“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第七話 死の前後 自然死の場合 Kellyさん的解釈 第七話の総括


 さて、第七話の解釈“その一”“その二”で述べてきたように、平均的地球人は“自然死の場合”であっても
一つの時が来ると自分の肉体を抜け出していかなければならない、ということは幽体がもうその不完全な肉体の中に存在出来なくなる
のであり、それは
人間は完全な寿命が終らないでも”と前置きされていて、要は、平均的な地球人の人生では“完全な寿命”を過ごすことが出来ない、それは霊的に未熟だから“その二”で取り上げたように死んでからも“八道”という霊的成長の“道”(時間の進行と認識しうること)を体験し、自分の在り方やどういった心の動きをしなければならないかなどの指標となる“理(ミチ)”(法則性)を体得しなければならない。
 
 それは、進化=霊的成長と神格化への道のりというのは、とても長いし、平均的地球人はまだまだ未熟であり、心(靈)(ヒ)が育っていない自我が肥大しやすい全く幼稚な心(靈)であることを、ローム太霊講話集のこの文章を読んだならば、よく考え、自分たちの未熟さを自分で指摘すること(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”、そして“自分を観察する自分の確立”)も必須であり、そして“その二”で太霊が述べておられる“八道”を正しく自分に課すということが大事、そしてそれは自分の智性(神性)という心で自分の心(靈)を観ることでもあり、さらにそれは太霊が述べておられる
幽体の離脱を楽にするために、人間が常に努力しているのが精神統一であり又信仰である
の“精神統一(肉体、幽体、霊体、神体、の統一)であり又信仰である”という文言の裏にある意味合いであることを感じ取り、それは太霊の思惑として、生きている間にそれくらいのことをしておけよ、ということであると思う。
またこの“精神統一”については、第一話の解釈で以下のように解釈したから、コピペしておく。

「第一話でいうところの“精神統一”に対し、ローム太霊は“四つの体が統一されてその統合した力を発揮し、種々な活動をする状態が真の精神統一なのである”と述べられておられるから、肉体、現界、そして幽体と幽界を感じうる自らの心(靈)が持つ低い振動だけでなく、霊体、霊界、そして神体、神界を感じうるのは本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動で構成された自らの心(靈)の、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動で構成された部分で、要は自らの心(靈)が持つ一番上の振動は智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)なのだが、智性の発現の少ない平均的地球人を対象に述べられていることとして、その智性(神性)を中心に自らの心(靈)とするならば“四つの体が統一されてその統合した力を発揮し、種々な活動をする状態が真の精神統一なのである”ということになると思うし、そう思う根拠は、この世界が、(あまり智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)の無い)自我の肥大した人の活躍で“創造”されており、恨みの連鎖の霊的干渉に満ち満ちており、もうすぐこの世界そのものが崩壊の局面に至るからである。
よってローム太霊が第一話で使った“精神統一”という言葉の示唆することは、本能から智性(神性)まですべて統一せよということ」

そして第七話の要としては、先に取り上げた
幽体の離脱を楽にするため…中略…精神統一であり又信仰である
であり、人間が生きている間、現界という事象に存在しそこにおける“観察と認識”において、自分の在り方を鑑みて自分の心=霊を育てる、そして死んでからも心=霊は育つこと、その指標が正しい “八道”であることをよく思わねばならない。

(ちなみに“正しい”というのは“上”(“創造”の“主(ヌシ)”)と“下”(人)の思惑を取り込んだ事象である)

 そして、心=霊が育つ、このこと事態を今の未熟で幼稚な地球人は知らなさすぎるから、それを教えるためにもローム霊訓講話は行われていたのだということを、ローム太霊講話集に縁があった人はよく思うべきであると思う。

 それで第七話で少しだけ触れられている “不慮の死”というケースもこの事象=現界には台頭しているが、それは恨みの連鎖の霊的干渉の結果であり、これ自体を生み出しているのは自分たちの低い心(靈)の動きであり、これにより死んだ霊的存在のほとんどは、恨みの連鎖の霊的干渉に加担する悪霊ということになり、その心(靈)の動きは仏教でいう所の三毒、貪、瞋、痴(とん、しん、ち、)であり、幾度か述べたことだがその意味は

● 貪は、むさぼる、本能由来の行動。
● 瞋は、怒って目をかっと見はり、相手をにらみつける様子。例えば、瞋恚(しんい)は、自分の心に反するものを憎み怒り恨む憎悪の心の動き。
● 痴は、知恵が足りない、おろか、理性を失ったさま、夢中になることの意(痴の異体字は、癡(おろか)、仏教が教える煩悩のひとつ、無明ともいう、万の事物の理(法則性)にくらき心をさす)。

であるが、こういった心の動きが台頭する心=霊は、智性(神性)無き心であり、“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”“自分を観察する自分の確立”が出来ていないのであり、自らの心(靈)(ヒ)の動きに智性(神性)が足らない、智性を行使していない目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)(ヒ)が台頭している霊的存在といいうるものである。

 だからこそ太霊は、太霊と霊縁あった人にそんな存在になって欲しくないと思われたからこそ
大切なことは、人間が生まれてから死ぬまでの間に積み重ねたプラス (善行)とマイナス(悪行)との総計であって、それが少しでもプラスになっていれば善い人間と認めるべきであるが、誰しも聖人としての幽界入りは望ましいにしても、普通の人間は零(ぜろ)でもよいからマイナスにならないように心掛けて修行すればよい
と述べておられるのであり、これがまた太霊自身の“慈悲”と“慈愛”に満ちた文言であることを読み取るべき。

 また、今の平均的地球人の心(靈)(ヒ)の動き、今生きている人間が、自我の肥大をしていて傲慢でわがままで稚拙で幼稚で…悪口ばかりだが、それは如何に霊的成長していないのかということであるが、それを示す文言が
幽体が完全に目覚めた時に先ず何を見ようとするかというと…中略…目に映るのは塵埃のない鮮明な景色ばかり…中略…所がそのうちに、段々自分の心の中にさまざまなものが見え出してきて…中略…その時にどうも変だな、自分は死んだのではないかと気が付く位になっていれば、余程確りした霊であるが、これが次に来る非常な寂しさの第一歩となるのである。それは人間がよく言う野原の中に裸(はだか)で立たされたと同じで、どこを向いても心に映るのは荒れ野ばかり、それが生まれたての赤子のような幽体にしみじみと感じられる。初めのうちは誰に縋(すが)るという気持も起こらないが、次第に寂しさが増すにつれて必ずこれまで信仰していたイエスとか釈迦とか観音とか不動とかを心の中で念ずるようになり、それが高(こう)じてくると最後には、どんなに立派な人間として生きてきた者でも、声の限りに叫び出す
であり、如何に今の人間が、“ほんとう”の信仰を持っていないのか、それは、自分が霊的に幼稚であるかを知らない、またそういった自覚が無い、これは自分の存在の意義が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)だということも知らず、だからこそ、神と人間、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と“下”(低い心(靈))である人、“創造”の“主(ヌシ)”が贈り送ってって来る振動を、(肉体(月(ツキ))の磁束で)止める“日止、霊止”という関係を“ほんとう”に認識していないのか、このことを示唆する文言でもあるし、先に述べたように平均的地球人の信仰や、“精神統一”の未熟さということをよく知り、自分の在り方を自分が深く鑑みることをしなければ、霊的成長のステップを上ることが出来ず、それが現状出来ていないから恨みの連鎖の霊的干渉の結果としての“不慮の死”が今の事象=現界で台頭しているということを知るべきでもある。

 それで
完全な人間は年を重ねて死期が近付くと、いわゆる老衰の状態に入いる…中略…その期間中は本人が眠っている間に背後の霊が肉体から離脱する幽体の仕上げに努力されている…中略…最後の時が来ると、普通の場合は額と臍(へそ)との二ケ所で肉体と幽体とを繋いでいる二本の線が断ち切られるのであるが、これが切られると、幽体は大体手足の方から抜け始める。それをこちら (霊の側) で見ていると、一時間ほどで頭部が真白な状態で浮かび上がり、四、五時間たつと幽体が全部出来上がって暫(しばら)く死体の上に留(とど)まってから、多くはその左側に横たわるのである”の“幽体は大体手足の方から抜け始める
の理由は、生物の進化が縦の磁束の発現から始まり、脊索が脊椎(骨に進化)になり、縦の電磁石となり、そして足が発達して、手が発達してきたという“改”で述べた経緯があるからで、それは手足が水平磁場の構成に関わり、縦の磁束だけではサイクロトロンという不安定な荷電粒子の回転にしかならないが、進化した肉体(月(ツキ))が持つ手足はそれ自体が電磁石の構造を持ち、それでサイクロトロンがシンクロトロンになるということを未刊行の<6>で述べたが、このことを考えれば太霊が説明されたことが納得のいくことでもある。

 それと、自分と“主護霊”との関係を示唆した文言が、今取り上げた文の続きである以下の文。

それをある程度その儘にしておいた後、先祖と背後の霊がその者に当てられた城郭の一定の場所に運んで行って、背後霊の保護の下に自覚させる時間が来るまで寝かしておく。そこ期間はまちまち…中略…幽体自身にすればほんのゆうべ寝てけさ起きたのと変りない…中略…幽体が目覚めると、それまで付いていた背後霊は凡て去り主護霊も自分の分霊だけを案内役に残して行ってしまうが、ただ主護霊にはその者を永遠に指導する使命があるから、その後(あと)後(あと)も呼べば必ず出て来る

 この“主護霊にはその者を永遠に指導する使命がある”という“主護霊”に関する大事な情報、これは人間が、いい方を変えればそれぞれの心(靈)(ヒ)が、“主(ヌシ)”になる、成りうる、ということであり、それ自体が生命の存在の意味と意義であり、それは独り神(ひとりがみ、日取り神)になるということであるが、以前述べたように、“主護霊”を、自分たちを守護する霊とか、ただ守っているとかの幼稚な解釈が台頭しているのが現状で、その低い解釈を広めたのは“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)であり、そんな甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)解釈を信じているのは自分が甘いのであり、御利益しか求めない稚拙な心(靈)であり、ぼたもち坊ちゃん(ローム太霊講話集316頁の表記)でもあり、先に述べた神と人間の関係を深く認識しているとはとても言い難い稚拙な認識である。
それで“主(ヌシ)”という字が示す意味はそんなものではなく、この字を構成しているのは丶部(ちゅぶ)と王であるが、丶部(ちゅぶ)はローレンツ力であり、それに|(たてぼう、こん、縦の磁性))と“一二三”のオーラの意味を示す字が“主(ヌシ)”であること、

主(ヌシ)の解字
 
それは“創造”の“主(ヌシ)”=独り神(ひとりがみ、日取り神)になるということであるし、それを護る存在が、あるいはそうなっていくために“理(ミチ)”(法則性)を示しながら、共に進む(“道”(時間の進行))存在が、“主護霊”であるということを付け加えて、第七話の総括を終え、次回のこのカテゴリーでは「第八話 病死と事故死の場合」の解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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