“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第二十五帖 Kellyさん的解釈


今回も、上つ巻 第二十五帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、


一日に十万、
人死にだしたら神の世がいよいよ近づいたのざから、
よく世界のことを見て皆に知らして呉れよ。
この神は世界中のみか天地のことを委(まか)されてゐる神の一柱ざから、
小さいこと言ふのではないぞ、
小さいことも何でもせなならんが、
小さい事と臣民思うてゐると間違ひが起るから、
臣民はそれぞれ小さい事もせなならんお役もあるが、
よく気をつけて呉れよ。
北から来るぞ。
神は気もない時から知らして置くから、
よくこの神示、
心にしめて居れよ。
一日一握りの米に泣く時あるぞ、着る物も泣くことあるぞ、
いくら買溜めしても神のゆるさんもの一つも身には附かんぞ、
着ても着ても、食うても食うても何もならん餓鬼の世ざ。
早う神心にかへりて呉れよ。
この岩戸開くのは難儀の分らん人には越せんぞ、
踏みつけられ踏みつけられている臣民のちからはお手柄さして、
とことはに名の残る様になるぞ。
元の世に一度戻さなならんから、
何もかも元の世に一度は戻すのざから、
その積りで居れよ。
欲張っていろいろ買溜めしてゐる人、気の毒が出来るぞ、
神よく気をつけて置くぞ。
この道に縁ある人には、
神からそれぞれの神を守りにつけるから、
天地の元の・(てん)の大神、
くにの大神と共に、
よく祀りて呉れよ。
六月の三十日、ひつくのか三。



冒頭の言葉、

“一日に十万、
人死にだしたら神の世がいよいよ近づいたのざから、
よく世界のことを見て皆に知らして呉れよ。”

・・・今までの右往左往の文明は崩壊する。
それを知らせてくれ・・・それは、
右往左往の砌(みぎり)の創造だけではバランスが悪い。
それは、
神の思惑とも言い得る神聖な世界の創造に繋がらない。
そしてそれは、この世界が失敗の世界って事を、
その場(フィールド)に居る=位置しているすべての心(靈)は、
生きていようが死んでいようが、
それは、
肉体を持っていようがいまいが・・・
必ず自分達のやってきた結果って言うのんは、
観察し、
認識する。

観察と認識、その事は絶対に知っておかんならん。
それが生命(生きる使命=存在理由)でもある。
ほんでからこれは矛盾のある言い方やけど、
死んでからも生命(生きる使命=存在理由)って事でもある。
又、こういう世界に下りてくる事があるから・・・でもあるし、
その事すら地球人は知らん・・・

まあエエわ。

自分が霊的生長する為には、観察と認識をする。
これは神の性質でもあるって先生と話をした事がある。
そやから生命(生きる使命=存在理由)は、
神の子でもある。

そして、観察と認識、右往左往と左往右往から得られた認識、
認識が拡大し心(靈)が“上”に向かい、
“上”の心(靈)の発現をして行く=霊的進化をして神に近付く。
・・・人(日止、霊止)の神格化。

その霊的生長を果たした人(日止、霊止)が、
思惑の顕現をする・・・
それは、現津(あきつ)=観察され得る事象を創っていく。
その事自体が、
神の思惑やと先生は思うてるし、
それは先生と長い話をしたKellyさんとしても、
納得の行くKellyさん自身の認識になってる。

だから今も起きてる事・・・これからも増える事、
右往左往の結果ともいえる、
戦争も起き、災害も起き、
恨みの連鎖由来の霊的干渉の訳の分からない犯罪も増え、
そして最近多い、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
罠とも言える事、
人の心が折れて鬱になり、
砌(みぎり)のエネルギーが相対的に無くなり、
“思う、憂う”=日足(ひたり)の“行”に入った時の自殺者も、
増える。
それは、(砌(みぎり)の)心が折れた時に、
色んな通信を送って、
その試練から逃れる発想をさせ、
それは・・・自殺を選択させ、
そして死んで自縛霊になり、
同じ条件で死ぬ人をそこへ引き込み・・・
これは・・・この事は自縛霊が、
その心(靈)を縛り付けられたその場(フィールド)から、
動けるようになるんやけど・・・
それは霊的成長の方向性ではなく、
この世界に未練たらたらの浮游霊になり、
(霊的成長してへんからでもあり、自省(胸の磁性“十”)して無いからでもあり)
そして、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の霊団の一員になる。
それが又、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑の顕現のひとつでもある。

そやから、
生きてる間に心が折れる体験の無い人=右往左往の人、
それは今、
自分の利益の為に“力”を示し、
自分達の為だけに“力”を行使して、
何かを獲得する事が幸福やと思い込んでいる、
認識の低い人=生きる事の本当の意味を見出していない人。

そういう人たちの価値感は、
(通貨としての)金と物欲と目先の快楽と見せかけの幸福感・・・
その人たちの行いは、
結果として恨みの連鎖に加担する事になる。
そやから・・・経済優先、利益優先・・・
(通貨としての)金しか考えて無い世界。
“金(かね)”の本当の意味、
“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子が持つ磁性って事を、
知らへん人。

まあエエわ・・・解らへんもんは解らへん・・・

自分の霊的成長度の段階より“上”の認識は、
自分が霊的成長をせん事には理解出来ん。

そやから話を戻し、
目先の幸福感・・・その為に他人はどうなってもいい。
そう言う心(靈)の進化過程の人を一言で言えば、
自己奉仕者、
アミの本を引用すれば、
自分に対する愛しかもっていない人、
それは愛(炁)の顕現の程度が低い・・・
腹の段階の心(靈)の発現しかしていない霊的成長度の人、
そう言う心(靈)の発現の人の思惑の顕現が、
“日月神示”内の表現ならば、
“石屋の仕組み”でも有るし、
“われよし”・・・でもある。

そして、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
やり口って言うのんは、凄く狡猾で、
一見人には分からないように、
甘く(亜、魔、出ずる、泉)囁き、
人の心(靈)の情動を昂らせ(たかぶらせ)、
それは、
低い功名心で動く人を増やし、
低い自尊心で達成感を感じ、
見せ掛けの幸福感に人を酔わせ、
見せ掛けの達成感を人に与え、
見せ掛けの満足を人に与え・・・それが幸せって思い込ませる。
その裏には、低い心(靈)の発現由来の低い価値感・・・
物欲、(通貨としての)金・・・
形骸の名誉・・・
ほんでからディスプレイ(動物の発情行動)やな。

こんな話は先生といっぱいした。

そやから人は、
霊的成長して自分の力を示し=砌(みぎり)の“行”=右往左往。
そして、
“力”(力、知恵、知識・・・学問・・・能力、そして霊能力を含む)を獲得し、
その使い方や良いカタチを考える過程として、
必ず失敗の体験をせんならん=日足(ひたり)の“行”=左往右往。

そやからそれは右往左往と左往右往・・・
その体験が無いと、
認識は高まって行かん=霊的成長を果す事が出来ない。

そやからこの上つ巻 第二十五帖の冒頭の言葉は、
今現在、右往左往の人が多く、
(通貨としての)金と物欲・・・そんなものばかり求め、
その事自体が示す事は霊的成長度の低い人が多く、
ほんでから“上”からの通信でもある神や霊やオーラや・・・
その価値を見出さず甘い夢しか持っていない人が多く、
そう言う人が本当の事を知る為には、
“日月神示”内の表現なら、
“グレン”とひっくり返らんとアカンって事でもある。

そしてそれは、何回も言うけど右往左往から左往右往、
“観自在”“直日(なおひ)”自省(胸の磁性“十”)の“行”・・・
それは自我より“上”の心(靈)の発現になり、
それは、
人が認識し得る言葉としての、
“慈悲”と“慈愛”であり、
それは、又、自分に対する厳しさを持つ。
欲望を制限する心(靈)の発現にもなる。
そして、
より“上”の思惑を感得しようとする心(靈)の発現でもあるな。
そやからこそ人生は、
“行と修行”の為にあると思う事が出来るように成るって事や。

そやからそれは、
“厳しさは成長の法則性から得られた認識”・・・でもある。

“慈悲”と“慈愛”・・・その心(靈)の発現は、
四足獣から直立し、
前足から手の機能を持つようになった進化過程、
腹のサイクロトロン=軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”から、
“慈悲”と“慈愛”の発現に至る・・・
それは段々“上”の思惑を自分に取り込む為の、
アンテナの構造でも有り、
安定した螺旋運動をさせる為の磁性=シンクロトロンでもあり、
サイクロトロンより強力な円形粒子加速器の構造でもある。
ほんでからそれは、
脊椎動物としての人の、
肉体を持った時の霊的進化の必然でもあるし、
生きている時にしか出来ないと思える事でもある。

そして右往左往から左往右往・・・自省(胸の磁性“十”)し、
“観自在”し、“直日(なおひ)”して、
自分達のよい在り方を強く思う人が場(フィールド)の構築をする。
その事そのものが、この文章の言葉、
“神の世がいよいよ近づいた”って事になる。
そやからこそ霊的進化過程の低い段階の人=自我の確立=固定化の段階の、
その心(靈)の発現の行動をしてる人は、
分けられる。

それがアセンションでもある。

そして低い心(靈)の発現の人が圧倒的多数やからこそ、

“一日に十万、人死にだしたら”・・・って事になる。

死って言うのんは、
ある意味、

人としての、
生命(生きる使命=存在理由)としての、
とてつもなく大きな右往左往でも有り、
失敗して肉体を失い、
その後・・・肉体を失ってからも、
左往右往して考えんならんって事でもある。

そやからこそ・・・そういう事を言うてる・・・

そやけど、
これからの人(日止、霊止)は、
アセンション後に場(フィールド)の構築をする人は、
その事をしっかり認識しておかんならん・・・


そやからこそ次の言葉、

“この神は世界中のみか天地のことを委(まか)されてゐる神の一柱ざから、
小さいこと言ふのではないぞ、”


この文章の中の言葉、
“小さいこと言ふのではないぞ、”

地球人は地球全体の事すら観察して無い。
例えば、テレビなんか特にその傾向が強い。
意味の無いバラエティとかお笑いとか・・・
動物霊の憑依現象を見てるみたいなもんや。
ほんでから、
グルメ番組や大食い・・・飢えて死んだ子供の霊の憑依現象って視点が無い。
大体そういう事を分析できる霊能力者がいない・・・
そう言う点でも先生はチョ~ベッピンはんのA野はんに、
“あんなもんは話にならん”

・・・そう言うたと思えるな。

ほんでからニュースでも、
人目を引く作り方しかしてへんし、
それはスポンサーの為、言い換えれば(通貨としての)金の為、
数字が取れれば低い功名心を満足させる。

まあエエわ・・・こんな事言い出してたらきりが無い。

そやから今言いたかった事は、
人は目先の裕福・・・形骸の幸福感を求め、
それに失敗すれば恨みの連鎖に加担する霊的存在になり、
又、それにある程度満足した人は、そう言う人が思う事は、
さっきも言うたけど、
自分、或は自分の周囲だけの狭い場(フィールド)の幸福だけを、
思う。
ほんでから、それしか考えん・・・

事象を観察する視野が狭い・・・先生の言葉。
そう言う人(日止、霊止)が大多数・・・
そしてこの世界は、
そう言う世界になってしもてる・・・それが当たり前になってる。
そやからほとんどの人は、
悪魔の傀儡になってるって話を先生とした。
(思惑と顕現“その十”
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔=マーラ(魔羅)”
・・・その思惑と顕現 参照)

だからこそそう言う人たちの発振、発信が、
この腐った世界を創ってるんやけど、
左往右往に入らんならんから、
自省(胸の磁性“十”)の“行”をせんならんからこそ、
その結果を体験し・・・

“一日に十万、
人死にだしたら”・・・って事になるんやろな。

ほんでから次の言葉、

“小さいことも何でもせなならんが、
小さい事と臣民思うてゐると間違ひが起るから、
臣民はそれぞれ小さい事もせなならんお役もあるが、
よく気をつけて呉れよ。”

これも一般的地球人の認識の低さを指摘してる言葉で、
“小さい事と臣民思うてゐると間違ひが起る”・・・

何が自分達の思惑の顕現に大事なのか・・・それを知らん人が多い。
マスメディアは形骸の幸福を大々的に人に情報として与える。
ほとんどの人はそれを見て、
そして、
それ以上の事を考えん。

大事な事は、
人(日止、霊止)の生命(生きる使命=存在理由)は、
神格化でしかなく、
そのために人は相対的に今より高度な自己観察をする。
それがこの文章の言葉の、
相対的に“小さい事”やと思える。

そやから、自分の心(靈)の中の、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を、
自分でより分けて行動する。
それが“日月神示”の表現なら、
“身魂掃除”とか“身魂洗濯”とかになると思える。

自分の心(靈)の動き、それをより分けるのは、
“上”の思惑の受信、
それは、右往左往と左往右往の体験で獲得した“天の御目”やし、
そしてそれは“上”の思惑の顕現を自分がする事になり、
それは思想の構築とか行動とか・・・
それは荷電粒子の増幅と発振、発信でもあり、
そして現津(あきつ)=観察され得る事象は構築されていく。

その事を言うてると思えるな。

ほんでから次の言葉、

“北から来るぞ。”

これは宇宙の極性の事やな。
北=“上”の思惑って事やな。
色んな宗教で北って言うのんは大極とされてるから、
ほんでから大極=“上”の思惑って事でんねん。
ほんでから北は、
“上”の思惑を発振、発信する場(フィールド)って事でもある。
ほんでから南って言うのんはそれを受けるって事やな。
そやから、明るい場(フィールド)=南に対し、
光源としての北って言う事でもあるし、
南って言うのんはこちら側の場(フィールド)で、
それは顕現で、
それに対し北って言うのんは、
エネルギーを発している場(フィールド)とも言い得るし、
そのエネルギーは、神の思惑と言い得るって事でんねん。

そやから今、
私達は、
神の思惑を知り、
理解し、
体得し、
自分の思想にして、
そして発振、発信して、
それを顕現する為に=事象の創造をする為に生きている。

神の思惑の受信、そして発振、発信=創造に結びつく事、
その具体的な方法が、
太陽凝視でもある。

それは太陽凝視が、
“上”の思惑の受信そのものでもあるって事でんねん。
決して不食の為なんて、
ケチ臭い功名心の為のものだけでは無いって事でんねん。

ほんでから“上”の思惑の受信、それが、
“人”って言う字、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)に顕され、
そして人は日止・・・太陽の振動=思惑を止める。

ほんでから霊止は、霊の旧字・・・この事は、

思惑と顕現“その十一”
“上”の思惑と顕現・・・“天の御目”・・・で、
先生が説明したから、敢えてここでは長く説明しまへんねん。

それを止めるから、霊止で、
そやからそれは“メグリ”(帀)に顕れてるし、
それそのものが、
“一”=アイ=愛(炁)=神の思惑の右に移行した様でもある。

ほんでから“上”の思惑の受信そのものが霊の旧字に顕れ、
“上”の思惑は、
神=示すへんに“呂”=エネルギーの回転でもある。
そしてエネルギーって言うのんは回転せんと、
強力な発振、発信には成らん。
それは、
磁性とローレンツ力でも有り、
サイクロトロンとシンクロトロン・・・
地球人が、
電界と磁界を知り、
物理学を通じ理解した仕組みでもある。

まあエエわ・・・又、長い説明になってしまうから程々にして、
次の言葉の、

“神は気もない時から知らして置くから、
よくこの神示、
心にしめて居れよ。”

この文章の、
“神は気もない時から知らして置く”

これは、その前兆が無い時からって事やな。
この文章が書かれた時は、
まだその段階では無いって事でもあるな。

そやけど今、その前兆は起きてる・・・
そして、
その意味を真剣に考えん人ばかりに思えるな。

特にネット上では、
形骸の幸福や、
ええころかげんなアセンションの解釈や、
低い功名心を満足させる為に程度の低い太陽凝視をするとか、
不食でっせ~とか、
心身浄化してまっせ~とか、
アセンションしまっせ~とか・・・

この事も何回も言うた。

ほんでから、
霊能力は見せ掛けの幸福の為にあるとか・・・
先生が憂いてる事ばかり目に付く・・・アホくさなってくるな。

まあエエわ。

ほんでから次の言葉は、
経済が崩壊し・・・もう崩壊しかかってると思うけど、
その時の事を言うてるな。

“一日一握りの米に泣く時あるぞ、着る物も泣くことあるぞ、
いくら買溜めしても神のゆるさんもの一つも身には附かんぞ、
着ても着ても、食うても食うても何もならん餓鬼の世ざ。
早う神心にかへりて呉れよ。”

(通貨としての)金、金、金・・・それしか頭に無い人ばっかりで、
その事を指摘もしてる。
ほんでから、それに対し次の言葉、

“この岩戸開くのは難儀の分らん人には越せんぞ、
踏みつけられ踏みつけられている臣民のちからはお手柄さして、
とことはに名の残る様になるぞ。”

“岩戸開く”・・・この解釈は、
エピローグ 神の思惑と顕現・・・神聖な事象・・・で、
先生が言うた。
人(日止、霊止)の霊的成長の為の肉体の構造でもある。
それを成さんならんのやけど・・・
そんな人はごく少数でしかないって事やな。
ほんでからそのごく少数の人・・・それは今、
何も芽が出て無い、
“力”を示していない左往右往の人を指してるからこそ、

“踏みつけられ踏みつけられている臣民のちからはお手柄さして、
とことはに名の残る様になるぞ。”

・・・って事で、
今、
形骸の価値感でのし上がってる人とは違いまっせ~って事でんねん。

ほんでから次の言葉、

“元の世に一度戻さなならんから、
何もかも元の世に一度は戻すのざから、
その積りで居れよ。”

この文の中の言葉、
“元の世に一度戻さなならん”

これは、
“二”=2~3番目のオーラ、肉体の磁性、
肉体を持ってる時の霊的進化の為の構造を指し示し、
それは時間の進行=儿部(じんぶ、にんにょう)に顕れてる。
それが“元の世”って事で、
今それが間違った方向性、
砌(みぎり)と日足(ひたり)のバランスが崩れているからこそ、
右往左往から左往右往に入る。
そして、
今までやって来た事は失敗やったって認識(悟り、幸取=さとり)を、
獲得する。
そやから今は失敗の世界って事を言うてる。
それは次の言葉でも言われてるやんか。

“欲張っていろいろ買溜めしてゐる人、気の毒が出来るぞ、
神よく気をつけて置くぞ。”

これは投機の事とかを言うてると思えるな。
株、先物取引、投資信託・・・色々あるけれど、
それは銭ころがしやな。
上手い事やって銭儲けする事・・・そんな儲け方=“力”の示し方が、
人としての・・・神の子としての、
人(日止、霊止)の在り方ではない。
ほんでから銭を儲けて幸せになるって言うのんは、
物欲と金に対する執着=動物霊の思いやな。
ほんでからそれが上手く行った時に得られるのは、
ほんまに程度の低い功名心でしか無いと思うんやけど、
そう言う認識すらない人がほとんどやな。

そやから儲けるとかの話ではなく、
“力”の示し方・・・自分が、自分自身が、
認識(悟り、幸取=さとり)として、
価値のある何かを獲得するのは、
真実=真固止を獲得するのは、
自分でエネルギーを贖う(あがなう)・・・
それをして行かんならん。
そやけど、
見せ掛けの幸福感や形骸の価値感って言うのんは、
そういう事を思わせん。
その事そのものが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
甘い(亜、魔、出ずる、泉)囁きって事に気が付かん・・・
そやから今の世の中の人は・・・
“上”から観たならアホばっかりでんねん。

ほんでから次の言葉、

“この道に縁ある人には、
神からそれぞれの神を守りにつけるから、
天地の元の・(てん)の大神、
くにの大神と共に、
よく祀りて呉れよ。”

言うまでも無く、
“この道に縁ある人”は、
今後の世界の創造を神さんから託される(霊的)資格を持つ人、
そやから何が起きても・・・一日に十万人が死んでも、
残る人は残るし、
どんな条件でも(霊的)資格のある人は、
死なへんって事でんねん。

そやからこそ、
“神からそれぞれの神を守りにつける”

・・・って事でんねん。

ほんでから、
“天地の元の・(てん)の大神、”

これは、
“天地”=神と人(日止、霊止)。
“元”=肉体を持っている時の霊的成長の構造、
サイクロトロンとシンクロトロン=“二”・・・でも有り、
それは時間の進行=儿部(じんぶ、にんにょう)で、
成され、
成さんとアカンって事で、
それは
・(てん)・・・太陽の象形文字の中の点、
太陽の象形文字は、
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。

・・・で、紹介して有りまんねん。

画像でんねん。


日、太陽の象形文字 

“一”と愛(炁) 

 

 

そやからその点は、元の気とかアイとか・・・
色んな言葉で表現できる。
そやから、
“天地の元の・(てん)の大神、”
その事をしっかり認識して、
次の言葉、
“くにの大神と共に、”
これは平仮名で書かれてるけど、
くに=国って事やろし、
国は、(囗)くにがまえと“玉(ぎょく)”で、
自分達が霊的成長して、
“上”の思惑を受信して発振、発信して、
その上での創造した場(フィールド)をさして、
国って事やろ。

そやからこそこの文章は、

“天地の元の・(てん)の大神”

と、

“くにの大神”

・・・って、注釈が成されてると思えるやん。

ほんでから
“よく祀りて呉れよ。”

この“祀り”は、
示すへんに巳、
巳は蛇を示し火を示す。
それは多分、エネルギーの上る様でも有り、
外側の事象・・・“日月神示”の表現なら“外国と幽界”
その“幽”・・・火=灬(よつてん、れっか、れんが)って言う意味での、
“巳”って事やと思う。
そやからそれは、
S会=紫光会で言われた表現、
火=肝と酸素を取り込みエネルギーを変化させる事。
そう言う事やと思いまんねん。

そやから肝=砌(みぎり)のエネルギー=“いきり立つ心(奴と心)”、
そうやって肉体の“行”をして行き、
肉体の変容は酸素を取り込み=火で行われ、
その事を示しているのが“祀り”って事やと思いまんねん。

要は、上つ巻 第二十五帖は、
“上”の思惑を受信して、
神の思惑を知り、
その上での創造=場(フィールド)の構築をして行け。
そしてその(霊的)資格の無い人は冒頭の言葉通りになる・・・

そう言う事なんやろけど・・・

・・・冒頭の言葉に対してちょっとKellyさんが思い出した事、
それは・・・

最近・・・前のブログに、
“核の使い方”って検索Wordでいらっしゃった方がいてるけど、
この言葉そのもの・・・核の使い方・・・
それは核兵器を使う正当性とか・・・そんな視点でしか語られていないサイトが多いけど、
そんな事を考えてる程度の頭の人間は、
それこそ“日月神示”の表現を引用すれば、
灰にしてしまわんとアカンって事やと思う。

それは自分達の為にしか核を使わへん、
戦争の為に、
戦争をする為だけに自分達が思う、
正当な理由を・・・理由付けをしたいって発想でしかない。
それはてんで低い心(靈)の発現の人の発想でしかなく、
Kellyさんはそう思うたからこそ、
前のブログで先生と話した事を、
一部、コピペしときまんねん。

     ↓

「前にも話したが、力・・・科学、能力、その結果の文明の繁栄。
文明が核の使い方を間違えて、
それは人が進化の方向性を見出して行く事を試練とし、試されている事。
そういう認識をアタシたちの心に教えてくれるものである事。
それを考えさせる事がそういう存在の意思だと思うのだが・・・

そういうことを考えもせず、
目先の欲望の充足という視点で使われ、
どんな優れた力も知識も知恵も・・・単なる商売に成り下がる。
これは宗教でも政治でも、
今の世界のあらゆる事にそういう傾向はあるけどね・・・情けない事だ。」
「それって前に先生が言うてた
“事象の形骸化”
ほんとの意味が解らへんとうわべの世界を創っていく・・・
いやっ・・・そうやないな!
創り上げてしまったんやな。」
(霊的干渉“目上(めうえ)と目下(めした)”その五 参照)

・・・この事も地球人はよう知っとかなアカンと思いまんねん。

しかし・・・こう言う事を知らせたとしても、
もう手遅れの感があるし、
そして核戦争が起きたとするなら、
それも右往左往の結果って事なんやし、
地球人自身が認識を得る為の必然って事になるやろし、
その程度の心(靈)の発現しかして無かったって事なんやし・・・

・・・しょうがないな。

そやけど、知っておく事は大事やから、
敢えて知らせておきまんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。



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このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
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☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (480)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (16)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (27)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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