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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

○○○大先生的バシャールの文言解釈“その六” (N先生のリクエスト その二)

 
 N先生のリクエスト、今回は、前回取り上げた文の続き、以下の文を解釈し、さらに前回と今回取り上げた文言の総括とさせてもらいます。

皆さんの想像、イマジネーションというものは、他の次元への扉となります。
どんどん使ってください。
そして、歴史の中で特に自分の興味が引かれるような時代がある場合、その時代に自分が深いつながりをもっていることがよくあります。
あなたが、そのような時代に過去世を持っていた可能性はよくあります。
ただ、いまの人生では、あるひとつの時代に興味をもち、他の人生では、よその時代に興味をもつ、ということもあります。
いまの人生が、他の時代のどの人生と一番結びついているかは、いまの人生によってわかります。
意識的に自分の他の人生を知っているのも、道具としては役に立つのですが、私たちから皆さんをみていると、この人生をよりよく生きるためには、自分の過去世を知っていなくてはいけない、と思い込んでいる人がたくさんいるようです。
本当は全く反対です。
いま自分がいるところを充実して生きることによって、他の自分の人生をより簡単に知ることができます。

 いつもバシャールの文言を読むと思うことだが、質問に対する回答というカタチでメッセージが伝えられているので、述べていることが場当たり的な説明になっており、きちんと“上”が伝えなけければならないことをあいまいなカタチで説明しているという感がある。 
それでこの文も、読む人の霊的成長度が低ければ、認識が低ければ、間違った甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)解釈をしそうな文章であると思える。
 
 冒頭の“想像、イマジネーションというものは、他の次元への扉”それを“使って”というのは、“上”であろうが“下”であろうが、人間だろうが神であろうが下等生物であろうが、すべての生命(生きる使命=存在理由)が行っている観察行為とそこから得られる認識、そして現津(あきつ)、観察され得る事象ということの理解が深まっていなければ、この言い回しをしっかり理解できないと思う。
 いわゆる“観察と認識”、それは振動の受信によることで、その受信があるからこそ観察行為が成り立つのであり、取り込んだ振動が認識(悟り、幸取=さとり)となるものであるから、前のブログ以降、感じ(感じる磁性)るという表記を使っているが、振動の受信、そして自分自身においてその受信によって起きることは、換言すれば電磁波と自らその者である荷電粒子の回転である靈、心、による電磁誘導が、感じる、感じ(感じる磁性)ている、それは観察している、ということの理解が出来ていなければ、この文をしっかり読み解いたことにならないと思う。
 また自分自身、心(靈)(ヒ)が構成されている振動の高低により、換言すれば霊的成長度の高低により、現津(あきつ)、観察され得る事象の遭遇というものは、違ってくることを幾度となく述べてきている。 
そしてこの文言の中の“次元”という言い回しは、自らが遭遇する事象、その場(フィールド)の高低を示唆しているものであるし、物理でいうところの三次元とか四次元とかの概念とは少々違う。 
それで、今述べた霊的成長度における現津(あきつ)、観察され得る事象の遭遇、現津(あきつ)、観察され得る事象は、振動の受信により“観察と認識”されうるのであり、自分の心(靈)を構成する振動が高くなっていったなら=“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の高い部分を、(“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化して)より止めるようなことが出来たならば、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)があるならば、遭遇する事象というのは違ってくるし、それがまた霊的成長度におけるアセンションという場(フィールド)の区分けとして、感じ(感じる磁性)られて来るものであるのだが、このことが理解できているならば冒頭の“皆さんの想像、イマジネーションというものは、他の次元への扉となります”という文言の示唆していることはすぐ理解できる思う。
また、自分の霊的成長ということが無ければ、遭遇する事象の違いというのは有り得ないのだということも解るものだが、“イマジネーション”を“どんどん使って”程度のことであるなら、それは、“その三”で述べた“古い観念”から違う発想をして欲しいということでしかない。 それは“その三”で次のように解釈した。

“心配や疑いは、もう古い観念で、自分のまわりに創りたい現実とは、 まったく関係ありません。 自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください。喜びより、心配の方が力をもっていると思って行動を起こさないでください”
自分たちの低い心(靈)、目下(めした)の心が、低い情動、恨み、妬み、羨望etc.という心の動きになるのだが、そういった心の動きでは、今の事象と同じ世界しか創り得ない、ということを述べているし、この“古い観念”、これは自分を縛る既成概念で、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、の強化の段階における心(靈)の動き、不安、焦燥、が台頭している心だと、それは、
● 自分の人生に対する認識が足りませんよ、
● 自分の人生が霊的成長のためにあるのだということを認識できませんよ、
ということである。
 
こういった“古い観念”由来の思想、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)では、“他の次元への扉”なんてことには成り得ないもので、それは今の地球と同じ程度の事象しか感得しえないものであるし、いうまでもなくそれはアセンション落第組である。

それで、今取り上げた文の続きである以下の文言の“歴史の中で特に自分の興味が引かれるような時代がある場合、その時代に自分が深いつながりをもっていること”、“そのような時代に過去世を持っていた可能性”というのは、転生を示唆しているかのように思う人が多いだろうが、人間はそんなに簡単に生まれ変わってこないので、これは先の“古い観念”由来の憑き物の通信を受けていることを示唆した文章であると思う。
ただこの後の文の“いまの人生が、他の時代のどの人生と一番結びついているか”という言い回しは、平均的地球人が体験している八百回の転生において、どんな振動で自分の心(靈)を構成してきているのかを述べているので、そこもよく見抜かなければならない。
いずれにせよ、現時点の心(靈)は、先の“古い観念”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)と“古い観念”由来の憑き物の通信を受けながら心は育っている。 それが“自分の興味が引かれるような時代がある”ということになり、それに対する“自分が深いつながりをもっていること”というのは、自分の息吹とそれに感応する憑き物、これは“支配霊”の領域ともいいうるが、その両方を含め“そのような時代に過去世を持っていた可能性”があるのだと言っているにすぎないし、時間の進行とともに自分の心(靈)は育ち、変化し、その息吹による憑き物の感応は違ってくるから“ただ、いまの人生では、あるひとつの時代に興味をもち、他の人生では、よその時代に興味をもつ、ということもあります”と述べられている。
そして“いま自分がいるところを充実して生きることによって、他の自分の人生をより簡単に知ることができます”というのは、今の事象において“上”が課し、その中で自分が自分の人生をどう全うするかを鑑みる=“自分がいるところを充実して生きること”が出来たなら、自分の心(靈)を構成してきた振動というものの理解が進む、そうなったなら、前回取り上げた“皆さんの波動が加速…中略…自分自身の波動が上がっていくと過去世などの他の人生を含めた、本当の自分のいろいろな面が思い出され…中略…一番パワフルで一番役に立つ方法というのは、ほかの人生ではなく、いまのこの人生をできる限り知るということ”ということになる。

まとめれば“波動が加速”=自分が霊的成長して高い振動を取り込み発振、発信しているならば、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)である“皆さんの想像、イマジネーションというものは、他の次元への扉”=今までとは違う事象の遭遇となり、それは個々の霊的成長度の高低において違うものである。
そして霊的成長するならば、自分の過去、そして過去の自分の息吹による憑依、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)を自らが分析できる

“自分の想像の中で、自分の過去世を思い出すテクニックが出てきたとしたら、それがあなたに一番役に立つ方法”
“いまの人生が、他の時代のどの人生と一番結びついているかは、いまの人生によってわかります”
ということになり、それは“この人生をよりよく生きるためには、自分の過去世を知っていなくてはいけない、と思い込んでいる人がたくさんいるようです。本当は全く反対です”=過去、あるいは過去における感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)で取り込んだ振動、それ由来の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)というのは、“古い観念”由来のことであるからそれに執着せず、“自分がいまいるところで100%生きる”そして“いま自分がいるところを充実して生きる”=換言すれば今までとは違う振動の取り込みをしてそれを止める(“日止、霊止”の表記の意味)ならば、“波動が加速”して“本当の自分のいろいろな面が思い出され”てきて“他の自分の人生をより簡単に知ること”、過去の自分の心(靈)の動きや息吹を、自分で分析できるようになる、これは“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”、そして“自分を観察する自分の確立”、自分の自我(“古い観念”)に捉われていない自分に対する見方、自分に対する“観察と認識”が高まっていく、そういう意味合いの文章であると思う。

 次回のこのカテゴリーは、N先生のリクエスト その三 になります。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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