“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 松の巻 第二十帖 Kellyさん的解釈 


 今回も、松の巻 第二十帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

此処まで来れば大丈夫ざぞ。 心大きく持ちて焦らずに御用せよ、饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ。
もう何事も申さんでも、天と地にして見せてあるから、それよく見て、改心第一ぞ。 悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ。
人助けておけば、その人は神助けるぞ。
神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ。 これから愈々の御用あるぞ。 皆の者も同様ぞ。
七月五日、あめのひつくのかみ。


 冒頭の、

“此処まで来れば大丈夫ざぞ”
これは、第十七&十八帖で“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応のことが述べられ、第十九帖では、“上”との感応の結果としての心(靈)の在り方、そして“上”と感応するのは進化にとって必須なのだということを述べられていたが、そうなるならば、第十九帖の“改心次第で善の霊(れい)と入れ換へ”=“善(神格化の方向性と智性の受信)”の存在との感応があり、“よき方に廻してやる”=まっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)に沿って生きるのだ、といわれていたが、その第十七~十九帖までのことを踏まえて“此処まで来れば”といわれている。
 

 これに続く、

“心大きく持ちて焦らずに御用せよ、饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ”
この“御用”の解釈が大事で、これを間違えはき違えている人はとても多いと思うが、これは単に個々の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に励め、“ほんとう”の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を鑑みよ、その上での生き方を鑑みよ、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)のための生き方を鑑みよ、そこには“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応しかなく、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化による磁束の変容、ローレンツ力の強化と変容で“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を自らに取り込むことが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)なのだが、こういった生き方はたった今の現状にそぐわない、今の事象は“役員づら”と“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が台頭し活躍しているので、自分が“ほんとう”に進化をめざし、それに励んでいると孤独になる、それは低い世界では高いことを目指しにくい、程度の低い人間で構成された世界においては、“上”との感応をして様々な事柄に目の効く人間(天の御目(あめのおめ)の獲得)は、程度の低い人間と考えが違い価値観も違うので疎外されるものであるが、その孤独感や疎外されることに負けることなく、という意味合いが“心大きく持ちて焦らずに御用せよ”である。
 それで“饌(け)にひもじくない様”は、程度の低い人間が求める何かは低い、それに相対して“饌(け)”=お供え、高貴な人のために調えられた食事、の意味合いであるが、自分自身が神格化への道を歩むのであれば、“饌(け)”を供えられるくらいになる、これは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が認めるの意であり、決して今の形骸になった神道や神社、天皇制に関わることではないことをあえて述べておく。


これに続く、

“もう何事も申さんでも、天と地にして見せてあるから、それよく見て、改心第一ぞ。 悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ”
これは“ほんとう”の善悪を示す、判るように示す、認識(悟り、幸取=さとり)の低い人にも解るように示す、これはこれからの事象がたびたびここまでに出てきた表記の“神烈しく(はげしく)”、あるいはそれに類する表記で示されている文言の意味通り、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が“天と地にして見せ”=“上”と“下”を示す、これは進化の方向性を示す、ということと同義であるが、その意味を含んだ文言であり、その示された事象を観るならば、人は“改心”しなければならない、自分の在り方を考えなければならない、の意味合いであり、“下”は“神烈しく(はげしく)”であるならば活躍できないから“最後のあがきしてゐる”であり、たった今の腐りきった“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行い、“役員づら”の行い、それによって形作られ形骸の権威を誇示しながら存続してきたものは崩され、そのくだらなさを示す、の意である。


 これに続く、

“人助けておけば、その人は神助けるぞ”
これについては今の事象が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”と“役員づら”の台頭により、“うそ、ごまかし、にせもの、いつわり、まちがい”に満ちており、結果としてそれは人を進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に導かないが、これにすら気付かない“ブタのけつを見ているアホ”は多すぎる感がある。
 人が人の世界を進化させ存続させるためには、いわゆる神の思惑に沿った事象の“創造”をしていくにあたっては、“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)であるということでしかない。


最後の、

“神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ。 これから愈々の御用あるぞ。 皆の者も同様ぞ”
これもたった今が“上”の采配通りになっていないから“神界と現界の事”といわれ、たった今の現実=現界は、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”と“役員づら”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によって形作られているのだけれど、様々なことに目が効くようになった人ならば、そこに、神の思惑か、程度の低い人間の我欲の思惑か、を、見抜け=“この神示よく分けて読みて下され”と述べられている。
 そしてそれが出来得るならば“上”は次の事象の“創造”、今後=アセンション後の事象の“創造”をその人に託す=“これから愈々の御用ある”、そしてそれは“ほんとう”の意味での“役員”=“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”のいない世界を創造する資質を持った人、だけではなく、すべての人が“上”と“下”を分ける事象に遭遇し、資質のあるものは次の段階に移行するの意が、“皆の者も同様”と述べられている。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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