“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 松の巻 第一帖 Kellyさん的解釈 


 今回から、松の巻の解釈に入りまんねん。 まず第一帖の原文は以下の通り。

富士は晴れたり世界晴れ。 三千世界一度に晴れるのざぞ。 世の元の一粒種の世となったぞ。 松の御代となったぞ。 世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ。 三千年の昔に返すぞ。煎り豆 花咲くぞ。 上下ひっくり返るぞ。 水も洩らさん仕組ぞ。
六月十七日、あめのひつ九のか三。

 冒頭の“富士は晴れたり世界晴れ”は、キの巻 第十七帖の、
“富士は晴れたりキの巻十七帖 霊○、シンクロトロンの構造 小画像 (せかい)ばれ、岩戸あけたりキの巻十七帖 霊○、シンクロトロンの構造 小画像 ばれぞ”
のことであると思える。 
 この キの巻十七帖 霊○、シンクロトロンの構造 小画像 (せかい)に関しては以下のように解釈した。


キの巻 第十七帖 霊 〇 と、シンクロトロンの構造

 そしてこれは自省(胸の磁性“十”)の心(靈)がきちんと発現している、いわゆる多くのチャネラーが使った表記の第四密度、仏教の“慈悲”と“慈愛”、アナハタチャクラの覚醒といってもよいだろうし“日月神示”表記ならば“江戸と尾張”(腹の水=“江戸と尾張”の“江”、自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン)から“上”の心(靈)の発現、“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”、それは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”から(アセンション後に位置して行く今より霊的進化を果たした)奉仕者への変容といい得ることであり、その心(靈)が観察しうる事象は、“晴れ”なのだという解釈をした。 

 これに続く、
“三千世界一度に晴れるのざぞ”
この“三千世界”は、地つ巻 第四帖にも出てきた言葉で、そのときに、「三千世界は、“上”から“下”、霊的成長度の高い低いにかかわらず、神だろうが人(日止、霊止)だろうが下等生物だろうが肉体を持っていようがいまいが、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の行いの霊的存在だろうが、悪魔だろうが、悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)であろうが、すべてをひとつの事象とみなした概念が、三千世界」って解釈をしたが、これは先の“晴れ”という事象になっていく、そうならねば神の“思惑の顕現”はないの意、であると思う。

 次の、
“世の元の一粒種の世となったぞ”
この“世の元”に関しては、磐戸の巻 第八帖の解釈からコピペ。

“この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してあるから、いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ。 敗けてもクヤシクない迄に攻めて御座れよ、堂々と出て御座れ、どの手でもかかりて御座れ。 その上で、敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ”は、“外国の悪の三大将”=人を進化(霊的成長、神格化に向かうこと)させない心(靈)の動きに対してと、その心(靈)が台頭している“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の価値観と認識に対する言い回しであり、自分たちが自我の肥大ゆえ自分たちの行いが悪いとか間違っているとか思わないのであれば“得心ゆくまでかかりて御座れ…中略…どの手でもかかりて御座れ”と述べられ、本当に改心(“身魂掃除”“身魂洗濯”) するにあたっては、“その上で、敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ”というところまでいかねばならず、その時初めて“この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してある”=“創造”の法則性(“理(ミチ)”)を認識しうる、自分たちの思想になることの意である。
またそれは現時点において、自我の確立=固定化、自我の肥大(“石屋の仕組み”)から、“慈悲”と“慈愛”、そして智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の獲得であることを思い知る、思い知らねばならないという表記でもある。

そして、磐戸の巻 第十六帖からコピペ。

“世の元からの生神が揃うて現はれたら、皆腰ぬかして、目パチクリさして、もの云へん様になるのざぞ。 神徳貰うた臣民でないと中々越せん峠ざぞ、神徳はいくらでも背負ひきれん迄にやるぞ、大き器もちて御座れよ、掃除した大きいれものいくらでも持ちて御座れよ、神界にはビクともしぬ仕組出来てゐるのざから安心して御用つとめてくれよ”の“世の元からの生神”はこれまで解釈してきたとおり、進化の“理(ミチ)”、法則性、それが顕現することが“揃うて現はれたら”であり、その法則性が台頭してそれに従ってこれからは生きていかねばならないので“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度の人間にとっては“皆腰ぬかして、目パチクリさして、もの云へん様になる”であり、重複するが、そうなってしまう人間は霊的に低い人間であるといえ、すでに進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に対し認識を持っている、“ほんとう”の“行”、“ほんとう”の価値観、人間が存在している“ほんとう”の意味や意義を知っている人にとっては、当たり前のことがこの世界に台頭してくるなと感じ、それに対し形骸の権威や価値をもてはやしたり、にせものの“行”ごっこをしたり、自分の利益や欲望の達成のために他者を欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかしてきた“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の人にとっては、今後=アセンション後はそうなるよ、心しておけよ、“神徳貰うた臣民でないと中々越せん峠ざぞ”=霊的成長してないと今後、アセンション後に移行できない、という言い回しである。

次の、
“松の御代となったぞ”
この“松の御代”、そして今解釈しているのは、〇つの〇キ、松の巻、であり、この“〇つ”に関しては、水の巻 第五帖で以下のように解釈した。

“桜花一時に散る事あるぞ、いよいよ松の世と成るぞ、万劫(まんごう)変らぬ松の世と成るぞ。 松の国 松の世 結構であるぞ”
 この文の表記の“松の世”そして“松の国 松の世結構”の“松”の解釈が重要であると思う。 それは、今解釈している水の巻の次が、松の巻であり、水の巻の水が、三 ローレンツ力と ○ (みず)、これは“一二三”のオーラと霊=○、荷電粒子の場(フィールド)、そしてローレンツ力 ローレンツ力 、の意味があるが、松の巻は、 〇つであり、霊=○、荷電粒子の場(フィールド)とひらがな(“創造”の“主(ヌシ)”に対して被造物である人間の視点)表記の、“つ”である。
 例によって“風止麻邇言霊学(ふとまにことだまがく)”では、“ツ”はつづまる(約まる)集う(つどう) 物をまとめ次々その形を変えて次なる新たななる生命を咲かすの意、があるので、 〇つは、“上”の思惑、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、あるいは日月の巻の表記の“天津御空(あまつみそら)”=“上”からの振動=“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を含んだ荷電粒子が、つづまる(約まる)集う(つどう)して、これまでの進化過程とは違う新たな生命となった心(靈)のことであるとの解釈をする。


この下線を引いた分をよく理解していただければよいと思う。

 これに続く、
“世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ。 三千年の昔に返すぞ。 煎り豆 花咲くぞ。 上下ひっくり返るぞ。 水も洩らさん仕組ぞ”
これは今の事象、そして今の事象を“創造”している息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)ではダメなのだ、それは今までの進化過程、“江戸と尾張”(腹の水=“江戸と尾張”の“江”、自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン)から“石屋の仕組み”(自我の肥大)で、多くの人が息吹しているので、それを変える、変わらなくてはいけない、の意で、“世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ”の“眼覚ます”は“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”の意であり、“三千年の昔に返す”は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が台頭してきた時代を“三千年”と称していると思え、“煎り豆 花咲くぞ。 上下ひっくり返るぞ”は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の既成概念、価値観、幸福感などが間違っていることを、少々揶揄(やゆ)した言い方ではあるが、それを“上”は示すのだ、の意であり、それは神の計画、神の“思惑の顕現”だからこそ“水も洩らさん仕組”と称されているし、それは先に引用した磐戸の巻 第八帖の、
“世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してある”
でもあり、この“世の元からの生神”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)イキガミ、これ自体が神の思惑であり、これがあってこそ人間の存在の意味と意義を認識しうるものであるが、このことをよく知れ、というのが第一帖の要旨である。

 今回はこれくらいにしときまんねん。





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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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