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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、爆睡中に、A野さんの愛犬たち登場!…夢の中で、人間に見られる習性について、犬たちと論じる。 “その十四”(人間じゅんいち君と○○○大先生とKelly、“ほんとうの自分”についてディスカッションする) 


お断り


 この時期(人が霊的成長度の高低を見出さなければならない時期)に、今回の記事を書かせている“上”の思惑、それは同時進行の、
ローム太霊講話集解釈と“日月神示” 磐戸の巻の解釈、
それとこの記事で訴えたいことには、共通の項目があり、
それは今後=アセンション後に移行する人間の在り方ということがテーマなのですが、
お読みになられる方はこのことを念頭におかれまして、自分の在り方を観る=“観自在”をお考えいただければ、幸甚です。 
ちなみに今回も犬は一匹も登場しません。まったくタイトルにそぐわないものになっています(爆)。 
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


○○○大先生会話中 「さて、前回約束した通り三人で話をしよう。 

それでそのテーマとしては、じゅんいち君が考えたこと
多くの人間たちが、自分たちが“自分は何もの”なのか、“なんのために存在”しているのか、これについて深く考えたことがあまりないだろうし、当然のことながらその答えもよく分からない…。
 またその答えを示唆している言葉が“ほんとうの自分というものに近づく”であるような気がする

 これについて三人で話そうと思うがどうだろうか?」

犬じゅんいち君 人間になって会話中 「はい、それでお願いします。 Kellyさんはいかがでしょうか?」
Kelly 会話中 「そうやな、じゅんいち君が今までいろいろ考えてきたことの纏め(まとめ)や、じゅんいち君が追及してきたことの疑問に対する結論の一つ一つが出て来そうな議題やろから、○○○大先生の提案は妥当やな」

○○○大先生会話中「賛同してくれてありがとう。

それではまず“ほんとうの自分というものに近づく”を考えるにあたって、じゅんいち君もつぶやいていたように“自分は何もの”なのか、“なんのために存在”しているのかを考えるべきであると思う。
 そして“ほんとうの自分
というものに近づく”という言い回しは、今現在の自分が“ほんとうの自分”からは程遠いのだということを前提に言っているし、それに気が付かねばならないと思うのだよ」

Kelly 会話中 「そのとおりやな。 そのことに気が付かないで読み飛ばしてしまう人は、このことをあまり考えたことがないのやろな。
(程度の低い霊的成長度の人は自我が肥大してるってことやろから、客観的に自分のことを観察できん、そやからこの言葉に対して何も感じない…そうともいえるやろな)
 
ほんでから、この「まほう色の瞳」かて、著者が平均的地球人の霊的成長度で霊媒体質やろから、その著者の心の動きに感応する憑依現象があって“上”からの通信を受けて書かれた文章やと思うやん。
そやから、この言い回しそのものが“上”、人の霊的成長を望む存在から目線のいい方でもある。 
先ずそれに気付かねばならんと思うやんか」

犬じゅんいち君 人間になって会話中「憑依現象…そうなんですか…100パーセント著者本人の認識由来の文章ではないということでもあるのですね。
そして“上”から目線のいい方…これは納得できることです。 
それと今、○○○大先生がおっしゃられたように、僕を含め人間たちは、自分たちが“ほんとうの自分”からほど遠い、または、意識していない、見出そうともしていない、前回僕が一人で考えていた時、なんとなくこのことに気が付いていた…」

○○○大先生会話中「そうだね。 それは前回、じゅんいち君が一人でつぶやいていたように“僕は低い心(靈)を持っているということを自分自身で分かったりもしたし、その低い心(靈)を観察している自分、低い心(靈)を低いと認識している自分は今までの僕とは違う心の動きだったし、それは低い心(靈)より“上”の心だといい得るのだろう
この言い回しの
低い心(靈)を低いと認識している自分は今までの僕とは違う心の動きだ
というのが大事。 敢えて指摘するまでもないことだったね。
それでじゅんいち君にはちょっと失礼になるのだが、前回のじゅんいち君の言い回しを再び引用させてもらう。 

セブンちゃんに出会った頃の僕は欲望中心の心しか持っていなかったし、その欲望を充たすことが自分にとっての幸せ、自分にとっての価値であると思っていた…というよりもそれが僕の心の殆どだったっていってもいいくらいだ。 
それでこの時の僕はエリナの言葉の“自己知識ということ”そして“自分は何もので、なんのために存在し、ほんとうの自分というものに近づくためには何をするべきか”そして“それぞれの自分の人生をどう生きるべきか”なんて当然考えていないし、これが、ルーカスの自分と人間に対する認識を下げたエリナのセリフ“私たち地球人の起源は動物…中略…それ以上の存在になることはできないし、許されてもいない…中略…わたしたちには絶対に無理よ”…まさにこのセリフの言葉の意味に僕の心が相当している…っていうか、この言葉があの時の僕の心であった…そう言い表すのが妥当であるとも思える。 
 それでこれ自体が、僕自身が明らかに“ほんとうの自分というもの”が分かっているとは言い難いのだと思うし、分かろうともしていない…


 この言い回しの中には二つの重要なポイントがある。
 それは今回のテーマ“ほんとうの自分”そしてもう一つは“自己知識ということ”ということだが、まず“ほんとう”というのはどういうことなのかを三人で話せば“ほんとうの自分というものに近づく”ということが理解できると思うのだが…」

Kelly 会話中「そうやな。 
 そやからそれは“ほんとう”っていう表現は、相対的なことや。 
 そやけど先生が今それを言うた理由と根拠っていうのんは、一般の人たちの既成概念における“ほんとう”っていうことに対する認識が低すぎるってことが言いたいんやろな」

犬じゅんいち君 人間になって会話中「…相対的なこと…その言葉に対する認識が低すぎる…そんな気がしますが、あまり考えたことがありませんでした…。 でも…そうなのかもしれない…」

○○○大先生会話中「さすがアタシと沢山の話をしたKellyには、アタシの意図していることはすぐに分かってしまう。
 それはおいといてじゅんいち君、“ほんとう”っていうのはどういうことなのか、まず考えてみようじゃないか。
 幼稚な質問かもしれないが“ほんとう”の意味と、その反対は何かな」
犬じゅんいち君 人間になって会話中「ほんとう…事実…あるいは真なる何か…真実…そんなところでしょうか。
それに対する対義語は、うそ、ごまかし、にせもの、いつわり、まちがい…。
ちょっと飛躍しているかもしれませんが、誤解、思い過ごし、妄想…。 これらは事実に反するっていう意味合いのニュアンスがあるのだろうけど…」

Kelly 会話中「そうやな。 大体、既成概念とか一般常識における“ほんとう”っていうのんはそういう意味やと思うやん。

そやけど先生が今説明したいこと、ほんまはその“ほんとう”っていう言葉そのものに、もっと高いっていうのんか、深い意味合いがあるってことを説明しようとしてる。

 それは○○○大先生の著書で先生とKellyさんが話した真実=真固止ってことでもあるし、このブログでも(高い振動、電磁波として認識されている)“上”の思惑を、真に固く止める(“日止、霊止”の表記の意味)、それは肉体(月(ツキ))の磁性によるローレンツ力に由来することであり、そのローレンツ力の強化と変容が、肉体組織の結晶化(“玉(ぎょく)”)であり、それがほんまの“行”(“日月神示”表記の“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化)の意義であり、それから派生するのが、チャクラ(荷電粒子の回転を示す)のことでもあったりする。

ものすごくおおっぱに今述べたことの意味は、心(靈)(ヒ)は“上”の思惑=宇宙の中心から注がれれる“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を自分の進化過程と進化程度によって止める。 それ事態が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)ってことやし、それが理由で心=靈は構成されているっていうのが、○○○大先生の認識(悟り、幸取=さとり)や。

ほんでから人の心(靈)(ヒ)の進化っていうのは誰でも一緒ではない。 それは進化程度が違うからや。
そやからこそ価値観や幸福感も、その進化程度、いわゆる霊的成長度の高低で違うし、ほんでから今先生が今言わんとする所の“ほんとう”ってことに対する認識っていうのも違うもんや。 

ほんでからその進化過程と進化程度、いわゆる霊的成長度ってことがあるからこそ、心の“上”“下”があるもんや。

そやからほんまの“ほんとう”っていうのんはさっきも言うたけど、個々の霊的成長度の高低によって認識の程度の差があるものや。 

ほんでからに(たいして霊的成長していない)一般の人が持ってる“ほんとう”って言葉に対する認識は、今じゅんいち君が言うた、事実に反するっていう意味合いのことが中心やろな。 まあ、多少は、真実っていうのんは貴いとか、ほんまに価値があることとかっていう認識もあるやろけどな。

ほんでから今Kellyさんが言った“創造”の“主(ヌシ)”の思惑、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、ってことでもあるんやけど、それを真に固く止める、真固止、っていうことを分かってる人間は居てへんもんや。 
そやからそれが解ってるっていうのんは高い霊的成長度でもあり、“日止、霊止”っていう表記の意味を理解してるってことでもあり、また、神と人間の関係をよく理解してて、その認識が行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の理念になってるから、さっきじゅんいち君が言うてた“ほんとう”という意味合いの対義語、“うそ、ごまかし、にせもの、いつわり、まちがい”なんてことは無くなっていくものやろ」

○○○大先生会話中「そのとおりだ。 “上”の思惑を真に固く止めるのが霊的成長度の高さを示すものであるし、また、真実=真固止、そして古神道の“修理固成”(しゅうりこせい)というのも、霊的成長して真実の世界を顕現せよという意味を感じ取れるものだ。
さらに“日月神示”の表記の ○ 九 十、これは神の雛形の意味合いがあり、それを認識させる言葉がエリナのセリフの“自己知識”でもあるのだし、今Kellyはそのことにも少し触れたが、ちょっと今回のテーマから飛躍しているので、それについては次回にでもテーマにしたらいいね。
 
それで、じゅんいち君が前回つぶやいていたように
低い心の行使で低い価値観と低い幸福感を持ちそれ由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をする…そういう心の人が当たり前、大多数、だから“ブタのけつを見ているアホ”ばかりの世界になっている
これは明らかに“ほんとう”ではないし、真実を顕現させようという心でもない。
換言すれば、霊的成長度の高い=“上”の思惑を真固止としている人間が行っていることではないといい得る」

犬じゅんいち君 人間になって会話中「…なるほど…。
 今、○○○大先生とKellyさんがおっしゃられたことを要約すれば、霊的成長度の低い人間は“ほんとう”っていうことに対しての認識が低い、そして“ほんとう”を自分の考えに活かしていないし行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)にも活きていない…だから“ブタのけつ”が台頭し、それに価値があるとかって勘違いしている“アホ”が多い。
 そしてこの世界は“ほんとうの自分”ってことが解ってる人は少ない。 真実ってことに対する一般の人の認識が低いというのか、真に固く止めるという霊的成長の仕組みすら知り得ない人が大半ということでもある。
だからこそこの世界には“ほんとう”って思えることがあまりない。 当然ですね。

…重複しますが“ほんとうの自分というものに近づく”ってことを考えている人は少ない、それは“ブタのけつを見ているアホ”が大多数の世界、だから真実を軽視しているのかもしれないし(“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行い)、その真実という言葉自体に深い認識があまり無いっていえますね。

 そして人間が目指すべきものが“ほんとう”であるって、○○○大先生とKellyさんの話を聞いて思いましたよ」

○○○大先生会話中「うん、それが理解できたなら今度テーマにしようとしている“自己知識”の議論がしやすいと思う。
 今回はこれくらいにしといたらどうかな」

Kelly 会話中「そやな」
犬じゅんいち君 人間になって会話中「承知しました。 次回もよろしくお願いします」



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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お近くの書店に無いときは
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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