“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第十七帖 Kellyさん的解釈


今回も、上つ巻 第十七帖の解釈をしまんねん。
原文は以下の通り。


この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ、
お土からとれた物、
みな先づ神に供へよ、
それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、
神には献げずに、
臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらぬのぞ、
何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。
今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。
六月の二十五日、ひつくのか三。



冒頭の、

“この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ、”

これも先生と話した事、

すべての事象は、
究極微粒子=“亜”と認識され得る何かの、低振動化であり、
(“亜”から“イ”、
愛(炁)アイ、
イは丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)が下降する様子)

それは、人が持っている振動、
現時点持ち得る振動って言う表現が解り易いと思うけど・・・
それは、
“下”から“上”=低周波振動から超高周波振動の荷電粒子が、
磁性により=ローレンツ力により、
集合して、
それは凝集する。
それが、

“お土からとれた物、”

“ニ”と“三”を(たて棒、コン)で繋いだ字が、
“土”=2~3番目のオーラでもあり、
肉体の磁性=ローレンツ力でもある。
そやから“とれた物”は、
自分の(肉体を持った)心(靈)の動きに、
感応共振した“上”からの振動の事。
それそのものが、
心(靈)の発現の段階になり、
それそのものが霊的進化程度の段階でもある。
ほんでから“上”から“下”に垂れる振動、
それが“靈”と言う字に示され、
(思惑と顕現“その十一”
“上”の思惑と顕現・・・“天の御目” 参照)
その事を、この間YAはんが先生の所に持って来はった、
“道ひらき”の“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、

“コ”は、
停滞して働く意と細分の音義を含む。
そやからその意味は
“凝る”=荷電粒子の凝集した場(フィールド)。
又、
心(靈)・・・こころの“コ”、
事・・・現津(あきつ)=観察され得る事象の“事”=コト、
それは、“コ”と、止める、留まるの“ト”。
そして真、誠・・・言葉成るの“誠”。
言葉成るは、
発振された振動=言の葉(ことのは)が、
現津(あきつ)=観察され得る事象になる事。
そして・・・真実・・・
これは、
真実=真固止の現津(あきつ)=観察され得る事象の固=“コ”でも有り、
ほんでから、“日月神示”の表現なら、
○ 九 十=マコトで、
それは“コ”=“九”・・・
“玉(ぎょく)”=翡翠(ヒスイ)の翠の翆、
その卆の“九”でも有りまんねん。
ほんでから、上つ巻に良く出て来た“九月”の“九”でもある。

そやから“上”の振動が、
今、私達の居てる場(フィールド)に垂れ、
それと私たち自身が、
“身”=肉体と、
“魂”=靈より下位に位置するとも言えるし、
靈の一部が魂とも言い得る。
そやから心(靈)の一部と付属物、
それは、魂と身、
それと感応共振する。
それが、自分達の場(フィールド)を構成して、
○=心(靈)となり・・・
それは言い換えれば、
現時点での地球人の霊的成長度、
認識(悟り、幸取=さとり)の程度、
自分の心(靈)に持ち得る振動で、
そやからこそ事象は、
認識=受信と増幅される。

そやから、
“この世はみな” ←すべての事象は、

“神のものざから” ←示すへんに“呂”で“神”、
相対的に高い振動の回転、
それは“上”からの発振、発信=神の思惑。

それを自分の認識=荷電粒子で構成された心(靈)で感応共振する。
それが受信=認識=悟り、幸取=さとり、でもある。

ほんでからこの中の表現、
“身魂ふとる”

これは、“お土からとれた物、”に、掛かる言葉やけど、
肉体の材料である物質としての食べ物の事だけ言うてるのでは、
決して無い。
“身”と“魂”って言うてるんやから。


そやから先に“魂”が太るから解釈していけば、
そやから、
魂を太らせるって言うこの表現は、
認識(悟り、幸取=さとり)の拡大=霊的成長でしか無く、
それは、
“ひふみゆらゆら”=“一”の磁性と“二”の磁性と“三”の磁性の、
右往左往と左往右往。
結果それは、
“一”=智性=1番目のオーラの拡大に繫がって行く。

補足として言うとけば・・・こんな事は前のブログで何回も言うたけど、
“一”=頭骸骨の磁性、
“二”=両腕と肋骨と肩甲骨と鎖骨の磁性=横の磁性、
“三”=骨盤と両足の骨の磁性。
それを縦に繋いだ状態を“王”と示される。


そやからこの事象で、現津(あきつ)で、
時間の進行と共に、様々な認識を得て行く事に遭遇する・・・
人生ってそう言うもんやけど・・・
肉体を持った心(靈)って言うのんは、そう言う機会を与えられた。
そやから、苦難や試練があればあるほど、
その人の心(靈)は、認識の拡大をする。
それは最初、
霊的に幼い自分の心(靈)の発現は低い段階から始まるから、
本能と欲望中心の行動=創造をする。
そして・・・今とても多い形骸の価値感で動く。
それは、(自分だけ)幸せに成りたいとか、
物欲とか、
感謝とかありがとうとか永遠の幸福とか無限の愛とかの、
言葉だけに酔う。
そやからそれは、
認識が低いからこそその過程で、
(相対的に低い)幸福の概念を持つ。
そして、その人達も右往左往でしかないから、
自分が間違った事をすれば=霊的成長の法則性に則った(のっとった)、
行動=創造をしなければ、
“神の咎め”=“上”からの通信を受けた事象を体験する。
その低い具体例は、今までやって来た事がバレたりもする。
最近はそんなニュースばっかりやな。
そんな事は・・・まあエエわ。

“神の咎め”バチが当たり自省(胸の磁性“十”)する事。
それは、結果として自分自身が、真の幸福の概念・・・
いきなり突拍子も無い事を言えば、
神格化の概念に自分が気付き、
それ以前の段階として、
他者を害さないとか、
傷つけないとか・・・いわゆる外側(外国と幽界)の、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の概念を認識し、
“悪”の事象・・・それを引き起こしているのは、
自分達の心(靈)の動きだという事に気付き・・・
ほんまに“悪”って言うのんは、
自分の中にしかないって事に気付く。

話が逸れてるけど・・・

その段階から更に、幸福=神格化への道を求め、
それは、
肉体の磁性の強化と高い振動の受信に繋がる“行と修行”を求め、
更にその過程で、
自分の心(靈)に対し、
相対的に“上”に位置する、
神の概念を持つ・・・それは、より神を深く認識し、
(アイの)創造を理解して行く。
そして、
より“上”に近付こうとすれば、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”を認識し、
その認識故の行動=創造をする。

そやから、行動=創造には、
“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)が有る事を、
しっかり認識し、
そこまで行けば、
自分がどう生きるのか=どうこの世界に位置して行くのかを、
自分で判断出来る様になる。
そして、
そう言う人たちで構成された場(フィールド)は、
相対的に外側(外国と幽界)の“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の行為は、
無くなって行く。
そう言う現津(あきつ)=観察され得る事象の創造の為に、
霊的成長度の違う人を分ける。

それがアセンションでもある。

そやけど・・・
アセンションの解釈を低いものにしてしまう霊的成長度の人って言うのんは、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の分析が足らんって言うのんか、
只単に、
“悪”を駆逐すれば解決するとか、汚い物は捨ててしまえばよいとか、
そんな程度の認識しか持ってないんやろな。
そして最も程度の低い解釈は、
お部屋のお掃除やお部屋の鏡を磨くとか・・・
そんなものでは、
“上”の心(靈)との感応共振は起きない=天意は伝わらん。
そやからそんな程度の低い解釈をする人って言うのんは、
相対的に、
人生に対して苦難や試練を感じてなくって、
自分の在り方なんて概念はあまり無い人なんやろな。
それは、
たいした体験が無い・・・その事を自分自身が知らん・・・
そやからそれは、
“上”から試練を与えられて無い程度の霊的成長度やからやな。
霊的に幼い・・・そやからそれは、
霊的成長度に応じた試練と苦難しか与えられん。
それが、
S会=紫光会の交霊会での言葉でもある、

神は乗り越えられない試練を与えない

の言葉から得られた認識でもあるやん。

そやから、霊的成長度が低いからこそ、
目先の価値感で一生安泰な高収入の仕事を選択したり
たいして苦難や試練の無い職業を選択したりもするんやろな。
それが、公務員とか銀行員とか・・・投機で儲けるとか・・・
その中でも自分の生きて行く意味を見出していく人も、
少数は居てるやろけど・・・大半はそんな感じやな。
そやからそれは、自分の“力”を増して行く職業ではない。
それはたいした“行”になってない。
ほんでから、
主護霊やオーラや双子の魂って言葉だけ利用する低級な霊能力者とか・・・
それは、
S会=紫光会のT霊媒の言葉を思い出すとよく判る事や。
それは・・・前のブログで先生が言うてはった事・・・
太陽凝視を教えてくれたKさんと先生だけに、
他の人に聞こえん様に、
T霊媒が、交霊会の会場でそっと小声で言わはった事・・・

“毎回、交霊会の度に死ぬ思いだ・・・”

それくらいの苦痛を贖って獲得した事が、
ローム太霊さんの言葉でもあるし、
ローム太霊さんが人に伝えた主護霊の定義と認識でもある。
そやから、
自分が苦痛を贖わんとその言葉だけ使って金儲けするのは、
それは“上”から観たら、
盗む事と等しい。
そやけど・・・今の世界はそれが当たり前になってる。
何でも上手い事利用して自分の利益にする・・・
そやからそれは、
耳心地の良い言葉だけ聴いて、
ありがたいって思う人に忠告したい事でもあるな。
その事自体が自分の基準を持ってない事を示しているんやけど・・・
ほとんどの人がその事を理解出来ない・・・
それくらいこの世界は、
低い心(靈)の発現の人の事象でいっぱいって事でもある。

話を戻して・・・そやから前回も言うたけど、

“ひふみゆらゆら”
それは、
“一”“二”“三”の肉体の磁性の右往左往と左往右往。
それはすべて認識の拡大、1番目のオーラの大きさに繋がる事でしかない。
そやから、
人(日止、霊止)が時間の進行を認識しながら存在してるって言うのんは、
砌(みぎり)と日足(ひたり)の極性、
思惑=日足(ひたり)と、
顕現=現津(あきつ)=観察され得る事象=砌(みぎり)。
それは、
自分の心(靈)がどういうつもりで発振、発信し、
(言の葉)
現象化=創造をして行き、
その時間の進行に伴う変化=現津(あきつ)=観察され得る事象とするのか?
その事が理解出来て無いと、
この上つ巻 第十七帖の言葉の解釈は、
てんで解らへんと思えるやん。

ほんでからこの言葉は、どの“日月神示”の解説書にも書いてある通り、
食べ物の事も言うてる。
それは、
“今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。”

一部の人間が食べ過ぎてるから飢餓と貧困が起きてるって言う事もある。
そして飢餓と貧困は恨みの連鎖の霊的干渉を招く。
心(靈)の発現の程度の低い霊能力者はその事に気が付かん。
或は無視してる。
そんなの関係ない・・・自分の功名心と自分の財布が最も大事やから、
テレビに出て金儲けする。

又・・・話が逸れたやん・・・

そやから物質としての食べ物
その事も言うてるけど・・・決してそれだけの事を言うてるのとは違う。

それが、次の言葉、

“お土からとれた物、
みな先づ神に供へよ、”

最初に言うた物質としての食べ物以外の事、
“土”=“二”“三”の肉体の磁性で獲得した振動を、
自分の霊的進化のための認識(悟り、幸取=さとり)とする事と、
もう一つ、
“上”の思惑の反映した現津(あきつ)=観察され得る事象を創造するには、
自分の内在する神性=智性によるところやから、
それが、
“先づ神に供へよ”
でもあると思えるし、
以下の言葉も同義やと思いまんねん。


“神には献げずに、
臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらぬのぞ、”

“何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。”

自分の中の智性・・・心(靈)の発現として最も神に近い部分、
それを良く認識し、それ故の行動をとる・・・
それは、
太陽凝視を教えてくれたKさんと先生の認識でもある、
“天の御目”でもあるな。

今日はこれくらいにしときまんねん。



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
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(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
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