“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第十四話 死後の種々相 相思相愛の場合 Kellyさん的解釈“その四”


 今回は第十四話で太霊が述べておられる“子供が生きていて親がこちらに来た場合”の文言を解釈する。

 第十四話解釈の“その二”、“親と子の関係”で太霊は、

親は子供に対し…中略…人間の間は殆んど盲目的な愛情を持っている者が八割…中略…後(あと)に残された両親、殊に母親は愛着の念が非常に強いから…以下略…

と前置きされ、親が子に対する程度の低い“愛着”は、

同じような子供が生まれますようにと祈る

ということになり、その“愛着の念”=息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)は、

生霊(いきりょう)の念というものは死後の活動に大きな障害を来たす
絶えず現界からの念を送っていると、次第に現界へ現界へと引き寄せられて終にはその親自身の憑依霊となってしまう

という指摘をされている。


 これは親が子供に対して、程度の低い認識を持っていることに由来している。 
 それはどういうことかというと、程度の低い人間が親になった際、自分の子供を自分の持ち物のように扱ったり自分の思い通りにしたいと思ったりするが、それは親が子供の心(靈)を創ったのではなく子供の肉体(月(ツキ))を産みだした、肉親というのは現界における心(靈)の入れ物を創ったに過ぎないという認識がないからである。
 また通常、子供を育てるのに親としての自分たちは金も使った手間もかけた沢山のエネルギーを使った、要は頑張った、その育て方の是非はともかくこういった思い方をしている親は多いと思うが、親が“ほんとう”に子供を育てるというのは、“その二”で述べたように、人間が人間の価値観で思う教育のシステム、などではなく、進化=霊的成長、神格化に向かうこと、その手助けであるべきである。
 こういった事柄に対しても「認識を改めよ」という太霊の声が聞こえて来そうである

 上記の事柄に相対し、“子供が生きていて親がこちらに来た場合”というのは、

哀惜(あいせき)の念はその反対の時に比べて二、三割位のもの…中略…これは自然の順序ということだけでなく、やはり新陳代謝の観念が無意識の内に子供の頭の中に注ぎ込まれている

ということになって然るべきであるし、殊にこれに続く以下の言い回し、

親を失うことによって初めて独立の精神が培(つちか)われる機会が与えられる

この“親を失うこと”はいろいろな因縁の結果、恨みの連鎖の霊的干渉の結果でもあろうが、それにより、
独立の精神が培(つちか)われる
のは、“神の采配”であり、子は親がいないと苦労するだろうが、それは結果として不幸ではなく
(幸せの意味は“夭と屰”(ようとげき)、生きている間にたくさんの認識(悟り、幸取=さとり)を獲得することである)
それを乗り越えてこそその子は立派な心(靈)になるのだという太霊の意図も読み取るべきである。


 それと、

蛭子や流産の場合に人間の愛情が乏しくなる…中略…形を見ないので簡単に考える…中略…それは間違いである

に関してだが、やはりこれも親が子供の外側(外国と幽界)の事象、いわゆる肉体しか見ていない、その心(靈)が育つ、心(靈)が育つことに人間としての意義がある、という認識があまりないからこそ、こう考えがちなのだ、という指摘であると思う。

 ことに、このことを考えさせられる太霊の文言は、

本当の形を見ないので簡単に考える

であるが、この“本当の形”という言い回しに、奇形児や流産、中絶胎児の死体を親が直接見なかったということしか思わないならそれは全く程度の低い観方であり、太霊が“本当”そして“”という言葉で子供の霊を指しているのは、親が程度の低い認識で子供を見ているからであると思える。

 わかりづらい説明になったから噛み砕いていえば、一人の人間はたとえ“蛭子や流産の場合”であろうが“乳児、五歳、十歳”であろうが、すべてそれは肉体(月(ツキ))と心(靈)(ヒ)である。
 だからこそ太霊は以下のように説明していらっしゃるものでもある。

子供が胎内に宿ると同時に主護霊も正式に決められる…中略…一個の人格ある人間として名前を付けて拝んでやるのが当然…中略…霊の側では流産の子供でも必ず命名して立派に育て上げる


 たびたびほかのカテゴリーでも指摘しているが、今の人間の程度の低い認識、霊というなにかに対する認識は幼稚で低すぎ、そして人間の外側(外国と幽界)の事象しか見ていいないから、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に対する認識が足りなさすぎる。
 この文言で太霊は“一個の人格ある人間”という言い回しをされているが、これはどういうことか、それは大人であろうが子供であろうがすべてに当てはまるものであるということもローム太霊講話集を読んだ人は読み取るべきである。

 話しを戻し、今の親の子に対する“観察と認識”についてだが、肉体は心(靈)を育てるための道具に過ぎないが、親は子供を見る際に子供の肉体を中心に見ているし、肉体中心にしか見ていないから程度の低い“愛着”で“同じような子供が生まれますようにと祈る”ものであり、その思い方そのものが死んだ子供に対する“執着”(この言い回しは第十二話で使われた)でしかないことを知るべき。

 また、子供の心(靈)が育つということに関しては、親の心(靈)が育っていない=霊的成長度が低いからこそ、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の世界で一番を目指したり、それが素晴らしいと思う、そういったことの是非も判らないから、現行の教育でよい成績を上げることに満足したりするが、これは親の低い功名心と自尊心由来のことである。

 重複するが、これらはただ単に程度が低いのであって、“その二”で指摘した通り太霊は

子供は幽界に入いって未成年なら成人になるまで教育される
未成年で死んだ者は幽界に行ってから立派な教育指導が受けられる

とおっしゃっておられるものであるし、これは進化=霊的成長、神格化に向かうこと、であることをよく認識するべきである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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