FC2ブログ

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 水の巻 第十帖 Kellyさん的解釈 “その六”


 今回も、前回の続き、以下の文を解釈しまんねん。

金の神(かねのかみ)とは
金かつかねの神、

 この“金の神”に関して、日の出の巻 第十八帖を解釈した時に以下のように述べた。

“金の神”は“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子、“カネ”の言霊。

 肉体内の鉄分子に関して主なものを述べれば、赤血球には鉄が含まれ、よって血液は錯体であり、血液が移動すると肉体内に電流が生じるし、骨髄中の鉄分子は磁性を帯び、それが連なったなら磁石と同じであり、これらのこと事態が、ローレンツ力ローレンツ力 の強化と変容に直接関与するものである。 
 それで今述べた、骨髄中の鉄分子の連なりなどによるローレンツ力ローレンツ力 の強化と変容、これを“日月神示”では“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化という。
この肉体組織の結晶化(“玉(ぎょく)”)、これが人生においての苦痛や苦悩、そして“行”で生体内電流の強化を行っていくことの意義そのものである。

 それで“金かつかねの神”、これは古事記や日本書紀には出てこない表記であり、大本教の「霊界物語」(出口王仁三郎)に、以下のような表記がある。

天津御神(あまつみかみ)の造(つく)らしし
豊葦原(とよあしはら)の瑞穂国(みずほくに)
泥(どろ)の世界(せかい)と鳴戸灘(なるとだな)
天(あめ)の瓊矛(ぬほこ)の一滴(ひとしづく)
言霊姫(ことたまひめ)の鳴(な)り鳴(な)りて
鳴(な)りも合(あ)はざる海原(うなばら)の
穢(けがれ)もここに真澄姫(ますみひめ)
竜世(たつよ)の浪(なみ)も収(をさ)まりて
天地(あめつち)四方(よも)の神人(かみびと)は
心(こころ)平(たひら)に安(やすらか)に
この浮島(うきしま)に純世姫(すみよひめ)
御稜威(みいづ)も高(たか)き高照姫(たかてるひめ)の
神(かみ)の命(みこと)と諸共(もろとも)に
神界(かみよ)、現界(うつしよ)事(こと)完(を)へて
根底(ねそこ)の国を治(をさ)めむと
地教(ちけう)の山を出(い)でたまひ
野立(のだち)の姫(ひめ)の後(あと)を追(お)ひ
救(すくひ)の神(かみ)と鳴戸灘(なるとなだ)
同(おな)じ心(こころ)の姫神(ひめがみ)は
根底(ねそこ)の国(くに)へ五柱(いつはしら)
千尋(ちひろ)の深(ふか)き海(うみ)よりも
業(めぐり)の深(ふか)き罪咎(つみとが)を
清(きよ)むるための塩(しほ)をふみ
浪路(なみぢ)を開(ひら)きて出(い)でましぬ
無限無量(むげんむりやう)の御恵(みめぐみ)は
現界(うつつ)、幽界(かくりよ)、神(かみ)の世(よ)の
救(すくひ)の神(かみ)の御柱(みはしら)ぞ。
 茲(ここ)に五柱(いつはしら)の女神(めがみ)は、地球(ちきう)の中軸(ちうぢく)なる火球(くわきう)の世界(せかい)に到(いたり)給(たま)ひ、野立彦神(のだちひこのかみ)、野立姫神(のだちひめのかみ)の命(めい)を奉(ほう)じ、洽(あまね)く地中(ちちう)の地汐(ちげき)、地星(ちせい)の世界(せかい)を遍歴(へんれき)し、再(ふたた)び天教山(てんけうざん)に登(のぼ)り来(きた)つて、大海原(おほうなばら)の守(まも)り神(がみ)とならせ給(たま)ひける。
 ここに天(あめ)の御柱(みはしら)の神(かみ)、国(くに)の御柱(みはしら)の神(かみ)は、伊予(いよ)の二名(ふたな)の島(しま)を生(う)み、真澄姫神(ますみひめのかみ)をして、これが国魂(くにたま)の神(かみ)たらしめたまふ。これを愛媛(えひめ)といふ。一名(いちめい)竜宮島(りうぐうじま)ともいひ、現今(げんこん)の濠洲(がうしう)大陸(たいりく)なり。而(しか)して我わが四国(しこく)は、その胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに純世姫神(すみよひめのかみ)をして、筑紫(つくし)の守(まも)り神(がみ)となさしめ給たまひぬ。これを多計依姫(たけよりひめ)といふ。筑紫(つくし)の島(しま)とは現代(げんだい)の亜弗利加(あふりか)大陸(たいりく)なり。わが九州(きうしう)はこの大陸(たいりく)の胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに言霊姫神(ことたまひめのかみ)をして、蝦夷(えぞ)の島(しま)の守(まも)り神(がみ)たらしめ給(たま)ひぬ。これ現代(げんだい)の北米(ほくべい)なり。而しかして我わが北海道(ほつかいだう)は、その大陸(たいりく)の胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに竜世姫神(たつよひめのかみ)をして、高砂(たかさご)の島(しま)を守(まも)らしめ給(たま)ひぬ。ゆゑにまたの名(な)を高砂姫神(たかさごひめのかみ)といふ。高砂(たかさご)の島(しま)は南米(なんべい)大陸(たいりく)にして、台湾島(たいわんたう)はその胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに高照姫神(たかてるひめのかみ)をして、葦原(あしはら)の瑞穂国(みづほのくに)を守(まも)らしめ給たまひぬ。これ欧亜(おうあ)の大陸(たいりく)にして、大和(やまと)の国(くに)は、その胞衣(えな)にぞありける。
 かくして五柱(いつはしら)の女神(めがみ)は、その地(ち)の国魂(くにたま)として永遠(ゑいゑん)に国土(こくど)を守護(しゆご)さるる事こととなれり。但(ただ)しこれは霊界(れいかい)における御守護(ごしゆご)にして、現界(げんかい)の守護(しゆご)ならざる事(こと)は勿論もちろんなり。これらの女神(めがみ)は、おのおのその国(くに)の神人(しんじん)の霊魂(れいこん)を主宰(しゆさい)し、或(あるひ)は天国(てんごく)へ、或(あるひ)は地上(ちじやう)へ、或(あるひ)は幽界(いうかい)に到(いた)るべき身魂(みたま)の救済(きうさい)を各自(かくじ)分掌(ぶんしやう)し給(たま)ふ事(こと)となりける。故(ゆゑ)にその国々(くにぐに)島々(しまじま)の身魂(みたま)は、総すべてこの五柱(いつはしら)の指揮(しき)に従(したが)ひ、現(げん)、幽(いう)、神(しん)の三界(さんかい)に出現(しゆつげん)するものなり。
 しかしこの五柱(いつはしら)の神(かみ)の一旦(いつたん)幽界(いうかい)に入いりて、再(ふたた)び天教山(てんけうざん)に現(あら)はれ、国魂神(くにたまがみ)とならせ給(たま)ふまでの時日(じじつ)は、数万年(すうまんねん)の長年月(ちやうねんげつ)を要(えう)したまひける。その五柱(いつはしら)を総称(そうしよう)して、金勝要神(きんかつかねのかみ)といふ。
 天(てん)は男系(だんけい)、地(ち)は女系(ぢよけい)と云(い)ふは、霊界(れいかい)のこの消息(せうそく)を洩(も)らせしものなり。神諭(しんゆ)に、
『大地(だいち)の金神(こんじん)、金勝要神(きんかつかねのかみ)』
とあるは、これの表示(へうじ)なり。また、
『この大神(おほかみ)は、雪隠(せついん)の中(なか)に落(おと)された神(かみ)』
とあるは、総(すべて)の地上(ちじやう)の罪悪(ざいあく)を持(も)ち佐須良比(さすらひ)失(うしなふ)所(ところ)の鳴戸(なると)の意味(いみ)なり。
 天教山(てんけうざん)は口(くち)に当(あた)り、鳴戸(なると)は地球(ちきう)の肛門(こうもん)に当(あた)るが故(ゆゑ)なり。神(かみ)の出口(でぐち)、入口(いりぐち)といふは、この富士(ふじ)と鳴戸(なると)の御経綸(ごけいりん)の意(い)なり。大地(だいち)の金神(こんじん)を金勝要神(きんかつかねのかみ)と称(しよう)するは、大地(だいち)の金気(きんき)の大徳(だいとく)によりて固成(こせい)され、この神(かみ)の身魂(みたま)によりて凝縮(ぎようしゆく)保維(ほゐ)されてゐるが故(ゆゑ)なり。

 この文を読むと、
日月の巻の解釈、ことに第三十帖を思い出し、第三十帖には、生命の成り立ち、靈の発現が、タンパク質の寄せ集まりから段々高分子化して“修理固成”(しゅうりこせい)する、そうすると“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子、を、止め、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくことが、第三十帖には述べられていた。

 
 それで今回取り上げた霊界物語の解釈を簡単に述べるが、これは日月の巻 第三十帖、そして日月の巻全文の解釈と照らし合わせて読んでもらいたい。

 まず、

“天津御神(あまつみかみ)の造(つく)らしし
豊葦原(とよあしはら)の瑞穂国(みずほくに)
泥(どろ)の世界(せかい)と鳴戸灘(なるとだな)
天(あめ)の瓊矛(ぬほこ)の一滴(ひとしづく)”

であるが、ここまでは、天意、神の“思惑の顕現”=“天津御神(あまつみかみ)の造(つく)らしし”というのが、生命の“創造”であり、その“創造”の意志は“鳴戸灘(なるとだな)”と称され、“灘”の表記は“鳴”が発振、発信、“創造”の意志であり、その振動が水に止まり、そこでさらに“鳴”、発振、発信する、これは生命の自我の形成といえ、戸は、岩戸の戸であり、自我があるから“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”の意志が発振、発信出来得るのであり、被造物である生命も自我の形成を経て、さらに進化(霊的成長、神格化に向かうこと)したら独り神(ひとりがみ、日取り神)になる。
そして、その生命の発現の過程を“泥(どろ)の世界(せかい)と鳴戸灘(なるとだな) 天(あめ)の瓊矛(ぬほこ)の一滴(ひとしづく)”、これは日月の巻第三十帖解釈で述べたアミノ酸の寄せ集まりから、タンパク質の集まり(島)、このことを称している。


 次の文。

“言霊姫(ことたまひめ)の鳴(な)り鳴(な)りて
鳴(な)りも合(あ)はざる海原(うなばら)の
穢(けがれ)もここに真澄姫(ますみひめ)
竜世(たつよ)の浪(なみ)も収(をさ)まりて
天地(あめつち)四方(よも)の神人(かみびと)は
心(こころ)平(たひら)に安(やすらか)に
この浮島(うきしま)に純世姫(すみよひめ)
御稜威(みいづ)も高(たか)き高照姫(たかてるひめ)の
神(かみ)の命(みこと)と諸共(もろとも)に
神界(かみよ)、現界(うつしよ)事(こと)完(を)へて
根底(ねそこ)の国を治(をさ)めむと
地教(ちけう)の山を出(い)でたまひ
野立(のだち)の姫(ひめ)の後(あと)を追(お)ひ
救(すくひ)の神(かみ)と鳴戸灘(なるとなだ)
同(おな)じ心(こころ)の姫神(ひめがみ)は
根底(ねそこ)の国(くに)へ五柱(いつはしら)
千尋(ちひろ)の深(ふか)き海(うみ)よりも
業(めぐり)の深(ふか)き罪咎(つみとが)を
清(きよ)むるための塩(しほ)をふみ
浪路(なみぢ)を開(ひら)きて出(い)でましぬ
無限無量(むげんむりやう)の御恵(みめぐみ)は
現界(うつつ)、幽界(かくりよ)、神(かみ)の世(よ)の
救(すくひ)の神(かみ)の御柱(みはしら)ぞ”

 これは、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑そのものと、それを受け取って神の思惑を顕現していくる生命の発振、発信を“言霊姫(ことたまひめ)”と称され、その詳細の意は、“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)、そしてこの場合の霊は旧字の霊の解字を以下に示して意味を示す。

靈の解字
 

 それと“姫”の表記は、砌(みぎり)の極性(事象への顕現)を示し、それそのものが“創造”の“主(ヌシ)”の思惑であるから“言霊姫(ことたまひめ)の鳴(な)り鳴(な)りて”と称されており、それを受け取る生命は、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において“穢(けがれ)もここに真澄姫(ますみひめ)…中略…救(すくひ)の神(かみ)と鳴戸灘(なるとなだ) 同(おな)じ心(こころ)の姫神(ひめがみ)は 根底(ねそこ)の国(くに)へ五柱(いつはしら) …中略…業(めぐり)の深(ふか)き罪咎(つみとが)を 清(きよ)むるための塩(しほ)をふみ 浪路(なみぢ)を開(ひら)きて出(い)でましぬ”と述べられ、これは進化が、“上”から観て程度の低い過程から段々進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくならば“穢(けがれ)もここに真澄姫(ますみひめ) 竜世(たつよ)の浪(なみ)も収(をさ)まりて 天地(あめつち)四方(よも)の神人(かみびと)は 心(こころ)平(たひら)に安(やすらか)に この浮島(うきしま)に純世姫(すみよひめ)”、低い進化過程は“穢(けがれ)”もあり“業(めぐり)の深(ふか)き罪咎(つみとが)”という過程もあるが、“上”の思惑を顕現していくなれば、“姫”=事象の顕現、それは相対的な比較として“真澄”であり“純世”となり、そうなっていくならば、“竜世(たつよ)の浪(なみ)も収(をさ)まりて 天地(あめつち)四方(よも)の神人(かみびと)は 心(こころ)平(たひら)に安(やすらか)”そしてそれは、高いオーラの発振、発信であるから“御稜威(みいづ)も高(たか)き高照姫(たかてるひめ)”であり、“稜威”は進化した心(靈)(ヒ)が発振、発信する“一二三”のオーラであり、稜威の意味は、“イツ” 古代日本語で、“イチ”が変化した言い方、意味は、神霊の威力、みいつ、天子の威光、 類義語として、威霊、であり、これはたびたび解釈を述べてきたが、解りやすいのは、上つ巻 第二帖の、

神のやり方は日の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光は神のこころ、稜威ぞ

という表記がとても解りやすい。

その“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、で、その思惑で“創造”された事象は“神(かみ)の命(みこと)と諸共(もろとも)に 神界(かみよ)、現界(うつしよ)事(こと)完(を)へて”、これは“神(かみ)の命(みこと)”=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑が“現界(うつしよ)”に示される=“事(こと)完(を)へて”であるが、そうなるならば、“下”である目下(めした)の心=“根底の国”をも、“救(すくひ)の神(かみ)と鳴戸灘(なるとなだ)”と述べられており、この“地教(ちけう)の山”は、目下(めした)=“地”であり、“山”は脳であり、そこから“出(い)でたまひ”=“上”に進化したならばそれは“野立(のだち)の姫(ひめ)”=“立”は進化を指し、“姫”は現津(あきつ)、観察され得る事象への顕現を指し、“野”については以前使った画像で意味を示す。

野の解字 (富士の巻 十七帖)

 また“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、“ノ”は延びる 広いところ の意、であるから、“上”の思惑が延“美”の概念広がるのだという解釈も成り立つし、重複するが、そうなったならば“野立(のだち)の姫(ひめ)の後(あと)を追(お)ひ 救(すくひ)の神(かみ)と鳴戸灘(なるとなだ) 同(おな)じ心(こころ)の姫神(ひめがみ)は 根底(ねそこ)の国(くに)へ五柱(いつはしら) 千尋(ちひろ)の深(ふか)き海(うみ)よりも 業(めぐり)の深(ふか)き罪咎(つみとが)を
清(きよ)むるための塩(しほ)をふみ 浪路(なみぢ)を開(ひら)きて出(い)でましぬ 無限無量(むげんむりやう)の御恵(みめぐみ)は 現界(うつつ)、幽界(かくりよ)、神(かみ)の世(よ)の 救(すくひ)の神(かみ)の御柱(みはしら)ぞ”の、“無限無量(むげんむりやう)の御恵(みめぐみ)”そしてそれは“神(かみ)の世(よ)の 救(すくひ)の神(かみ)の御柱(みはしら)”=“上”の思惑を取り込んだならば“業(めぐり)の深(ふか)き罪咎(つみとが)を 清(きよ)むるための塩(しほ)をふみ 浪路(なみぢ)を開(ひら)きて出(い)でましぬ”、そんな低い事象は“創造”されないと称されているし、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した人間の“創造”=“天地(あめつち)四方(よも)の神人(かみびと)は 心(こころ)平(たひら)に安(やすらか)に この浮島(うきしま)に純世姫(すみよひめ) 御稜威(みいづ)も高(たか)き高照姫(たかてるひめ)の 神(かみ)の命(みこと)と諸共(もろとも)に 神界(かみよ)、現界(うつしよ)事(こと)完(を)へて”である。
 ことに“御稜威(みいづ)も高(たか)き高照姫(たかてるひめ)”、これは“高”の振動を“照”、それが“御稜威(みいづ)も高(たか)き”、高い霊的成長度のオーラによる事象の“創造”=“姫”(砌(みぎり)の極性(事象への顕現))であることを強調しておく。

 これに続く以下の文。

“茲(ここ)に五柱(いつはしら)の女神(めがみ)は、地球(ちきう)の中軸(ちうぢく)なる火球(くわきう)の世界(せかい)に到(いたり)給(たま)ひ、野立彦神(のだちひこのかみ)、野立姫神(のだちひめのかみ)の命(めい)を奉(ほう)じ、洽(あまね)く地中(ちちう)の地汐(ちげき)、地星(ちせい)の世界(せかい)を遍歴(へんれき)し、再(ふたた)び天教山(てんけうざん)に登(のぼ)り来(きた)つて、大海原(おほうなばら)の守(まも)り神(がみ)とならせ給(たま)ひける。
 ここに天(あめ)の御柱(みはしら)の神(かみ)、国(くに)の御柱(みはしら)の神(かみ)は、伊予(いよ)の二名(ふたな)の島(しま)を生(う)み、真澄姫神(ますみひめのかみ)をして、これが国魂(くにたま)の神(かみ)たらしめたまふ。これを愛媛(えひめ)といふ。一名(いちめい)竜宮島(りうぐうじま)ともいひ、現今(げんこん)の濠洲(がうしう)大陸(たいりく)なり。而(しか)して我わが四国(しこく)は、その胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに純世姫神(すみよひめのかみ)をして、筑紫(つくし)の守(まも)り神(がみ)となさしめ給たまひぬ。これを多計依姫(たけよりひめ)といふ。筑紫(つくし)の島(しま)とは現代(げんだい)の亜弗利加(あふりか)大陸(たいりく)なり。わが九州(きうしう)はこの大陸(たいりく)の胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに言霊姫神(ことたまひめのかみ)をして、蝦夷(えぞ)の島(しま)の守(まも)り神(がみ)たらしめ給(たま)ひぬ。これ現代(げんだい)の北米(ほくべい)なり。而しかして我わが北海道(ほつかいだう)は、その大陸(たいりく)の胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに竜世姫神(たつよひめのかみ)をして、高砂(たかさご)の島(しま)を守(まも)らしめ給(たま)ひぬ。ゆゑにまたの名(な)を高砂姫神(たかさごひめのかみ)といふ。高砂(たかさご)の島(しま)は南米(なんべい)大陸(たいりく)にして、台湾島(たいわんたう)はその胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに高照姫神(たかてるひめのかみ)をして、葦原(あしはら)の瑞穂国(みづほのくに)を守(まも)らしめ給たまひぬ。これ欧亜(おうあ)の大陸(たいりく)にして、大和(やまと)の国(くに)は、その胞衣(えな)にぞありける”

 冒頭の“茲(ここ)に五柱(いつはしら)の女神(めがみ)”というのは、“女神”なので砌(みぎり)の極性(事象への顕現)、“創造”の思惑を顕現するの意、そして“茲に”の“茲”(やしないそだてる、いつくしみ)は、
日月の巻 第三十帖の冒頭の“おのころの国成り、この国におりまして あめとの御柱(みはしら)見立て給ひき。茲(ここ)に伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)島生み給ひき”と、おおよそ同義である。
 そして“地球(ちきう)の中軸(ちうぢく)なる火球(くわきう)の世界(せかい)に到(いたり)給(たま)ひ”、これは地球の中心が金属で構成されたコア(核)であり、その外側にマントルがあり、マントルは“石”(帯電するミネラル)で構成されているし、さらにその外側に、コアやマントルに対し薄い地殻があるが、それが水の巻 第十帖の冒頭の“五大洲”でもある。
 以下、第十帖解釈“その一”からコピペ。

“五大洲 引繰り返って居ることまだ判らぬか。肝腎要(かんじんかなめ)の事ざぞ。七大洲となるぞ。八大洲となるぞ”
を見ると、この“五大洲”の表記、(氵)さんずいと州、ことに水の意味を含む(氵)さんずい、これは右翼傾向の強い人が思うであろう世界を地理学的に分けた5つの州の総称ではなく、“洲”の意味が、
「河川、湖、海の底に土砂がたまって高くなり水面上に現れたものを指し、河口付近などの比較的浅い場所にできる、中洲などを指す」
であり、これは“河川、湖、海”が、肉体を構成する水、錯体としての液体成分(血液、リンパ液など)のことを表し、その水の中で固まる“土砂”は、肉体を構成する灰分(かいぶん)、Ca(カルシウム)P(リン)Mg(マグネシウム)K(カリウム) 微量のAl(アルミニウム)Fe(鉄)Zn(亜鉛)Si(珪素)Na(ナトリウム)であり、これが“水面上に現れたもの”というのは、積み上がったタンパク質、タンパク質の高分子化のことである。
それはまた、肉体(月(ツキ))のローレンツ力
ローレンツ力 の強化と変容、いわゆる“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)を指すのであり、これが生物の肉体の変容、いわゆるダーウィンの進化論の裏側にある、心(靈)(ヒ)の進化の要であり、よってこの“洲”の表記そのものが、水と土で構成された肉体(月(ツキ))の秘密、そして進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の秘密を指した文であると思える。

 またこれが、

“ここに天(あめ)の御柱(みはしら)の神(かみ)、国(くに)の御柱(みはしら)の神(かみ)は、伊予(いよ)の二名(ふたな)の島(しま)を生(う)み、真澄姫神(ますみひめのかみ)をして、これが国魂(くにたま)の神(かみ)たらしめたまふ。これを愛媛(えひめ)といふ。一名(いちめい)竜宮島(りうぐうじま)ともいひ、現今(げんこん)の濠洲(がうしう)大陸(たいりく)なり。而(しか)して我わが四国(しこく)は、その胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに純世姫神(すみよひめのかみ)をして、筑紫(つくし)の守(まも)り神(がみ)となさしめ給たまひぬ。これを多計依姫(たけよりひめ)といふ。筑紫(つくし)の島(しま)とは現代(げんだい)の亜弗利加(あふりか)大陸(たいりく)なり。わが九州(きうしう)はこの大陸(たいりく)の胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに言霊姫神(ことたまひめのかみ)をして、蝦夷(えぞ)の島(しま)の守(まも)り神(がみ)たらしめ給(たま)ひぬ。これ現代(げんだい)の北米(ほくべい)なり。而しかして我わが北海道(ほつかいだう)は、その大陸(たいりく)の胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに竜世姫神(たつよひめのかみ)をして、高砂(たかさご)の島(しま)を守(まも)らしめ給(たま)ひぬ。ゆゑにまたの名(な)を高砂姫神(たかさごひめのかみ)といふ。高砂(たかさご)の島(しま)は南米(なんべい)大陸(たいりく)にして、台湾島(たいわんたう)はその胞衣(えな)にぞありける。
 つぎに高照姫神(たかてるひめのかみ)をして、葦原(あしはら)の瑞穂国(みづほのくに)を守(まも)らしめ給たまひぬ。これ欧亜(おうあ)の大陸(たいりく)にして、大和(やまと)の国(くに)は、その胞衣(えな)にぞありける”

の、“胞衣(えな)にぞありける”という表記の要であり、これは人間ならば“五臓”(心・肺・脾・肝・腎)の発現と進化に相当すると思えるし、“五臓”が、心=“喜び”、肺=“悲しみ”、脾=“思う、憂う”、肝=“いきり立つ心(奴と心)”、腎=“恐れ”(本能)、であることを述べてきているが、地球そのものも生命であり、肉体と霊であるから、事象の“創造”の法則性である相似象で、“五大洲”が構成されるものであるとの私見を持つ。
 そしてその“五大洲”は、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑の顕現であるから“天(あめ)の御柱(みはしら)の神(かみ)、国(くに)の御柱(みはしら)の神(かみ)”、これは、“御柱”が縦の磁束であり、“国”が自省(胸の磁性“十”)した心(靈)(ヒ)であるし、よってこの二つの表記そのものが、進化した心(靈)(ヒ)といえる。
 それと“伊予(いよ)の二名(ふたな)”は、肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)における日足と砌(ひたりとみぎり)の極性のことであるし、それは“島”=タンパク質の寄せ集まり、に、発現するの意である。
 前後するが、進化した心(靈)(ヒ)、その役割、その在り方として、以下の神名、“真澄姫神(ますみひめのかみ)”、“純世姫神(すみよひめのかみ)”、“言霊姫神(ことたまひめのかみ)”、“竜世姫神(たつよひめのかみ)”、“高砂姫神(たかさごひめのかみ)”、“高照姫神(たかてるひめのかみ)”、の表記があり。“真澄”“純世”“言霊”は前述した通りであり、“竜世”“高砂”“高照”は、“竜”がムラダーラチャクラ、スワディスターナチャクラ、マニピューラチャクラ、のエネルギーの上昇を指し、それを目上(めうえ)の脳の(Ca(カルシウム)P(リン)Mg(マグネシウム)K(カリウム) 微量のAl(アルミニウム)Fe(鉄)Zn(亜鉛)Si(珪素)Na(ナトリウム)それらの化合物)で発振、発信する、“一”=智性=1番目のオーラと成す、の意が、“高砂”“高照”であり、その役割、その在り方、を、しっかり認識し、“高砂”“高照”の“高”、そういった事象を“創造”せよ、顕現せよ、それが“思惑の顕現”=現象化の意で“姫”が当てられ、事象の“創造”については“世”が当てられているものである。

 次の、

“かくして五柱(いつはしら)の女神(めがみ)は、その地(ち)の国魂(くにたま)として永遠(ゑいゑん)に国土(こくど)を守護(しゆご)さるる事こととなれり。但(ただ)しこれは霊界(れいかい)における御守護(ごしゆご)にして、現界(げんかい)の守護(しゆご)ならざる事(こと)は勿論もちろんなり。これらの女神(めがみ)は、おのおのその国(くに)の神人(しんじん)の霊魂(れいこん)を主宰(しゆさい)し、或(あるひ)は天国(てんごく)へ、或(あるひ)は地上(ちじやう)へ、或(あるひ)は幽界(いうかい)に到(いた)るべき身魂(みたま)の救済(きうさい)を各自(かくじ)分掌(ぶんしやう)し給(たま)ふ事(こと)となりける。故(ゆゑ)にその国々(くにぐに)島々(しまじま)の身魂(みたま)は、総(すべ)てこの五柱(いつはしら)の指揮(しき)に従(したが)ひ、現(げん)、幽(いう)、神(しん)の三界(さんかい)に出現(しゆつげん)するものなり。
 しかしこの五柱(いつはしら)の神(かみ)の一旦(いつたん)幽界(いうかい)に入いりて、再(ふたた)び天教山(てんけうざん)に現(あら)はれ、国魂神(くにたまがみ)とならせ給(たま)ふまでの時日(じじつ)は、数万年(すうまんねん)の長年月(ちやうねんげつ)を要(えう)したまひける。その五柱(いつはしら)を総称(そうしよう)して、金勝要神(きんかつかねのかみ)といふ”

 ここでようやく、“金勝要神(きんかつかねのかみ)”の表記があり、ここまでこの解釈を読まれたならば、“金勝”そして“要”の意味合いは理解できると思うが、これは肉体(月(ツキ))の金属成分で構成される磁束とローレンツ力ローレンツ力 のことである。
 そしてその磁束とローレンツ力の存在の理由と根拠は、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子、を、自らの肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)に止め、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たす、その意味のことが“かくして五柱(いつはしら)の女神(めがみ)は、その地(ち)の国魂(くにたま)として永遠(ゑいゑん)に国土(こくど)を守護(しゆご)さるる事こととなれり”であり、この文の“国土”は、心(靈)と肉体、土、帯電するミネラルで構成された体のことであり、またそれは土=2~3番目のオーラの意もある。

 さらにそれは、天意の介入であることを以下の文で強調されている。

“但(ただ)しこれは霊界(れいかい)における御守護(ごしゆご)にして、現界(げんかい)の守護(しゆご)ならざる事(こと)は勿論もちろんなり。これらの女神(めがみ)は、おのおのその国(くに)の神人(しんじん)の霊魂(れいこん)を主宰(しゆさい)し、或(あるひ)は天国(てんごく)へ、或(あるひ)は地上(ちじやう)へ、或(あるひ)は幽界(いうかい)に到(いた)るべき身魂(みたま)の救済(きうさい)を各自(かくじ)分掌(ぶんしやう)し給(たま)ふ事(こと)となりける”
 そして次の文も同義である。
“この五柱(いつはしら)の神(かみ)の一旦(いつたん)幽界(いうかい)に入いりて、再(ふたた)び天教山(てんけうざん)に現(あら)はれ、国魂神(くにたまがみ)とならせ給(たま)ふまでの時日(じじつ)は、数万年(すうまんねん)の長年月(ちやうねんげつ)を要(えう)したまひける”
 この文の中の“天教山(てんけうざん)”は、“上”の思惑を止めた脳と解釈でき、いうまでも無くそれは、“一”=智性=1番目のオーラを構成する目上(めうえ)の脳と、その心(靈)のことである。
それでその進化に至るまでは“再(ふたた)び天教山(てんけうざん)に現(あら)はれ、国魂神(くにたまがみ)とならせ給(たま)ふまでの時日(じじつ)は、数万年(すうまんねん)の長年月(ちやうねんげつ)を要(えう)したまひける”とまで、述べられているものでもある。

 次の文。

“天(てん)は男系(だんけい)、地(ち)は女系(ぢよけい)と云(い)ふは、霊界(れいかい)のこの消息(せうそく)を洩(も)らせしものなり。神諭(しんゆ)に、
『大地(だいち)の金神(こんじん)、金勝要神(きんかつかねのかみ)』
とあるは、これの表示(へうじ)なり”

これは伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)に顕わされる日足と砌(ひたりとみぎり)の極性のことであり、“上”=“霊界”から“下”に降りるので“洩(も)らせしもの”の表記があり、その“洩(も)らせしもの”を止めるのが、人間であるし、このことを要約したのが“大地の金神”、大は人間が手足を広げた様、地は“石”(帯電するミネラル)であるし、その“石”を積み重ねる、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化、を、意図とする“行”をして、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性の強化をせよ、これが“金勝要神”の表記の意味合いであると確信する。

 次の文。

“また、『この大神(おほかみ)は、雪隠(せついん)の中(なか)に落(おと)された神(かみ)』
とあるは、総(すべて)の地上(ちじやう)の罪悪(ざいあく)を持(も)ち佐須良比(さすらひ)失(うしなふ)所(ところ)の鳴戸(なると)の意味(いみ)なり。
 天教山(てんけうざん)は口(くち)に当(あた)り、鳴戸(なると)は地球(ちきう)の肛門(こうもん)に当(あた)るが故(ゆゑ)なり。神(かみ)の出口(でぐち)、入口(いりぐち)といふは、この富士(ふじ)と鳴戸(なると)の御経綸(ごけいりん)の意(い)なり。大地(だいち)の金神(こんじん)を金勝要神(きんかつかねのかみ)と称(しよう)するは、大地(だいち)の金気(きんき)の大徳(だいとく)によりて固成(こせい)され、この神(かみ)の身魂(みたま)によりて凝縮(ぎようしゆく)保維(ほゐ)されてゐるが故(ゆゑ)なり”

この“天教山”は、先に述べたとおり、“上”の思惑を止めた脳、“一”=智性=1番目のオーラを構成する目上(めうえ)の脳と、その心(靈)のことであるが、それは天意が下降したものでもあるので、“天教山(てんけうざん)は口(くち)に当(あた)り”と称され、さらにそれは“神(かみ)の出口(でぐち)、入口(いりぐち)”でもある。
 しかしそれは進化の過程が低ければ、低い振動としか感応しない=低い心(靈)しか発現しないのであるからこそ“総(すべて)の地上(ちじやう)の罪悪(ざいあく)を持(も)ち佐須良比(さすらひ)失(うしなふ)所(ところ)の鳴戸(なると)の意味(いみ)なり”と述べられ、“上”の振動を止めたのではあるが、低いと低い“鳴戸(なると)”=発振、発信する自我中心の心(靈)、“戸”であるということを読み取れる。
 さらに“上”から“下”へ降りる、これは人間ならば“腑”(口から肛門まで)の電磁誘導に相当するからこそ“この大神(おほかみ)は、雪隠(せついん)の中(なか)に落(おと)された神(かみ)”と称されていると思える。
 そして進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の理(法則性)として“富士(ふじ)と鳴戸(なると)の御経綸(ごけいりん)の意(い)”と述べられ、“富士(二二)”は、肉体の二つの磁性、日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道であり、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めて変容した形であるといえ、それを発振、発信する、息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)する、それが“鳴戸(なると)の御経綸(ごけいりん)”である。
 それでここまでこの解釈を詳細に読んでいただければ、
“大地(だいち)の金神(こんじん)を金勝要神(きんかつかねのかみ)と称(しよう)するは、大地(だいち)の金気(きんき)の大徳(だいとく)によりて固成(こせい)され、この神(かみ)の身魂(みたま)によりて凝縮(ぎようしゆく)保維(ほゐ)されてゐるが故(ゆゑ)なり”
の意味は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)は、
“金気(きんき)の大徳(だいとく)によりて固成(こせい)され、この神(かみ)の身魂(みたま)によりて凝縮(ぎようしゆく)保維(ほゐ)されてゐる”
の、“金気(きんき)の大徳(だいとく)”、天意を止めるのが“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子、“石”(帯電するミネラル)であることが解ると思うし、
“神(かみ)の身魂(みたま)によりて凝縮(ぎようしゆく)保維(ほゐ)され”
というのが、“日止、霊止”(天意を止めるの意)の表記の意味であることが理解できると思う。

 それで、蛇足ながら付け加えておくが、“雪隠(せついん)”の表記だけ見て、“金勝要神”をトイレの神様と解釈する人がいるようだが、これは愚直で安易、何も読み取れていない解釈である。

今回はこれくらいにしときまんねん。


 

« “日月神示” 水の巻 第十帖 Kellyさん的解釈 “その七”|Top|“日月神示” 水の巻 第十帖 Kellyさん的解釈 “その五” »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (107)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (24)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (34)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (603)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (46)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
“日月神示” 地震の巻 (93)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (149)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード