“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 水の巻 第十二帖 Kellyさん的解釈 


 今回も、水の巻 第十二帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

人間心には我(が)があるぞ。神心には我がないぞ。我がなくてもならんぞ、我があってはならんぞ。我がなくてはならず、あってはならん道理分りたか。
神にとけ入れよ。てんし様にとけ入れよ。我なくせ、我出せよ。建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ。
建直しと申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。てんし様の御稜威(みいつ)輝く御代とする事ぞ。政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時は無くなって仕舞ふぞ。覚悟なされよ。
正しくひらく道道鳴り出づ、はじめ苦し、展きゐて、月鳴る道は弥栄、地ひらき、世ひらき、世むすび、天地栄ゆ、はじめ和の道、世界の臣民、てん詞様おろがむ時来るのざぞ。邪魔せずに見物いたされよ、御用はせなならんぞ。この神示読めよ、声高く。この神示血とせよ、益人となるぞ。天地まぜこぜとなるぞ。
六月十二日、みづのひつ九の ローレンツ力と ○

 “日月神示”でたびたび説かれている“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”は、自分の高い心、目上(めうえ)の心、智性(神性)由来の自分の心の“観察と認識”で、自分の低い心(靈)を諌めることである。 
これが今の地球人には必須、また、自我の肥大に気付かない“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の人達にとっての進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の筋道であることを、今まで幾度となく述べてきており、今の地球人の心(靈)(ヒ)が、腹の水=“江戸と尾張”の“江”、自我の確立=固定化の段階、腹の位相のサイクロトロン、であり、その心(靈)が生み出している事象が“石屋の仕組み”、自我の肥大という息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で創り上げている事象といえ、その事象では恨みの連鎖の霊的干渉が増大しているからこそ、この世界は“建て替え”しなければならないし、それが今後=アセンション後の事象、第十二帖の表記の“建直し”でもある。

 今述べたことを理解しているならば、この第十二帖はよく解るものと思う。

 まず冒頭の文。

“人間心には我(が)があるぞ。神心には我がないぞ。我がなくてもならんぞ、我があってはならんぞ。我がなくてはならず、あってはならん道理分りたか”

 この言い回しは、自分にとっての自我という心を自分自身がどう扱うべきか(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)を示唆している。 
 先に述べたように、自分の心が自我主体ならば、その息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)ならば、この世界を恨みの連鎖の霊的干渉により腐らせてダメにする、それが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いである。
 そして、霊的成長度の低い人は自我主体の心(靈)しか発現していないし、それ由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)しかしないからこそ、“人間心には我(が)がある”こういう言われ方をされているし、それに相対する言い回しとして“神心には我がない”=自我を諌める心(靈)を持っている、“我(が)”を出さない自我主体の心(靈)だとどうなるのかよく認識している、ということである。
 ちなみにこの“神心”は、神の心という意味合いではなく、神の心を理解する、“上”と感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する人間の心(靈)、いわゆる智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)のことを指摘しているものである。
 それで自我という心の発現と強化は、進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)で必須の要綱、それは自分を自分と認識するための心であり、集合意識(多くの動物や植物の意識)から、個の意識となる、それが生命の進化の果てにある独り神(ひとりがみ、日取り神)になる過程でもある。
 重複するが、今の地球人は自我主体の心(靈)の人がほとんど、特に今の世界でトップだと思われている人間ほどこの傾向が強く、形骸の名誉や地位に執着し経済の発展ばかり考える人間が多いが、それは低いのだ、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”なのだ、ということを知るべきである。
 よって自我を諌めることが出来る人間、自我より“上”の心を持ち、それを行使した黄道をする人は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”では無く、(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者、これはS会=紫光会の経文の“世為人為”と同義のことであり、ここまでのことを踏まえて次のように述べられている。
“我がなくてもならんぞ、我があってはならんぞ。我がなくてはならず、あってはならん道理分りたか”


次の文。

“神にとけ入れよ。てんし様にとけ入れよ。我なくせ、我出せよ。建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ”

 冒頭の“神にとけ入れよ。てんし様にとけ入れよ”は、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)を示唆している。 それがあってこそ、“我なくせ、我出せよ”であり、自我主体の心(靈)であってはならないが、自我が無ければ自分が自分であるという認識もないし、自分と神の関係も理解できず、自分が幸福になりたいという思いも派生しないので、自分で諌めた自我であるならば、それは出してよい、その心(靈)由来の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をせよ、という言い回し。
 これに続く“建替と申すのは”については、先に述べたとおり“自我の肥大という息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で創り上げている事象といえ、その事象では恨みの連鎖の霊的干渉が増大している”、これを“建替”する、それは“顕界”=自分たちが観ている現実と、“幽界”=腹中心の心(靈)で創られる自分の内面とか内側(心の中と感じている事)、そして今現在の事象と今現在の人間の心には“神の咎め”ばかりが働いているので、今後“建替”がすむならば、神の働き掛けは、“神の咎め”中心ではなくなるという意味合いであると思う。


 次の文。

“建直しと申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。てんし様の御稜威(みいつ)輝く御代とする事ぞ。政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時は無くなって仕舞ふぞ。覚悟なされよ”

 “建直し”は、“建替”の後、“替”の後の“直し”であるから、先に述べたように今後=アセンション後の事象と、そこに位置する人間の心(靈)(ヒ)を指す。
 それが“世の元からの生神”=進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に、沿っていることであるという意味合いが、
“世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。てんし様の御稜威(みいつ)輝く御代とする事ぞ”
であり、“御光”と稜威(“イツ” 古代日本語で、“イチ”が変化した言い方、意味は、神霊の威力、みいつ、天子の威光、 類義語として、威霊)は、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を強化獲得した心(靈)(ヒ)、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことを果たした人間と解釈してもよいと思う。
 そしてその事象では、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が創りあげた政治や経済なんてものは消滅する、そして何もかもが変わる、変わらねばならない、という意味合いのことをそのまま“政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時は無くなって仕舞ふぞ。覚悟なされよ”と述べられている。


 次の文。
 
“正しくひらく道道鳴り出づ、はじめ苦し、展きゐて、月鳴る道は弥栄、地ひらき、世ひらき、世むすび、天地栄ゆ、はじめ和の道、世界の臣民、てん詞様おろがむ時来るのざぞ。邪魔せずに見物いたされよ、御用はせなならんぞ。この神示読めよ、声高く。この神示血とせよ、益人となるぞ。天地まぜこぜとなるぞ”

 冒頭の“道場”を、武芸などのなんとか道場そのものと解釈するのは見識が浅く、これは、“正しくひらく”= “建替”“建直し”された、“道”(時間の進行)、“場”(フィールド)、現津(あきつ)、観察され得る事象、ということ。
 だからこそ、その“道”と“場”は、神の“思惑の顕現”=現象化であり、人が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した結果であるからこそ“鳴り出づ”=人の心(靈)(ヒ)にも現津(あきつ)、観察され得る事象にも、しっかり示す、という言い回しがされている。
 またそれは、第十二帖冒頭の言い回し、“神心”を持った人が、“創造”し、認識しうる事象ということでもある。
 そして、そこに至るまで、あるいは最初のうち=“はじめ”、は、“苦し”、これまでの既成概念や価値観幸福感は一変するからこう感じるものであるが、それは神の“思惑の顕現”=現象化と、進化した心(靈)(ヒ)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)による事象の“創造”であるから“展きゐて、月鳴る道は弥栄”、この“展”は、のびる、ひろがる、展開するの意、“月鳴る”は、砌(みぎり)の極性(事象への顕現)を“月”で示し、先に述べたようにその“思惑の顕現”=現象化というのは、神の思惑であり進化した人の思惑=“神心”であるということ、それが真の意味での“弥栄”であり、弥栄(いやさか)の弥の表記そのものには、霊的成長の秘密があることを以前画像で示したので、以下に貼っておく。

彌栄弥栄(いやさか) 弥の旧字

弓と璽(しるし) 彌の旧字の解字

 そして、そうなるならば、という意味合いで“地ひらき、世ひらき、世むすび、天地栄ゆ、はじめ和の道、世界の臣民、てん詞様おろがむ時来る”、“上”と感応した事象になるという意味合い、それは、“ほんとう”の“地”、“ほんとう”の“世”、であり、“上”と感応するからこそ“天地栄ゆ、はじめ和の道”となる。
 それで、これに続く“てん詞様おろがむ時来る”は、今“上”と感応していない、“ほんとう”の“てん詞さま”はいないからこそ、今後は、“上”と感応すること事態を“おろがむ時来る”のだと称されている。
 これに続く“邪魔せずに見物いたされよ、御用はせなならんぞ”は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度の人に対して述べられており、その変化変容を“邪魔せずに見物”そして霊的成長のためのことと、自省(胸の磁性“十”)をせよ、という意味合いで“御用はせなならん”と述べられている。
 次の、“この神示読めよ、声高く。この神示血とせよ、益人となるぞ。天地まぜこぜとなるぞ”は、自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)を高いものにせよ、“神示”を理解して息吹け=“読めよ、声高く。この神示血とせよ”、そうなるならば、“益人となる”=(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者となる、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”では無いということ。
 そして今“上”と“下”は切り離されている事象だが、神の思惑を顕現する、“上”と感応する、先の“世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。てんし様の御稜威(みいつ)輝く御代とする事ぞ”となるのだから、今と比べ“天地まぜこぜとなる”、それは“上”=神と、“下”=人間が、“まぜこぜ”となる事象になるということ。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




« “ローム太霊講話集”第十一話 死後の種々相 正常死の場合 Kellyさん的解釈“その一”|Top|“日月神示” 水の巻 第十一帖 Kellyさん的解釈  »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (480)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (16)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
写真部に投稿した最新の写真
 ↓


powered by 写真部









○○○大先生の水草水槽記録
facebook 児玉登







このブログをリンクに追加する


自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード