“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 磐戸の巻 第二十一帖 Kellyさん的解釈


今回も、磐戸の巻 第二十一帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

元の大和魂にかへれと申すのは、今の臣民には無理ぢゃな、無理でも、神に心向ければ出来るのざぞ、どうしても今度は元のキの儘の魂にかへらんとならんのぞ、かんじんの神示むやみに見せるではないぞ。
仕組こわれるぞ、今に神示に書けないことも知らさなならんから、みみから知らすから、肚から肚へと伝へて呉れよ。
節分からははげしくなりて、はげしき神示はかかせんぞ。天明 神示の御用はこれでしばらく御用すみぞ、その代りみみ掃除しておいてくれよ。
旧十一月三十日、 ローレンツ力と ○ の一二 ローレンツ力と ○

 冒頭の“大和魂”は、如何にも右翼傾向の強い自我の肥大した人が我田引水な勝手な解釈をしそうな言葉だが、この文では“元の大和魂”そして“かへれと申すのは、今の臣民には無理”と述べられている。 
それで、この“元の大和魂”という表記は、磐戸の巻を中心によく登場した表記の“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)の、“元”であると解釈するのが妥当。 
また、本来“大和魂”という言葉は、初出が源氏物語の少女(おとめ)の帖とされ、その概念は、漢才、中国などから流入してきた知識・学問をそのまま日本へ移植するのではなく、あくまで基礎的教養として採り入れ、それを日本の実情に合わせて応用的に政治や生活の場面で発揮させる、そのために漢才に対し、和魂、という概念が出来たとされており、そのうちに大和魂という言葉は、机上の知識を現実の様々な場面で応用する判断力、能力を表す、というような意味につかわれ、さらに江戸時代中期以降の国学の流れの中で上代文学の研究が進み、大和魂は、本居宣長が提唱した「漢意(からごころ)」と対比されるようになり、「もののあわれ」「はかりごとのないありのままの素直な心」「仏教や儒学から離れた日本古来から伝統的に伝わる固有の精神」のような概念が発見、付与されていった、と、されており、江戸後期になると国学者によって、日本の独自性を主張するための政治的な用語として使われるようになり、明治時代に入ってからは、西洋の知識・学問・文化が一気に流入したので、岡倉天心らによって、それらを日本流に摂取すべきという主張が現れ、大和魂とともに和魂洋才という語が用いられるようになり、その後、日露戦争戦勝以降の帝国主義の台頭に伴い、国家への犠牲的精神とともに他国への排外的、拡張的な姿勢を含んだ語として用いられ、大和魂という言葉も専ら日本精神の独自性、優位性を表現するものと解されるようになったが、ここまで来るとかなり本来の意味を見失っており、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の勝手な都合で使われた概念に成り下がっている感がある。
(この大和魂の意味は、Wikipediaから引用&編集した)
 要は、本来の“大和魂”の意味するところ、机上の知識を現実の様々な場面で応用する判断力、能力、が大事であると思うし、第二十一帖の表記では“元の大和魂にかへれと申すのは、今の臣民には無理ぢゃ”と述べられているから、“今の臣民”=平均的な霊的成長度の地球人は、神が示す進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を、机上の知識を現実の様々な場面で応用する判断力、能力、で、観て分析することが出来ていない、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が書き換えた概念を既成のものと認識しているから、“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を、自我の肥大(“石屋の仕組み”)で、勝手な解釈をしているという言い回しにしか取れないし、こういう解釈が妥当であると思う。 
よって“元の大和魂にかへれと申すのは、今の臣民には無理ぢゃな”は今の平均的地球人の認識が低すぎ、いい換えれば霊的成長度が低すぎであるからいわれている言い回しであるということ。
それで“元の大和魂にかへれ”“今の臣民には無理ぢゃな”に続く“無理でも、神に心向ければ出来るのざぞ、どうしても今度は元のキの儘の魂にかへらんとならんのぞ、かんじんの神示むやみに見せるではないぞ”は、常々述べている天意の受信、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振で自らの心を構成し、智性(神性)由来の心の動きを持ち、事象も智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)で観察していくならば、“出来るのざぞ”といわれている。 何度も述べたことだが、智性(神性)の獲得は“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことでしかないから艮(うしとら)の金神は最初に黒住教で朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を教えたという経緯がある。 その太陽凝視による“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化が、“一”=智性=1番目のオーラの大きさの変容になり、“上”から注がれる高い振動と感応し、自分の思惑と神の思惑が段々一致していくようになるが、そこまでいくには最初“下”のチャクラの強化から始まるので、やはり何十年と太陽凝視を頑張って(元の気を張って)行わなければならないものでもある(これは○○○大先生が自分の“行”中心の人生を振り返って思うこと)。

これに続く“どうしても今度は元のキの儘の魂にかへらんとならん”の“元のキ”の表記は、“元”は先に述べた“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)のことであるし、“キ”は、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、“キ”の音根はモノの現れを示す、その音根に現わし得ざる心の素幸霊(スサノオ)(生物)自ら明津(アキツ)させんにぞかし(ぞかし という表記は、…だぞ、…だよ、…である、強く念 を押して断定する意)と記されているので、この事象に顕現した生命=現わし得ざる心の素幸霊(スサノオ)(生物)が、観察しうる事象を自分の心の動き、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により、より良いカタチにする=自ら明(太陽と月、日足と砌(ひたりとみぎり))津(ツ、中心の意)させんにぞかし という解釈が成り立ち、先に述べたように文末に“ぞかし”と述べられているのは、生命(心の素幸霊(スサノオ)(生物))が、自ら観察しうる事象を自分の心の顕現とするということであり、それがまた神の子としての生命(生きる使命=存在理由)であるということを強調して述べられている。
それで今の平均的地球人は、自分たちが神の思惑を顕現する生命(生きる使命=存在理由)であるなんて自覚も持っていない。 神や仏や宗教を知識で知っていても、“上”と人間の関係を見出していないものでもある。 要は認識が低すぎ。
いうまでもなく、神や仏など“上”のことを知るための既成の宗教は腐り果てており、平均的な霊的成長度の地球人の心における神や仏など、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)に対する認識は、低すぎるものでしかないことを今まで幾度となく述べてきているが、それだからこそ“どうしても今度(アセンション後)は元のキの儘の魂にかへらんとならん”といわれており、“元のキの儘の魂”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をよく知り、それを理念とした生命になる、そうなれよ、といわれており、そのために“日月神示”は書かれたが、大概の人間は神に対する認識が低いから“日月神示”を見ても勝手な解釈をしたり“役員づら”になり商売に利用したり形骸の権威を誇示したり…要は“石屋の仕組み”(帯電するミネラルが固まっていない=真固止ではない=腹の水(“江戸と尾張”の“江”)、自我の肥大であるが、そういった人間が大半だからこそ、“かんじんの神示むやみに見せるではない”といわれ、“日月神示”に真実=真固止、“ほんとう”、磐戸の巻によく出てきた“マコト”、これを見出す人間が少なすぎることをいわれているのだという感がある。

次の文の“仕組こわれるぞ、今に神示に書けないことも知らさなならんから、みみから知らすから、肚から肚へと伝へて呉れよ”は、今の仕組みは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きによる“創造”で、経済中心、自分たちの薄っぺらい幸福を求めることが主体、要は目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)(ヒ)で“創造”された事象だから今の仕組みはこわれるのは当たり前であることが述べられ、この文の“みみから知らす”は、霊媒体質の霊耳(れいじ、憑依現象により霊的存在の声が聞こえると感じ(感じる磁性)ること)のことではなく、天意を受信して自分の思想にせよの意である。 
そしてそれを“肚から肚へと伝へて呉れ”、独り神(ひとりがみ、日取り神)になる過程として、個の意識として進化した生命である人間は、自我主体の心をもっているが、“肚(はら、自我)から肚(はら、自我)”というのは、個の意識が個の意識に伝えよ、という意味合い。
(個の意識は集合意識に対しての表記、集合意識は自我の確立=固定化固定化が出来ていない進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)、人間以外の動物はまだその段階)
 そしてそれは“今に神示に書けないことも知らさなならん”のであり、実際に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目的として生業(なりわい)なり“行”なりをするにあたっては、個の意識であるそれぞれの人の“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応が必須であるということを述べていると思う。

 次の文。
“節分からははげしくなりて、はげしき神示はかかせんぞ。 天明 神示の御用はこれでしばらく御用すみぞ、その代りみみ掃除しておいてくれよ”
 この文の“節分”は、年中行事の節分のことではなく、今後=アセンション後のこと、それは進化過程の切り替わり、地球も人も今までの進化の段階を卒業する、それがアセンションの意義であり、だからこそ人は霊的成長度により区分けされるものでもある。 
 それで“節分からははげしくなりて、はげしき神示はかかせん”は、時期が変わったなら=アセンション後の事象に移行したなら、もうそれは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の人間を諌める必要はなくなる、それは今後=アセンション後に移行できない進化程度の低い人間は居なくなるからこそ“はげしき神示はかかせん”ということであり、さらに“天明 神示の御用はこれでしばらく御用すみ”は、ここまでの“日月神示”が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”を諌める内容が多かったということであると思える。 
だからこそ磐戸の巻では、“マコト”という表記が多用されていたのだとも思える。
 そして“その代りみみ掃除しておいてくれ”は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”を諌めるような文章を書かせていたのだが、それはもう“御用すみ”で、もっと“上”と感応して自分の認識をたかくせよ、“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を知り、“行”をして、“上”と感応しろよ、という意味合いで“みみ掃除しておいてくれ”といわれているのだと思える。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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