“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集” 第九話 死の前後 殺人の場合 Kellyさん的解釈“その一”

 今回から第九話の解釈に入るのだが、交霊会であるローム霊訓講話の記録のローム太霊講話集を編纂した寺見文夫氏のこの「死の前後 殺人の場合」という副題のつけ方に、やや疑問を覚える。

 それは、太霊は第九話の冒頭で“今日初めに取り上げるのは人間が殺されて死ぬ、殺人の場合であるが”とは、述べておられる。

 だが第九話の要は、
人間は確固とした信念を持っていて、それが如何に悪口雑言されようとも、少しも 傷(きづつ)けられないという立派な精神に…中略…誰に何と言われようと、大木の如くまた柳の如く、それを正面(まとも)に受けることも軽く逸らすことも出来る人間になるのが修行…中略…どんなに恨まれても決して恨まない心を造ることが大切…中略…仮令拷問(ごうもん)にかけられ…中略…堪え得るだけの精神の修養はロームが常に教えている筈…中略…絶えず向上を計りまた向上する人間は、心がそこへ行こうとも、本心は真の神を祈っている
であり、
またそれを、
一つの覚悟(さとり)を常に心に思い浮かべ”=このことを決して忘れるな、と述べておられる。
 そして第九話の最後で、
大きな御光(みひかり)の中の霊団、憎悪ではなく燃える太陽のような愛の霊団の一員となり
とも述べておられる。

 これらが第九話の要であり、今の人間、平均的地球人が進化していくにあたって大事な認識を太霊は述べておられるのであり、よって副題の「死の前後 殺人の場合」だけを述べておられるのではないのだ、ということを、最初に述べておく。

 さて、“人間が殺されて死ぬ、殺人の場合”なんてことをする、それを行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)にうつす心(靈)の動きは、以下に大義名分があろうが、自分は正しいと思おうが、自分の都合しか考えていないからである。
 それは、いわゆる“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心の動きであり、自分の都合しか考えないのは、自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)で、自我が肥大(“石屋の仕組み”)しているからである。
 
 よって今の平均的地球人の進化の程度が、多少進化(霊的成長、神格化に向かうこと)したならば、殺人なんてことは起きないものである。
 それは、人を含め、すべての生命(生きる使命=存在理由)が、神の“思惑の顕現”=現象化であるという認識(悟り、幸取=さとり)を持つからであり、だからこそ、他人の霊的成長の足を引っ張るようなことはしない=人殺しなどしないようになるものである。

 そして“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が思う自分にとって都合の悪い事象に対し、それは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が課した試練だという認識(悟り、幸取=さとり)を持つから、そこで自分の在り方を鑑みることをする、また、自分に対し“(“慈悲”と“慈愛”由来の)厳しさ“由来の自己観察をする、それが今の地球人より、多少、進化した人であるといい得る。

 それとだいたい、殺人を犯すのは、恨みの連鎖の霊的干渉の増大にしかならないのであり、だからこそ太霊は、
執念(しゅうねん)のために自分は浮遊霊に成り下がる
そして、
相手の霊は、必ず自分が前に殺した者の霊と一団となってそこに再び二つの魂の争いが続けられる…中略…それらの魂は凡て同じ系統を引いた類魂(るいこん)によって、憎悪の霊団に入いりその一員となる仕組みになっている
と述べておられる。

 この相手に対する“憎悪”、そして“類魂(るいこん)によって、憎悪の霊団に入いり”は、心(靈)の動きが同じ、進化程度(心(靈)の発現の程度と心(靈)の動き)が同じ、そして感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)という法則により構成されるものであり、それだからこそ“憎悪の霊団”を構成するのだということを、読み取らなければならない。

 そのことを知ったならば、誰かを殺したいほど憎み、忌み嫌い存在を許さないほど嫌悪していたりしても、すべての事象には理由と根拠があり(偶然なんて認識は、程度の低い認識であるということ)、背負っている因縁、そして恨みの連鎖の霊的干渉そのものは、自分に対しての責任であることをよく自覚するものであるし、それがまた“上”が課した試練であることを知る。

 要は、すべての事象は、自分にとっての必然であり、すべての事象は神の“思惑の顕現”=現象化であり、その事象と遭遇するのは自分の霊的成長度と、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の段階によること、そして息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で事象を“創造”している、よって出合った何かはすべて霊縁であり、そしてその事象には“神の采配”があるのだということを知る。

 これらの事柄が自分の認識(悟り、幸取=さとり)になっていたならば、自分を諌めることが出来るものであるし、仮に殺人を考えている人間が自分を諌め(出来ないから殺すのであるが)、冒頭で述べたように、ある程度進化した人間ならば、人殺しはしないし、そういった人間でこの世界が構成されたならば、人殺しなど無くなるものである。

 この点で第九話は、自分を諌める、自我を諌める、自分の在り方を鑑みる、それが、
絶えず向上を計りまた向上する人間
の一側面であることを読み取り、そしてそれが出来得るならば、
大きな御光(みひかり)の中の霊団…中略…燃える太陽のような愛の霊団”の“一員
に成りうるということを読み取らなければならないし、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のステップであることを、重ねて述べておく。

 次回は、第九話で述べられている“憎悪”と“憎念”、そして“幽体そのものが憎悪の固まりとなって”について解釈を述べることとする。

 今回はこれくらいにしときまんねん。

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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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