“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 水の巻 第三帖 Kellyさん的解釈 “その十三”


 今回も、水の巻 第三帖の、前回に続く以下の文を解釈しまんねん。

“夜の護り(ヨのマモり)
日の守りに守り(ヒのマモりにマモり)、
捧ぐるものの絶間無く(ササぐるもののタママナく)、
子孫の(ウミノコの)
弥栄継ぎに(イヤサカツぎに)
栄えしめ給へと(サカえしめタマへと)
畏み畏みも白す(カシコみカシコみマオす)、
惟神霊神幸はへませ(カムナガラタマチはへませ)、
惟神霊神幸はへませ(カムナガラタマチはへませ)。
 一本の草でも干して貯へておけよと申してあろがな”

 今回取り上げる文の()内のカタカナ表記、まず“ヨのマモり”。 ちなみにこの表記は前回でも解釈した。
“ヨ”は、生命進化の階 世=現津(あきつ)、観察され得る事象 代 継目。
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根。
“モ”は、物(現津(あきつ)、観察され得る事象)の始め、生命の元、また、元基(もとき)元座(もとくら) 本 それ明津(事象への顕現)。

 そして“ヒのマモりにマモり”。
“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ。 心(靈)(ヒ)、日、火。
“マ”は、前述のとおり。
“モ”は、前述のとおり。
そしてもう一度“マモ”、これは意味を強調していると思われる。

 そして“ササぐるもののタママナく”。
“サ”の行は、栄え発展する生命の音根。
もう一度“サ”。
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと。
“マ” は、前述のとおり。
もう一度“マ”。
“ナ”の行は、生命の殖え栄ひ進展の意含む。

 そして“ウミノコの”。
“ウ”は、生物を生み出す力と説明されている。 産土の太神の“ウ”に相当するもの。
“ミ”は生命の幹 その現実。
“ノ”は延びる 広いところ の意。
“コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意。

 そして“イヤサカツぎに”
“イ”は、生気生命の発生力。
“ヤ”は、その心は高台(たかと)高き段に進む。
“サ” は、前述のとおり。
“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意。
“ツ”はつづまる(約まる)集う(つどう) 物をまとめ次々その形を変えて次なる新たななる生命を咲かすの意。

 そして“サカえしめタマへと”。
“サ”は、前述のとおり。
“カ”は、前述のとおり。
“タ”は、前述のとおり。
“マ”は、前述のとおり。

 そして“カシコみカシコみマオす”
“カ”は、前述のとおり。
“シ”は弱き光 と称され、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)意 “慈(しげる)”のシ。
“コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意。
そしてもう一度“カシコ”。
“マ”は、前述のとおり。
“オ”は生命発生の元根、また、物質を伴った進化=肉体を持った進化のこと。

 そして“カムナガラタマチはへませ”。
“カ” は、前述のとおり。
“ム”は、生命は自ら多岐に分かれ、ムシ出すチカラこもれる(篭る)ヒ(靈)のチカラを…中略…次々に異なれる生命生まれ出る理(法則性)。
“ナ”は、生命の殖え栄ひ進展の意含む。
“カ” は、前述のとおり。
“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) 物の根の意。
“タ”は、前述のとおり。
“マ” は、前述のとおり。
“チ”は、まず“タ”の行が、命が現れ立つ、建く高く成長する音義の意があり、“チ”はチカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)。

 そしてもう一度“カムナガラタマチはへませ”。

 これらのことを鑑みて、

“ヨのマモりヒのマモりにマモり、ササぐるもののタママナく、ウミノコのイヤサカツぎにサカえしめタマへとカシコみカシコみマオす、カムナガラタマチはへませ、カムナガラタマチはへませ”

の意味として、まず、“夜 ヨ”は、“日 ヒ”に対しての言い回しであるし、これは砌(みぎり)=“夜 ヨ(“ヨ”は、生命進化の階 世=現津(あきつ)、観察され得る事象 代 継目)”であり、日足(ひたり)が“日 ヒ(すべての物(観察しうる外側(外国と幽界)の事象)の根、そして心(靈)(ヒ)、日(“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意))”ということになり、“マモ”は、“マ”は、有形生命、または正しき生命、“モ”は、元座道座(もとくらみちくら)=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を見出すこと、ということになるので、進化した生命が神の思惑を顕現していくという意味合いを感じる…と前回解釈した通り。

 次の“ササぐるもののタママナく”の“サ”、そして前回解釈した“タマ”そして“マ”と“ナ”この意味を統括すれば、栄え発展する生命、そしてそれは、神の“思惑の顕現”=現象化として生命が現れ立ち、建く(たけく)高く成長、進化=霊的成長、神格化に向かうことをするし、それが、有形生命、または正しき生命、と認識しうる、さらにもう一度“マ”の表記があるので、この事象における有形生命、正しき生命の意味を強調し、それは、生命の殖え栄ひ進展、という意味合いが当てられている。
次の“ウミノコの”は、“ウ”、生物を生み出す力、これは“創造”の“主(ヌシ)”の思惑、“創造”の“主(ヌシ)”の計画、ということが感じられ、それは、“ミ”、生命の幹 その現実、であり、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑と計画は、“ノ”、延びていくのであり、“創造”の“主(ヌシ)”の振動=“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、を、“コ”、停滞させ、生命(生きる使命=存在理由)として働く、それは個々の生命が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を細分して顕現していき、事象の“創造”をするという意味のこと。

 次の、“イヤサカツぎに”は、“イ”、生気生命の発生力、これは生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のためのエネルギー、活力(肝=“いきり立つ心(奴と心)”)という意味合いが感じられ、だからこそその生命は、“ヤ”、その心は高台(たかと)高き段に進む=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指すのであり、“サ”、栄え発展する生命であり、そのエネルギーや活力そのものが、“カ”、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)であり、生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものが、“ツ”、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化により、つづまる(約まる)集う(つどう)ということをさせるという意味合い(“日止、霊止”の表記の意味)。

 次の、“サカえしめタマへと”は“サ”、栄え発展する生命、“カ”、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)への活力は、前述の“タマ”、神の“思惑の顕現”=現象化として生命が現れ立ち、建く(たけく)高く成長、進化=霊的成長、神格化に向かうことをするし、それが、有形生命、または正しき生命、と認識しうるものであるという意味。

 次の、“カシコみカシコみマオす”の二回続いて表記がある“カシコ”は、“カ”、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)、それは今の霊的成長度の人間が観測しうる低振動、物質を認識しうる振動よりも高く細かいので、“シ”、弱き光と認識されるが、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意であり、平均的地球人の心(靈)(ヒ)を構成している振動、自我中心の神道よりも高い振動であるから、“慈(しげる)”のシということ。 それを、“コ”、停滞させる、それが今の地球人より高い心を持つ、高い霊的成長度に成りうる、天意を止める生命(生きる使命=存在理由)、“日止、霊止”ということになり、よってそれは、“マ”、有形生命、正しき生命であり、“オ”、生命発生の元根(“創造”の“主(ヌシ)”の思惑、計画)であり、また、物質を伴った進化=肉体を持った進化そのものののことといい得る。

 次、二回繰り返される“カムナガラタマチはへませ”は、“カ”、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)は、“ム”、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止める生命は、その“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化の度合いにより、自ら多岐に分かれるし、それが異なれる生命生まれ出る理(法則性)でもあるということ。 そしてその生命は、“ナ”、生命の殖え栄ひ進展、であり、“カラ”、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)、それは、生命発生の初音(ウネ)、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑と計画の顕現と解釈できるし、それは生命(生きる使命=存在理由)の神格化ということでもあるからこそ前述の“タマ”=神の“思惑の顕現”、現象化として生命が現れ立ち、建く(たけく)高く成長、進化=霊的成長、神格化に向かうことをするし、それが、有形生命、または正しき生命、と認識しうるものであり、さらにそれは、“チ”、チカラ(力)意で、それは様々に現津(あきつ)(顕現)して世を成すもの(事象の“創造”をするの意)ということになり、神の思惑、計画を顕現する、という生命(生きる使命=存在理由)になるの意味合い。

 上記のことを踏まえ、漢字とひらがな表記の、
“夜の護り日の守りに守り、捧ぐるものの絶間無く、子孫の弥栄継ぎに栄えしめ給へと畏み畏みも白す、惟神霊神幸はへませ、惟神霊神幸はへませ”
を見るならば、神の思惑と計画である、有形生命、正しき生命である人間は、砌(みぎり)の極性を顕現する、それは“護り”(とりまいてまもる、かばう、の意)と称され、それは個々の生命の“思惑の顕現”=現象化であるから、思惑、思想、である日足(ひたり)の極性で、守り、そしてそれを守るという意味合いで二つめの表記があるのだと思うし、だから二つ目の表記は事象の“創造”の法則性、有形生命、正しき生命が行うべき使命、という意味合いがあり、それは“捧ぐるものの絶間無く、子孫の弥栄継ぎに栄えしめ給へと畏み畏みも白す”、栄え発展する生命、そしてそれは、神の“思惑の顕現”=現象化として生命が現れ立ち、建く(たけく)高く成長、進化=霊的成長、神格化に向かうことをするし、それが、有形生命、または正しき生命、と認識されうるし、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑と計画に沿っているからこそ、この事象における有形生命、正しき生命であり、それそのものが、生命の殖え栄ひ進展であり、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑と計画が、生物を生み出す力、であり、顕現された思惑と計画は、生命の幹 その現実、であり、それは、延びていくのであり、“創造”の“主(ヌシ)”の振動=“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、を、停滞させ、生命(生きる使命=存在理由)として働く、それは個々の生命が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)して、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を細分して顕現していき、事象の“創造”をする、これが神の“思惑の顕現”=現象化そのものであり、ことに“弥栄継ぎ”は、生気生命の発生力、これは生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のためのエネルギー、活力(肝=“いきり立つ心(奴と心)”)という意味合いが感じられ、だからこそその生命は、その心(靈)(ヒ)は高台(たかと)高き段に進む=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指すのであり、それはまた、栄え発展する生命であり、そのエネルギーや活力そのものが、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)であり、生命(生きる使命=存在理由)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものが、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化により、つづまる(約まる)集う(つどう)ということをさせ、天意を止めることのできる肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)を創るのが生命、生きている者の使命であるし、それは、栄え発展する生命であり、それには“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の活力とする、そうなれば、神の“思惑の顕現”=現象化として生命が現れ立ち、建く(たけく)高く成長、進化=霊的成長、神格化に向かうことをするし、それが、有形生命、または正しき生命、と認識しうるものである。
これが“子孫の弥栄継ぎに栄えしめ給へ”という漢字表記から感じられ、それには次の表記の“惟神霊神幸はへませ、惟神霊神幸はへませ”は、“惟神”が、神であるままに、神として、あるいは、 神代のままに。神のおぼしめしのままに、神の御心のままで人為の加わらないまことの道、という意味合いがあるので、これは“惟神”そのものが神の思惑を共有した心(靈)(ヒ)であるということ、いわゆる進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した生命ということであり、それはまた、神、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)とともに進化(霊的成長、神格化に向かうこと)するということであるから、“惟神”、“霊”(“上”のこと)、もうひとつ“神”という表記が当てられ、それは“ほんとう”の意味での“幸”、“夭と屰”(ようとげき)、神と認識を共有するまで死なないで育つ、という意味合いのことであると思う。

 最後の“一本の草でも干して貯へておけよと申してあろがな”は、
“一”=智性=1番目のオーラ、
“本”=“本津宮”(もとつみや)のそれ、自省(胸の磁性“十”)のこと、
“草”は、艸部(そうぶ)艹、クサカンムリと太陽を示す日と胸の磁性“十”のことだと思うので、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことをして、胸の磁性“十”を芽生えさせる(艸部(そうぶ)艹、クサカンムリ)であると思う。

 次回は、十三回に分けた水の巻 第三帖の解釈の総括と、第四帖の解釈を述べることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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