“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第八話 死の前後 病死と事故死の場合 Kellyさん的解釈“その四” &第八話の総括


 今回は、ローム太霊講話集の第八話の後半、
以上のように、一遍に体の無くなった人間…中略…神の教えに従う汝等は、常にそういう心掛けで進んでいってもらいたい
という文言の裏にある意味、心(靈)が未熟な場合の死、心(靈)が育つ過程での死、恨みの連鎖の霊的干渉のこと、恨みの連鎖の霊的干渉の現象化=悪因縁、を、避け、まっとうな人生を過ごすこと、その意味合いのことが述べられているので、それ等について述べ、そして第八話を読んだなら、自分たちは何を考えるべきか、それについても述べて、第八話の総括とする。

 まず第八話の後半の文言の冒頭。

一遍に体の無くなった人間は、それがどんな正当な理由があるにせよ自覚は遅い

 これは文面通りであるが、こういった事象で死を迎えさせること事態が、人の霊的成長を阻む存在の思惑が顕現しているのであり、そういった分析が必須。
 その分析が出来ない人間は、心霊現象を知っていてもその裏にある事情を理解していない、そして死に対して認識が低い、ともいい得るものであり、先に指摘した“こういった事象で死を迎えさせること”が、あえていうまでも無く“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)、いわゆる悪魔の思惑であるし、それが第七話の表記である“不慮の死”ということをさせて、“自覚は遅い”という霊を増やし、恨みの連鎖の霊的干渉に加担させる悪霊の霊団の構成員をどんどん増やすということになっている。

 そして今、地球は悪霊だらけであるからこそ、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑が介入しにくいからこそ、恨みの連鎖の霊的干渉による理不尽な死が横行しているし、近年どんどんその現象が増しているものである。
(このことは○○○大先生が著書で述べた)

 よって恨みの連鎖の霊的干渉を増大させない、生み出さない、そういった霊的成長度の人間を、前のブログやこのブログでは(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者と位置付けている。
 そういった人間だけを次の段階の地球に位置させるのがアセンションの意義でもあるし、恨みの連鎖の霊的干渉の減少や消失ということが行われなければ、まっとうな進化=霊的成長と神格化の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)は顕現しないものであり、だから“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)である心霊はそのことを述べているのだから、心霊現象に興味をもつ者は、このこと気付くべきである。


 それで、平均的地球人は死に対して認識が低い、死が霊的成長の一環であることに気付いていないし、そんなことを考えたことも無い愚かな霊的成長度の段階を示唆しているのが、次の文言。

祖国のために命を捧げれば直ぐにも神になれると思っているが、当人は死んだことすら知らない…中略…。それが慰霊祭とか近親の人達の祈りとか、この生きた人間の声の叩きによって徐々に目覚めてくるのであって…中略…

 これも、ただ単に“自覚は遅い”のであり、死んだときの事象に自分の心(靈)が捉われている、それは“その三”で述べた“地縛”という、死ぬ直前の事象に捉われた状態の心(靈)であるから“戦争で死んだ人間は霊界に行っても戦争をしていると現界のある本に書いてあったが、その通りである”と、太霊は述べておられるのである。
 それと“祖国のために命を捧げれば直ぐにも神になれると思っている”なんて考え方自体が、生きることに対しての認識が足らない、自分の在り方を知らない、自分がどういう存在かなんて認識が無い(人間は神の子である)=自分と神の関係を知らない、だから人間の存在の意義を知らない、そういった人は進化して神格化することを説いても受け入れる素地が無いものであるし、そういった人間の神の概念は自分たちにとって御都合のよろしいものであったりもする。
 そしてこれは戦争のことを述べているのだが、戦争事態が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きの顕現であり、自国の利益や権利などという発想が、自我の肥大(“石屋の仕組み”)であり、縄張り意識(進化程度の低い心、自我の確立=固定化の進化の段階の地球人の認識)であり、また、そんなものを支持する、あるいは容認する人間、自国が戦争することを受け入れる人間は、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を容認しているので、神の思惑、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の台頭した事象など全く理解できないだろうし、その理解の足りなさが悪を容認するのだから、恨みの連鎖の霊的干渉の増大に手を貸しているものである。
 いろんな言い回しが出来るが、それは単に心(靈)(ヒ)が幼稚であり、まったく低い霊的成長度であるといい得る。


 それで太霊は、次の文言で“自覚”について述べておられる。

こうして一瞬に生命を失った人間は、直ぐ目覚めることはむずかしいが、その反対に、肺病などのために長年病床にあって常に強い意志により生きよう生きようと努力している者は、次第に病菌に蝕まれて終に老衰と同じような状態になると、それに伴(とも)い観念というか悟りというか、そういうものが生まれてくる…中略…本人にとっては有難いこと…中略…。
…中略…時がたつにつれて自分の肉がくずれてゆき、一年で小指が無くなったり二年で手が円くなったりするのは、これほど寂しい痛ましいことはない


 この文の中の“終に老衰と同じような状態になる”そして“伴(とも)い観念というか悟りというか、そういうものが生まれてくる”は、自分の存在の意義を見出そうとする、死を意識するからこのことを考えようとするものであり、そしてその心の動きを言葉で表現するなら自己観察であり“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”である。

 いつも述べているように平均的地球人は自我の確立=固定化の進化過程であり、それより少し“上”の心(靈)の発現が“慈悲”=慈しみ悲しみであり、それを発現させる事象を例にとって太霊が述べられておられるのが、先に指摘した“終に老衰と同じような状態になると、それに伴(とも)い観念というか悟りというか、そういうものが生まれてくる
であり、そして、
時がたつにつれて自分の肉がくずれてゆき、一年で小指が無くなったり二年で手が円くなったりするのは、これほど寂しい痛ましいことはない
である。 

 こうやって“伴(とも)い観念というか悟りというか”と“寂しい痛ましいこと”という心(靈)(ヒ)の動きを自らが体験するならば、自らの死を意識する、自分の存在の意義や存在の意味を考えようとする(自分の人生を顧みて、省みる)、神と人間の関係ってなんだろうと真摯に考えようとするものである。

(だが、こう述べても、自分の死を意識していない=“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からたいした試練を与えられていない人間は多いので、なかなか伝わらない…というのが、○○○大先生が幾人かの霊的成長度の低い読者と意見交換をして得た感想でもある)


 これに続く次の文。

ただ原爆は人間の造ったもので、これで死ぬのは天災の場合と同じであるが、癩は業病であって、例えば、先祖の一人が人を殺して自分は見付からずにすんだが、相手の怨念の固まりが残っていてそれが子孫に祟るのであるから、これは凡て因縁によるものである

 この文の“原爆は人間の造ったもので、これで死ぬのは天災の場合と同じ”というのは、何のために“原爆”を造ったのか、を鑑みるべきであり、“天災の場合と同じ”という太霊の言い回しは、自分たちの低い心(靈)の動きで原爆を造った、その結果を被る(こうむる)のは自分たちである、このことを読み取るべきでこれは、因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”でもあるし、そこに自分たちの在り方、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)の使い方、これをしっかり考えよ、という太霊のメッセージが込められているが、おそらくほとんどの人はこの言い回しにそれを感じないだろう。
 そして“癩は業病……”というのは、恨みの連鎖の霊的干渉の現象化の具体的な説明である。

 それで第八話の最後で、“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)の意味合いのひとつについて太霊は以下のように述べておられる。

そこで北神の祈りにあったように、人間は生命のある限り世のため人のために尽すという気持を忘れないでいれば、どんな病気、原爆にも決して冒されることはないのであって、これはロームがはっきり言えるのであるから、この神の教えに従う汝等は、常にそういう心掛けで進んでいってもらいたい

 この“人間は生命のある限り世のため人のために尽すという気持を忘れない…中略…どんな病気、原爆にも決して冒されることはない”、これが“その人間を生かしておかなければならない条件”であり、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)がその人間をこの事象で活躍させる理由となるのであることを、この文言から読み取るべきであり、これが“神の教え”であるのだ、と、太霊は“ロームがはっきり言えるのである”とおっしゃっておられる。

 このことを、ローム太霊講話集を読んだ人は理解するべきであるが、大概の人間は心霊に対し甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)夢しか抱いてないか、ただ心霊の知識がある、あるいはS会=紫光会の会員でも、会員であったことを吹聴して低い自尊心と功名心を満たしたり、結果としては金儲けに利用したりもする。
 それらはいつも述べている通り“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)である。
またこの“役員づら”の手法にはまって心霊が伝えたことの意味を見出さないでただ雰囲気を楽しんでいる人間が多い。
 重複するが、太霊をはじめとする心霊は、進化=霊的成長、神格化に向かうこと、の、“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を、示唆している。
 だから、自分が心霊と縁があった、ローム太霊講話集と縁があった、もしそうならば、自分は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を感じ取らなければならないものであるし、このことをよく鑑みるべきで、それが心霊に対峙した人間のまっとうな在り方であるが、多くの“役員づら”は、なんでも商売にする“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であり、そんな者は、“世為人為”ではないからこそ、人に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)夢を見させる“役員づら”は地獄行きといい得るし、またそれは“自覚は遅い”という段階の霊的成長度であることを蛇足ながら述べておく。

(ここまで述べたこれらのことが理解できなければ、“ほんとう”の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を説かれている、“ほんとう”の人間の在り方を述べられているローム太霊講話集と縁を付けてもらった“上”の思惑を解ったとはいえないと思う)

 それで第八話で太霊が述べておられるのは、第七話で使われた表記の“不慮の死”について、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)である心霊は、人にまっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を体得させたい、それには“自覚が遅い”ということであってはならないし、これは生きていようが死んでからであろうが、“自覚”が自分の心(靈)の成長に必須であるということを知らなければならない。
 また、“自覚が遅い”心(靈)は、悪霊になるのだ、ということも知らなければならない。
 そして先に述べたばかりだが、第八話の最後で太霊が述べた“神の教え”というのは、“世為人為”なのだ、だから“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きでは、“自覚が遅い”という霊的成長度の段階であるのだ、という認識が必須である、ということを最後に述べ、第八話の解釈の総括とする。

 次回のこのカテゴリーでは「第九話 死の前後 殺人の場合」の解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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