“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 磐戸の巻 第二十帖 Kellyさん的解釈

今回も、磐戸の巻 第二十帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

いくさ何時も勝と許りはかぎらんぞ、春まけとなるぞ、いざとなれば昔からの生神様総出で御働きなさるから、神の国の神の道は大丈夫であるなれど、日本臣民 大丈夫とは申されんぞ、その心の通りになること忘れるなよ、早うミタマ磨いてくれよ、も少し戦すすむと、これはどうしたことか、こんなはづではなかったなあと、どちらの臣民も見当とれん、どうすることも出来んことになると知らしてあろが、さうなってからでは遅いからそれ迄に、この神示よんで、その時にはどうするかと云ふこと判りて居らんと仕組成就せんぞ、役員の大切の役目ざぞ、われの思いすてて了ふて早うこの神示、穴のあく程うらの裏まで肚に入れておいてくれよ、この神示の終りに、神強く頼むぞよ。
旧十一月三十日、 ローレンツ力と ○ の一二の ローレンツ力と ○

 冒頭の文“いくさ何時も勝と許りはかぎらん”は、今まで読み解いてきている通り外側(外国と幽界)の事象における戦争のことではなく、内面とか内側(心の中と感じている事)での葛藤のこと、平均的地球人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)である自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”に至る霊的成長は、自省(胸の磁性“十”)、自分の自我を諌めること、このことを“いくさ”と称されており、この文の“何時も勝と許り”というのは、何でも自分の思い通りになるという心の中における砌(みぎり)の極性ことを示唆しており、それではダメ、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していかないからこそ“神の咎め”で自分たちの成長の方向性を示されるものであり、それがまた右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするということでもある。
 そして今述べた意味を引き継いでいるのが次の文“春まけとなるぞ”であり、すでに
日の出の巻 第一帖で解釈している通り“春”という漢字表記は“一二三”のオーラと丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と太陽を示す“日”で構成されていて、それは今までの進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の土=2~3番目のオーラの“業行”(生業(なりわい)と“行”)とは違う段階に入ることを示した表記、あるいは今後=アセンション後の事象に移行することを意味するものである。
そしてひらがな表記((“創造”の“主(ヌシ)”に対する)こちら側視点)の“まけ”は、
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根
“ケ”は、零霊(ぬひ)へ還元の音意と霊より現津(あきつ)への道程、下り魂(ニニゲ)
であるから、“上”の思惑、“上”からの荷電粒子を止めた生命が神の思惑を顕現するの意である。

 これに続く“いざとなれば昔からの生神様総出で御働きなさるから、神の国の神の道は大丈夫である”は、今述べたことを前提に観ればすぐ意味を理解できるが、磐戸の巻でよく登場した“世の元からの生神”、これは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であると解釈してきたが、これがこの事象に顕現して台頭する=“いざとなれば昔からの生神様総出で御働きなさる”ということになり、智性(神性)を獲得しようとしている心(靈)ならばそれは“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に沿っているということを示唆した言い回しが“神の国(心(靈)(ヒ))の神の道は大丈夫”ということ。
 だがこの文には“なれど、日本臣民 大丈夫とは申されんぞ、その心の通りになること忘れるなよ、早うミタマ磨いてくれよ”と記され、それは“なれど”=その進化、“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)にそっているならば、それでよいのであるが、という言い回しであり、たとえ“日本臣民”太陽を取り込み自省(胸の磁性“十”)して神の思惑(丿部(へつぶ))を顕現しようとする人の思惑(乚部(いんぶ))を持っていても、現時点の心の在り方、今の平均的な進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)ではダメであるということをいわれ、だからこそ“上”との感応をしっかりせよ、“行”の意味と意義を知れ、それが“早うミタマ磨いてくれ”=“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化をよく知れ、実践せよ、であり、“その心の通りになること忘れるな”は、先の“生神様総出で御働きなさる”=“世の元からの生神”、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に適う、智性(神性)を獲得する心になるようにしろという意味合いのこと。

 それでこれに続く“も少し戦すすむと、これはどうしたことか、こんなはづではなかったなあと、どちらの臣民も見当とれん、どうすることも出来んことになると知らしてあろが、さうなってからでは遅いからそれ迄に、この神示よんで、その時にはどうするかと云ふこと判りて居らんと仕組成就せんぞ”は、冒頭に述べた“いくさ”の意味、人の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のための“神の咎め”、それを観察した人間は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“仕組み”を知らない=“どうするかと云ふこと判りて居らん”からであり、知らないから“成就せん”のはあたりまえだが、だからこそ大概の人間は当惑し“どうしたことか、こんなはづではなかったなあと、どちらの臣民も見当とれん、どうすることも出来んことになる”ということになる。 またそれは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を認識していないからであり、認識させない役割が“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)でもあるが、“役員づら”の金儲けのためのてんで低い解釈を受け入れている霊的成長度の低い人間が大半なのが現状、だからこそ“ほんとう”ということを鑑みることが(あたりまえだが)必須であり、その意味で“それ迄に、この神示よんで、その時にはどうするかと云ふこと判りて居らんと仕組成就せんぞ、役員の大切の役目ざぞ、われの思いすてて了ふて早うこの神示、穴のあく程うらの裏まで肚に入れておいてくれ”を読めばその意味はすぐ分かるものであると思うが、せめて“役員づら”と今後=アセンション後のために“ほんとう”のことを示す人間=“役員”、その違いくらい判別できるようになるのが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)ということを知る最低の条件でもある。
 また“日月神示”を読んだとしてもそういった解釈は出来ない人が大半であり、“役員づら”の“日月神示”解釈本などを読んで、“上”が何を示しているのかを考えている人間が少なすぎるからこそ“穴のあく程うらの裏まで肚(はら、“江戸と尾張”、自我)に入れておいてくれよ、この神示の終りに、神強く頼むぞよ”といわれているに過ぎない。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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