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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさん、爆睡中に、A野さんの愛犬たち登場!…夢の中で、人間に見られる習性について、犬たちと論じる。 “その二十” (人間じゅんいち君、前回○○○大先生と会話したことを鑑みる)


…例によってKellyさん爆睡中…

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犬じゅんいち君 人間になって会話中 この間の大先生との話…僕に課せられたこと、○○○大先生が“このテーマを深く追求することについて、君に託すこととする”っておっしゃられたこと…。

“きれいな金”“汚い金”そして“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬

それと…○○○大先生が話された瞬間に、すごく考え込んでしまうって僕が思ったこと…その言い回し…。

“人間関係におけること、例えば、相手を信じる、相手に誠意を尽くす、相手の成長を願う、相手の幸福を思う、相手を愛する、あるいは誰かを愛する、これらの言葉の前に“ほんとう”って言葉を足して考えると、いかにアタシたちが“ほんとう”ではない、君が考えた“真固止の人間”からほど遠いか分かっていくものだ。
そして“ほんとう”、真実、真固止(“修理固成”(しゅうりこせい))、誠(“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)が完成する)、っていうのは、実際、厳しいことなんだけど、その厳しさは苦しみではなく、君がセブンちゃんに言ったようにうれしいものでもあるし、喜びを感じるものなんだよ


こんな難しい内容のことをさらっと言ってのけてしまう○○○大先生…○○○大先生は自分の人生でこれまで如何にこれらのことを深く考えてきてらしたのか…それはどれくらい“ほんとう”では無い人間関係で悩んだのかってことでもあるんだろうけど…そのことを感じさせる…憶測だが…。 

…本題に戻ろう。 

まず“汚い金”っていうのは、それ自体が“汚い”って感じる、認識するってことが無ければならない。 それは前回○○○大先生と話した通り、“汚い金”を汚いって思っていない、あるいは汚くたって儲かればいいって思っている人はとても多いし、今の世界はそれが当たり前でもある…。
いうまでもなくそれは、“汚い金”でも、“汚い金”を得る行為でも、自分にとっては価値があると思う=“ぶたのけつを見ているアホ”ってことだろう。

また“ほんとう”の価値を持たない何か=“ブタのけつ”を利用して、“ぶたのけつ”に価値があるかのように見せかけて“アホ”から金を巻き上げる手法、それは…それがっていうのが正鵠(せいこく)を射た(的を得るの意)言い方になるんだろうが、それが“汚い金”ってことになる。 
また、その手法、“ぶたのけつ”で“アホ”から金を取る、それは“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方に問題があるが、このこと自体、一般には問題視されていない感があるものだ。 儲かりさえすればいいんだから。
そしてそれは…その手法に“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きである、騙す、欺く、嘘をつく、が台頭している、だがその手法を上手にこなしたのがインプリンティング(刷り込み(すりこみ)、刻印付け)であったりもする。

だけどそれは、僕や○○○大先生の見方では“汚い金”を得る低劣と思われるやり方であり、それは奪うってことに等しいが、奪われた方は奪われたってあまり思わない、あるいは思わせないやり方ってことでもあるんだけど、それが見せかけの報酬、いつか犬○○○大先生と犬Nominyanさんと犬Senyapooさんと話した“エサ”に相当するもので、奪われたと思わせないようにする…これも明らかに、騙しであり、欺くことであるんだが、結果として“ブタのけつ”が価値のあることかのように“アホ”を騙している…。 
しかしこれに騙され、あるいは騙されていようが、見せかけの報酬、“エサ”に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)夢を抱いて(通貨としての)金を払う人間はとても多い。
そのこと自体が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きを容認する…それは多くの人が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であるから、いい換えれば、同じような霊的成長度だからきれい汚いはどうでもいいってことでもある。
そして大半の人は、その低い霊的成長度であるからこそ、騙して(通貨としての)金を儲けてもいいんだと思う…思っている…そんな価値観が当たり前。
だからそれは、その双方が同じような霊的成長度だから…物事に“ほんとう”を見出さないとか、自分の思想に“ほんとう”ってことが、あまり、無いからだろう。
それだからこそ、今考えていること、(通貨としての)金のきれい汚いは、たいして論じられない、問題にされない、また“汚い金”を得てでも自分の思う(“ほんとう”ではない)幸福を得たいと思う人は多いのだろう。

しかしそれは“ほんとう”を見出していないからこそ“ブタのけつ”で喜んでいる“アホ”ってことでもあるし、金のきれい汚いってことを論じること自体がナンセンスだって思う人間は多いと思える…。 

そしてこの間○○○大先生がfacebookの書き込みの後半に書いたっておっしゃられていたこと。

“それで今後、霊的成長度において区分けされるアセンションが起き、低い存在がいなくなる事象になったら金の精はどうなっていくのか…という話をしたが、アセンション後は(通貨としての)金の無い世界になるから、金の精も進化して、“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬に関わる精になっていくのではないのかな…という話をさせてもらった


この言い回しの中の“金の精も進化して、“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬に関わる精になっていく”…またもや○○○大先生はこのことをさらっとおっしゃられたが、“正当な報酬”って言葉にいったい何を感じるのか、何を思うべきなのかってことがすごく問題であるとも思う。

それは、さっき考えていた金のきれい汚い、汚い手法を使って(通貨としての)金を儲け成功者と褒めそやされたなら、そのこと自体に必ず“正当な報酬”としての“神の咎め”があるのだろう…。 それが右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするだからだ。
そして“神の咎め”、これは“汚い金”を得ようとする心の動き、それは“どういうつもり”(思惑)で行動するのかってことでもあるのだけれど、“汚い金”を得ようとする心の動きっていうのは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きだから、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかだから、恨んだり恨まれたりするものでもあるだろう。 

そして、その恨んだり恨まれたりという心の動きの中で金の精は存在し、活躍をするってことにもなるだろう。

だからこそ○○○大先生は
金の精も進化して、“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬に関わる精になっていく
ということを指摘したと思われる。 それは今の金の精が低い、それはこの書き込みの前に○○○大先生が書かれたこと

“(通貨としての)金の精というのは幼稚な存在であることがローム太霊講話集で述べられている。 
それは人の“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)に関わらず、金が好きならその人に加担する。 
それで今の事象では、幼稚な進化過程の人が金持ちであり、その金持ちの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は低く、だからこそそれに感応して集まる金の精も幼稚である。 
またそれは今の事象には、“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬、ということが台頭していない、また金の精自体が“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬ということを認識できる進化をしていないということでもある


前回この書き込みのことを教えてもらった時も思ったけど、
金の精というのは幼稚な存在
そして
人の“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)に関わらず、金が好きならその人に加担
そして
幼稚な進化過程の人が金持ちであり、その金持ちの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は低く、だからこそそれに感応して集まる金の精も幼稚である

これは今僕が考えていたことの

“恨んだり恨まれたりという心の動きの中で金の精は存在し、活躍をする”

これを具体的に○○○大先生は指摘していない…きっとこのことを僕に指摘させようと、気づかせようとしたのかも…しれない。
 
 だがこのこと、“恨んだり恨まれたりという心の動きの中で金の精は存在し、活躍をする”
よくよく考えればこれは当然のことだな。

 そして、低い霊的成長度というのは自分の都合しか考えない、自分の都合しか考えないから自分のためにしか“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を使わない、それは“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)ではないって指摘も出来るが、それ以前に“善悪”を自分の行動や思想に活かしていない、善と悪ってことを言葉でしか知らないからただただ自分の欲望のために生き、他者を利用し、“力”を自分のために使い、金を集め、低い欲望を充たし、そして恨まれるってことでもある…さらにそういった人は“神の咎め”として汚い金を失ったり、形骸の地位や名誉を失ったり、失墜したなら、自分が悪いと思わずなんだが、自分が悪いって思わない、自省(胸の磁性“十”)しないってこと事態が、低い心ってことだし、その心の動きが自分以外の何かに対する恨みや妬みって心(靈)の動きになるものだろう。
それが、○○○大先生が指摘した“幼稚な進化過程の人が金持ち”ってことの裏側にあることであり、その人たちの心の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に感応する金の精は“金の精も幼稚である”ってことになる。 

 そしてここまでのことを考えて僕が思うのは…こういった恨みや妬みという心の動きを“ほんとう”に体験し“ほんとう”に分かり、それが自分たちにとって“ほんとう”に害を及ぼす霊的干渉になる、それが○○○大先生の訴えている恨みの連鎖の霊的干渉の元になっている、そのことをよく知り、自分の認識(悟り、幸取=さとり)としなければ、先に少し思った、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をすることとしての“神の咎め”を受ける意味も無ければ意義もない。 

 それは“神の咎め”自体が人を育てることにつながるからだ。
 進化(霊的成長、神格化に向かうこと)導くことにつながるからだ。 
 それは絶対に間違いのないことだ。

だが“ブタのけつを見ているアホ”って霊的成長度の人間ならば“神の咎め”があるなんて真剣に思っていないだろうし、“神の咎め”自体が自分の生き方を示唆することだなんてあまり思わないだろうし…それは先に思ったように幼稚な進化過程の人は、単なる失敗とか、運が悪かったとかって勝手なことを思うだろうが、その思い方そのものが自分中心、自我の肥大、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の考え方の…前回の○○○大先生の言葉を借りるならば、犬の卒倒…ワンパタン…ワンパターンなんだろう。

そしてそのワンパターンな考え方は、実に自分にとって都合が良いことしか思わないもので、そこに自分がやってきたこと、“汚い金”を得ようとしてきたこと、それが“悪(心の動きの本能化と低振動化)”だと思わない、思ったとしても無視してきたこと、それに対する“正当な報酬”が、“神の咎め”、自分の生き方を“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が示しているなんてことに気付かないか、思っても無視するんだろう。

…ちなみにセブンちゃんに出会う前の僕なら、こういった考え方をしたかもしれない…それは、セブンちゃんが僕に行った“初対面のメス犬をナンパして、たくさんエロいこと言って、挙句の果てに究極犬芸(チンチン)して、自分の逸物を見せびらかしてるんじゃないわよキ~~~クッ!!”を自分の低劣なエロい心(靈)由来の行動に対する“神の咎め”だとは思わなかっただろうし、セブンちゃんキックがあの時の低い心が台頭していた僕に対する“正当な報酬”だとも、多分思わなかっただろう。

でも僕はセブンちゃん と話した時にこういった。

“僕には、君が今言った“私とあなたが思うオス犬とメス犬の関係の認識”…その違いと、“深遠で神聖なつながり”とか“貴さ”がよく分からないんだ。 
だから僕は知りたい…“私とあなたが思うオス犬とメス犬の関係の認識”…その違いを…”


そして

“君と話して、君の思う“オス犬とメス犬の関係の認識”を知る前に、もっといろんなことを知らなければならないと思う。 それは…僕には、さっき君が話していたことが僕の心に残っている。 さっき君は、以下のように話していた。
“このときのアズキ君の言い回し“そうだ。そうだ。人間は正当な報酬以上の何かを求めるから大げさになるんだ”と、キナコちゃんの言い回しの“そうよ。そうよ。人間は欲張りすぎよ。分相応ってことを忘れてるのよ”。
この二人(二匹)の言い回しには、自分たち(人も含め)犬が、どう在るべきなのかってことを感じさせます”って。 
だから僕は、君の彼のアズキ君とその同居犬、彼らと話して、“まっとうな犬の在り方”を知りたいと思う”


あの時僕がこう思い、そのことを口にしたからこそセブンちゃんは
あなた自身の認識の糧にしようとする、あなたの心の動きが貴い
と言ってくれたのだ。

また、このセブンちゃんの言葉を聞いていなかったら、僕は何をどう考えていいのか…分からなかったかもしれない…一つ間違えたなら、自分は悪くないとか、自分のせいではないとか、自分を正当化するようなことしか考えなかったかもしれない…また、やけくそになって、目先の快楽を求めるとかの低劣なエロい行動をしていたかもしれない…。 
その低劣なエロい行動の中で自分を擁護する…これは自我の肥大ゆえのことだろうが…今の僕にはそれが自分を育てることになっていないことがよく分かる。 
よって目の前の事象、それが自分にとってどんなに不都合なことだろうが、それ事態を自分の“認識の糧”とすること、僕は僕の心を諌め僕の心の中に“ほんとう”を求めようとしてきた…手前みそだが、これは間違いないことだ。
だから僕は僕にとって都合の良い考え方を自分に許さなかったし、人間セブンちゃんに“ほんとう”の友人という光栄な言葉までかけてもらう資格を得たのだと…自画自賛になってしまうが…思うものでもある。

…なにか、今考えていることはテーマから外れているような気がしないでもないが、低い心は恨み妬みが台頭し、それは自省(胸の磁性“十”)って心(靈)が無いからでもあるだろうし、だから今金持ちなのはその低い心の段階の進化過程といい得るし、恨み妬みという心の動きを盛んに行っているといえる。 
さらにその低い進化過程に感応する(通貨としての)金の精は幼稚で低いから金持ちに加担する。
しかしそれではいけないっていうのが○○○大先生のfacebookの後半の書き込みの

それで今後、霊的成長度において区分けされるアセンションが起き、低い存在がいなくなる事象になったら金の精はどうなっていくのか…という話をしたが、アセンション後は(通貨としての)金の無い世界になるから、金の精も進化して、“善(神格化の方向性と智性の受信)”における正当な報酬に関わる精になっていくのではないのかな…という話をさせてもらった
という文言の裏にあることなのだって思う。

○○○大先生会話中 唐突だがじゅんいち君、もうそれくらいでいいんじゃないかな。

犬じゅんいち君 人間になって会話中○○○大先生! びっくりしました。 でも…僕の考えは…まとまったものでなく整理が出来ていないとは思いますが…。

○○○大先生会話中うん、それはおいといて、君はもう十分考えたし、その考えはじゅんいち君自身の認識になっていると思うよ。 
次回君と話す時は、今回君が考えたことをアタシとまとめればいいよ。

犬じゅんいち君 人間になって会話中 はあ…それではお言葉に甘えて、次回お話しできる時を楽しみにさせてもらいます。

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Kelly 会話中 …ちゅうことで、次回のこのカテゴリーでは○○○大先生とじゅんいち君が話して、今回じゅんいち君が考えたことをまとめ、そして多分おせっかいな○○○大先生が補足みたいなことを述べるって展開であることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
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アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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