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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

○○○大先生的バシャールの文言解釈“その七” (N先生のリクエスト その三)


 N先生のリクエスト、前回&前々回とは違う文言を解釈します。 原文は以下の通り。

天使たちも成長します。 ただ、ペースが違うだけです。
こういう考え方をするといいでしょう。
宇宙はすべての可能性を含んでいます。
創造は、その中で考えられる限り無限の方法で、自分を創造(自己組織化)していきます。
「全体」は、その全体の「部分々々」が自己認識をすることによって、自分自身に気づいていきます。
そして「部分」は「全体」を通して、自分自身を体験していきます。
ですから本質的にその両方が、役に立つ体験となります。
ただ、そういう体験をするためには、相手が必要なのです。
片方だけが存在していても、自分を認識することができません。
ですから、時間という概念がなくなるのですが、片方がもう一方より以前に存在したわけではないのです。

 このバシャールの言い回しは、当然のことながらチャネリングにおける質問の回答として述べられていることで、この言い回しをした理由と根拠、質問とそれに対する回答であることをよく理解していないと、この文言の意味は理解できないと思う。 それはこの言い回しの内容に、自己と他者の分類をしている“観察と認識”ということと、そして事象の観察というのは、自分たちの心(靈)(ヒ)の内面とか内側(心の中と感じている事)で起きていることであるという理解が不可欠であると思うからである。

 それで、今回N先生が疑問を感じられたこの言い回しが述べられる前の会話として、

質問者「バシャールさんは違う天体から来ていて、魂そのものは私たちと同じだということを、先ほどうかがいましたが…」
バシャール「すべての魂は同じです」
質問者「そうですね、私もそう思います。 そして私たちも自分の魂そのものの進化を求めるために、この世に生まれてきたり、あなたの天体のようなところに生まれます。 そして魂の浄化、進化を目的に再び生まれてくるわけですが…」
バシャール「そういうふうにみることもできます」
質問者「ただ私が読んだ本の中に、魂の中にもいろいろなレベルがある、というのがありまして…」
バシャール「でも、だからといって、最初から別々のものとして創られた、ということではありません。
“その魂がなにでできているか”ということと“その魂がどこまで自分に気づいているか”ということとは、だいぶ話が違います」
質問者「そうですね。 例えばキリスト教や神、モーゼスなどの魂の段階のレベルと、私たちのように普通に生まれてきた人たちの魂、そしてキリストや神は天使だと思うんですけれど、その天使以外のもっと最初からハイレベルな魂があると聞いています。 それらの魂の違いについてお聞きしたいのです」
バシャール「波動が違うだけです。 より高い波動なだけです。 “魂は完全である”ということに対しての気づきの程度の違いだけです。 わかりますか?」
質問者「はい、波動はわかるのですが、魂には終わりがなく、始まりがないというふうに聞いています。 永遠のものですね?」
バシャール「その通りです。 “成長”を時間の流れの中で考えるのは、皆さんのこの次元の見方です」
質問者「はい。 私たちのこの次元の考え方と、魂の世界では全然違うのは、なんとなく想像はつくんですけれど…」
バシャール「かなり違います」
質問者「でもどうして始まりがなくて終わりがないのに、最初の波動の違いがあるのか、ちょっと私にはわからないのです。 その波動の違いだけで、たとえばキリストと私たち一般市民がいるのか、そして全然魂の浄化を必要としない魂たちが霊界のなかにいるのか、聞きたいのです」

 このやり取りがあって、今回取り上げるバシャールの言い回しにつながっているが、この質問のやり取りを見て、アタシ的にとても引っかかることとして翻訳の問題があると思う。 
まず“魂”という言葉だが、これは霊と訳すのが妥当であると思える。 それは“続”の記事で時々述べているように、霊と魂という言葉は、意味合いが違う場合があるからである。
 魂は、その字の構成をみれば、偏(へん)が、肉体を示す“二”と厶部(しぶ)(物を囲い込んで自分のものとする様子に象る。手を「伸ばす、伸びる」の意がある)で構成され、旁(つくり)は鬼、これはこの世に在らざる者という意味合いのことである。 よって、死んで間もない霊や、あるいは肉体(月(ツキ))を持っている霊、いわゆるアタシたちのような人間が、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を区別するときに使う言葉が魂であり、それに対し霊は、今述べた魂の意味合いも含むし、あらゆる霊的存在、荷電粒子の回転で存在している生命(生きる使命=存在理由)、これは悪魔であろうが神であろうが“創造”の“主(ヌシ)”だろうが靈、霊、であることは同じで、それを総称したのが霊=○、荷電粒子の場(フィールド)であると思うからである。
 ちなみに英語の場合、魂も霊もa soul  a spirit あるいは the soul  the spirit であるが、それぞれの言葉に対して意味の相違は、たいしてなく、この英語を、霊と訳すも魂と訳すのも、翻訳する人間が決めることである。
 これは平均的地球人の既成概念における認識の中で、魂、霊、あるいは幽霊など浮遊霊や地縛霊などの悪霊、霊的存在の“上”と“下”、などの分析と分類がしっかりできていないからであると思える。
 そしてもう一つ、前々回で問題視して述べた“波動”という和訳、これは振動とした方が意味が通じやすいと思う。

 このことを踏まえ、この質問者とバシャールのやり取りと、今回n先生が疑問を感じた文言の解釈を述べることとする。

まず、バシャールが言ったように“すべての魂は同じ”これは先に述べたように、すべての霊は同じ、という訳が妥当である。 
そしてバシャールが言った“その魂がなにでできているか”→その霊がなにでできているか、というのは、霊が荷電粒子の回転であるということを述べるべき、またその荷電粒子は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、いわゆる天意であり、またそれは、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”であり、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑と情報を含んでいるのが“上”からの荷電粒子である。 そしてその振動の取り込みの高低で心(靈)の発現は違っている、その違いが進化の違いでもある。
それで思うこととしては、バシャールが述べていることは言葉足らずであり、これは質問と回答というやり取りであるからしょうがないのかもしれないが、本当はこのことを念頭に置いて述べなければならないことだと思うし、バシャールの回答を聞いている方もこのことの理解が無ければならないと思える。
そして、質問者の“魂の中にもいろいろなレベルがある”の回答として“最初から別々のものとして創られた、ということではありません”というのは、すべての霊が荷電粒子の回転であるという意味合いのことである。 
そして、“その魂がどこまで自分に気づいているか”→その心(靈)(ヒ)がどこまで自分に気づいているか、は、どこまで認識(悟り、幸取=さとり)を得ているか、高い心を発現して事象を観察しているのか、ということであり、これは、心(靈)(ヒ)(霊)の発現の程度により、事象の遭遇は違うのだということが理解できていないといけない。 このことはこのブログの他のカテゴリーで幾度となく述べているが、高い心が発現していない霊は、人でいうところのケダモノとか動物とか下等生物とか、神の概念を間違ったり幸福を見誤ったり自分たちの存在の意義を追及するほどの心の成長度=霊的成長度を持っていないということで、バシャールが述べた“魂がどこまで自分に気づいている”は、その霊がどこまで自分の存在の意義と、霊的成長して高い心(智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、ほんでから“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”)を持っているのかということに換言できるものである。
今述べた心(靈)の発現の高低、これがあるから“霊(魂の表記の意味合い)の中にもいろいろなレベルがある”ということになる。
そして、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)というのは、今、地球人であるアタシたちが事象を観て感じていることとして、時間の進行を認識しながら成し遂げられており、そいういった認識をもつものであるが、それについて、バシャールは““成長”を時間の流れの中で考えるのは、皆さんのこの次元の見方”と述べている。
これは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をある程度果たしたなら、時間の進行の感じ方が変わる、時間への認識も変わる、このことは未刊行の<7>の最後で述べた“時空の結晶化”に由来することであるが、“時空の結晶化”も、自分自身が自分と自分以外と現津(あきつ)、観察され得る事象を観察して得られる認識であり、時間の進行だろうが、現実とか自分の心(靈)の動き=すべての事象だろうが、自己と他者の区別であろうが、それらすべて自分の心(靈)の内面とか内側(心の中と感じている事)で認識することである。 
その意味合いを含んだバシャールの言い回しが、今回N先生が疑問を感じた文言の、

“宇宙はすべての可能性を含んでいます。
創造は、その中で考えられる限り無限の方法で、自分を創造(自己組織化)していきます。
「全体」は、その全体の「部分々々」が自己認識をすることによって、自分自身に気づいていきます。
そして「部分」は「全体」を通して、自分自身を体験していきます。
ですから本質的にその両方が、役に立つ体験となります。
ただ、そういう体験をするためには、相手が必要なのです。
片方だけが存在していても、自分を認識することができません。
ですから、時間という概念がなくなるのですが、片方がもう一方より以前に存在したわけではないのです”

であり、先に述べた“霊が荷電粒子の回転であるということを述べるべき、またその荷電粒子は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、いわゆる天意であり、またそれは、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”であり、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑と情報を含んでいるのが“上”からの荷電粒子である”ということが理解できているならば、“創造”の“主(ヌシ)”の創造とその被造物である人間とすべての事象ということが“宇宙はすべての可能性を含んでいます”という文言から感じ取られ、そして“創造は、その中で考えられる限り無限の方法で、自分を創造(自己組織化)していきます。「全体」は、その全体の「部分々々」が自己認識をすることによって、自分自身に気づいていきます。
そして「部分」は「全体」を通して、自分自身を体験していきます。ですから本質的にその両方が、役に立つ体験となります”というのは、“創造”の“主(ヌシ)”も霊=○、荷電粒子の場(フィールド)であり、心(靈)(ヒ)であり、“創造”の“主(ヌシ)”実塚らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が宇宙と生命の“創造”であることを示唆した言い回しである。 そして“創造”は、“創造”の“主(ヌシ)”の心とそうではない心、“創造”の“主(ヌシ)”=自己、と、被造物=他者、あるいはすべての事象、の区別がある。
そしてその区別があることによって、N先生が疑問を感じた文言に、()で注釈をいれ、以下に解釈を述べることとする。

“(“創造”の“主(ヌシ)”自身の)創造は、その中で考えられる限り無限の方法で、自分(“創造”の“主(ヌシ)”自身)を創造(自己組織化)していきます。
「全体」(“創造”の“主(ヌシ)”は全体である)は、その全体の「部分々々」(“創造”の“主(ヌシ)”が“創造”した個々の生命、個々の心(靈)(ヒ))が自己認識をすることによって、自分自身に気づいていきます(個々の心(靈)(ヒ)が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)するということ)。
そして「部分」(個々の心(靈)(ヒ))は「全体」(“創造”の“主(ヌシ)”自体、“創造”の“主(ヌシ)”の場(フィールド))を通して、自分自身を体験していきます。
ですから本質的にその両方が、役に立つ体験となります。
ただ、そういう体験をするためには、相手が必要なのです(自己と他者、“創造”の“主(ヌシ)”と被造物)。
片方だけが存在していても、自分を認識することができません”

それで、今回述べたことは、著書の<1>で述べた以下の文章と共通するところがある。 

「神の智慧と力は普遍的に実在する。例えば、スポーツでも仕事でも、上達したい気があって、そこで頑張れば、自分の希望した何かは必ず獲得でき得るんだよ」
「……ビックリ……」
「いいかな……話を続けて」
「はい」
「じゃ、愛の解釈を言う。実は、Kellyが、さっき一人で感じたことは、以前からアタシも何度か感じていた。ずっと一人で暮らしてるからだろうけど……それで思ったことなんだが……唯一の存在、たった一つのもの、たった一つの意識、一番最初の状態を【亜】と呼んで、それが出る(いづる)こと、泉のようにわき出ることを、あ、い、【愛】とよぶ。愛の、一つの言い方だと思うよ。意識も、心も、感情も、感覚も、愛の顕れだと思う。感覚も感情も、人と神の共通のものとするならば、人の神性は感覚、感情、それそのものではないかい? だから、神は、創造は、愛なんだよ。
そして、受信した文は……
意識が最初にありました。意識は、自分一人だということに気づきました。意識は想像しました。対話できる相手を。そして自分を、二つに分けました。二つの意識は、お互いに違う性質を持ちました。対話が、お互いの意識を振動させるのを知りました。意識の振動が新しい振動を呼び起こし、別の意識が出来ました。意識は、自分が振動そのものだと気づきました。それぞれの意識の振動を互いに受けることに、喜びを見つけました。振動の高低がそれぞれの次元を創りました。振動の高低がさまざまな思いを派生させました。それぞれの次元で振動することで空間を創りました。空間で振動することを、生命と名付けました。意識は生命に入り込み、共振しました。生命に入り込んだ意識は心になりました。生命は、さまざまな感情を持ちました。より多くの喜びを見つけるために。振動の低い次元の生命は、喜びを多く求め、そのために欲という振動を持ちました。欲が自分のことだけ、思わせるのを知りました。欲が、他者から奪うことを知りました。欲が他者を傷つけるのを知りました。意識は、欲に制限が必要だと感じました。
無限の意識に対して、有限の法則を創りました。有限の法則は欲の制限のため、時間と物質を伴っていました。不自由という振動ができました。喜びが満たされないために出来た振動が、喜び以外の感情を手に入れました。それは一つ一つの心が完成を目指すための方法でもありました。そこに、愛と悪の振動が出来ました。
……ここから少し忘れちゃった。
有限の次元から無限の次元を見ようとしました。
……ここも忘れちゃった。
そして、それらの要素すべてを携えて、神の子が動物の肉体に宿り人間と、なりました。

以上、併せて読んでいただいて理解を深めていただければ、幸いです。

次回のこのカテゴリーは、N先生のリクエスト その四 になります。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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