“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 水の巻 第六帖 Kellyさん的解釈 


 今回も、水の巻 第六帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

キが元ぞと申してあろがな。
神国負けると云ふ心、言葉は悪魔ぞ、本土上陸と云ふキは悪魔ざぞ。
キ大きく持ちて下されよ。 島国日本にとらはれて呉れるなよ。 小さい事思ふてゐると見当取れん事になるぞ。
一たべよ、二たべよ、食べるには噛むことぞ、噛むとはかみざぞ、神にそなへてからかむのざぞ、かめばかむほど神となるぞ、神国ぞ、神ながらの国ぞ。 かみながら仕事してもよいぞ。 
青山も泣き枯る時あると申してあろが。 日に千人食い殺されたら千五百の産屋(うぶや)建てよ。 かむいざなぎの神のおん教ぞ。 神きらふ身魂は臣民も厭ふぞ。
五月二日、三のひつくのか三。

 冒頭の文の、“キが元ぞと申してあろがな”。

この“キ”、そして“元”の表記、これは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を指し示し、そこにおいて自らが“観察と認識”しうる事象(外側(外国と幽界)の事象も内面とか内側(心の中と感じている事)、その両方のこと)を指す表記である。 
ちなみに“キ”については、磐戸の巻 第二十一帖で以下のように解釈した。

“キ”の音根はモノの現れを示す、その音根に現わし得ざる心の素幸霊(スサノオ)(生物)自ら明津(アキツ)させんにぞかし(ぞかし という表記は、…だぞ、…だよ、…である、強く念 を押して断定する意)と記されているので、この事象に顕現した生命=現わし得ざる心の素幸霊(スサノオ)(生物)が、観察しうる事象を自分の心の動き、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により、より良いカタチにする=自ら明(太陽と月、日足と砌(ひたりとみぎり))津(ツ、中心の意)させんにぞかし という解釈が成り立ち、先に述べたように文末に“ぞかし”と述べられているのは、生命(心の素幸霊(スサノオ)(生物))が、自ら観察しうる事象を自分の心の顕現とするということであり、それがまた神の子としての生命(生きる使命=存在理由)であるということを強調して述べられている

 そして“元”という表記は、肉体(月(ツキ))を表す“二”と、時間の進行の意味がある儿部(じんぶ、にんにょう)、で構成されているので肉体(月(ツキ))をともなった心(靈)(ヒ)が時間の進行(“道”)とともに、神の思惑に沿った(“理(ミチ)”)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たしていくのだという意味合いがある。

 次の文。
“神国負けると云ふ心、言葉は悪魔ぞ、本土上陸と云ふキは悪魔ざぞ。
キ大きく持ちて下されよ。 島国日本にとらはれて呉れるなよ。 小さい事思ふてゐると見当取れん事になるぞ”

 この文の“神国”“本土”“島国日本”“神ながらの国”の解釈、右翼傾向の強い人たちが間違えるであろうこの表記の解釈が大事であり、これらはすべて、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指さなければならない自分たち(“日止、霊止”という生命(生きる使命=存在理由))のことである。
 少々蛇足になるが、これまで述べている通り“国”というのは、平均的地球人の霊的成長度における認識(自我中心の認識)が生み出している縄張りのことではなく、“国”という字を構成している(囗)くにがまえ、は、場(フィールド)であり、“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示し、それは自我より“上”の心(智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”)を発現しうる霊的成長度の人が、“玉(ぎょく)”と呼ばれるに値する、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)がそう評価する人間であり、また“玉(ぎょく)”は結晶化を指し、“ほんとう”の“行”やっていけば、苦痛や苦悩は、神経(“日月神示”でよく使われる表記としては“五”
(五は糸巻(神経で構成されるコイルのこと)の象形文字)、あるいは“五月”=神経と肉体(月(ツキ)))
を流れる生体内電流の強化と変容であるからこそ、タンパク質の高分子化、肉体組織の結晶化が起きていき、その結果として、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、あるいは、“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子、との感応をして、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)は、“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)して変わりうる、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の具体的な説明となるが、それを“日月神示”では、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化と称されている。
 要は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たすべき心(靈)(ヒ)は、“行”やって結晶化した肉体組織にならねばならず、“行”の意義はそこにあるが、このことも“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ)が流布した既成概念によって大概の地球人には理解不能なことに成り果てている。 それは霊的成長、神格化に向かうこと、を阻む存在、悪魔の思惑であるが、その思惑自体も発振、発信であり、“キ”であるので、
“神国(進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指す心(靈)(ヒ))負けると云ふ心、言葉(発振、発信)は悪魔ぞ、
本土(本は“本津宮”(もとつみや)の“本”、自省(胸の磁性“十”)の心、土は肉体(月(ツキ))のこと)
上陸(進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たそうとする心(靈)(ヒ)を阻むこと)と云ふキは悪魔ざぞ”
と称されている。

 これに続く以下の文も()内に注釈を入れる形で解釈を述べる。

“キ大きく持ちて下されよ(“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の自我の肥大した心は矮小で脆弱で、憑依現象で心を乗っ取られることが多いので、自分の思惑、“どういうつもり”、心(靈)の動きの発振、発信=“キ”の在り方を鑑みよの意)。 
島国日本にとらはれて呉れるなよ(タンパク質がより集まり組織を構成していくことを“島”という表記で表すと日月の巻 第三十帖で解釈したが、それは進化の最初の段階でしかなく、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化には程遠い、現状の地球人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)は、先に述べたように矮小で脆弱で憑依現象で心を乗っ取られやすいので、“島国日本”と揶揄されている)。 
小さい事思ふてゐると見当取れん事になるぞ(自我の確立=固定化、結晶化していない=“行”やってない肉体(月(ツキ))で発現している心(靈)は“小さい事思ふてゐる”のであり、人間の存在の意義、生命の存在理由を考えること出来ないので“見当取れん”ということ)

 これに続く“一たべよ、二たべよ、食べるには噛むことぞ、噛むとはかみざぞ、神にそなへてからかむのざぞ、かめばかむほど神となるぞ、神国ぞ、神ながらの国ぞ。 かみながら仕事してもよいぞ”の、“一たべよ、二たべよ”は、“一二三”のオーラの“一”=智性=1番目のオーラと、手の磁束で構成される二番目のオーラ、これはシンクロトロンの基本構造といえ、脊椎動物が進化して手が発達したからこそ自省(胸の磁性“十”)の心を持つことを今まで述べてきているが、その意味合いのことであると思う。 
 そして“食べるには噛むことぞ、噛むとはかみざぞ”は、噛むことによる圧電、これはローム太霊の言葉である“粘りとやせ我慢”の意味のひとつであり、自分に課せられた人生における因縁、生業(なりわい)の“行”、そして進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のための“行”には、“粘りとやせ我慢”が必須であり、その際には歯を食いしばり…という言い回しがよく解るだろうが、我慢することは“間断なき行”であり、進化に必須なので“かめばかむほど神となる”こういう言い回しがされ、それは自分が頑張る(元の気を張る)、我慢する、すべて“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の思惑に自らが自らを照らし合わせて、自分自身が頑張らなければならないから“神にそなへてからかむ”といわれている。 
 そうやって“粘りとやせ我慢”“間断なき行”、頑張る(元の気を張る)ことをしていくならばそれは、進化を目指す心(靈)(ヒ)=“神国ぞ、神ながらの国ぞ”といえ、ことに“神ながら”という表記は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振をさすものである。
 これに続く“かみながら仕事してもよいぞ”は、“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)しながら生業(なりわい)をなせよ、という意味合い。

 次の
“青山も泣き枯る時あると申してあろが”
は、いうまでもなく“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の“キ”の結果、その事象は崩れるの意味合いであり、これに続く
“日に千人食い殺されたら千五百の産屋(うぶや)建てよ。 かむいざなぎの神のおん教ぞ”
は、恨みの連鎖の霊的干渉による人間の死は悪魔の思惑であるのだが、神の思惑として存在している生命(生きる使命=存在理由)は恨みの連鎖の霊的干渉を受けるのは自己責任であり多くの死者が出るのは当然だが、必ずそれ以上の生命を生み出すものであるという言い回し。
 そしてこれは古事記の引用であり、黄泉の国に落ち、腐り果てた伊邪那美(いざなみ)=腐り果てた砌(みぎり)の極性(事象への顕現)と、それを知った伊邪那岐(いざなぎ)の思惑(日足(ひたり)の極性)を指すものである。

 要は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たそうとする生命(生きる使命=存在理由)は、滅びない、廃れない、のであり、その理由と根拠は生命(生きる使命=存在理由)が神の“思惑の顕現”であるからであるし、それが“かむいざなぎの神のおん教”と称されている。

 これに続く“神きらふ身魂は臣民も厭ふぞ”は、第六帖の文頭の“神国負けると云ふ心、言葉は悪魔”にかかる言い回しであり、自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)、自我の肥大、自分の心(靈)を憑依現象によって見失っている多くの地球人、形骸の価値や薄っぺらい幸福感に酔いしれている多くの人は神の思惑通りの生命ではないから“神きらふ身魂”であり、それは今後=アセンション後における“臣民”が“厭ふ”ものなのだということを、述べている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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