“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 磐戸の巻 第五帖 Kellyさん的解釈


今回も、磐戸の巻 第五帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

天(あま)さかり地(くに)さかります御代となるぞ、臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとききたぞ、赤い花火もあるぞ、青いのもあるぞ、黄なのもあるぞ、それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、ミタマ通りの色出るのざぞ。 金は金ぞ、鉄は鉄ぞ、鉛は鉛として磨いてくれよ、金のまねするでないぞ。
地つちの軸 動くぞ、フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならんことになるぞ、其の時この神示、心棒に入れてくれよ、百人に一人位は何とか役に立つぞ、あとはコンニャクのお化けざぞ。
一月三日、 ローレンツ力と ○ のひつ九のか三。

冒頭の“天(あま)さかり地(くに)さかります御代となる”の“御代”(みよ)という表記は、第四帖にも使われていた。 ちなみに第四帖のその文は“早う洗濯せよ、掃除せよ、磐戸(ゐわと)いつでもあくのざぞ、善の御代来るぞ、悪の御代来るぞ”で、それを以下のように解釈した。

この文の“善の御代来るぞ、悪の御代来るぞ”の“御代”(御世)(みよ)の言葉の意味は、天皇の治世、また、その在位期間の意味がある。 いうまでもなくこの表記の意味は今の形骸の天皇制のことなどではなく、天意を受信してそれをこの世界に顕現する“天詞様”の意であり、その行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)であったりもするだろうが、それが平均的地球人には先に述べたように悪にもうつり善にもうつるものであるの意である。 それは物事の“観察と認識”はその心の霊的成長度により相対的なものである

 それで、この第五帖の文を見ても、“天(あま)さかり地(くに)さかります”との今後=アセンション後の様子を表す表記があるから、“御代”は第四帖と同義のことを示している。
 そして今後=アセンション後の人の様子を示唆したと思える次の文“臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとききたぞ、赤い花火もあるぞ、青いのもあるぞ、黄なのもあるぞ、それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、ミタマ通りの色出るのざぞ。 金は金ぞ、鉄は鉄ぞ、鉛は鉛として磨いてくれよ、金のまねするでないぞ”であるが、この文の“ミタマ”のカタカナ表記(“上”から視線のいい方)の一文字々々を“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、
“ミ”は、生命の幹 その現実 ヒフミのミ
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根、まこと神のマ(真固止)
ということになり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に沿った心(靈)(ヒ)、生命が、観察する現実(“ミ”)(現津(あきつ)、観察され得る事象)という解釈が成り立つ。
 それでこの文の“花火”そしてそれぞれの色の表記、これは、花火の色を決定づけるのは炎色反応(アルカリ金属やアルカリ土類金属、銅などの塩を炎の中に入れると各金属元素特有の色を示す反応)。 よってでこの文では“臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとききた”と記されており、“愈々ひらくとききた”は時期(時間の進行と宇宙の進行は神のプログラムであり、それを人(日止、霊止)の心(靈)が認識したなら、時期になり、それは電磁波の吸収であるからこそ、磁気でもある)を指した表記なので、今後=アセンション後は“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意が今とは(相対的に)変化して、それが次元上昇(アセンション)の意味合いでもあるが、その振動の違いを個々の心が感じ得るならば、感応するならば、今と違う事象を“創造”するものであるが、感じない、“上”の振動が素通りする低い肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)、要は感応しないならば、まったく今と同じ醜い事象を“創造”するもので、そこに霊的成長度の違いというものがある。
 話を戻し、炎色反応、その色の違いを指した文“赤い花火もあるぞ、青いのもあるぞ、黄なのもあるぞ、それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、ミタマ通りの色出るのざぞ”は、個々の肉体(月(ツキ))に含まれている“石”(帯電するミネラル)の違いであり、また“石”(帯電するミネラル)を取り込んだタンパク質の高分子化の違いであり、自分がどう育ったか、どう進化したか、そのタンパク質の高分子化の違いは、自分の持てるエネルギーをどう使ったか、どう贖ったか、どうやって肉体(月(ツキ))を進化させてきたか、それは生業(なりわい)と“行”といえば分かりやすいが、生業(なりわい)と“行”、そして“腑”の電磁誘導=食事により取り込んだ“石”(帯電するミネラル)、その取り込み方、吸収の仕方、肉体組織の作り上げ方(タンパク質の高分子化)、これらの要素が肉体を変化させ“上”からの荷電粒子の取り込みも変化させるもので、また心(靈)(ヒ)の動きが“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応か、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応か、という要素もあるが、そうやって心(靈)(ヒ)は“道”(時間の進行)とともに育っていくものであり、当然そこには同一個体、同一の心(靈)(ヒ)というものは存在しないし、それがこの文の“それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、ミタマ通りの色出るのざぞ”ということであるが、それがまた個々の生命(生きる使命=存在理由)の多様化という“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の表れでもある。
(このことは<1>で、「増えることを見るのは喜びである」と、稚拙な表現で示した覚えがある)
(更に、“腑”の電磁誘導という要素が、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を作り変え、“上”からの荷電粒子との感応の違い、取り込みの違いになるということを鑑みれば、太陽凝視=不食という認識が、とても霊的成長度の低いものであることが分かり、またこの低い認識そのものがその人の霊的成長の妨げにもなる。
またその認識、不食という甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)夢、そう思わせること自体が、その人の低い功名心と自尊心に感応する“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑であり、それはその人の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度が低く=自我の肥大であるからこそ、感応するものである)
要はこの文の“花火”という表記が、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの荷電粒子の取り込み、そしてアセンションの時期という変化により“上”から送られる振動は今とは変わり、育つということであるが、この言葉そのものがチャクラ(荷電粒子の回転を示す)の意味合いも示す表記でもあると思う。 
そしてこれに続く“金は金ぞ、鉄は鉄ぞ、鉛は鉛として磨いてくれよ、金のまねするでないぞ”も、個々の霊的成長度、個々の生命としての使命、役割、その違いがあるのだということを示唆した言い回しであると思える。

次の“地つちの軸 動くぞ、フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならんことになるぞ、其の時この神示、心棒に入れてくれよ、百人に一人位は何とか役に立つぞ、あとはコンニャクのお化けざぞ”の“フニャフニャ腰”“コンニャク腰”“コンニャクのお化け”は固くない物、真固止では無い何か、いい換えれば真実=真固止ではない事象、“誠”(言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成する)では無い人=不誠実な人の心(靈)(ヒ)の動きを感じ取れ、いい換えれば“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きとその進化過程における肉体(月(ツキ))は肉体組織が高分子化していない=“身魂磨き”、(生体内電流による)肉体組織の結晶化をしていないから、この文の冒頭の“地つちの軸 動くぞ”であると思われ、この文の“地つちの軸”は地球の地軸という解釈も成り立つが、やはり肉体(月(ツキ))の意味を持つ土だと思え、それが“軸 動くぞ”であるから、迷うとかそそのかされるとかの心(靈)の動きのことだと思えるし、それを前提に“フニャフニャ腰”“コンニャク腰”“コンニャクのお化け”の表記を見れば意味が分かりやすいと思うし、同様に今後=アセンション後に移行できる“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化した人の意味を感じさせる“この神示、心棒に入れてくれよ、百人に一人位は何とか役に立つぞ”の文の意味もよく理解できるものであると思う。
(ちなみに“心棒に入れてくれ”は、肉体(月(ツキ))の磁束の強化により“上”の振動を自分の心(靈)(ヒ)により取り込むことであり、“この神示”は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの荷電粒子そのもののことである)

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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