“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第六話 四方の祈り 北 Kellyさん的解釈“その三”


今回は、前回の文末で述べたこと、“自分の使命を完成”と“完全なる人間の運営”、これを前提に“人間以外の者の働きをその中に呼び出し”(息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)による霊的干渉)、そして “現に見える運びと見せられるその力とを綜合”(息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により自らが観察しうる事象)、これについて述べることとする。

まず最初に“完全なる人間の運営”という文言を見て、自分たちは何を思うか、何を意識すべきなのか、が大事である。 
この言い回しは言われた対象が仮に“完全なる人間”ならば、こんな言い回しをする必要性はなく、お前たちは不完全なのだからこういう説明をしているのだという太霊の思惑を読み取るべきであり、同様に“自分の使命を完成”という言い回しも、当然のことながらこの言い回しをされているローム霊訓講話に出席した人、S会=紫光会の会員、あるいはローム太霊講話集を読んでいる人を対象に“自分の使命”が“完成”していない、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)から観て未熟、あるいは、完成の方向性に向かっていない、だからこそあえてこう述べているのだということを読み取らなければならない。

それでは“完全なる人間の運営”“自分の使命を完成”とはどういうことなのか?

その指標となるべき太霊の言葉は、前回と重複するが“神が人間のために尽されるように、人間にも人間のために尽さして下さいと願う”この人間に尽くす自分というのが“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)であり、このことも前回と重複するが、第二話の“何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ちではないかと思う”につながっていくことであるし、さらに太霊は“この神の気持ちは人間の心の中にもありながら、それを出す時が余り少ないのであって、その半分も無理であろうが、自分のできる範囲でこの神の心を出せばよいのである”と述べられている。
 よって自分が“完全なる人間の運営”“自分の使命を完成”を目指すとするなら(誰もが目指さなければならないのだが)“神自身の本当の気持ち”を考え深く認識し、それを理念として“神の心を出せばよい”=行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)とせよ、ということであるし、その具体的なこととして第六話で“神が人間のために尽されるように、人間にも人間のために尽さして下さいと願う”と述べられ、こう思え、それを意識せよ、と説かれていると思う。
 その点において、“自分の使命を完成”を考えるならば、当然のことながら“自分の使命”を自分の生業(なりわい)や“行”に見出すことができなければならない。 
 またその“自分の使命”は、神の思惑、先に述べた“世為人為”とならなければならない、そうでなければ“上”は認めない、神に認められる人ではない、“完全なる人間の運営”には程遠いということでもある。

 それで世の中=今現在の事象では、あなたのためにとか、人の為にとか、こういった耳心地の良いことを述べながら“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心を行使して、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかをして自分の私腹を肥やしたり、低い功名心や自尊心を満足させている霊的成長度の低い人間が大多数であり、それを太霊は、以前このブログで取り上げたことのある 第五十七話 行業一致の一途の努力 で“世間には真心(まごころ)がなくただ巧言を持って人を籠絡している者も沢山いる”と指摘されており、そして“全力の半分も出さず、或いは殆んど手を下さずに自分の思いを遂げているものもたまにはあるが、普通の人間は努力することによって常に自分を向上させ、また必要なものを得ているのである”と述べられていらっしゃるが、自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)人間ほどこの文の“全力の半分も出さず、或いは殆んど手を下さずに自分の思いを遂げている”に心惹かれるであろうし、自分の願い、祈り、これらがこんなふうに簡単に実現すれば嬉しいからこそ現世利益の形骸の宗教を容認したりインチキ占いや悪魔のささやき中心の低い憑依現象などによる似非(えせ)スピリチュアルに嵌ったりもするだろうし、こんな事例はたくさんあり、それらは“役員づら”の手法であることを幾度となく指摘している。
 しかしそんなことではダメで、そういった人間は“上”は認めないからこそ“普通の人間は努力することによって常に自分を向上させ、また必要なものを得ている”(正当な報酬)、常にこう在らねばならないものであり、そういった人間ほど俗にいう誠実さや律義さを感じるものであるが、その誠実さや律義さは当然のことながら“世為人為”につながっていくものである。

(第五十七話については
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話の記事を参照のこと)


またこのことは、第三話の最後に述べられている以下の文を読むと、今述べたことがよく分かると思う。
どうしたら現在の生活が幸福になるかということであって、これを実現するために人間はあらゆる努力をしている…中略…それとは反対に、働かないで幸福を得ようとする、いわゆる僥倖を願って信仰に入いる者が中々多い
そしてこの文に続く
この殆んど凡ては天の神、地の神と言われる正統な神の操作によるものではなく、一部の奇鬼神や低級な霊達が自分の本能を満足させるために人間に物を与えてその欲望を利用するのである…中略…よくその背後を見極め、自分の信ずる神によって処置しなければならない”。
 
この文の“正統な神の操作によるものではなく、一部の奇鬼神や低級な霊達が自分の本能を満足させるために人間に物を与えてその欲望を利用する”というのは、いうまでもなく低い霊的干渉であり、その霊的干渉を呼び込んでいるのは、自分の低い心(靈)の動き、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心の動き、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であることをよく認識せねばならない。
その低さ、自分の心の“下”、これを認識すること、これが出来なければ“上”が認める“自分の使命を完成”には成り得ないだろうし、またそれは“完全なる人間の運営”には程遠い…当たり前である。

 また、自分の心の動きの“上”“下”を見出すには自己観察(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)(“自分を観察する自分の確立“)が必須であり、それにより自らの心の“上”と“下”を見出し、それが判ったならば“下”(低い心(靈))の心の動きを自分に許してはいけないと思わなければならないものであるがこれができ得る人間はおそらくごく少数でしかなく、またこれが出来る人間は、次の“創造”を担う資格を有している=今後の事象であるアセンション後に移行出来得るものであると、今まで幾度となく述べてきている。

 話を戻し、この文で述べられている“一部の奇鬼神や低級な霊達が自分の本能を満足させるために人間に物を与えてその欲望を利用する”こういうことが、自分の欲望という発振、発信によっておこり、だからこそ“背後を見極め”これそのものが自分の心(靈)の動きによって感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する存在の高低と“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)の方向性を見極めることと同義。 
 このことが先に述べた自己観察(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)(“自分を観察する自分の確立“)でもある。 
 そして今説明したように、自分が“自分の使命を完成”“完全なる人間の運営”、そしてそれに必須の要綱である“神自身の本当の気持ち”を考え、それを理念として“神の心を出せばよい”=行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に活かすならば、“人間以外の者の働きをその中に呼び出し”=自らの“上”の心の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)による“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の霊的干渉があり、当然のことながらそれは“上”が認めることであり、そして “現に見える運びと見せられるその力とを綜合”、この文言は一読しただけでは意味が分かりづらいと思うが、これは、自らの“上”の心の息吹、あるいは“善(神格化の方向性と智性の受信)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により、自らが観察しうる事象も、自分の“上”の心、目上(めうえ)(人(日止、霊止)の進化過程、智性(神性)の獲得と行使)(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)) 
の心の動きと、それに感応する“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の霊的干渉により“綜合”された事象の顕現ということに成り得る、いわゆる“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の無い事象を“創造”する結果となり、それを顕現するのが人(日止、霊止)の使命であると思うし、その根拠たることを太霊は、第二話で“何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ちではないかと思う”と述べられておられるのであり、よって人はそれを目指さなければならないからこそ太霊は、T霊媒=竹内満朋先生の物理霊媒としての力でこの世界に霊訓を垂れ、その太霊の思惑は人の霊的成長であり、さらにそれは人が真の幸福を知り、それを顕現させるには自分の心の動きが大事であるということを教えている。 
 このことは、S会=紫光会の会員は当然のことながら、ローム太霊講話集を読んだ人も含め、今述べたことを念頭において、太霊の説いた人の在り方、今回取り上げている第六話では“世為人為”ということをよく鑑みるべきである(でなければ、太霊がS会=紫光会を設立しローム霊訓講話を行った意義、それとT霊媒=竹内満朋が太陽凝視を教えてくれたKさんと○○○大先生に小声で(交霊会の度に)「毎回死ぬほど苦しい」と述べられたその思い、この二つは報われない)。

 それで今回はかなり複雑な言い回しになったので、その要旨を簡単に述べるなら、自分の心の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は必ず現津(あきつ)、観察され得る事象に様々な霊的干渉と共に顕現するということだが、そこに太霊の述べられた“自分の使命を完成”と“完全なる人間の運営”を考え“世為人為”を理念とした事象の“創造”をせよ、ということである。

 次回は、第六話、および第一話から第六話までの総括とすることとして、今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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