“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第十五話 死後の種々相 変則な死の場合 Kellyさん的解釈


 今回取り上げる第十五話は、ローム太霊講話集を軽く流し読みした人であっても印象に残っている話であると思う。

 だが、「死の前後」「死後の種々相」で太霊が述べていらっしゃることをしっかり読み取り、自分の認識(悟り、幸取=さとり)としていないと、十五話で太霊が述べようとしていることには気づかないであろうし、その意図を理解できないだろう。

 またこの話には、とても大事な事柄、それは、(生きていようが死んでからであろうが)目前の事象に対し自分がどう在るべきか、という深いテーマがある。

 その在り方、自分がどういう心(靈)の動きをすべきなのか、これを示しているのが、

こうして彼女は、その天使達と一緒に修行する立派な霊となったが、相愛でないにしても既に肉体の関係を持った身…中略…先輩の天使との間に次のような会話が交された。
「あなたは結婚したことがあるでしょう」
「ありません」
「では肉を犯された覚えはあるのですか」
「あります」
「それならもっと行をなさい、必ずその男を憐れんでやる立派な天使になれますから」


であるが、この会話の前に太霊が述べている通り、

今は神に捧げた身で…中略…それまでにはどれ程の男から言い寄られたか知れないのに、それがいやさに修道院に入いり厳しい掟(おきて) によって天使の行を積み、ひたすら神に仕えてきた…中略…神は自分に暴漢を与え、そのうえ肉までも生贄(いけにえ)にさせられた…中略…何の咎(とが)あって自分はこういう酷(むご)い神の笞(しもと)の下に立たねばならないのであろう。この世には神も何も無いのか、明日からどうして生きていったらよいのか…以下略…彼女は終に毒を飲んで自殺してしまった

という経緯があった。

 そして“自殺してしまった”にいたるまでに、“修女”は何を思ったのか、それは、

何の咎(とが)あって自分はこういう酷(むご)い神の笞(しもと)の下に立たねばならないのであろう

これは○○○大先生が著書の<1>で述べた“かわいそう”ということであり、この思い方に自我特有の心(靈)の動きもある。

 そして、
仲間達の憫笑(あわれみ)や私語(ささやき)までが目に見え耳に聞こえてきて、それが段段に高(こう)じていった
これは自我中心の思い方をするからこそ、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応している

憫笑(あわれみ)や私語(ささやき)までが目に見え耳に聞こえ
であり、自分が“かわいそう”という自我が肥大した心は“下”と感応するものであるということを読み取るべき。

 このことに関しては第十三話の、

常に現世の絆(きずな)に引かれる者は終に地縛の霊となって、自分の死んだ場所に多くの人間を誘(おび)き寄せる魔の道をつくる…中略…それゆえ、人間としては現界の修行を積むことが最も大切であることはいうまでもないが、幽界に入いったら努めて肉体の欲を離れて現世の執着を断ち、一日も早く幽界を卒業して霊界に行くように心掛けるのが、最善の道である
これをよく知って自分の認識(悟り、幸取=さとり)とするのが大事。

 それで“修女”の死後のこととして、

普通の人ならそこで憎悪の擒となる所であるが、修道院で積んだ行(ぎょう)のおかげで、彼女の受けた深手も日頃夢見た天使の手で全く癒され、今は何の恨みもない” 
と、太霊は述べておられるが、この、
修道院で積んだ行
その“”において、それがあってこそ、“修女”自身は自分がどういう心の在り方をすべきなのかを死んでから考えて認識としたであろう。
 だから、
神は自分に暴漢を与え、そのうえ肉までも生贄(いけにえ)にさせられた
という事象に対し、仮に、第十二話の“執着”ということをするならば、太霊が述べておられる通り、
憎悪の擒
となるものであろうが、“修女”自身は自分がどう在るべきかしっかり考え、それにはさらに“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の感応=“日頃夢見た天使の手で…”も助力となっている。

 また“普通の人なら”と述べられているが、同じく第十二話で太霊は、
放下(ほうげ)する心
執着を断ち切る
この諦めの心こそ自分の霊性を向上させる元
と述べておられ、これがあってこそ
今は何の恨みもない
という心境に成りうるものであると思う。


 こういった心境に至るまでには、“修女自身が背負っている因縁、
何の咎(とが)あって自分はこういう酷(むご)い神の笞(しもと)の下に立たねばならないのであろう
これについても深く考えたであろう。

 そのうえで、

諭(さと)された彼女は益々修行に励んだ…中略…ある期間が過ぎて同じ先輩から
「あなたの地上の夫は誰ですか」と聞かれた時には、何の躊躇(ためらい)もなく即座に
「私の地上の夫はあの男です」とはっきり答えることが出来た。
今では永遠にその男を夫と思うのであるが、普通の人間には中々こういう判断は下せないであろう


この“今では永遠にその男を夫と思う”これが恨みを捨てて、目前の事象を恭順に受け入れ、自分に起きたことそのものが因縁を贖う(あがなう)ということになった、またこのこと事態が自分にとってのひとつの試練であった、という認識があってこそ、“はっきり答えることが出来た”のであると思える。


 それでこの事柄について、自我中心の心(靈)、自省(胸の磁性“十”)していない幽体中心の心(靈)(悪霊に成りうる素地でもある)で考えるならば、といってもいいが、その段階、その霊的成長度で考えるならこの事象そのものが自分の心(靈)を育てるための試練であるという認識には決して至らない、だからこそ自省(胸の磁性“十”)していない幽体ならば、“憎悪の擒となる”=悪霊になるであろう。
 
 そしてまた、自分の背負っている因縁自体が、恨みの連鎖の霊的干渉の結果であるという認識にも至らないであろう。

 換言すれば、自我中心の心(靈)、幽体が自省(胸の磁性“十”)していなければ、心(靈)が育ったということにならないし、心(靈)が育ったならば、自分に起きたことに対する認識も変わり、どういう意味があったのか、何が理由で起きたことなのか、を考えるものであるし、それが自分にとってどんなに不幸なことであろうが恭順に受け止め意味を考えてこそ認識(悟り、幸取=さとり)は拡大する。

 そうやって自分の心(靈)は育つ、神に近くなっていくものであると断言する。
 
 その高い認識を得た上で、自分が体験した事柄をみるならば、それは自分だけの問題ではなく、因縁を背負っていない人間はいない、恨みの連鎖の霊的干渉の影響を受けていない人間はいない、という結論にまで至るものである。
 そのことを知ったならば自分はどう在るべきか、そして因縁、恨みの連鎖の霊的干渉に満ち満ちたこの現界に対して自分は何をするべきなのか、ということを考えるものである。

 それを示唆している文言が、

彼女を犯した暴漢は…中略…彼女の自殺したことを聞くと、何日か自責の念に苦しんだ挙句…中略…同じ地下道で胸を刺して死んだ…中略…しかしこの霊魂は彼女と同じようにはゆかず…中略…その死んだ場所に釘付けにされて地縛となり、そこを通る凡ての修女に対する憎悪の念となった…中略…その地縛の霊に代って人間の肉体の弱点を掴(つか)みこれを翻弄するサタンの活躍に任す外はない…中略…これを知った天使は、自殺はしたが今ではその男よりずっと上の界にいる彼女に向い
「あなたが助けなければ、あの清い修女達はいつまでも肉体の悩みに苦しまねばなりません。早くあの地縛になっている男を救い上げて定めの場所に連れていっておあげなさい。それが真の現界に対する奉仕ではないでしょうか」と注意した。これを聞いた彼女は早速その男の所に下って行ってよく説得し、正しい智慧に目覚めさしてその定められた城郭に連れて行った


この“それが真の現界に対する奉仕”が、恨みの連鎖の霊的干渉の軽減ということになったのだと読み取るべきであるし、
ここで述べられている“正しい智慧”は、その男の認識、自分が犯した罪と自殺したことに“執着”して捉われたままならば、“憎悪の念”のままであり、自分の霊的成長は望めないことを教えたと思えるし、それを教えられるのは、その“修女”自身に起きた事象に対し何を考え何を結論と認識し、その上で自分はどう在るべきか考え何をするべきなのかを思った、だからこそ“説得”できたのであると思う。

 ここまでのことが大十五話で最も大事な要旨である。


それと、

同性の者が人間としての務(つと)めを諦(あきら)め周囲との関係を断ち、神自身の命令はそうではないと思うが、自分独りの意志によってそこに身を寄せる

と太霊は説明されており、この文言の
神自身の命令はそうではないと思う
ということにも着目すべきで、“修道院”というのは、人の在り方として間違っていることを太霊は述べているし、
神に近い生活をしていると人も認め自分たちもそう自負していた
というのも錯覚であり、この思い方そのものが、自我の肥大であることを指摘しておく。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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