“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさんが“日月神示”キの巻の解釈を終えてから…感じた事。

 “日月神示”の原文では、キの巻を「キノ〇キ」と記されているようである。
 この“キ”“ノ”“〇”“キ”の表記と、その表記の並びには、意味があると思える。
 最初の“キ”そして“ノ”は、“ノ”が、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)であり、よって冒頭の“キ”は、“創造”の“主(ヌシ)”の発振、発信、ア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)、そしてそれは“創造”の“主(ヌシ)”の表記である“一”、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、と解釈するのが妥当。
 そして“〇”は、霊(荷電粒子の回転)、心(靈)(ヒ)、であり、それに続く“キ”は、“創造”の“主(ヌシ)”の振動を止めた生命、その生命活動、いわゆる心(靈)、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であると思える。
 補足として“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”では、

“キ”は、天地の精気 モノの現れを示す音根、その表し得ざる心の素幸霊(スサノオ)自ら明津(アキツ、現津(あきつ)、観察され得る事象)させんにぞかし

と述べられていることを付け加えておく。
 それで、この“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”の文言について磐戸の巻 第二十一帖で以下のように解釈した。

“キ”の音根はモノの現れを示す、その音根に現わし得ざる心の素幸霊(スサノオ)(生物)自ら明津(アキツ)させんにぞかし(ぞかし という表記は、…だぞ、…だよ、…である、強く念 を押して断定する意)と記されているので、この事象に顕現した生命=現わし得ざる心の素幸霊(スサノオ)(生物)が、観察しうる事象を自分の心の動き、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により、より良いカタチにする=自ら明(太陽と月、日足と砌(ひたりとみぎり))津(ツ、中心の意)させんにぞかし という解釈が成り立ち、先に述べたように文末に“ぞかし”と述べられているのは、生命(心の素幸霊(スサノオ)(生物))が、自ら観察しうる事象を自分の心の顕現とするということであり、それがまた神の子としての生命(生きる使命=存在理由)であるということを強調して述べられている。


 よって「キノ〇キ」の後半の二つの表記、“〇キ”は、個々の心(靈)(ヒ)が観察しうる事象と、その事象の“創造”、自らの心(靈)(ヒ)が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により現津(あきつ)、観察され得る事象を“創造”するとの意味であると思える。

 そしてその事象の観察と事象の“創造”は、常々述べている通り個々の心(靈)(ヒ)の霊的成長度にかかわるものであり、霊的成長度の違いが観察しうる事象の違いであり、自分の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により創りうる事象も、霊的成長度の高低で違うものである。

 このことを踏まえておかないと、キの巻の本当の意味は解釈出来ない、これを岡本天命に書かせた艮(うしとら)の金神を名乗る霊団の意図を知ることが出来ないと思う。

 今述べた意味合いで、特に印象に残っている原文とその解釈をピックアップすることとする。

 まず、第一帖の表記の“節分から”そして“、タカミムスビ と カミムスビの御働き”は、今後=アセンション後における“日止、霊止”であり、それは第一帖の解釈で述べたように、“皇”(白=シンクロトロン放射、胸の磁性“十”、そして“王”、“一二三”のオーラと|(たてぼう、こん、縦の磁性)))、それは、人の進化した様(霊的成長度という点でまったく価値のない今の形骸の天皇制のことなどではない)である。
以下、第一帖からコピペ。

“手打ち乍ら”は、左手と右手を合わせること、日足と砌(ひたりとみぎり)を合わせること、“思惑の顕現”=現象化、現津(あきつ)、観察され得る事象の“観察と認識”ともいい得るもので、それは“拍手(日足(ひたり)の極性と砌(みぎり)の極性を合わせ事象を“創造”すること)は元の大神(“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性))様の全き御働き”と述べられている通りでもある。 
 そして“ひふみ祝詞 宣(の)りて呉れ”は“一二三”のオーラを発振、発信せよ、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)とせよ、の意。 平均的地球人は“一”=智性=1番目のオーラが全然足らないからでもある。
 前後するが“手打ち乍ら”“拍手”の意、それは“タカミムスビ と カミムスビの御働き”であり“タカミムスビ”は古事記では高御産巣日、日本書紀では高皇産霊、“カミムスビ”は古事記では神産巣日神、日本書紀では神皇産霊尊であり、この漢字の中に“日止、霊止”、“上”からの荷電粒子を止める意の“日”“靈”の字があることに着目しなければならず、それは“高”“御”であり“ムズビ、産巣日”は、
“ム”は、生命は自ら多岐に分かれ、ムシ出すチカラこもれる(篭る)ヒ(靈)のチカラを…中略…次々に異なれる生命生まれ出る理(ことわり、法則性、
“ス”は、生命発現の基(モト)、真澄(マスミ)、素、巣の意、御統、統一(ミスマル)のス、自ら統一すべ治(シ)らすの言霊、
“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ、心(靈)(ヒ)、日、火、
であるから、“日”“靈”=“上”からの荷電粒子、降り注がれるア(“亜”)から、イ(出る(いずる)、泉)を、“ス”と成して、心(靈)(ヒ)と成すという解釈をするものでもある。


 第二帖では、“おはりの御用”“一の宮”“天之日津久神奉賛会”“オホカムツミ”“イイヨリ”“タニハ”という、肉体(月(ツキ))の秘密と、進化の“理(ミチ)”=法則性を示唆する表記があり、これも第一帖の“皇”、人の進化を表すものである。
 それぞれの意味を以下にコピペ。

“おはりの御用”=腹の水、“江戸と尾張”の尾張り、ムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラで構成される磁束、心(靈)の発現と動きでいえば自我の確立=固定化の段階、そしてそれは腹の位相のサイクロトロンの強化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)。

“一の宮”=“一”、智性、1番目のオーラ発現の部位、それが宮(宀(うかんむり、頭の意味)と“呂”(頭と腹のエネルギーの回転を示す表記、頭と腹は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)によって結ばれている))

“天之日津久神奉賛会”は、“天之”=“上”から注がれ太陽を介して送られてくる神の思惑としての荷電粒子を取り込むことが“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことだが、それを奉賛(神社、寺などの仕事につつしんで賛助すること)せよの意。

“オホカムツミ”は以前作った画像で意味を示す。

意富加牟豆美(オホカムツミ)の解字



“イイヨリ”=飯依は、日月の巻 第三十帖での解釈を引用する。
“飯依比古(ひひよりひこ)”は、“飯”と“依”=頼りにする、寄りかかる、 よりどころとする、の、意味がある。 これは“臓腑”の“腑”=消化器官と排泄器官による電磁誘導を示唆していると思う。 それは“飯”は捕食であり、進化過程の低い生命においては異物の取り込みであり、微生物から高等な生物に共通する異物の取り込み=捕食、それがあったからこそ高次の組織が作りあがるものである(“腑”の電磁誘導)。

“タニハ”は、旧国名の丹波、読みはタンバ、タニハであり、今の京都府と兵庫県の一部と思われがちだが、そんな解釈では第二帖の意味が通じず、タンバ、タニハ、の語源となった“田庭”(タニワ)の意味を示すのが妥当で、それは“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)と場(フィールド)を示す“庭”ということ、要は“一”=智性=1番目のオーラの発現の部位、“一の宮”と同義。


 それで第二帖解釈の文末で、
神の雛形としての人間、“上”からの荷電粒子を止める“日止、霊止”である自分たちのことを意識してしっかりせよという意味合いのこと
と述べたが、“神の雛形”というのは、“創造”の“主(ヌシ)”のように発振、発信せよ、それには“一二三”のオーラの完成が必須であり、現時点の地球人は土=2~3番目のオーラの強化の段階であり、その心(靈)(ヒ)と行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であるが、今後=アセンション後、第一帖の“節分から”においては、“一”=智性=1番目のオーラの小さい人は位置できない、位置する資格が無い、だから艮(うしとら)の金神は“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことを教えたのであるということを(たびたび述べてきたことではあるが)付け加えておく。

 第三帖の以下の文も、事象の観察と、その“創造”についてのことが述べられている。

“この方 イの神と現われるぞ、キの神と現われるぞ、シチニの神と現はれるぞ、ヒの神と現はれるぞ、ミの神と現はれるぞ、イリ井の神と現はれるぞ”

 この文の解釈は以下のように述べた。

“この方”=進化した生命、“現われるぞ、現はれるぞ”=この事象に顕現する、という意味合いで、それは“イ”であり“キ”であり“シチニ”であり“ヒ”であり“ミ”であり“イリ井”であり、要は進化した生命が事象に顕現し、この事象を自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“創造”していくのである

 そしてカタカナ表記(“上”から目線)での表記の意味を“下”である人間はよく解らねばならない。

“イの神と現われるぞ”、
“イ”は、生気生命の発生力、アイ、愛(炁)の“イ”でもある。

“キの神と現われるぞ”、
“キ”の意味については、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”に、天地の精気 モノの現れを示す音根、その表し得ざる心の素幸霊(スサノオ)自ら明津(アキツ、現津(あきつ)、観察され得る事象)させんにぞかし と述べられているから、心(靈)(ヒ)が観察しうる現津(あきつ)、事象は、自らの心の発振、発信、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によるものであるという意味合いであり、これはとても重要なことで、自らの心が感じる外側(外国と幽界)の事象であろうが内面とか内側(心の中と感じている事)であろうが、すべて自分たちの“創造”によることであるという意味合いでもあるし、自らの心は、天地の精気=振動、波動、の取り込みにより事象の“創造”をするという意味合いのことでもある。

“シチニの神と現はれるぞ”、
“シ”は弱き光 と称され、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)意 “慈(しげる)”のシ。
“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)。
“ニ”は、物を固らし縮め、またやわす 物を固めるにその固めしを、また、ゆるめにもそれ用いしぞ (その形を変え調いへる言霊の霊引となす)。

“ミの神と現はれるぞ”、
“ミ”は生命の幹 その現実。

“ヒの神と現はれるぞ”、
“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ。 心(靈)(ヒ)、日、火。

“イリ井の神と現はれるぞ”、
“イ”は前述した通り。
“リ”は、生命根源の、張り、広がり。
それで“井”は漢字表記、被造物である人間の視点での表記で、“井”の意味としては、象形文字で、四角い枠型を象り、元は、「形・刑・型」の一部である「ケイ」の音とされている。 要は枠、形作られた何か、という意味合いであると思える。



 それで、第四帖から第十七帖では、現状の人間の霊的成長度における事象の観察と事象の“創造”について=平均的地球人の“〇キ”について述べられ、そしてそのダメさ加減を指摘している言い回しが多い。
 そして霊的成長度における事象の“観察と認識”と事象の“創造”についても述べられている。
 まず、現状の人間のダメさ加減を指摘していると感じられた現文を以下にピックアップする。
 
第四帖
“カミの大事の肝腎の所が違ふた事になりてゐるから、其の肝腎要(かんじんかなめ)の所 元に戻さな何程人間が、いくら学や智でやりてもドウにもならん”
“神の国の元の因(もと)のキのミタマを入れて練り直さな出来んのざぞ、肝腎がひっくり返りてゐるぞ”

第五帖
“、臣民 今は人の手に握ってゐるものでもタタキ落して取る様になりてゐるのざから神も往生ざぞ”

第七帖
“物、自分のものと思ふは天の賊ぞ、皆てんし様の物ざと、クドウ申してあるのにまだ判らんか”

第八帖
“今迄して来た事が、成程 天地の神の心にそむいてゐると云ふこと心から分りて、心からお詫びして改心すれば、この先末代身魂をかまうぞ”

第九帖
“悪いこと待つは悪魔ぞ、何時 建替、大峠が来るかと待つ心は悪魔に使はれてゐるのざぞ”
“何も知らずに上に登りて、神を見おろしてゐる様で、何でこの世が治まるものぞ”(これは“役員づら”のこと
“守護神も曇りてゐるから神々様にも早うこの神示読んで聞かせてやれよ、世間話に花咲かす様では誠の役員とは云はれんぞ”

第十帖
“ひどい事あるぞ、神がするのでないぞ、臣民 自分でするのざぞ”

第十三帖
“これからは神徳貰はんと一寸先へも行けんことになったぞ、御用さして呉れと申してもメグリある金(かね)は御用にならんぞ、メグリになるのざ。 自分の物と思ふのが天の賊ぞ、これまで世に出ておいでになる守護じん九分九厘迄 天の賊ぞ。 偉い人 愈々とんでもないことになるぞ”

第十四帖
“心違ふてゐるから臣民の思ふことの逆さ許りが出てくるのざぞ”

第十五帖
“誠申すと耳に逆らうであろが、其の耳 取り替へて了ふぞ”(“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”、自我の肥大(“石屋の仕組み”)をしている人は、不誠実であり、事象の“創造”の誠(“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)が成る)ということに理解が足らない

第十七帖
“すり鉢に入れてコネ廻してゐるのざから一人逃れ様とてのがれる事出来んのざぞ、逃れようとするのは我れよしざぞ”


 ここまで今後=アセンション後に移行できない霊的成長度、ダメさ加減を述べている表記をピックアップしたが、次に、霊的成長度における事象の“観察と認識”と事象の“創造”について述べられている原文と、それならばダメな霊的成長度の心(靈)が成長するには何を指標にするのか、それについて述べられている文章をピックアップする。

第五帖
“神示は心通りにうつる(霊的成長度における解釈と、霊的成長度における事象の遭遇の意)のざぞ、思ひ違ふといくら神示読んでも違ふことになるぞ、心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒出来るぞ(これは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”である“役員づら”のことである)”

第六帖
“天と地と合せ鏡ぞ、一人でしてはならんぞ”(事象の“観察と認識”と事象の“創造”は“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と“下”である人間、その双方の感応により行われるべきものであるということ

第七帖
“天と地との親の大神様のミコトでする事ぞ、いくら悪神じたばたしたとて手も出せんぞ、この世 三角にしようと四角にしようと元のこの方等の心のままぞ”(すべての事象の“創造”は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑に沿ったものでなければならないという表記が“親の大神様のミコト”であり、素も思惑通りになる、成らねばならないというのが“元のこの方等の心のまま”

第八帖
“天地の神の心にそむいてゐると云ふこと心から分りて(自我の肥大を諌め)、心からお詫びして改心(自省(胸の磁性“十”)の“行”)すれば、この先末代身魂をかまう(“上”と感応する)”

第九帖
“天と地の御恩(“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅))といふことが神の国の守護神に判りて居らんから難儀なことが、愈々どうにもならん事になるのぞ”

第十帖
“山の谷(目上(めうえ)の脳のこと)まで曇りてゐるぞ、曇りた所へ火の雨降るぞ、曇りた所には神は住めん(“上”と感応しない)ぞ、神なき所 愈々ざぞ。 ひどい事あるぞ、神がするのでないぞ、臣民 自分でするのざぞ(自分たちの低い心(靈)の動きで事象の“創造”をするということ)”

第十二帖
“(霊的成長度の低い)みぐるしき霊(たま)には みぐるしきもの写る(霊的成長度の高低における事象の遭遇)ぞ、それが病の元ぞ、みぐるしき者に、みぐるしきタマあたるぞ、それで早う洗濯掃除と申してくどう気付けておいたのぞ。 神のためしもあるなれど、所々にみせしめしてあるぞ、早う改心して呉れよ”

第十三帖
“これから(今後=アセンション後)は神徳(“上”との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅))貰はんと(“上”と感応していない霊的成長度の者は)一寸先へも行けんことになったぞ”

第十五帖
“神示(“上”と感応して得た認識(悟り、幸取=さとり)) 肚(はら、自我のこと、そして月偏(へん)(にくづき、肉体(月(ツキ))のこと)+土=2~3番目のオーラ)に入れておれば何んな事が出て来ても胴(どう)すわるから心配ないぞ、あななひ、元津神々人の世ひらき和し(“上”と感応することが“和”)、悉くの神人みつ道、勇み出で、総てはひふみひふみ(“一二三”のオーラ)となり、和し勇む大道”

第十六帖
“神々みち(“上”と感応する人が事象の“創造”をするならば)、ゑらぎ百千万のよきこと極む。 いよいよとなり、何も彼も百千とひらき、道栄え道極み進み、道極み真理の真理極む。 元の光の神々ゑらぎ、更に進む世、和合まずなりて百(もも)の世極みなる”


 さて、ここまでで取り上げなかった第十一帖と第十七帖では、ここまでの“日月神示”に出てこなかった表記がある。
以下に画像を示す。

日足(ひたり)回り “日月神示”表記 これまでとキの巻第十一帖の表記

  キの巻 第十七帖 霊 〇 と、シンクロトロンの構造

これは、○○○大先生の著書とここまでの“日月神示”解釈をよく理解している人ならば、画像を見ただけで意味は分かると思うが、とても重要な表記であり、進化、霊的成長、神格化に向かうこと、そして、心(靈)が荷電粒子の回転であり、|(たてぼう、こん、縦の磁性))と横棒━(よこぼう、水平磁場)で構成される円形加速粒子機の仕組みが肉体にあり、それがまたオーラの発振、発信の“元”になっているし、磁束によるローレンツ力 ローレンツ力 で“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を取り込み、それを増幅させ(自分の認識(悟り、幸取=さとり)となして)発振、発信している、それが“一二三”のオーラであり、天意を取り込むべき心=霊=○、荷電粒子の場(フィールド)の回転は増し、|(たてぼう、こん、縦の磁性))と横棒━(水平磁場)で構成されたシンクロトロンという円形加速粒子機の構造と仕組が、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の仕組みであるということ、そして胸の磁性“十”、○ 九 十 (まこと)の“十”も同様の意味を持ち、その心(靈)(ヒ)の動きは“日月神示”表記の“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”であり、“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”であり、“自分を観察する自分の確立”になっていくという、常々○○○大先生が述べていることを付け加えておく。
 そしてそれは、生命(生きる使命=存在理由)としての使命、神の思惑の顕現、というのは、霊的成長して“一”=智性=1番目のオーラを高めていかねばならず、そのために艮(うしとら)の金神を名乗る霊団は黒住教で朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を教えたのであり、また、キの巻 第十一帖の“一二三(ひふみ)とは限りなき神の弥栄”ということであり、そして“一であるぞ、二であるぞ、三であるぞ、ケであるぞ、レであるぞ、ホであるぞ、 渦巻き 左回転 であるぞ、 日足(ひたり)回転うず多い 小画像 であるぞ”という、日足(ひたり)回転が増していくという表記に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の仕組があるという、先に述べた“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”という心の動きは、神格化の一段階であるし、“一二三”のオーラの完成のため、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことによる“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化をしていかねばならないと強く思うものである。 
 それで、
第十一帖第十七帖については、ここで重要な文言だけをピックアップするのは避け、“ほんとう”に進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指す人なら、何回も読んでいただき、自らの認識(悟り、幸取=さとり)としてもらいたい(“日月神示”の文言にありがたそうな雰囲気を感じその雰囲気に酔っている人は対象外)との意向を示し、キの巻の解釈を終わることとする。

 次回からの“日月神示”解釈は、水の巻(三ローレンツ力と ○ の 〇キ )に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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