“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 磐戸の巻 第十五帖 Kellyさん的解釈


今回も、磐戸の巻 第十五帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

この方の道、悪きと思ふなら、出て御座れ、よきかわるきか、はっきりと得心ゆくまで見せてやるぞ。 何事も得心させねば、根本からの掃除は出来んのざぞ、役員 気つけて呉れよ。
皆和合して呉れよ。 わるき言葉、息吹が此の方一番邪魔になるぞ、苦労なしにはマコト判らんぞ、慾はいらぬぞ、慾出したら曇るぞ。 めくらになるぞ、おわびすればゆるしてやるぞ、天地に御無礼ない臣民一人もないのざぞ。 病治してやるぞ、神息吹つくりてやれよ、神いぶきとは一二三書いた紙、神前に供へてから分けてやるもののことざぞ。
腹立つのは慢心からぞ、守護神よくなれば肉体よくなるぞ、善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ。 天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました、間違ひの岩戸開きぞ、無理にあけた岩戸開きざから、開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ、今度はメグリだけのことはせなならんぞ、神にはわけへだて無いのざぞ、今度の岩戸開きはちっとも間違ひない、まぢりけのない、マコトの神の息吹でひらくのざぞ。まぢりありたら、にごり少しでもありたら、またやり直しせなならんから くどうきつけてゐるのざぞ。何時迄もかわらんマコトでひらくのざぞ。
一月十四日、旧十一月三十日、 ローレンツ力と ○ の一二ローレンツ力と ○

 この第十五帖を一読して思うことは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”&“役員づら”、これら“石屋の仕組み”にはまっている自我の肥大した人に対して、“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”せよ、である。
それは冒頭の“この方の道、悪きと思ふなら、出て御座れ、よきかわるきか、はっきりと得心ゆくまで見せてやるぞ。 何事も得心させねば、根本からの掃除は出来んのざぞ、役員 気つけて呉れよ”に示されており、なにが霊的成長なのか、なにが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)なのか、何が正しい(正しいは“上”と“下”が合わさった表記、“上”=“創造”の“主(ヌシ)”と、“下”である人間との関係を示唆した表記)のか、神の思惑に適った心の在り方と行動をしているのか=“思惑の顕現”をしているのか、自省(胸の磁性“十”)して考えよ、そうしなければ“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの通信と感応しない、そのことを示唆した言い回しが、“この方の道”であり、それに相反するから“悪きと思ふなら、出て御座れ、よきかわるきか、はっきりと得心ゆくまで見せてやる”といわれており、それは先に述べた“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”、“石屋の仕組み”にはまっている自我の肥大した人であり、さらにこの文の最後で“役員 気つけて呉れ”と述べられ、これまで解釈してきているように“この方”&“役員”は、今後=アセンション後の事象で神の思惑を顕現していく今現在とと違う事象の“創造”を担う霊的成長度の高い人のことであり、その霊低成長との高い人の価値観や認識に対し、霊的成長度の低い今現在の平均的地球人の大多数の人が思うことは“この方の道、悪きと思ふ”である。

 次の文。
“皆和合して呉れよ。 わるき言葉、息吹が此の方一番邪魔になるぞ、苦労なしにはマコト判らんぞ、慾はいらぬぞ、慾出したら曇るぞ。 めくらになるぞ、おわびすればゆるしてやるぞ、天地に御無礼ない臣民一人もないのざぞ。 病治してやるぞ、神息吹つくりてやれよ、神いぶきとは一二三書いた紙、神前に供へてから分けてやるもののことざぞ”の冒頭の“皆和合”は、平均的地球人の霊的成長度の人に対し、今後=アセンション後の価値観、今後=アセンション後の人の在り方、これらをよく理解してくれの意、それは先の“この方の道、悪きと思ふなら、出て御座れ、よきかわるきか、はっきりと得心ゆくまで見せてやる”にかかっている言い回しであるし、これに続く“わるき言葉、息吹が此の方一番邪魔になる”は、“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)と、○○○大先生が著書で述べた息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の意味合いと同義。 程度の低い霊的成長度の心の動きは説明する要はないと思うが、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)(ヒ)、その心の動きに感応する霊的存在は三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心の動きの浮遊霊などであったりするし、それが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の根拠、低い欲望の達成、低い功名心と自尊心などの心(靈)(ヒ)の動きとなっているものである。
(余談だが、実は○○○大先生は“日月神示”に息吹という表記があることを最近まで知らなかった)
 そして“苦労なしにはマコト判らんぞ、慾はいらぬぞ、慾出したら曇るぞ。 めくらになるぞ、おわびすればゆるしてやるぞ、天地に御無礼ない臣民一人もないのざぞ”は、霊的成長度の低い人間には“マコト”“誠”(言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成する)、真実=真固止、○ 九 十 ということを概念でしか知らず、だから誠実でもない、自分の心にも行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)にも真実は無いし、人が神の思惑を顕現する雛形であることを示す○ 九 十 ということも理解できていないから言われており、それを知るには自省(胸の磁性“十”)の“行”=“苦労なしにはマコト判らん”であり、当然のことながら“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”の我欲中心の心の動きを諌めた言い回しが“慾はいらぬぞ、慾出したら曇るぞ”であり、それはまた“めくらになる”でもあるし、平均的地球人の霊的成長度の人間が自分たちが神の思惑を何も解っていない“めくら”であることを示唆しており、それを解るには“苦労なしにはマコト判らん”“おわびすればゆるしてやる”という自省(胸の磁性“十”)の“行”が必要であることを述べているし、“天地に御無礼ない臣民一人もない”は、地球人全員が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を知らず、その道理の実践もたいしてしていないからこそ霊的成長度が低いのだという言い回し。 要は自分たちの低さを解れ、そして“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を求めよ=“マコト”をよく解れということ。
 これに続く“病治してやるぞ、神息吹つくりてやれよ、神いぶきとは一二三書いた紙、神前に供へてから分けてやるもののことざぞ”の“病”は悪い“メグリ”=恨みの連鎖の霊的干渉のことであり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を実践するならば“病治してやる”=“上”との感応があり、まっとうな“道”(時間の進行)を歩むの意味合いで、“神息吹つくりてやれ”は、“上”との感応による心(靈)の動き、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)のこと。 そして“神いぶきとは一二三書いた紙、神前に供へてから分けてやるもののことざぞ”の“一二三”は霊的成長度の高い“一”=智性=1番目のオーラをしっかり発現した心(靈)(ヒ)であり、それは本当の意味での“王”であることを○○○大先生は著書で述べたのだが、要は霊的成長度の高い心(靈)のことを示唆しており、それを“書いた紙、神前に供へてから分けてやる”というのは、今の紙にかかれたもの、祝詞でも経文などでも、(“役員づら”が書いた)本でも、“上”が示した祝詞や経文などを霊的成長度の低い人間が書きなおしたり程度の低い解釈を流布したり、自分たちの都合の良い所だけ抽出して自分たちの権威を示すことに使ったり…それらを霊的成長度の低い人間が読んで程度の低い認識を構築したりして、結果、間違った認識を持ち、低い価値観、低い幸福感が台頭しているから、それをただす意味合いで“神前に供へ”=自分たちと神との関係をよく認識し(すべての事象の判断基準となる天の御目(あめのおめ)の獲得)、認識したなら自分たちは神の子であることを前提に考え行動すべきであり、そうしなければ“うれしうれし”“大歓喜”の事象を“創造”できないのであることをよく解る。 それが“神いぶきとは一二三書いた紙、神前に供へてから分けてやるもののことざぞ”の文言に感じられるものである。

 次の文。
“腹立つのは慢心からぞ、守護神よくなれば肉体よくなるぞ、善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ。 天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました、間違ひの岩戸開きぞ、無理にあけた岩戸開きざから、開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ、今度はメグリだけのことはせなならんぞ、神にはわけへだて無いのざぞ、今度の岩戸開きはちっとも間違ひない、まぢりけのない、マコトの神の息吹でひらくのざぞ。まぢりありたら、にごり少しでもありたら、またやり直しせなならんから くどうきつけてゐるのざぞ。何時迄もかわらんマコトでひらくのざぞ”
 “慢心”というのはいうまでもなく自我の肥大(“石屋の仕組み”)であり、自省(胸の磁性“十”)出来ていない心(靈)であり、平均的地球人の霊的成長度であり、それは“江戸と尾張”腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンまでの進化の段階でしかないし、そういった進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の心の人間が“この方の道”を見たなら自分たちの立場が危うい、受け入れられない、と思うだろうからこそ“腹立つのは慢心からぞ”といわれ、これに続く“守護神よくなれば肉体よくなるぞ、善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ”の“闇の世”は“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が創っている今の事象のことであり、それら程度の低い心(靈)の動きに感応する存在は先に述べたとおり三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)の心(靈)の動きの浮遊霊などであり、それらと感応して“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を示しているのが今現在の成功者と称されている人間でもあるが、それではダメであり、“上”は認めないのであるから、今後=アセンション後の“創造”を担う人としては“上”と感応し、自分の思想を作り理念とし、結果それは神の“思惑の顕現”となるが、それを示唆した言い回しが“守護神よくなれば肉体よくなる”である。 だがこの“肉体”そして先の“病”というのは個人々々のことではなく、砌(みぎり)の顕現、事象の“創造”、思惑により“創造”されたものすべての意味合いであると思う。
 これに続く“天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました、間違ひの岩戸開きぞ、無理にあけた岩戸開きざから、開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ、今度はメグリだけのことはせなならんぞ、神にはわけへだて無いのざぞ、今度の岩戸開きはちっとも間違ひない、まぢりけのない、マコトの神の息吹でひらくのざぞ”の“間違ひの岩戸開きぞ、無理にあけた岩戸開きざから”は、自省(胸の磁性“十”)という要素が無いからこういわれており、“岩戸開き”というのは“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開く、と、これまで解釈してきている通り自省(胸の磁性“十”)という心の動きが無ければ開かない、それはいい方を変えれば、マニピューラチャクラから“上”、第四密度、でもある。
 そして知っておかねばならないのは“だました、間違ひの岩戸開き”では“開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ、今度はメグリだけのことはせなならんぞ、神にはわけへだて無いのざぞ”であり、この“メグリ”はこれまで述べている通り恨みの連鎖の霊的干渉であり、程度の低い心(靈)が創った事象での因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”でもあるし、それを“メグリだけのことはせなならん”=自分たちが贖う(あがなう)ことをしていかねば、本当の自省(胸の磁性“十”)にはならないし、それがまた進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の道筋=“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)でもあることを述べている。
 今述べたことを強調する言い回しが“(今後=アセンション後に移行する際の)今度の岩戸開き(自我の確立、固定化の進化から、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現)はちっとも間違ひない、まぢりけのない(“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”の心の動きではない)、マコトの神の息吹でひらくのざぞ”であり、“マコトの神の息吹”は自分たちが“上”と感応して息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)をするのであり、それは何度も述べるが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”“役員づら”の程度の低い心(靈)の動きではない。
 最後にこれまでも述べてきたが、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をめざし顕現する生命(生きる使命=存在理由)である“マコト”のカタカナ表記の意味合いを述べて、今回はこれくらいにしときまんねん。

 “マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根
 “コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意
“ト”は、止まると云う心、“日止、霊止”のト




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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