“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” キの巻 第六帖 Kellyさん的解釈

 今回も、キの巻 第六帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

道場開き結構でありたぞ、皆の者 御苦労ぞ、知らしてある様に道開いて下されよ、天と地と合せ鏡ぞ、一人でしてはならんぞ。
桜咲く所、桜と共に花咲くぞ、夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ、戦すんでからが愈々のイクサぞ、褌しめよ、役員も一度は青なるのざぞ、土もぐるのざぞ、九、十、気付けて呉れよ。
神示よく読めよ、肝腎のこと判りては居らんぞ、一のことぞ。
ローレンツ力
ローレンツ力ローレンツ力三(ひふみざぞ)。
三月十一日、ひつぐの神。

冒頭の“道場”を、何とか道場と解釈するとまったく意味が通じず、これは“道”=時間の進行、“場”=自らの心が観察して認識しうる現津(あきつ)、観察され得る事象、場(フィールド)ということである。 
このことを前提に“道場開き結構でありたぞ、皆の者 御苦労ぞ、知らしてある様に道開いて下され”という文言を観れば、“天と地と合せ鏡ぞ、一人でしてはならん”=天意、“上”との感応をして自らが感じ(感じる磁性)観察しうる事象の“創造”をせよ、人間だけでは良い事象の“創造”=“結構”な“道場開き”は出来ないのだ、という、この文言の意味がすぐ分かるものである。
そして“結構でありた”“道場開き”は“天と地と合せ鏡”、“上”との感応で“創造”され得るその事象が“桜咲く所、桜と共に花咲く”という揶揄(やゆ)した言い回しをされているが、いうまでもなくそれは、今の“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きが台頭する醜い恨みの連鎖の霊的干渉に満ち満ちた事象とは大違いであり、“上”と感応=“天と地と合せ鏡ぞ、一人でしてはならん”という事象は、“善(神格化の方向性と智性の受信)”が顕現し、この“善(神格化の方向性と智性の受信)”ということ事態が“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応であり、“上”と感応したならば自らの心の動き、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を許さない、そういった人だけの世界ならば、恨みの連鎖の霊的干渉は生み出されず、当然のことながら“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きの、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか、ということは無くなるものである。
それが“ほんとう”の(“日月神示”表記の)“うれしうれし”“大歓喜”ということだと思えるし、そこに霊的成長度の高低においての区分け、アセンションの意味があるものである。

この文言に続く“夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ”の“マケ”に関しては、磐戸の巻 第三帖の解釈から以下にコピペしておく。

“春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマゲドンとなるのざぞ、早う改心せんとハルマゲドンの大峠こせんことになるぞ”の“マケ”の表記の意味であるが、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”では、“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根、“ケ”は、零霊(ぬひ)へ還元の音意と霊より現津(あきつ)への道程、下り魂(ニニゲ)と記されているので、やはり、神の子としての生命(生きる使命=存在理由)である人が事象の“創造”をするの意がある表記だと思えるし、これに春夏秋冬が当てられてるのは、地球の公転により四季があるのであるから、宇宙の中心(“創造”の“主(ヌシ)”の場(フィールド))と、黄道十二宮などの天体、そして太陽と地球、これら位相の変化により“上”からの荷電粒子の取り込みに変化があることを指し示しているし、そうやって生命(生きる使命=存在理由)である心(靈)(ヒ)は育っていることを指したのが春夏秋冬と“マ”と“ケ”の表記の意味であると思える。 
要は霊的成長ということの一端として“上”からの荷電粒子を取り込み自らの心(靈)(ヒ)と成していく、それには時間の進行(“道”)が必須であり、それには完成に至る周期というものがあり、“創造”の“主(ヌシ)”の計画としてのアセンションは、宇宙の“創造”と生命の完成という点で大きな周期といえ、それが“ハルマゲドンの大峠”と示されていると思う。


 それで“夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならん”というのは、四季=天体の運行による“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の取り込みの変化を指し、そうやって人(日止、霊止)の心(靈)(ヒ)は育つのだという意味であり、それは磐戸の巻 第三帖の“ハルマゲドンの大峠”=霊的成長度の高低における区分けであるアセンションを乗越せ、その資質を得よ、ということであり、それは次の文言の“戦すんでからが愈々のイクサぞ、褌しめよ、役員も一度は青なるのざぞ、土もぐるのざぞ、九、十、気付けて呉れよ”の“戦”=自らの心の中の葛藤、自省(胸の磁性“十”)をして、それは“日月神示”表記ならば“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”これがどんどん進む、自分の在り方を考え鑑みることが、“愈々のイクサ”ということである。 そして“褌しめよ”は、自我という心の動きを構成している腹の縦の磁束と横の磁束の表記で、“しめよ”は自我を諌めよという意味合いのこと。 その自我を諌めることの辛さ、またどんなに進化した心であろうが(独り神(ひとりがみ、日取り神)になるため)自我という心の構成は必須、よって自我を諌めること自体が苦痛や苦悩であるから、そしてそれは霊的成長度の高低に関わらず必ず体験しなければならないことであるからこそ“役員も一度は青なるのざぞ、土もぐるのざ”ということ。
これに続く“九、十、気付けて呉れ”は、○ 九 十 の、“九”と“十”、これは、“九”が“一”(亜から出ずる、アイ)あるいは“一”、智性、1番目のオーラ+乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)+丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)であり、“十”胸の磁性“十”、“慈悲”と“慈愛”の心のことである。

これに続く以下の分は非常に重要、そしてごく短い文で霊的成長の仕組みを示しているものであるが、“一二三”のオーラのことが理解できていないとまったく意味が通じないものでもある。
()内に注釈を入れておく。
“神示(“上”が示した進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)
よく読めよ(よく理解し実践せよ)、
肝腎のこと判りては居らんぞ(進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のことが全く理解されていない。 また、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して独り神(ひとりがみ、日取り神)になることが人間としての、生命=生きる使命=存在理由である)、
一(ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”、そして、智性(“一”、1番目のオーラ))のことぞ”

 さらに次の文で、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の取り込みで、人は霊的成長し、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)するのだということが示唆されているし、事象の“創造”は自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、“一二三”のオーラによるものであることが簡潔に示されている。
“一
ローレンツ力ローレンツ力ローレンツ力 三(ひふみざぞ)”
1番目、2番目、3番目のオーラの構成は、“一”=智性=1番目のオーラを構成するローレンツ力
ローレンツ力、二番目のオーラを構成するローレンツ力 ローレンツ力、三番目のオーラを構成するローレンツ力 ローレンツ力、であり、ローレンツ力ローレンツ力 そのものが“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応であるし、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の取り込みにより心(靈)が構成されているものであるし、先に述べたことと重複するが、現津(あきつ)、観察され得る事象の“創造”というのは、自らの心(靈)(ヒ)の動き、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)“一二三”のオーラの発振、発信により、なされるものである。

今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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