“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 水の巻 第十一帖 Kellyさん的解釈 


 今回も、水の巻 第十一帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

神第一とすれば神となり、悪魔第一とすれば悪魔となるぞ。何事も神第一結構。カイの言霊(かへし)キざぞ。
キが元ぞと知らしてあろが、カイの御用にかかりてくれよ。何と云ふ結構なことであったかと、始めは苦しいなれど、皆が喜ぶ様になって来るのざぞ。先楽しみに苦しめよ。ぎゅうぎゅうと、しめつけて目の玉がとび出る事あるのざぞ、そこまでに曇りて居るのざぞ、はげしく洗濯するぞ。可愛い子、谷底に突き落さなならんかも知れんぞ、いよいよ神が表に現はれて神の国に手柄立てさすぞ、神国光り輝くぞ。日本にはまだまだ何事あるか判らんぞ。早く一人でも多く知らしてやれよ。
タマ磨けば磨いただけ先が見えすくぞ。先見える神徳与へるぞ。
いくらえらい役人頑張りても今迄の事は何も役に立たんぞ。新しき光の世となるのぞ。古きもの脱ぎすてよ、と申してあろがな。
まこと心になりたならば自分でも判らん程の結構出て来るぞ。手柄立てさすぞ。いくら我張りても我では通らんぞ。我折りて素直になりて下されよ、これでよいと云ふことないぞ。いくらつとめても、これでよいと云ふことはないのざぞ。神の一厘のしぐみわかりたら世界一列一平になるぞ。ますかけひいて、世界の臣民、人民 勇みに勇むぞ。勇む事 此の方 嬉しきぞ。富士は何時爆発するのざ、何処へ逃げたら助かるのぞと云ふ心 我れよしぞ。何処に居ても救ふ者は救ふと申してあろが。悪き待つキは悪魔のキざぞ。結構が結構生むのざぞ。
六月十一日、みづのひつ九か三。

 先回までの第十帖の要旨が、アセンション後の指導者たる資質(“此の方の事 何れ判りて来るぞ。今はまだ知らしてならん事ぞ”)を持ちうる人(日止、霊止)、その霊的成長の秘密と秘訣を要約されたものであった。
 それで今回の第十一帖は、一読すると、その心構え、心(靈)の在り方、ということを感じさせる言い回しの感がある。

 まず冒頭の文。

“神第一とすれば神となり、悪魔第一とすれば悪魔となるぞ。 何事も神第一結構。カイの言霊(かへし)キざぞ”

 これは感応の法則性、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の発振、発信をすれば、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と感応し、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の発振、発信をすれば、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応するということを述べており、今現在は“神第一結構”ではなく、悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)となっている人が大多数=“悪魔第一”であり、だからこそ恨みの連鎖の霊的干渉の現象は増しており、その現象の原因も解らず、自分たちの死の理由もよく理解しないまま死んでいき、そして浮遊霊となるという死に方をする人がどんどん増えているが、これが悪魔の思惑であり、またその思惑を現象化させるにあたって自我の肥大(“石屋の仕組み”)をさせると、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応しやすいのであることを、○○○大先生の著書を読んだ人にはよく理解してもらいたい…のであるが、平均的地球人の霊的成長度ではこのこと事態をほとんど理解しえない…それくらい低い…(○○○大先生が出版に関わってから得られた感想)。

 そして、
“カイの言霊(かへし)キざぞ”
というのは、“言”(事象に顕現され、(自己と他者に)観察された心(靈)の動き)と、心(靈)、それは息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)であり、“キ”(気、愛(炁)、炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)の炁であることを、キの巻で述べた)であり、その息吹に応じて、現津(あきつ)、観察され得る事象の遭遇があるということを“(かへし)”と称され、それは、因果応報、ブーメランの法則、“曲霊(まがつひ)”と同義であるし、この場合の“カイ”は、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”の引用が分かりやすいので以下に述べる。

“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意
“イ”は、生気生命の発生力

 生命(生きる使命=存在理由)というのは、思惑を顕現するものである。 心(靈)というのは、“創造”の“主(ヌシ)”から悪魔、人間であろうがどんな下等生物であろうがどんな悪霊であろうが、そういうものである。
 その意で“カ”=生命と力、といえ、生命=その心(靈)がなそうとすること事態を“イ”と称していると思う。


 それでこれに続く次の文は、よく意味を深読みしないといけないと思う。

“キが元ぞと知らしてあろが、カイの御用にかかりてくれよ”

 冒頭の“キが元”は、先に述べたとおり自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)が事象となって顕現するの意であるが、“カイの御用にかかりてくれよ”は、これをやってくれ、という意味合いではなく、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の法則性である“善(神格化の方向性と智性の受信)”の“カイ”をしていくなれば、高い存在が感応する、その“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)があるので“かかりてくれよ”=“上”の憑依をする心(靈)となれ、と、述べられていると確信する。
 それが“神第一とすれば神となり”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくという言い回しに掛かる言い方である。

 そしてこれに続く文は、アセンション後、霊的成長度の高低において行われる区分けがすんだならば、という言い回しである。

“何と云ふ結構なことであったかと、始めは苦しいなれど、皆が喜ぶ様になって来るのざぞ。先楽しみに苦しめよ。ぎゅうぎゅうと、しめつけて目の玉がとび出る事あるのざぞ、そこまでに曇りて居るのざぞ、はげしく洗濯するぞ。可愛い子、谷底に突き落さなならんかも知れんぞ、いよいよ神が表に現はれて神の国に手柄立てさすぞ、神国光り輝くぞ。日本にはまだまだ何事あるか判らんぞ。早く一人でも多く知らしてやれよ”
 
 これは“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”しろ、自我の肥大(“石屋の仕組み”)を諌めよ、ということと、もうひとつ、“上”が感応する心(靈)(ヒ)ならば、“神が表に現はれて神の国に手柄立てさすぞ、神国光り輝くぞ”であり、この“国”の表記は、これまで述べてきたとおり自省(胸の磁性“十”)した心(靈)(ヒ)であり、右翼傾向の強い人が解釈する神国では決してないのだということを付け加えておく。


 次の文。

“タマ磨けば磨いただけ先が見えすくぞ。先見える神徳与へるぞ”

 これは“行”やって“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化、“玉(ぎょく)”となった“日止、霊止”(太陽を止める、“上”からの振動を止める=靈)ならば、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と感応する、そして“力”を顕現させる、それはまた、“上”の思惑の顕現の代行者と成りうる者であり、“ほんとう”の生命の使命は、そこにあるのだということを指し示す、よって“磨けば磨いただけ先が見えすく”“先見える神徳与へる”と述べられているものである。
 さらに“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根
であるから、“タマ”は、正しく進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した生命を指す表記であることが解り、これに漢字を当てるならば“玉(ぎょく)”である。


 次の文。

“いくらえらい役人頑張りても今迄の事は何も役に立たんぞ。新しき光の世となるのぞ。古きもの脱ぎすてよ、と申してあろがな。まこと心になりたならば自分でも判らん程の結構出て来るぞ。手柄立てさすぞ。いくら我張りても我では通らんぞ。我折りて素直になりて下されよ、これでよいと云ふことないぞ。いくらつとめても、これでよいと云ふことはないのざぞ”

 特に解釈の要を感じないが、これは今現在の事、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が活躍して、大概の人が低い幸福感と価値観しか持っていないから言われているし、この文の“役人”は、政治家そのものを指すのではなく、人を霊的成長に導く役をする人を指している。
(政治家なんてものは今現在人(日止、霊止)の霊的成長の足を引っ張るだけのものに成り下がっている)
 その霊的成長のために“上”が感応して宗教などが派生したのであるが、宗教は腐り果てており、更に程度の低い感応しかないから程度の低い霊能力者やインチキ霊能力者が台頭したり、霊や神やオーラなどの言葉を使い商売をしている“役員づら”がほとんどであるからいわれており、今後=アセンション後は相対的に高い存在が地球に存在する、高振動、高波長だからこそ“光の世となる”といわれている。
 また今現在の多くの人は“まこと心になりたならば”、“まこと心”では無いといわれており、平均的地球人の霊的成長度では、真実、真固止、“誠”(言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成する)、幾度となく画像で意味を示した ○ 九 十、そしてじゅんいち君の記事で述べた“ほんとう”、“ほんとうの自分に近付く”これらの意味をしっかり理解できていないし、この言葉を使うこと事態が形骸になっていることを自分たちで判っていないものである。
 それでその意味が解り、それを理念として存在する=生きていくならば、
“自分でも判らん程の結構出て来るぞ。手柄立てさすぞ”
といわれ、今現在の地球人のことを指して、
“いくら我張りても我では通らんぞ。我折りて素直になりて下されよ、これでよいと云ふことないぞ。いくらつとめても、これでよいと云ふことはないのざぞ”
と述べられ、自我の肥大を諌めよということを強調している。


 次の文。

“神の一厘のしぐみわかりたら世界一列一平になるぞ。ますかけひいて、世界の臣民、人民 勇みに勇むぞ。勇む事 此の方 嬉しきぞ”

 冒頭の“神一厘”というのは、荷電粒子の大きさを指すものであるとキの巻で解釈をした。
 その“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、それを止めるための“行”が太陽凝視といえ(“ひつく”“日津久”)、その“しぐみ”というのは、霊的成長の具体的な方法と、そこにおける進化の法則性(条帛(じょうはく)の条)を指す言い回し、そしてこれは先の“タマ”=“身魂磨き”、(生体内電流による)肉体組織の結晶化、“玉(ぎょく)”、にかかる言い回しであり、それが理解できたならば=“しぐみわかりたら”、今のような“玉石混交(淆)”の事象、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の事象はきわめて少なく“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の事象が台頭する世界ではなくなるので“世界一列一平になる”=“善(神格化の方向性と智性の受信)”が台頭する事象になり、“ますかけひいて”の“ますかけ”というのは、枡(ます)で穀類などを量るとき、盛り上がった部分を平らにならすのに使う短い棒、ますかき、のことであり、アセンションが霊的成長度の高低により区分けされる事象であるからこそ、枡からこぼれ落ちるな、そのために“神一厘のしぐみ”を解り、実践せよ、このことを“勇みに勇むぞ。勇む事 此の方(アセンション後の指導者たる資質をもつ者) 嬉しきぞ”ということである。


 次の文。
 
“富士は何時爆発するのざ、何処へ逃げたら助かるのぞと云ふ心 我れよしぞ。 何処に居ても救ふ者は救ふと申してあろが。 悪き待つキは悪魔のキざぞ。結構が結構生むのざぞ”

 やや揶揄(やゆ)した言い回しの“富士は何時爆発するのざ”であるが、自分たちが先の“神一厘のしぐみ”を解り実践して、今後=アセンション後に備えるならば、アセンションに伴う天変地異や恨みの連鎖の霊的干渉の現象に大した影響を受けない、その意味で、
“何処に居ても救ふ者は救ふと申してあろが”
であり、カテゴリーが違うがローム太霊講話集解釈の第十話の、
生かされる者は生かされ滅びる者は滅びる”これは、“ 採点は必ず神によって為される”のだということを理解しておけ、ということと同義であり、最後にまた感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)のことを以下の言い回しで強調している。
 
“悪き待つキは悪魔のキざぞ。結構が結構生むのざぞ”

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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