“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” キの巻 第三帖 Kellyさん的解釈

今回も、キの巻 第三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神様にお祈りすれば、この世の地震、荒れ、逃(のが)らせて下さるぞ、皆の者に知らしてやりて下されよ、この方 イの神と現われるぞ、キの神と現われるぞ、シチニの神と現はれるぞ、ヒの神と現はれるぞ、ミの神と現はれるぞ、イリ井の神と現はれるぞ、五柱の神様 厚くおろがめよ、十柱の神 厚くおろがめよ。
三月八日、ひつぐの神しらすぞ。

 冒頭の“雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神様”は、日の出の巻 第十八帖 の解釈からコピペ。

“雨の神”はこれまで解釈してきたとおり“メグリ”(帀)と左右に分かれた点四つは“上”からの荷電粒子の取り込み。
“風の神”は空気の取り込みによる電磁誘導、いわゆる空気の呼吸。
“地震の神”は地が震える、地は“石”(帯電するミネラル)と土=肉体(月(ツキ))の意味合いで、震えるは振動を発するの意。
“荒の神”は低振動、“下”三つのチャクラの振動。
“岩の神”の岩は岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開くことの岩。


 これは肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)の進化の秘密を“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が示しているものである。 
 また霊的成長、神格化、“ほんとう”の進化というのは、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)の変容であり、心(靈)(ヒ)と肉体(月(ツキ))が高振動を獲得するようになるのが、現津(あきつ)、観察され得る事象の変化ということになり、今の低振動で構成された醜い低い事象からの脱却ということになる。 

 それで、今一般に流布している御利益を説いた形骸になった宗教やインチキスピリチュアル、インチキ霊能力者などが述べるただ拝めとか感謝するとかただお布施を払えとかはすべて“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いであり、そんなものに“ほんとう”は無く、ただの騙しであることを見抜かなければならないし、、見抜けないならそれは、同類、同じ霊的成長度であり、ただ低いとしか言いようがないものでもある。
 その意味で、今取り上げた文に続く“お祈りすれば、この世の地震、荒れ、逃(のが)らせて下さるぞ、皆の者に知らしてやりて下されよ”は、この肉体(月(ツキ))の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の秘密を知り意識して“上”に霊的成長することを誓うならば=“お祈りすれば”、自分の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)と進化した心が“創造”する事象ということに成りうるからこそ恨みの連鎖の霊的干渉の現象が消失するものであり=“この世の地震、荒れ、逃(のが)らせて下さる”、それを知らなければ自分たちが“観察と認識”しうるこの事象は、相対的に今より良くなる=神の思惑を顕現していく事象になっていくということで、それを知ること、それを実践することが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の必然であり、進化した人間、“日止、霊止”が果たすべきは神の“思惑の顕現”であり、それはローム太霊がローム太霊講話集の第二話で述べられた

何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ちではないかと思う。この神の気持ちは人間の心の中にもありながら、それを出す時が余り少ないのであって、その半分も無理であろうが、自分のできる範囲でこの神の心を出せばよいのである

という文言に説かれているものであるから、よくこの文言の意味を理解せねばならない。

(“皆の者に知らしてやりて下され”と述べられているから、ちょっとお節介な述べ方をさせてもらった)
 
 これに続く“この方 イの神と現われるぞ、キの神と現われるぞ、シチニの神と現はれるぞ、ヒの神と現はれるぞ、ミの神と現はれるぞ、イリ井の神と現はれるぞ”については、カタカナ表記、“上”から視点の表記の意味が大事なのでそれをまじえながら解釈を述べる。

 まず“イの神と現われるぞ”、
“イ”は、生気生命の発生力、アイ、愛(炁)の“イ”でもある。

“キの神と現われるぞ”、
“キ”の意味については、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”に、天地の精気 モノの現れを示す音根、その表し得ざる心の素幸霊(スサノオ)自ら明津(アキツ、現津(あきつ)、観察され得る事象)させんにぞかし と述べられているから、心(靈)(ヒ)が観察しうる現津(あきつ)、事象は、自らの心の発振、発信、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によるものであるという意味合いであり、これはとても重要なことで、自らの心が感じる外側(外国と幽界)の事象であろうが内面とか内側(心の中と感じている事)であろうが、すべて自分たちの“創造”によることであるという意味合いでもあるし、自らの心は、天地の精気=振動、波動、の取り込みにより事象の“創造”をするという意味合いのことでもある。

“シチニの神と現はれるぞ”、
“シ”は弱き光 と称され、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)意 “慈(しげる)”のシ。
“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)。
“ニ”は、物を固らし縮め、またやわす 物を固めるにその固めしを、また、ゆるめにもそれ用いしぞ (その形を変え調いへる言霊の霊引となす)。

“ミの神と現はれるぞ”、
“ミ”は生命の幹 その現実。

“ヒの神と現はれるぞ”、
“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ。 心(靈)(ヒ)、日、火。

“イリ井の神と現はれるぞ”、
“イ”は前述した通り。
“リ”は、生命根源の、張り、広がり。
それで“井”は漢字表記、被造物である人間の視点での表記で、“井”の意味としては、象形文字で、四角い枠型を象り、元は、「形・刑・型」の一部である「ケイ」の音とされている。 要は枠、形作られた何か、という意味合いであると思える。

 それで“この方 イの神と現われるぞ、キの神と現われるぞ、シチニの神と現はれるぞ、ヒの神と現はれるぞ、ミの神と現はれるぞ、イリ井の神と現はれるぞ”の解釈の総括としては、“この方”=進化した生命、“現われるぞ、現はれるぞ”=この事象に顕現する、という意味合いで、それは“イ”であり“キ”であり“シチニ”であり“ヒ”であり“ミ”であり“イリ井”であり、要は進化した生命が事象に顕現し、この事象を自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“創造”していくのであるということが説かれている。

 それでこれに続く“五柱の神様 厚くおろがめよ、十柱の神 厚くおろがめよ”の、“柱”は“木”と“主(ヌシ)”で構成された字で、“木”は、胸の磁性“十”と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)であり、“主(ヌシ)”はローレンツ力と|(たてぼう、こん、縦の磁性))と“一二三”のオーラで構成された“王”であり、“五”は糸巻の象形文字だから、進化した肉体(月(ツキ))が持つ神経線維が密になった様、それはコイルでもあるし、“十”はシンクロトロン放射の構造を示すもの、“慈悲”と“慈愛”という心の発現、生命(生きる使命=存在理由)としての最終段階である“日止、霊止”の意味を持つ ○ 九 十 、それは、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)と、“一”=智性=1番目のオーラと丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で構成された“九”、そして胸の磁性“十”を指した表記であると思えるし、(“上”からの荷電粒子を止める意である表記の)“日止、霊止”の進化の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)が“五柱”と“十柱”であるから、“厚くおろがめよ”と述べられているものである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。


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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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