“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

○○○大先生的バシャールの文言解釈“その四”


 バシャールの文言の解釈の四回目です。 原文は以下の通り。

忍耐強くなければと思うと、逆に耐えられなくなります。
いまに生きて、起きていることのすべてを楽しんでいるときは、なにかもっといいのが来てくれるのを待っているわけではありませんね。
そして、そういうときには忍耐も必要ありません。

 この文言も甘い解釈をされがちな印象を受ける。

冒頭の“忍耐強くなければと思うと、逆に耐えられなくなります”の、“忍耐強くなければ”というのは、先に解釈した(その三)“古い観念”であることを読み取るべき。  “その三”で述べたように、以下コピペ。

“心配や疑いは、もう古い観念で、自分のまわりに創りたい現実とは、 まったく関係ありません。 自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください。喜びより、心配の方が力をもっていると思って行動を起こさないでください”
自分たちの低い心(靈)、目下(めした)の心が、低い情動、恨み、妬み、羨望etc.という心の動きになるのだが、そういった心の動きでは、今の事象と同じ世界しか創り得ない、ということを述べていると思う。

この“古い観念”、これは自分を縛る既成概念で、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、の強化の段階における心(靈)の動き、不安、焦燥、が台頭している心だと、それは、
● 自分の人生に対する認識が足りませんよ、
● 自分の人生が霊的成長のためにあるのだということを認識できませんよ、
ということであると思うが、これも幼稚な霊的成長度の人を対象にした、一見、優しく簡潔にまとめた言い回しであるな…大人が幼稚園児に対して説明するような言い回しであるな…という印象と、チャネラーのエモーショナルな心(靈)の動きが介入した表現であるとも思う。

それで、
“いまに生きて、起きていることのすべてを楽しんでいる”
というのは、高い認識を持った時点での人生の“観察と認識”があってゆえのことであること。 それはこの後に続く“なにかもっといいのが来てくれるのを待っているわけではありません”という言い回しの意味をよく理解しなければならない。 
その意味は、自分を育ててくれているともいいうる、自分の霊的成長度における現津(あきつ)、観察され得る事象の遭遇=“いまに生きて、起きていることのすべて”は、甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)考えゆえの“楽しんで”ではなく、すべての事象が自分を育ててくれている、すべては“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の采配である、換言すれば神の采配ともいえるが、自分の成長にとって必要なことが起きるものであるということをよく認識しているならば、ということを前提に述べられていることを読み取るべきである。
そしてその認識がしっかりできているならば、すべての事象が自分にとって必要なことであるという認識(悟り、幸取=さとり)があるならば、それはもう“忍耐”ではなく、現津(あきつ)、観察され得る事象との遭遇を“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)に任せればよいのであるから、
“そういうときには(人生が霊的成長のための事象の遭遇の場であることを認識したならば)忍耐(という自分を縛る概念など)も必要ありません”
ということであると思う。

 だがこれは、ローム太霊がいう所の“粘りとやせ我”の概念とは全く違うことを蛇足ながら述べておく。 
粘り”は、根張りで、それは、“日月神示”の日月の巻 第三十帖で述べた、“根”、これは “天津御空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)”“天一根(あめひとつね)”の根と同義、進化すればたんぱく質が寄り集まり自凝(おのころ)して島になり、それは人の肉体が持つ様々な器官の発現のことでもあるし、様々な器官がチャクラ(荷電粒子の回転を示す)を構成するということ、そしてその“根”は、“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子を止める、それは進化過程、霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階、このことを示すのも“根”の意味。 今述べたことを前提に人を観るなら、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)程度が低ければ、程度の低い心(靈)しか発現しない、高い“根”を持っているならば高い心が発現する、というのが“天津御空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)”の“根別(ねわけ)”の意味合いである。

話しを戻し、言葉に対する認識ということも述べておく。
霊的成長度の低い人ほど、言葉の表面しか分からない、その言葉の意味合い、“どういうつもり”でその言葉が使われているか、ということが分かり得ないものであるから、自分にとって都合の良い甘い解釈をしがちであるが、アタシ的にこの文言を観るならば、先に述べたように人生に対する深い認識を持っていなければこの文言のいわんとする所は理解できないのではないのかな…という印象を持つ。
 それは、霊的成長度の低い者の、言葉の使い方、言葉から感じる意味合いや言い回しは、“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)が“誠”(言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成する)ではないということも知るべきであるし、ありていに言えば、その言葉は誠実でもなく、意味合いも深くない、ただ言葉をもてあそんでいるに等しい、ということであるが、それがまた平均的地球人の霊的成長度における行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)の特徴であるともいいうるし、バシャールは人生における深い認識を持って自分を観よ、と述べていると思うが、程度の低い人は“いまに生きて、起きていることのすべてを楽しんでいる”そして“忍耐も必要ありません”という文言しか印象に残らないで、その言葉に甘い解釈をしているのではないのかな…という憶測をしてしまうものでもある。

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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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