“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

○○○大先生的バシャールの文言解釈“その三”


 バシャールの文言の解釈の三回目です。 原文は以下の通り。

「毎瞬毎瞬、自分はまったく違う人間なのだ」ということがわかり始めると、毎瞬毎瞬、自分の望むものをなんでも、より自由に創造することができるようになります。
毎瞬毎瞬を、常にゼロから出発することができます。
すると、自分でかたくなに信じようとしない限り、過去に起きたことによって、いまの自分を左右される必要がなくなります。
基本的には「すべきだ」とか「すべきでない」というものは本当は存在しません。
心配や疑いは、もう古い観念で、自分のまわりに創りたい現実とは、 まったく関係ありません。
自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください。
喜びより、心配の方が力をもっていると思って行動を起こさないでください。

 一読すると、とても間違えやすい言い回しであるな…との印象を受ける。 その間違えやすい言い回しは
“自分の望むものをなんでも、より自由に創造することができるようになります”
そして
“毎瞬毎瞬を、常にゼロから出発することができます”
“過去に起きたことによって、いまの自分を左右される必要がなくなります”
“自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください”
という、甘い誤解を招きかねない文言であると思う。

冒頭の“「毎瞬毎瞬、自分はまったく違う人間なのだ」”というのは、常に自分の心(靈)は動いており活動しており息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)しており、“道”(時間の進行)に伴い、変化するものだということを述べている。 
それは心の発振、発信でもあり、思想を構築していく過程でもあり、そうやって時間を認識しながら心(靈)(ヒ)は育っていくものである。
 また“毎瞬毎瞬”の心(靈)(ヒ)の動きにおける霊的干渉、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)ということも述べている。
 それを強調した言い回しが“毎瞬毎瞬を、常にゼロから出発することができます”であると思う。

 さらにそれは自分の心(靈)の動きによるもの、自由であるから、
“基本的には「すべきだ」とか「すべきでない」というものは本当は存在しません”
という言い回しがされており、誰もが、あるいは、どんな存在だろうが、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に向かう道筋の歩み方は、自由なのだ、何を思いどんな行動をしてもよい、という言い回しであると思うが、この文言も誤解を招きやすい文言であると思えるし、この文では、自分の思想や行動に自己責任が伴うということをしっかり述べていないし、そこまで述べるべきであるが、この辺がチャネラーによる通信の欠点、憑依現象は不安定で、すべてを述べない、大事なことが欠落している、それは、チャネラー自身のエモーショナルな部分が反映している言い回しであると思える。
 それはおいといて、これは、あなたたちは縛られているのだ、だからこういう言い回しをしているのだ、ということを感じ得るものである。

 また、自分たちの低い心(靈)、目下(めした)の心が、低い情動、恨み、妬み、羨望etc.という心の動きになるのだが、そういった心の動きでは、今の事象と同じ世界しか創り得ない、ということを述べていると思う。
 それが本文の
“心配や疑いは、もう古い観念で、自分のまわりに創りたい現実とは、 まったく関係ありません。 自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください。喜びより、心配の方が力をもっていると思って行動を起こさないでください”
という言い回しの裏にあることと思う。

 それは、今後=アセンション後というのは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きが台頭している人は移行することが出来ないことを幾度となく述べているが、この言い回しの“心配や疑いは、もう古い観念”というのは、先に指摘した低い情動、恨み、妬み、羨望etc.ということだと思うし、その心(靈)由来の認識が、もっと金が欲しい、物が欲しい、幸せになりたい(この場合の幸せは低い幸福の概念)、自分を目立たせたい(ディスプレイ(動物の発情行動))、などという目下(めした)の心(靈)由来のことすべてが“古い観念”であるといえるからであり、“ほんとう”の喜びを知らず、見出せず、見出そうともしていないから、“心配の方が力をもっていると思って”=スワディスターナチャクラの発達過程による認識、不安、いらだち、焦燥、という心の動きが台頭して、それに立ち向かい、アドレナリンを出させたりしているものと思う。
 だがそれは、今後=アセンション後における“自分の現実の中に欲しくないもの”であり、それが、低い情動、恨み、妬み、羨望etc.という、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、の進化過程、ことにスワディスターナチャクラの発達過程での心(靈)(ヒ)の動きである。
 そしてそれは、今後=アセンション後における“自分のまわりに創りたい現実”ではないから、そう在ってはならないから
“まったく関係ありません。 自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください”
ということであると思う。
 また、今述べたことを強調する言い回しが
“自分でかたくなに信じようとしない限り、過去に起きたことによって、いまの自分を左右される必要がなくなります”
であると思う。

 要は、(平均的地球人の)今までと、違う価値観を持て、もっと高い幸福の概念を知れ、ということであり、これが出来なければ、今と同じでしかなく、それは自我の確立=固定化という進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)から脱却できない、今より“上”の振動を取り込むことが出来ないのだが、それを自分で決めているという言い回しが“過去に起きたことによって、いまの自分を左右”であり、その観念に縛られていることが“自分でかたくなに信じよう”=自分で自分を“古い観念”で縛っているという言い回しであると思う。

 この目下(めした)の心(靈)(ヒ)による“古い観念”、それは、一般常識、既成概念、固定観念(固着観念)、思い込み、先入観、あるいは石頭、融通が利かない、因習、決めつけ、偏見、色眼鏡、あるいはこだわり、マニュアル馬鹿……etc.ともいいうるが、これらすべて、著書で述べた“事象を観察する視野が狭い”ということの意味合いのひとつでもある。 
そして認識(悟り、幸取=さとり)が狭いということでもある。 
またこういった思考パターンは、自我由来のことでもあると思う。 
具体的には、これが正しい、これは間違いではない、自分は間違っていない、これでいいのだ(バカボンのパパのセリフではありません)……etc. これは“日月神示”表記の“われよし”の意味合いのひとつということでもある。

そしてこの思考パターンは、ものの見方、見て考えること、いわゆる現津(あきつ)、観察され得る事象の観察に影響を与えているものであり、だから自分達の霊的成長にとって、貴いものに気付かないとか、“ほんとう”の価値を見いだせないとか、わざわざ低いものを選択するとか…ということになりかねない…というよりも、大半の地球人がこういった状況であると思える。 それは“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)の甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)誤解を招く手法にはまっている人の方が、圧倒的に多いからでもある。

 また、薄っぺらい幸福の概念由来のものの見方で、人生の目的を間違えている人が大半。
それは、人生は霊的成長のためにあるという自覚も無く、(通貨としての)金の奴隷であったり、目先の快楽の追及にいそしんだり(八戒(低い欲望に対する八つの戒め)の生業(なりわい)の“行”)、そしてそれらの価値観が経済優先ということの裏にあったりもして、結果として恨みの連鎖の霊的干渉を生み出して増大させていることは著書で述べたが、これらは、同じ価値観、その価値観由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)であり、これは霊的成長度が同程度の人間は同じようなことをするということで、それが当たり前、それが常識、と思い込んでいる人が多く、よって自分たちが低い心(靈)(目下(めした)(動物の心(靈)の段階))の動きで行動していることなど考えもしないし、当然そういった気付きも無い人がほとんど。
これはローム太霊の霊団の概念に一致するものであり、ただ肉体(月(ツキ))を持っている霊が人間であるからこの概念に当てはめて人間を見ることが出来にくいと思うし、先に述べた金の奴隷、八戒(低い欲望に対する八つの戒め)の生業(なりわい)をすること、それには低い霊的存在の感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)があるし、それは肉体を持った霊=人と、それに感応している存在は、同程度、そしてその両方があって霊団というものを構成しているが、太霊はそこまでのことをローム太霊講話集で述べていると思う。

今指摘した“事象を観察する視野が狭い”による「狭い認識」、そして目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)の心(靈)(ヒ)の動きによる価値観と幸福感、これにとらわれているのが平均的地球人のほとんどであり、これから、今後=アセンション後は、それと違う認識と価値観と幸福の概念が台頭するものであるから、まず自分が持っている“古い観念”を古いと認識しうることが大事、これも自己観察で、自分の心(靈)を見張ることになっていくものであるし、これが出来なければ“古い観念”を今後=アセンション後は必要ないと認識しえないだろうし、今までと違う“自分のまわりに創りたい現実”を“創造”しえない、今後=アセンション後の事象を自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“創造”し感得することが出来ませんよ、ということであると思う。

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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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