“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 松の巻 第十帖 Kellyさん的解釈 


 今回も、松の巻 第十帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

今度 役目きまったら、末代続くのざぞ、神示に出た通りの規則となるぞ。 善も末代ぞ、悪も末代ぞ。 此の世は一(ひとつ)であるぞ。 
われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。 神に縋(すが)るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ。 
今度はいろはの世に戻すぞ。 ひふみの世に戻すぞ。 素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。 よろこびの身といたしてやるぞ。
六月二十四日、あめのひつ九のかみしるす。

 この第十帖も第八~九帖の続きのような意味合いである。

 冒頭の、

“今度 役目きまったら、末代続くのざぞ、神示に出た通りの規則となるぞ。 善も末代ぞ、悪も末代ぞ。 此の世は一(ひとつ)であるぞ”

この“役目”は、霊的成長度における“役目”である。
 そしてその“役目”は、自分たちが現実だと感じ得る対象、いわゆる現津(あきつ)、観察され得る事象、生きているならこの世界におけるそれであり、自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)による事象の“創造”の意である。

(ちなみに死んでから、霊的成長度の高低により幽界のどの階層に行くかは、本人の生きていた間の結果によるものであるが、その階層の違いも自らの霊的成長度によるものであるから観察しうる事象である)

 その“役目”は“善(神格化の方向性と智性の受信)”であろうが、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”であろうが、“末代続く”と称され、これは生きている間のことを述べていると思え、生きているうちに今後=アセンション後の事象に移行すべき資質を獲得せよ、の意味合いであると思う。
 それで“神示に出た通りの規則”そして“此の世は一(ひとつ)である”というのは、この事象の“理(ミチ)”、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の法則性、それによって“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”も認識しうるし、神の“思惑の顕現”=現象化としての生命(生きる使命=存在理由)は、当然のことながら“善(神格化の方向性と智性の受信)”でなければならず、だからこそ“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が行っている“悪(心の動きの本能化と低振動化)”と認識しうる行動とその思惑は否定されるべきであるが、今はそちらの方が優勢である、このことをしっかり認識し自分の心(靈)の悪の要素(目下(めした)(大脳旧皮質と古皮質)(動物の心(靈)の段階)の心(靈))を諌めることをしなければ、次の事象に移行し得る資質を獲得したとはいえない。

(これは死んでからも同じ、未熟な幽体は自省(胸の磁性“十”)の“行”をさせられるものである。 ローム太霊講話集解釈を参照のこと)

 
これに続く以下の文。

“われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。 神に縋(すが)るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ”

 “上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”にとっては“われの身体われに自由にならぬ”=自分の思惑通りにならない、といわれており、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”がその儘の霊的成長度による思惑を自分にゆるしているなら、いわゆる智性(神性)無き心が自らの目下(めした)の心(靈)を自分に容認する自分に甘い心(靈)のままならば、それ事態を“上”は許さず、“神の咎め”を与えたりして、左往右往させるものであり、まっとうな進化の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に引き戻すことをさせるが、その意味合いを感じうる文言である。

 
次の文。

“今度はいろはの世に戻すぞ。 ひふみの世に戻すぞ。 素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。 よろこびの身といたしてやるぞ”

 この文の“今度はいろはの世に戻す”の“いろは”は、ひらがな表記なので、“創造”の“主(ヌシ)”に対し被造物である人間の目線による“観察と認識”であり、“イ”“ロ”“ハ”それぞれの意味は、

“イ”は、生気生命の発生力
“ロ”は、根を纏めチカラを詰め固める意、咲き裂くの意ありて物を清め広め 神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)
“ハ”は、生命発現成長の音義

なので、“創造”の“主(ヌシ)”が生命(生きる使命=存在理由)を“創造”し、その詳細、意味、生命の存在理由、人はなぜ生きているのか、神と人とは、の意味合いを認識しうる文言であるが、たった今はそうではなく=人間と神の関係性などを感じうる事象ではないので=“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が台頭し活躍する事象なので、“今度はいろはの世に戻す”、今後=アセンション後は違ってくるのだという意味合いである。
 
これに続く“ひふみの世に戻す”の“ひふみ”もひらがな表記(被造物視線)であり、

“ヒ”は その音霊こそすべての物の根、ヒフミヨイムナヤコト=一二三四五六七八九十のヒ。 心(靈)(ヒ)、日、火。
“フ”は、ヒにより生まれし生命を更に太り栄えせしむる理(ことわり) 呼吸力、気吹(いぶき、息吹)、光線界が原素界へと進む(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化)
 “ミ”は生命の幹 その現実

なので、神の“思惑の顕現”=現象化としての、生命(生きる使命=存在理由)の、その詳細、意味、生命の存在理由、人はなぜ生きているのか、神と人とは、の意味合いを認識しうる文言であり、これも先の“いろは”同様“戻すぞ”である。
 
 これに続く“素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。 よろこびの身といたしてやるぞ”は、“素直”=“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応に恭順たれ、そうならば“タマ入れかえて”と称され、この“タマ”の意は、 

“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根

いわゆるまっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を歩む生命の意といえるが、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”はまっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を歩んでいないのだということを悟らせる言い回しであるし、その目下(めした)(大脳旧皮質と古皮質)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)由来の価値観や幸福感は、“ほんとう”の喜びにつながっていない(“日月神示”表記の“うれしうれし”“大歓喜”)、またその価値観と幸福感の台頭は恨みの連鎖の霊的干渉の増大に加担しているだけなので“素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。 よろこびの身といたしてやるぞ”と述べられている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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