“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 水の巻 第三帖 Kellyさん的解釈 “その一”

 今回も、水の巻 第三帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通りではあるが、今回は“神の子は神としての自分養ふことも…中略…神急ぐぞ”までを解釈することとする。

神の子は神としての自分養ふことも、つとめの一つであるぞ。 取違ひすると大層な事になるから、気つけておくぞ。 書かしてある御神名は御神体として祭りてもよく、お肌守としてもよいぞ、皆に多く分けてやれよ。 御神名いくらでも書かすぞ、その用意しておいてくれよ、神急ぐぞ。 祓え祝詞書き知らすぞ。
 かけまくもかしこき、いざなぎのおほかみ、つくしのひむかの、たちばなのおとのあはぎはらに、みそぎはらえたまふときになりませる、つきたつふなどのかみ、みちのなかちはのかみ、ときおかしのかみ、わつらひのうしのかみ、ちまたのかみ、あきくひのうしのかみ、おきさかるのかみ、おきつなぎさびこのかみ、おきつかひへらのかみ、へさかるのかみ、へつなぎさひこのかみ、へつかひへらのかみ、やそまがつひのかみ、おほまがつひのかみ、かむなほひのかみ、おほなほひのかみ、いづのめのかみ、そこつわたつみのかみ、そこつつのおのかみ、なかつわたつみのかみ、なかつつのおのみこと、うわつわたつみのかみ、うわつつのおのみこと、はらえと四はしらのかみたちともに、もろもろのまがこと、つみけがれをはらえたまへ、きよめたまへとまおすことを、きこしめせと、かしこみかしこみもまおす。
 次に「うけひ」の言葉しらすぞ。
 ご三たいのおほかみさま、ご三たいのおほかみさま、ひつきのおほかみさま、くにとこたちのおほかみさま、とよくもぬのおほかみさま、つきのおほかみさま、すさなるのおほかみさま、あめのかみさま、かぜのかみさま、いわのかみさま、キのかみさま、かねのかみさま、ひのかみさま、ひのでのかみさま、りゅうぐうのおとひめさま、やほよろづのいきかみさま、ことにいすずにます、てんしょうこうだいじんぐうさま、とようけのおほかみさまをはじめたてまつり、よのなかのいきかみさま、うぶすなのおほかみさまのおんまへに、ひろきあつきごしゅごのほど、ありがたく、とうとく、おんれいもうしあげます。このたびのいわとひらきには、千万いやさかのおはたらき、ねがひあげます。あめつちのむた、いやさかに、さかへまさしめたまひ、せかいのありとあるしんみん、ひとひもはやく、かいしんいたしまして、おほかみさまのみむねにそひまつり、おほかみさまのみこころのまにまに、かみくに、じょうじゅのため、はたらきますよう、おまもりくださいませ、そのため、このたま、このみは、なにとぞ、いかようにでも、おつかひくださいませ、みむねのまにまに、まことのかみくにのみたみとしてのつとめを、つとめさしていただくよう、むちうち、ごしゅごくださいませ、かむながらたまちはへませ、いやさかましませ。
 次に御先祖様の拝詞しらすぞ。
 此の祖霊宮に(コレのミタマヤに)
神鎮まり坐す(カミシヅまりマす)。
遠津祖神(トオツミオヤノカミ)、
代々の祖霊神達の御前(ヨヨのオヤのミマエ)、
また親族家族の(またウカラヤカラの)
霊祖神の御前に(ミタマのオンマエに)
謹み敬ひも白す(ツツシみイヤマひマオす)。
此の家内には(コレのウチには)
諸々の曲事(モロモロのマガコト)、
罪穢あらしめず(ツミケガレあらしめず)、
夜の護り(ヨのマモり)、
日の守りに(ヒのマモりに)
守り幸はひ給ひ(マモりサキはひタマひ)、
まこと神国のみ民としての(まことカミクニのみタミとしての)
義務を全うせしめ給へ(ツトメをマットうせしめタマへ)、
夜の護り(ヨのマモり)
日の守りに守り(ヒのマモりにマモり)、
捧ぐるものの絶間無く(ササぐるもののタママナく)、
子孫の(ウミノコの)
弥栄継ぎに(イヤサカツぎに)
栄えしめ給へと(サカえしめタマへと)
畏み畏みも白す(カシコみカシコみマオす)、
惟神霊神幸はへませ(カムナガラタマチはへませ)、
惟神霊神幸はへませ(カムナガラタマチはへませ)。
 一本の草でも干して貯へておけよと申してあろがな。
四月二十三日、三の一二のか三。

 第二帖の最後で述べたように、第二帖の祝詞、“上”との感応と悪霊の祓い、そして“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行い、“ヒト”“日止、霊止”の完成に至れ、という祝詞は、第三帖の冒頭の言葉“神の子は神としての自分養ふことも、つとめの一つであるぞ”にかかっており、この文言の“神の子は神としての自分”これを“養ふことも、つとめの一つ”、これは智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)のことである。  

 これまで幾度となく述べてきているように、平均的地球人の霊的成長度、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の段階というのは、智性(神性)無き心であり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であり、自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)であるから、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、のうちの、目上(めうえ)の脳で受け止めるべき高い振動は素通りしている。
 それは“日月神示”表記の“ケダモノ”“獣”でしかないし、よって、目上(めうえ)の脳の“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化、太陽凝視によって行われるそれは、結果として“一”=智性=1番目のオーラになるのだが、平均的地球人の肉体(月(ツキ))はこれが無されていないし、目上(めうえ)の脳をダメにするもの(酒、たばこ、薬物(医療で使われるものも含む)など)が蔓延しており、目上(めうえ)の脳で発現すべき心(靈)の発現はとても弱いものになっているから、自分中心のものの見方、本能由来の欲望に振り回され(通貨としての)金の奴隷になり、自分に甘い(亜、魔、出ずる、泉。愛(炁)の間に魔が入った状態を指す)心になり、低い功名心と自尊心中心の自我の肥大(“石屋の仕組み”)した心であるから形骸の権威をひけらかし、それにより政治や経済や宗教は人の霊的成長の足を引っ張るものになっているという現状になっているものでもある。

 ここまでのことをしっかり理解していれば、あるいはここまでの解釈を読んでピンときたならば、
“神の子は神としての自分養ふことも、つとめの一つであるぞ”
この文言は、すぐ理解できると思うし、これに続く
“取違ひすると大層な事になるから、気つけておくぞ”
は、智性(神性)無き心が認識を構築する観方というのは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きで観るから、その心(靈)(ヒ)以上の心(靈)の発現があまりないから、“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)になり、多くの神職や僧侶、スピリチュアルを説いている人などが、金儲けに勤しみ(いそしみ)、大した“行”もやっていないで形骸の権威をひけらかしているが、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指す人ならば、これらは“ほんとう”では無いという視点を持つべきである。
 その意味で“取違ひすると大層な事になる”=自我の肥大した“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心でこの文言を観るな、自分たちにとって都合の良い勝手な解釈を述べるな、それを世に広めるな、ということではあるが、すでに手遅れであり、勝手な解釈の方が広まっているものでもある。

 それで、これに続く“書かしてある御神名は御神体として祭りてもよく、お肌守としてもよいぞ、皆に多く分けてやれよ。 御神名いくらでも書かすぞ、その用意しておいてくれよ、神急ぐぞ”の、“皆に多く分けてやれ”は、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)ある行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)を示せ、智性(神性)由来の理念を持って生きよ、そして智性(神性)無き心である平均的地球人に影響を与えよ、という意味合いのことである。 そして“お肌守としてもよい”(お肌守とはお守りのこと)とは述べられているが、程度の低い人間はお守りさえ持っていればよいという勝手な解釈をしがちだろう。
 そういった意味合いでも“ほんとう”の、お守り、自分の心身を守りまっとうな成長を果たすために役立つもの、というのは、自分の霊的成長の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出す自分自身の心(靈)であり、その心(靈)(ヒ)であるならば、当然“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応があるものであるし、またその心(靈)(ヒ)は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していなければならず、進化しているからこそ、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を見出しているものであるし、見出している=自分の在り方を深く鑑みているからこそ、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)の感応を避けるものになっているということを知っておかねばならない。

 このことをよく理解して“御神名いくらでも書かすぞ、その用意しておいてくれよ、神急ぐぞ”という文言、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して智性(神性)を獲得していない心(靈)は、次の段階(アセンション後)に移行できないので“用意しておいてくれよ、神急ぐぞ”であり、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応を意図しているからこそ、艮(うしとら)の金神を名乗る霊団は“御神名いくらでも書かす”、その“神名”、それを見て考える、深く鑑みる、あるいは唱える、そうするなら、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と感応する条件を自らが作るのだ、という意味のことを述べている。

今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
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恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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