すべて、
感じた何かって言うのんは、
神経が生体内電流で脳に伝え、脳を介して心(靈)が感じ(感じる磁性)、
そして、
脳内の電気的活動=心(靈)の動きになり、
それは観察と認識っていう言葉で表され、
観察と認識(悟り、幸取=さとり)そのものが、
神の性質であり、
すべての生命は神の子であるからこそ、
神の性質を持ち、
そやからこそ、生命(生きる使命=存在理由)は、
観察と認識をする。

そして、
その観察と認識(悟り、幸取=さとり)を、
良いカタチにしようとする心(靈)の動きは、
愛(炁)とも言い得る事やな。
そして、
創造主の愛(炁)は、
一番初めの思惑の顕現とも言え、
そやからこそ、
“亜”から向かって右=砌(みぎり)に移行する、
“一”に示される。
(Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 参照)


今の話は・・・要は、
高い存在の思惑は高い電磁波と観測され、
それは太陽が送ってくる=もっと“上”の思惑を仲介してくるのが、
宇宙線でもある。
この事は、前のブログを読んで欲しいねん。

ほんでから様々な電磁波、
それを人は“水”に取り込む事が出来る。

この事も前に先生と話し、確認したやん。

そやから、高い振動としての電磁波は、
水・・・“火水”の水、
そしてそれは、腹=“日月神示”の表現の“江戸”・・・
そしてそれが自分の思惑になる事を示しているのが、
頭と腹、大きな二つのコンデンサーの構造と、
それが(囗)くにがまえ、或は口、
それが二つで示され
それを結ぶラインの丿部(へつぶ)で、
“呂”でもあり、
“上”の思惑と自分の思惑が同一になる事が神格化で、
それは示すへんに“呂”=申で、
“神”って言う字になる

取り込む方法は言うまでも無い事やな。

そやから現時点、
“中心の神”は世に満ちていないって事で、
人は“上”の思惑を取り込んでいないって事でもあり、
その段階の人の思惑の創造が、それが、
現時点での現津(あきつ)=観察され得る事象って事でもある。

そやから今後、
霊的成長の程度により分けられる事=アセンション。

“一”=智性=1番目のオーラの小さい人、
そして、智性を使わない事、
言い換えれば自分の中にある神性の発現をしない人、
それは、心(靈)が“上”に向かっていない人。
そしてそれは、
先生と何回も話した人間の動物化・・・
その心の動きそのものが、
人の認識(悟り、幸取=さとり)し得る概念の、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”・・・

ほんでからそれは、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑の顕現・・・
そやからこそ現時点、
神性=智性を発現した心(靈)の人(日止、霊止)は少ない。
智性由来の創造=行動をする人も少ない。

そう言う点でも・・・話を戻せば、
程度の低い心(靈)の発現人の“王”の認識は、
只、権力を示すとか、
なんでも自分の思い通りにしたいとか・・・支配者とか・・・
そんな程度の認識でしかない。
この認識そのものが、如何に地球人の心(靈)の発現が低いレベルなのか・・・
その証明みたいなもんやけど・・・
ほんでから、
今まで上つ巻の解釈をしてきても、
今言うた自己奉仕者由来の勝手な低い心の発現由来の認識に付いて、
“日月神示”を人(日止、霊止)に垂れた存在は、
何回も言うてる。

その代表的な一文を挙げれば、

“神をだしにして、今の上の人がゐるから、神の力出ないのぞ。
お上に大神を祀りて政事(まつりごと)をせねば治まらん。”
(上つ巻 第四帖 参照)


そやからこれは誰の事やと思うてるのか・・・
今のアホな政治家や経済のトップ・・・
所謂、形骸の“王”の概念を持ってる権力者に読ませたらなアカンな。
ほんでから、
こう言う心(靈)の動きって言うのんは、
誰でもが持ってる事やし、
それを自分がどう扱うのかって言うのんが、
自分の在り方を考える・・・自省(胸の磁性“十”)やし、
“観自在”やし、
“直日(なおひ)”でもある。
それらの言葉で表現された心(靈)の動きは、
智性の発現に繋がる事・・・当たり前の事でんねん。

ほんでから、
そう言うアホみたいな、“力”の使い方をしてる人だけでなく、
只、権力を示し、
なんでも自分の思い通り=低い欲望を満たしたいが為の、
“力”の使い方をしたい人はたくさんいてる。
その心の現われ=その段階の思惑の顕現が、
低い幸福の概念やったりもするんやけど、
そやけど、
その人達自身に自分の幸福の概念が低いって認識は、
無い。
そやから大半の人は自己奉仕者やし、
前に先生と話した事でもある、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の傀儡・・・
それに成り下がってて、
自分達が傀儡って認識も無くって、
その価値感故の事ばかり目立つ時期が、今の事象やな。
そやからそれは崩壊せんと、
自分達がやってきている事自体が、
宇宙の創造の法則に則って(のっとって)いない事を、
理解出来へん。

そやから、今、
“力”示している何かって言うのんは、ほとんど形骸の価値感のものが多い。
それは右往左往の段階の事でしかない。
そやからこんな事を何回も蒸し返さんならんのやけど・・・
“日月神示”を読めば読むほど・・・そう言う思いに駆られるな。

ほんでから、
右往左往から左往右往を何回も繰り返す事、
そのものが、
“日月神示”内の表現では、まだ出てきてない言葉やけど・・・

“ひふみゆらゆら”・・・

一二三=ひふみ=“一”と、“二”と“三”。
“二”と“三”を縦の磁性(たて棒、コン)で繋いだ形が、
“土”=2~3番目のオーラ=肉体の磁性で、
その、磁性の変化とエネルギーラインの強化、
それが神道の砌(みぎり)と日足(ひたり)でもある。
ヨガのイダとピンガラでもある。

そやけど・・・又、話が逸れてしもてる・・・

そやから、
相対的に低い心(靈)の発現の事象って言うのんは、
その心(靈)の発現が、
低い欲望・・・本能に近い欲望と低い功名心と低い自尊心で、
今、地球人に霊的成長の概念がしっかり無いのは、
それ以上の心(靈)の発現をしてへんからこそ、
只、経済的に裕福になるとか、物欲とか・・・
それそのものが恨みの連鎖の原因でもあるのに・・・
ほんでから形骸の美の概念のファッションとか美容とか・・・
そんなことばかり追求させてるのが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑でもある。

ほんでからこんな心(靈)の動きって言うのんは、
只々、
認識(悟り、幸取=さとり)の程度=霊的成長度が低く、
自分の存在が、只、
この世界だけでしか無いって前提で考えるからでもあるな。
そやからその低い認識での思惑は、
今さえ良ければ、
生きている間さえ良ければ、それで自分は満足って概念を持ち、
その概念での事象の一例が、
今も少し言うたけど美容やサプリメントとかエステとか・・・
たいして苦難を背負っていないのに癒されたいとか・・・
なにも産み出さん低級な娯楽とか・・・
形骸の事ばかり生み出している。

大体それらは、
今、経済を潤わしてる事ばかりやし、
そして、それで金儲けしたい人ばかりやな。
ほんでから・・・今言うたばかりやけど、
低級な娯楽とか、
お笑い番組とか・・・真剣に物事を考える時間を失わせる・・・

そやから、

自分の心(靈)が、
どう在るべきなのかって言うのを、
考え始めるのが、
霊的成長の第一歩やろけど・・・

ほんでから自分はもっと霊的成長して、
自分の存在意義や、
神の存在意義や、神の認識や、
様々な疑問に対処して行って、
もっと認識を高めていく行為そのものが
“行”や“修行”でもあるし、
そしてその過程で、
段々、
“上”の思惑を受け=通信を受信し、
その事自体が、
自分の心(靈)の動きになって行くようになるんやろけど・・・

低い功名心や自尊心は、
自分の霊的成長度の心(靈)より、
相対的に低い霊=心(靈)の動きの霊的存在の思惑との感応共振を、
する様になる。

それに一役買ってるのが、低い霊能力者の主護霊の解釈・・・
憑いてる存在は何でも自分に都合よく動いてくれていると思いたい。
その一例が、とんでもなくアホくさい例を挙げれば、
今日はパチンコで儲かったから主護霊が力貸してくれたとか、
今日は風俗行ってサービスのエエネーチャンに当たったから、
主護霊が巡り会わせてくれたとか・・・
そんな程度の低い解釈をする人もいてる。
ほんでから、
芸能界で活躍する事を主護霊の導きやと思うたり・・・
それそのものが、
形骸の幸福の概念であり、
それらすべてが、
右往左往って認識が無い。
そやからそう言う生き方をして来た人は、
死んでから、自省(胸の磁性“十”)する。
それが、
ローム太霊さんがローム太霊講話集の中でも説明した、
閻魔の庁の浄玻璃の鏡(えんまのちょうのじょうはりのかがみ)でもあり、
そやからこそ生きてる間の事って言うのんは、
右往左往から左往右往に入らんならん・・・
砌(みぎり)の“行”から、失敗を体験せんならん。
それが又、何回も言うけど、
般若心経の言葉の“観自在”でもあり、
神道の“直日(なおひ)”の概念でもある。

そやから右=砌(みぎり)だけって言うのんは、
それが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”って事やけど・・・
そやから自分の心(靈)の動きを自分で観察して、
自分の心(靈)の中の、
“上”に向かう心(靈)の動き=“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“下”に向かう心(靈)の動き=“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を、
自分で良く区別する事が、
“日月神示”の表現の、“身魂掃除”でもあり、

そう言う点で、高い存在との感応共振をする為には、
先生が目指して来た事とも言える、
肉体の組織の・・・特に、骨の結晶化をせんならん。
その事は前のブログでも何回も言うた事で、
その事自体が、
“日月神示”の表現の、“身魂磨き”で、
その具体的方法が、
この言葉も、“日月神示”の表現で、
“特別神憑り”=太陽凝視で、
それを示してる言葉がこの間も出てきた言葉の、
“ひむか”でもあるやん。

“王”の話に戻るけど・・・

そやから、
“上”が望む、人(日止、霊止)の在るべき姿、

人が“王”に成る為には・・・

“上”に向かい=段々神に近づき、
“上”からの思惑を受け、
それを発現した形が、
“王”って事でもあり、
それは人(日止、霊止)の完成された形の現われでもある。
それ自体が、
神の思惑の顕現やし、
神が、
人(日止、霊止)に望む事やと思いまんねん。

そして・・・話が飛躍するけど、
人(日止、霊止) + 胸の磁性“十” + “一”=智性=1番目のオーラで、
天って言う字になる。
そして、
頭と骨盤の二つの磁性S極とN極=縦の磁性で、
シンクロトロン放射をする。
シンクロトロン放射は白光になる。
それが“天”の“白い”“王”=天皇の本当の意味であり、
“上”の思惑を伝え、相対的に霊的成長度の低い人を率いるのが、
ほんまの天皇やと先生は思うてる。

そして今言うた、
シンクロトロン放射の白光が、
それ自体が、
クンダリーニの白光であり、
真の意味での、
(クンダリーニに対し、低い甘い解釈が多いからこそ言うんやけど・・・)
クンダリーニの覚醒になる。

その具体的な方法は、
頭の磁性の強化と、
両腕の磁束によるシンクロトロンの構造と・・・これは横の磁性で、
それに対し、
頭骸骨と脊椎をはじめ・・・これは縦の磁性による事なんやけど・・・
それを示してるのが、又、
“王”の中の“十”でもある。
特に、
頭の骨の結晶化をする事自体が、
太陽凝視の目的でもあり、
(エピローグ 神の思惑の顕現・・・神聖な事象
・・・を読んで欲しいねん)

それに対し、
太陽凝視=不食って認識は、
人(日止、霊止)の飛躍的な霊的成長に対し、
ほんの些細な事でしかなく、
それに注目させる事自体が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑の顕現やと先生は思うてる。

そやから、不食しか思わせん事が、
“上”の思惑の受信に繋がらない太陽凝視になり、
それを目的に太陽凝視を行っている人は、
太陽凝視してまっせ~とか、
不食でっせ~とか、
アセンション成就しまっせ~とか・・・
只単に低い功名心由来の言葉を使うやん。

そやからそれは、
結果としてアセンションの時期に間に合わん人を増やす・・・
先生はそう言う思惑を感じてる・・・

そやから今言うた事は、
不食=太陽凝視って認識と、
頭の骨の結晶化は、
高い振動の受信、“上”の思惑の受信に繋がる事・・・

どっちが本当の太陽凝視の意義なのか・・・

せめてこのブログに縁のあった人(日止、霊止)は、
考えて欲しいもんやな。

・・・まあ、この間もKellyさんが思うた事やけど・・・
ネットの場(フィールド)は低い心の発現の人の方が、
多いから、
この文章そのものがあんまり目に触れる事は無いやろけどな。

今回は・・・話が大幅に逸れてもたけど・・・

上つ巻 十六帖の言葉の“火”と“水”、
順序が逆になるけど、
“水”=腹=“日月神示”内の表現、“江戸と尾張”の“江”、
そして、
“火”は肝であり“いきり立つ心(奴と心)”であり、
“火”と表現されるには、
酸素=肺の機能が必要で、
酸素が無いと物質は火に表される化学変化を起こさない。
そやから“日月神示”やS会=紫光会では、
“火”って言う表現を使った。
多分それは間違いの無い事やろし、そしてそれは、
肝と脾と肺、
肝=“いきり立つ心(奴と心)”と、
脾=“思う、憂う”と、
肺=“悲しい”・・・心が非(いたむの意)、
この三つの心(靈)の動きが、
霊的進化の=心(靈)が“上”に向かう事の、
具体的な事でもあるし、
その為に肉体を持って(霊的)進化しているのが、
人(日止、霊止)でもあるし、
今の地球人は右往左往から左往右往=失敗を体験し、
そして、
自省(胸の磁性“十”)して“観自在”して、
自分を振り返るの意味がある“直日(なおひ)”する。
そしてその心(靈)の動きを自分(の心(靈))は観察している。
そしてその観察による認識は、
教訓になり、
行動=創造の指針になり、
今後の事象の創造に役に立つ。
それが高じれば、
“日月神示”内の表現で言えば“天意”やし、
先生と太陽凝視を教えてくれたKさんの言葉の、
“天の御目”って事になり、
それは、
神の思惑の顕現になる。

そやからこそ、
“火水”=秘密って表現したんやろし、
大概の(平均的地球人の進化程度の)人は、
そんな意味に気が付かんからやろ。

そして次の言葉は、
“上”の思惑の顕現による事象の創造の事を言うてる。

“ひらき睦び、
中心に火集ひ、
ひらく水。”


“ひらき睦び、”=“上”の思惑と繋がり、
“中心に火集ひ、”は、
“いきり立つ心(奴と心)”=肝=“火”って言う事。
そやからこの言葉そのものが、
“上”の思惑を受信しながら、それが自分の思想になり、
その上での創造をしていく。
ほんでから、

“ひらく水。”

これは、
人間としての肉体の構造=サイクロトロンの構造の強化と、
高い振動の受信の事なんやけど、
軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”、
肝と脾=腹の段階の左右の磁性を構成するもの、
様々な電磁波は水に吸収される、
そしてさっきも言うたけど、
腹自体が大きなコンデンサーみたいなもんや。
その荷電粒子って言うのんは、錯体が中心やろけど、
それは肉体の創造と三次元の物質世界での創造・・・
発振、発信と行動・・・同義の事を言うてしもたけど、
物質(と認識され得る振動の領域)の次元の創造、
それに関わる事そのものが、
腹の段階の発振、発信でもある。
そやから、

“ひらき睦び、”

“上”の思惑を自分の思想にして、
その事自体を“ひらき”と称され、

“中心に火集ひ、
ひらく水。”

腹の段階だけ=軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”の思惑は、
今までも何回も言うたけど、
“上”の心(靈)の発現が無いからこそ、
動物とほとんど同じやからこそ、
貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)になりやすいし、
今の事象は、
そんな心(靈)の動きのもんばっかりやな。

そやからこそ、
“ひらく水。”・・・

“上”の思惑を腹に、コンデンサーとしての腹に貯め、
そして、
“中心に火集ひ、”・・・
火=肝=“いきり立つ心(奴と心)”で、
当然の事ながらそれは、
意欲って事になり、
意欲って言うのんは、意=日に立つ心(靈)の動きを欲する・・・でも、
有るんやけど、
“ひらく水。”=“上”の思惑を自分の思想として、
事象の創造をして行く。

ほんでから次の言葉、

“神の名二つ、
カミと神世に出づ。”

カタカナの“カミ”は、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)+“一”
これは前にも言うた事でんねん。
そのままコピペしときまんねん。



“カミ”の“カ”は、
“力”(ちから)みたいに、
丿部(へつぶ)と“一”、
ほんでから“一”の右端から“下”に降り、
そして左上にはねる。
“ミ”は、向かって左から右斜め下に降りて止める書き方。
これは前にKellyさんが気が付いた事やねん。
それも前に先生と話をしたやん。
それは以下の通りでんねん。
(“上”の思惑と顕現・・・“天の御目”)

・・・“ミチ”・・・って言うのんは、
三つのオーラが向かって左から右下に降りてるのが“ミ”・・・
それは又、思惑の顕現みたいな感じでんな。
ほんでからに“チ”って言うのんは、
丿部(へつぶ)+“一”+丿部(へつぶ)・・・
神さんの思惑と顕現が二つ重なって、
それに“一”=智性=1番目のオーラが加わってる。

↑ 

・・・ちゅう事やねん。
(“日月神示” 上つ巻 第一帖 Kellyさん的解釈 参照)



ほんでから次の言葉、

“早く鳴り成り、
世、新しき世と、国々の新しき世と栄へ結び、成り展く秋来る。”

“世、新しき世と、国々の新しき世と栄へ結び、”

この言葉の中の“国々”は、
(囗)くにがまえ+“玉(ぎょく)”で、
それぞれの心(靈)が感得し得る場(フィールド)って事でんねん。
ほんでからその感得し得る、
現津(あきつ)=観察され得る事象が、
“成り展く秋来る。”

展開して完成して、
ほんでから“日月神示”内の表現の“秋”は、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と木部と火でもある。
これも前に言うた事やからコピペしときまんねん。




“秋”・・・禾(のぎへん)と、火で構成された字やからや。
そやからそれは、
禾(のぎへん)が、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と木部で構成されてる。
木部って言うのんは、
胸の磁性“十”の下に、儿部(じんぶ、にんにょう)を足した字やって言う事で、
そやからそれは、禾(のぎへん)自体が、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現) + 胸の磁性“十” + 儿部(じんぶ、にんにょう、人が歩く様子に象るの意味=時間の進行)で、
それは時間を伴う霊的進化そのものを表してる。
言い換えれば、
時間って言う振動の変化を吸収しながら、
(時間の認識を持ち)心(靈)は育っていく。
そういう事を表してるように思えるやん。
ほんでからにそれは、禾(のぎへん)と、
火=灬(よつてん、れっか、れんが)と共に書かれてるから、
火=灬(よつてん、れっか、れんが)は、
幽界の“幽”、
幽か(かすか)の左右の糸を外した山みたいな字と、
火=灬(よつてん、れっか、れんが)は同じで、
人(日止、霊止)の心(靈)の発現が、
(“上”から観て相対的に)幽かな時は、
自分の外側しか見ないって事でもある。
ほんでから、“日月神示”内の表現としては、
幽界=外国で、
そやからそれは自我の確立=固定化の進化過程やし、
その時の心(靈)の動きは、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動の、
本能、情動、功名心、自我・・・迄やから、
目先の欲望や低い自尊心や功名心や・・・それが中心の心(靈)になる。
そしてその心(靈)の動き由来の行動=発振、発信をする。
そう言う創造をして来たのが今の世界でもあるやん。

ほんでから“幽”の左右の糸、
左右の極性、砌(みぎり)と日足(ひたり)、
その砌(みぎり)と日足(ひたり)の極性で、
心(靈)は・・・(霊的)進化過程の心(靈)の発現って言うのんは、
腹=下三つのチャクラから、
胸=アナハタチャクラの覚醒って事になる。
そやからそれは一言で言えば、
心(靈)が“上”に向かって行く。
段々、アナハタチャクラ由来の心(靈)の発現をして、
“慈悲”と“慈愛”を発現して行く。
この事が解り難かったなら、
前のブログ、
思惑と顕現 “その三~八”までを読んで欲しいねん。
その中で特に“摩多羅神”の所は、
人(日止、霊止)の心(靈)の発現の進化過程が、
解り易いと思いまんねん。

心(靈)の発現・・・
“上”に向かうから、
段々神さんに近付いて行こうとするから、“慈悲”と“慈愛”を自分の心(靈)に持つ。
そう言う意味で、禾(のぎへん)と火になり、
それは丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)=“上”の振動を獲得し、
胸の磁性“十”をしっかり構成する為の事でもあると思えるやん。
又、別の表現をすれば、
それは心(靈)が“慈(しげる)”・・・
そしてそれは自省=左右の磁性でもある。
帯電するミネラルが固まっていく様が、
心(靈)が“慈(しげる)”事でもあり、
固まってない=水の中の帯電するミネラルの段階が、
腹=水=江戸の“江”の段階の心(靈)の発現ゆえの価値感、
“石屋の仕組み”でもあると思えるやん。

そやから丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)=“上”から垂れた振動を、
人(日止、の振動を取り込み、
胸の磁性“十”をしっかり作って行き、
その時の心(靈)の発現が、
“慈悲(いつくしみ、かなしむ)”と、
“慈愛(いつくしみ、いつくしむ)”になって行く。

そやからそれは“秋”と書かれてると思う。

 

・・・大体こう言う事でんねん。
(“日月神示”上つ巻 第八帖 Kellyさん的解釈 参照)



ほんでから次の言葉、

“弥栄に神、
世にみちみち、中心にまつろひ展き結ぶぞ。”

この、“弥栄に神、”・・・

“彌栄(いやさか)”の先生の解釈は、
前のブログ、
思惑と顕現“その十一”
“上”の思惑と顕現・・・“天の御目” 
を、読んで欲しいねん。
ほんでからこの言葉、
“弥栄”に対し、
“神”って言うのんは、“呂”を示す=神で、
神は“上”の思惑を“下”に垂れている。
それを受信する様子と形と構造を示すのが、
“彌栄(いやさか)”の“彌”の旧字でもある。
この事も、
“上”の思惑の顕現・・・“天の御目”・・・を、
しっかり読んで欲しいねん。

知りたかったならの話やけど・・・

ほんでから次の言葉、

“月出でて月なり、
月ひらき弥栄え成り、
神世ことごと栄ゆ。”

この場合の“月”は肉体の事で、
“月ひらき弥栄え成り、”は、
肉体に備わる縦の磁性と横の磁性で構成されてるチャクラが、
“上”の思惑である荷電粒子を取り込む事を言うてる。
それが又、“彌栄(いやさか)”の意味でもある。
そやからこそ、
“神世”=“上”の思惑の顕現でもある。

そやから肉体の構造に伴う“上”の高い振動の取り込みが、
チャクラと示されている事でもあるし、
チャクラの秘密は、
肉体の磁性に有るからこそ、
磁性の強化=生体内電流の強化と、
それに伴う肉体組織の結晶化、得に骨の結晶化、
それをして行かんと、
“上”の思惑を自分の心(靈)の動きに出来へん。
そしてそれが、太陽凝視でもある。
それは断言出来る。

ほんでから次の言葉、

“早く道ひらき、
月と水のひらく大道、月の仕組、”

“早く”は、
時期が迫ってる=アセンションに間に合えって事やし、

“道ひらき”は、
創造の法則性と霊的成長を、
認識(悟り、幸取=さとり)しろって事やし、

“月神と日神二つ展き、
地上弥栄みちみち、”

“月神”は、事象の創造は肉体でするから、
月部(げつぶ、にくづき)=月に表され、
それに対し“上”の思惑は、
日足(ひたり)の“日神”で有り、
その二つで展開=創造をして行けって事やし、
それが又、
“上”の思惑を受けた、
“上”のチャクラの覚醒をした人(日止、霊止)=頭の骨の結晶化と、
胸の磁性“十”で、
シンクロトロン放射をしている人の創造による事やから、
それそのものが人に望む神の思惑やからこそ、
思惑通りになったならば・・・次の言葉、

“世の初め悉くの神も世と共に勇みに勇むぞ。”

そして、
“世はことごとに統一し、
神世の礎極まる時代来る、”

そやからそれは、“上”の、創造主の思惑の顕現やから、
それを指して、次の言葉、

“神世の秘密と云ふ。”

“神世”=神の、“上”の、
創造主が思う人の良いカタチを顕現した場(フィールド)。
それを指し示す言葉が冒頭の言葉、
“火水”=秘密で、
それは“彌栄(いやさか)”に示される“上”の思惑の顕現で、
その具体的方法が“天の岩屋戸”“岩戸開き”に示される、
腹から“上”の心(靈)の発現と、
腹の水で受信した、
太陽凝視で受けた“上”の思惑=振動を、
循環させ、
シンクロトロン放射で、
発振、発信させる事、
それは・・・それ自体が、
霊的に高い存在としてのオーラでも有り、
それそのものが、
神が人(日止、霊止)に望む事でも有り、
その肉体の構造を示したのが、
“彌栄(いやさか)”の“彌”の旧字、

弥の旧字


弓へん=背骨と、
“璽”は、

神格化の“しるし”
 
“メグリ”(帀)と、
“メグリ”(帀)の“一”の“下”に、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)があり、
その“メグリ”(帀)の中の、
“爻”・・・
これは左右の極性が交わる形でもあり、
そして肉体の腹の磁性=ローレンツ力、
でもあり、
それは“上”の思惑を取り込むカタチを示す字でもあり、
そして肉体の磁性=ローレンツ力により、
メグル、周る、巡る、輪る、廻る、循る、旋る、邏る・・・etc
そして車輪の意味を持つチャクラでもあり、
それを示す事そのものが、
“玉(ぎょく)”でも有り、
そうなって行く事自体が“石”から“玉(ぎょく)”になり、
それは結晶化を示し、先生の表現の、
人(日止、霊止)が“宝玉(ほうぎょく)”になる・・・
宀(うかんむり)=頭と、“玉(ぎょく)”・・・
肉体の磁性による=ローレンツ力による肉体組織の結晶化=身魂磨き。
そしてそれは、
心(靈)が“上”に向かう事で、
相対的に今の地球人としては、
自我の確立=固定化の段階から、
自省(胸の磁性“十”)の“行”をする・・・

その段階を必ず経て行かんならんって思えるな。

今日はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
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アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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