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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第二十四帖 Kellyさん的解釈




今回も、上つ巻 第二十四帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通りでんねん。


七の日はものの成る日ぞ。
「ア」と「ヤ」と「ワ」は本(もと)の御用ぞ、
「イ」「ウ」の身魂は介添えの御用ぞ。
あとはだんだん分りて来るぞ。
六月の二十八日は因縁の日ざ、
一二のか三。


冒頭の言葉の、
“七の日”は、
極めて我田引水なKellyさん的解釈をすれば、
“一”+乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で、
“七”

それは、
智性を持った人(日止、霊止)の思惑の顕現で、
それは、
真固止の現津(あきつ)・・・現津(あきつ)=観察され得る事象の創造の事。

そうとしか思えへん。

そやからこそそれは、
思惑の顕現やからこそ、
“ものの成る日”・・・と、称されていると思える。

そやから、
(現状より)智性を持った人の思惑の顕現・・・それは、
それそのものが、
進化した心(靈)の事象の創造と、
観察と認識(悟り、幸取=さとり)で、
それを別の言い方をすれば、
自分の思ったとおりの世界になる。
それは、
先生の概念の“時空の結晶化”でもある。
“上”の存在は、
人(日止、霊止)にそうなって貰いたい・・・

突拍子もない事なんやけど、
人が霊的進化を果して行ったなら、
段々、霊的成長して、神に近くなって行ったなら、
あらゆる事はすべて可能になる。
そやから、
人(日止、霊止)は独り神になる。
独り神になる資格を得ていくのが霊的成長でもある。

そして、独り神に成り得た時点で、
その心(靈)が観察し得る事象は、
他者のそれとは、
ある意味、
隔絶されたものでも有り、
それは現状のように、
生命(生きる使命=存在理由)が、
進化過程の段階でもある低い愛(炁)の概念を持ち、
そして自分達の、
進化程度の低い、目先の低い幸福の概念を持ち始めた事により、
誰かが誰かを害したり、
恨みの連鎖の霊的干渉を招いたり、
他者の霊的成長の足を引っ張ったりもしない。

それは、
この世界を構築しているそれぞれの心(靈)の発振、発信は、
それは“個”の意識=独り神ではない。
まだ動物の集合意識に近い。

そう言う事を感じましてん。

さっきも言うたけどこれは・・・突拍子も無い考えやけど・・・な。

ほんでから“ものの成る日”=すべての事象の完成は、
完成された人(日止、霊止)=“王”によって成され、
いずれ、
人を始めとした生命(生きる使命=存在理由)は、
誰もがそうなるんやけど、
今は“ものの成る日”=その日、その段階では無い。

進化過程が低く、
まだ出来てへんって事も意味してると思いまんねん。

ほんでから・・・上記のこの言葉は、
文面どおり、

“「ア」と「ヤ」と「ワ」”

に、掛かり、

“「ア」”は、
アイの“亜”、
ほんでからそれは、愛(炁)でもある。
そやから“亜”は、
根元の材料と認識され得る何か。
すべての原因とか結果とか、
事象を構成する何かとか、
事象の創造の根拠とか・・・色んな言い方が出来ると思える。
それが勢いよく、出(いずる)・・・枯れる事の無い泉のように。
そやからそれは、あい、アイ、愛(炁)・・・
そやけど・・・そのうち、
炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)の“炁”に付いても、
説明せんならんな。

今回は話が逸れるから、それはまた別の機会にして、

“「ヤ」”は、
“道ひらき”の“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、
“その心は高台(たかと)高き段に進む”って、
書いてあった。
これは先生の概念の、
アイ、愛(炁)“亜”が出(いずる)・・・
その心(靈)の動きって言うのんは、
自分の良い形を求める。
ほんでから、自分を含めた現津(あきつ)=観察され得る事象の、
すべての良いカタチを求める。
そして、霊的成長そのものを指す。
そやから、
高台(たかと)高き段・・・そう認識され得る何かを、
求める。
時間の進行と共に求め続けるのが人(日止、霊止)でもある。
日止、霊止は、“上”の振動を止めるって言う意味でもある。
人は、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でもある。
そやから“「ヤ」”は、
その心(靈)の動きそのもののような気がするし、
それは、
右、砌(みぎり)のエネルギー=“いきり立つ心(奴と心)”(肝)、
それは創造のエネルギーなのかも知れへんな。
多分そうやろ。

ほんでから、“「ワ」”は、
同じく“道ひらき”の“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”に、

“物を生む、生まれしものを和合する意”・・・とか、
生命(生きる使命=存在理由)の調整の義・・・
そう言う表現がしてあり、
ほんでから、
Kellyさん的に思う“生まれしもの”・・・それは、
現津(あきつ)=観察され得る事象そのものであり、
事象の創造は自分の思惑の顕現でもある。
それを心(靈)が観察するからこそ事象を認識出来得る。
そやから、
自分の心(靈)の発振、発信=息でもあり、
呼吸、息吹、気吹、生吹、でも有る。
そやから“「ワ」”は生命(生きる使命=存在理由)調整義で、
和合で、
それは左往右往でもある。
良いカタチの創造でもある。
それをせんならんのが人(日止、霊止)の使命でもあるな。
ほんでからそれは、
“本(もと)の御用ぞ、”で、
“本(もと)”は、
胸の磁性“十” + 丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現) +
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現) + “十”の下に位置する、
“一”・・・

この事は前に説明したから敢えて説明しませんねん。

そやから観察され得る、
現津(あきつ)=観察され得る事象の認識(悟り、幸取=さとり)、
それそのものが神の性質と云える事でもあり、
人(日止、霊止)は段々、
認識の拡大をして行く事そのものが、
霊的成長であり、
神格化でもある。

そう言う意味の言葉が、
“「ヤ」”と“「ワ」”・・・そう言う風に思えるな。

ほんでから次の言葉

“「イ」「ウ」の身魂は介添えの御用ぞ。”

“「イ」”は、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現) + (たて棒、コン)

これも前に言うたけど、もう一回言うとけば、
“イ”は
神の思惑がこの世界に垂れた形を指し、
“「イ」”は、
息吹、伊吹、でも有り、
命(いのち)でも有り、
生きる、活きる、でもあり、
生きるって字そのものが、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)でも有り、
(Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 参照)

ほんでから、“生”から、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)を外した残りの字は、
三 + (たて棒、コン)で、
この場合の(たて棒、コン)は“一”=智性=1番目のオーラの“上”から、
“下”に降りてる。
そやから、
頭より“上”って事でんねん。

ほんでから、“晴”は
“二二は晴れたり、日本晴れ。”・・・
ほんでから、“見晴らし台”の“晴”の、
日を外した青の、
上半分で、
その事は、上つ巻 第一帖で、言うた事やし、
“見晴らし台”の解釈は、
上つ巻 第五帖 ・・・で説明したから読んで欲しいねん。

・・・話が飛躍したけど、
息吹と命の“「イ」”は、
愛(炁)、アイ、のイでもある。
“道ひらき”の“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”には、
生気生命の発生力って表現がされてる。
それはまさに、
“亜”“ア”が下に垂れる形が“イ”・・・
そう言う感じ(感じる磁性)を受ける。

ほんでから“「ウ」”は、
又、“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”から引用すれば、
生物を生み出す力で、
産土(うぶすな)の“ウ”でもある。

そやから、
“「イ」「ウ」の身魂は介添えの御用ぞ”

“「イ」「ウ」”は、
“身魂” に備わった仕組みでもあるし、
それは、
霊的成長=神格化=幸福の意味。
それを指し示し、
それを成さしめる仕組みでもあるからこそ、
“介添えの御用ぞ”・・・と、言われてると思える。
そやからそれは、
心(靈)が、
時間の進行=儿部(じんぶ、にんにょう)を、
(心(靈)が)認識し、
そして心(靈)は“上”に向かい、成長をする。
要は、
“「イ」「ウ」”で事象の創造をする。
それが、
人(日止、霊止)と神の性質とも言い得る、
観察と認識でも有り、
それは、
発振、発信と受信によって成されるって事でもある。

そやからこそ人(日止、霊止)は、
神に近づく事そのものが、
“上”に向かう事そのものが、
良いカタチの現津(あきつ)=観察され得る事象を望み、
それは、
心(靈)の呼吸、息吹、気吹、生吹、によって成される。
その事を極めて地球人らしい言い方をすれば、
人は幸福を求めるって事で、誰もが幸せになりたいし、
それを、“日月神示”の表現で言えば、
“うれしうれし”でもあるけれど、
それは現状に対し、
相対的な観察でもあるな。
それは、今より良くなるって事でんねん。
そやからこそ・・・
失敗を繰り返し良い形を理解して行く=右往左往と左往右往。
そやから次の言葉、

“だんだん分りて来るぞ。”・・・って言い方になる。

ほんでから今までの言葉は、
次の、
“六月の二十八日は因縁の日ざ、”
・・・に掛かり、
この文の字を一つ一つ解釈していけば、

“六”は、前にも言うたからコピペしときまんねん。
     ↓

“六”は、
丿部(へつぶ)と“一”とその下に丿部(へつぶ)と乚部(いんぶ)。
“一”の上に点があり、“一”の“下”に点が二つあるのは、
大体、二つ点があるのは回転を示しているって先生はこの間教えてくれた。
ほんでからに、“六”の“下”の点は、
丿部(へつぶ)と乚部(いんぶ)、
そやからそれは、神の思惑の顕現と、人の思惑の顕現・・・
それを示してるように見える。
漢和辞典では、これも象形文字が変化した字で、家屋の形を表す。

六の象形文字 


そやからこれも・・・人(日止、霊止)の事の様な気がする。
それは、宀(うかんむり)が屋根=頭って話を先生から聴いてたからやな。
ほんでからに“六”は、
易で、陰爻・・・陰を表す数って事らしい。



・・・引用したのは以上何やけど、補足として言うとけば、
陰爻・・・陰・・・
陰陽って言うのんは、
気と肉体って言う意味もある様で、
それもまさに、
思惑の顕現で、
心(靈)と、
心(靈)が感じ(感じる磁性)る、
現津(あきつ)=観察され得る事象って事でもある。
それが又、“六”と“九”・・・
○ 九 十 の“九”・・・
“一”+丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)+乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で、
“九”
“上”の思惑の、
最後の仕事(人(日止、霊止)が託された仕事)としての、
“九”・・・に、示されてると思えるな。


ほんでから、“六月の二十八日”の、残りの字、

“月”=(物質としての自分)肉体。

“二”=2~3番目のオーラ、肉体の発振、発信。

“十”=胸の磁性“十”=左往右往によって得られる心(靈)の発現、
それは動物の肉体の磁性に手の磁性が加わって出来た心(靈)の発現、
“慈悲”と“慈愛”。

“八”=肉体の左右の磁性。
日足と砌(ひたりとみぎり)。
イダとピンガラ。
それは又、
“ひふみゆらゆら”=“一”“二”“三”のオーラ、
それぞれの左右の磁性の右往左往と左往右往でもある。

そやからこそ“因縁の日ざ、”
“因縁”=原因と結果=思惑の顕現。
因縁の因は、
(囗)くにがまえと大=人が発振、発信する様。
縁=霊縁とか場(フィールド)の構築とか・・・
要は自分達の発振、発信が良いカタチの世界を創造し、
その為に今、霊的成長度の違う存在を分ける・・・
それぞれの成長度に応じた場(フィールド)を創る。
それが、
“上”の思惑の顕現でもある、
“上”の計画でもある、
アセンションでもある。

そやから・・・“六月の二十八日”
日付の裏に隠された意味があると思える事やな。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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