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“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、46年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 夜明けの巻 第十帖 Kellyさん的解釈 



 今回も、夜明けの巻 第十帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

元津大神、心の中で唱へ奉り、スメラミコト唱へ、次に声高く天津日嗣皇ミコト大神唱へ、天のひつくの大神と唱へ奉れ。
タマの宮は、かむながら祝詞でよいぞ。 一二三(ひふみ)のりともよいぞ、シメは当分造りめぐらしてもよいぞ。
今までのシメは此の方等しめて、悪の自由にする逆のシメざから、シメ張るなら、元のシメ、誠のシメ張れよ。
七五三は逆ざぞ。 三五七ざぞ。 天地のいぶきぞ。 波の律ぞ。 風の律ぞ。 神々様のおんいぶきの律(なみ)ざぞ。
八月の六日、アメのひつ九の神。

 この第十帖は、文面を見ると第九帖の続きであるかのように見えるが、少々意味合いが違う。
 第九帖で解釈した“天津日嗣皇尊大神様(あまつひつぎすめらみことおほかみさま)”、この“天津日嗣皇尊”を尊く厳しい太陽凝視、不食等ご利益を求める太陽凝視ごっこではないことを述べたし、この厳しい“行”をしていくならば、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化(ことに目上(めうえ)の脳)となり、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、を止め(“日止、霊止”の表記の意味)て、神の“思惑の顕現”、現津(あきつ)、観察され得る事象に対する現象化をしていくものであると述べたが、今回の文言は最初に、

“元津大神、心の中で唱へ奉り、スメラミコト唱へ、次に声高く天津日嗣皇ミコト大神唱へ、天のひつくの大神と唱へ奉れ”

と述べられており、まず“元津大神”が何の意味を示しているか、であるが、“元”は、肉体(月(ツキ))を示す“二”そして時間の進行を示す儿部(じんぶ、にんにょう)、“津”は中心の意味合い、“大神”の大は人が手足を広げた様、であるので、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すべく生命(生きる使命=存在理由)、まっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を歩むべき“日止、霊止”、これを思い描け=“心の中で唱へ奉り”、それはまっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を自らの息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)とせよ、と冒頭で述べられており、これに続く、

“スメラミコト唱へ”

の“スメラ”は、

“ス”は、生命発現の基(モト)、真澄(マスミ)、素、巣の意、御統、統一(ミスマル)のス、自ら統一すべ治(シ)らすの言霊
“メ”は、ムシ出された生命の芽 吾が心は目 その目に止まりてすべてのものはそれ現津するにあれ(“観察と認識”のこと)
“ラ”は、生命発生の初音(ウネ) 物の根の意

であり、“ラ”は意味通り、“メ”も生命が行っていることと解釈するが、ことに“ス”の意味に着目すれば、何が御統、統一(ミスマル)なのか、何を御統、統一(ミスマル)するか、は、“上”からの荷電粒子の高低、低い振動しか止められないのが人以下のけものや魚、爬虫類、両生類、あるいは無脊椎(|(たてぼう、こん、縦の磁性))の発現が弱い)の下等生物などであり、人間においても“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化、ことに目上(めうえ)の脳がしっかりしていなければ、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意は、素通りしているものである。
だからこそ、低い振動と感応している生命は人間であっても低く“日月神示”表記の“ケダモノ”“獣”であり、またそれは腹までの進化、“江戸と尾張”、自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)なので、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度になる。
よって、“上”から贈り送られて来る振動、それは高低があり“上”から“下”までの振動があるが、これをすべて自らの心(靈)(ヒ)と肉体(月(ツキ))に止め、御統、統一(ミスマル)するならば、それは、神の思惑を顕現すべき生命(生きる使命=存在理由)であると、読み取るべきである。
そして、これに続く“ミコト”は、

“ミ”は生命の幹 その現実
“コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意
“ト”は、止まると云う心

であるので、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めて生命(生きる使命=存在理由)と成していること、その振動は一切の事象に関与している、すべてが神の振動によってなされているの意が“コ”から読み取れるものでもある。
それで“スメラミコト唱え”であるから、上記の事柄を意識して心(靈)の中におき、その上で息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)=“唱え”とせよ、の意味合いである。

 これに続く、

“次に声高く天津日嗣皇ミコト大神唱へ、天のひつくの大神と唱へ奉れ”

この“天津日嗣皇”は“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、ことに太陽凝視で獲得する振動を“嗣”(うけつぐの意)として、それを顕現せよ、の意味合いであり、これに続く“ミコト”は前述した通り、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)からの振動を止めて生命(生きる使命=存在理由)としてこの事象で神の思惑を顕現せよ、であり、これに続く“天のひつく”も、高い振動を取り込む厳しい太陽凝視(“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うこと)であり、これらのことも十分意識して“唱え”=息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)とせよ、と称されている。

 これに続く次の文。

“タマの宮は、かむながら祝詞でよいぞ。 一二三(ひふみ)のりともよいぞ、シメは当分造りめぐらしてもよいぞ”

 この文の“タマの宮”は、第九帖でも登場しており、その意味は、
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根
そして“宮”であるから、まっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、宀(うかんむり、頭の意味)と呂(回転の意)で示される智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の発現であり、それが“タマ”の意、それを“かむながら祝詞”、“一二三(ひふみ)のりと”、これを“よいぞ”といわれているのは、“かむながら”は神と共にありの意、“一二三”はいうまでもなく1番目、2番目、3番目のオーラであるので、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)をともなった息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)をして息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)=“祝詞”“のりと”せよ、の意、それが“よいぞ”の意味合いである。

 これに続く、

“シメは当分造りめぐらしてもよいぞ。
今までのシメは此の方等しめて、悪の自由にする逆のシメざから、シメ張るなら、元のシメ、誠のシメ張れよ”

この文中の“シメ”は、
“シ”は弱き光 と称され、それは次々に出る生命を育む(はぐくむ)意 “慈(しげる)”のシ
“メ”は、ムシ出された生命の芽 吾が心は目 その目に止まりてすべてのものはそれ現津するにあれ(“観察と認識”のこと)
であるので、生命活動といい得る事象の“観察と認識”であり、その点で、“当分造りめぐらし”は、これからも進化して、自らの霊的成長度が高まっていったなら観察しうる事象は変容するの意であり、“今までのシメは此の方等しめて、悪の自由にする逆のシメざから”は、まっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を歩んでいる“此の方等”は、今大多数の人間(生命としての人間)が、低い振動としか感応していないのでこの事象は腐っており、その結果、“今までのシメは此の方等しめて、悪の自由にする逆のシメざから”となっていることを言い表しており、それではダメだの意で“シメ張るなら、元のシメ、誠のシメ張れよ”、これは先の“元津”そして“誠”、すべての生命、すべての事象に対して“誠”(言葉成る、意味は、自分が発振、発信した振動(言葉)が完成する)であれ、いうまでもなく“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の不誠実さを否定した言い回しでもある。

 次の文。

“七五三は逆ざぞ。 三五七ざぞ。 天地のいぶきぞ。 波の律ぞ。 風の律ぞ。 神々様のおんいぶきの律(なみ)ざぞ”

ここで示されている“三五七”の“三”は、“一二三”のオーラ。
“五”は、糸巻の象形文字、神経が密になった(羅)生命(生きる使命=存在理由)のこと。
“七”は、“一”=智性=1番目のオーラと乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した人間の思想と行動といえるので、“七五三は逆ざぞ”は、神の思惑を顕現する“七”から述べるのは間違いで、人が“日止、霊止”になるには、先の“天津日嗣皇”、これを“ミコト”とする、“天のひつく”を行じて、“一”=智性=1番目のオーラを発現し、その過程で神経は密になり“羅(般若心経の“波羅密”の羅)”、その上で天意と感応してそれを事象に顕現するの意が“三五七ざぞ”であり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した“日止、霊止”と“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応は、神の思惑を息吹くの意が、これに続く“(これから、今後=アセンション後の)天地のいぶきぞ。 波の律ぞ。 風の律ぞ。 神々様のおんいぶきの律(なみ)ざぞ”である。

 それで第十帖を要約するならば、まっとうな進化(霊的成長、神格化に向かうこと)、神の思惑を顕現すべく“日止、霊止”というものを思い浮かべ、それを息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)として“天津日嗣皇”、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行い、“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化して“タマの宮”を自らに構築して“上”と感応してまっとうな生命(生きる使命=存在理由)というものを顕現(“シメ”)せよ

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
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心(靈)の二面性であり、
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。



自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
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