“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第七話~第十六話 死の前後 死後の種々相 Kellyさん的解釈の総括


 ローム太霊講話集の第七話から十六話を読んで誰にでもすぐに解りそうなこととしては、情報としての死んでからのこと、そして幽体が育っていくさま、平均的地球人が死んだならどうなっていくか、またその死に方において心=霊は、どういう過程を経ていくか、この詳細は、平均的地球人が余りにも死に対して無知、また、よい死に方、まっとうな死に方をしていないものが多いという点でも、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)である太霊の事情として、これを説明しなければならなかったということはある。

 それで霊的成長度の低い人は、第七話~第十六話を読んでも、情報以外に心(靈)に残らない、いわゆる太霊の伝えようとしていることすべてに対し、たいして感応していないということである。
 いうなればそれは、平均的地球人の霊的成長度では太霊が述べている文言に、自分たちの在り方、どう生きるか、自分たちの存在の意義と意味、を見出すことが出来にくいと幾度となく指摘してきたこと。

(これは、ローム太霊講話集を編纂した寺見文夫氏にもいえる、それは第七話~第十六話の副題のつけ方が妥当なものではないと思えるからである)

 そして先に述べた“情報としての死んでからのこと”、いうならば自省(胸の磁性“十”)の“行”だが、これについての太霊の文言を以下にピックアップする。

第十話
自分が肉体を持って生きてきた生涯の幻影(まぼろし)が走馬灯のように次々と現われて、あれは悪かったこれは善かったというふうに、自分の善悪の業(ごう)がしみじみと悟らされる…中略…そのうちに段々善い方のことは頭に浮かばなくなり悪い方のことばかりが思い出されてきて、終(つい)には悔恨の涙に咽ぶ…中略…中でも一番幽体にこたえるのは人を欺(あざむ)いたこと

第十一話
閻魔の庁の浄玻璃(じょうはり)の鏡で、この自身の悪業に対する悔恨を如何に処理すべきかが幽体自身の使命

第十三話
自分の生前の行為をまざまざと見せられ、悔恨の涙を流してから先祖の力によって一定の城郭に引き取られる

 ここで述べられているのは、平均的地球人が自我の確立=固定化の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)であり、自省(胸の磁性“十”)が足らないからであるし、自省(胸の磁性“十”)できない霊は悪霊であることに気付くべきでもある。

 それ以前に、大概の人は霊的成長度が低いから、死んだ後には何もないと思ったりもする。 ○○○大先生の著書の読者会において、こういった人間、「死んだ後には、何も無いと思っている人間について」に対して皆さんはどう思うか、というテーマを提起したことがあったが、こういう人間は霊的成長度が低い、欲望を満たすことが生きることだと思っている、よってそれは、生きることの意味を真摯に考えたことが無い、 また、霊など無いと思うから自殺したり人を殺したりもする、という意見を賜った。
 極めて妥当な認識由来の意見であったと思う。

 それに相対し、大半の地球人の認識は、心、霊、が同じであり、その心(靈)の動きには高低、“上”と“下”があり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は心(靈)が“上”になっていくことなのだ、神に近付くということは現地球人においては、自我より“上”の心(靈)の台頭となっていくのだという概念も無い。
 だからこそ霊的成長度の低い大半の人間は、太霊の文言に対して情報しか解りえない、そこで説かれている自我からの霊的成長、そして人間の在り方について、これら重要な事柄に対し、気に留めないで読んでしまっているということになるものである。

 それで太霊が第七話~第十六話で伝えようとした死後のことにおいても、平均的地球人の霊低成長度における「自然死」(第七話)「正常死」(第十一話)ならば、平均的地球人の霊的成長度における妥当な死に方と言いうるが、地球人全員が因縁を背負っており、その因縁は恨みの連鎖の霊的干渉によるものであるし、よって副題から引用すれば「病死と事故死」「殺人」「天災、戦争による集団死」「事故死と自殺」などの死に方がある。
 これらは第七話の太霊の言葉を借りれば“不慮の死”であり、その場合、その心(靈)は“自覚は遅い”のであり、この“自覚は遅い”霊を増やしたいのが悪魔の思惑であり、その結果として、恨みの連鎖の霊的干渉があり、現時点どんどんそれが増しているということをも、しっかり読み取るべき。
 その具体例として太霊が述べていらっしゃる文言を以下にピックアップする。

第八話
地縛の霊は、他の人間を自分と同じ状態で死なせないとその縛(いまし)めが解けない…中略…そうすれば自分は好きな所へ行かれて楽しいことのようであるが、その行く先はやはり人間でいうと地獄の方

第九話
幽体そのものが憎悪の固まりとなって

執念(しゅうねん)のために自分は浮遊霊に成り下がる

相手の霊は、必ず自分が前に殺した者の霊と一団となってそこに再び二つの魂の争いが続けられる…中略…それらの魂は凡て同じ系統を引いた類魂(るいこん)によって、憎悪の霊団に入いりその一員となる仕組みになっている

第十話
何といっても一番困るのは戦争…
その憎念はどこまでも双方の国に付き纏う…中略…戦敗国の戦死者の霊団は固より、生き残っている多くの者の霊魂(俗にいう生霊(いきりょう))までが…中略…相手国の首脳や国民を永遠に恨む…中略…戦勝国の戦死者の霊達も…中略…相手国に憎悪の念を持ち続ける

第十三話
常に現世の絆(きずな)に引かれる者は終に地縛の霊となって、自分の死んだ場所に多くの人間を誘(おび)き寄せる魔の道をつくる

本人自身は既に死んで…中略…彼にその復讐の念を起こさした禍(まが)神(がみ)(悪神)の手下の支配霊が本人の肉体を犠牲の対象としてその相手を苦しめることが出来る…中略…本人はその憎念が消えるまで何百年でも殆んど知らずに眠らされるのであるが、目覚めてから悔悟に至るまで如何に苦しむかは察するに…以下略…

これらの憎悪の念は三つ巴となって旋回しながら次第に膨張してゆく。こうして初めの一人の憎念がいわば台風の目となって終(つい)には大きな渦巻を起こし、その余波が現界にまで及ぶ

憎悪は必ず相反撥しながら大きな竜巻になることと、どんな正当な理由があろうと自分が起こした悪の波動は必ず自分に返ってくるものである

第十四話
その死んだ場所に地縛となって、現界の者を引き入れないと自分達が抜け出せないとなると、これは困ったもの

第十六話
恨みに対する願いの場合は、その陰にいる諸々の悪霊達(俗に幽鬼などと言われる者)が…中略…苦行している人間の力を利用して、ある程度その目的を遂げさせる

 これらを読んで、恨みの連鎖の霊的干渉の現象化に気付かないならそれは、単なる大ばか者であると(アタシは)思う。 
 そして、現地球人が因縁を背負っており、その理由と根拠となっている恨みの連鎖の霊的干渉を見出し、それを解決の方向性に導くことをする、そこにおける自分の在り方を鑑みるべきであると思う。
 ことに“憎悪の固まり”“執念”“憎念”“永遠に恨む”“憎悪”“恨みに対する願い”、この心(靈)の動きに捉われる、やられたらやり返したい、殺されたら殺して仕返ししたい、それを達成しないと気が済まないという発想をするのは、自我の肥大である。
 それを諌めよと、第九話の以下の文言で太霊は示しておられる。

汝等は常に心の鍛錬をしているが、人間は確固とした信念を持っていて、それが如何に悪口雑言されようとも、少しも 傷(きづつ)けられないという立派な精神になること…中略…誰に何と言われようと、大木の如くまた柳の如く、それを正面(まとも)に受けることも軽く逸らすことも出来る人間になるのが修行…中略…どんなに恨まれても決して恨まない心を造ることが大切…中略…仮令拷問(ごうもん)にかけられ爪を燃やされる思いであろうと、それに堪え得るだけの精神の修養はロームが常に教えている筈である。そんなもの恨んだところで何になる。 絶えず向上を計りまた向上する人間は、心がそこへ行こうとも、本心は真の神を祈っているのである

 こういったとても大事な心(靈)の在り方について、多くの人が鑑みるべきである。

 それで、死んだ後の霊的成長、平均的地球人の死後の幽体は、自我主体の心(靈)の動きであると解釈しているし、“自覚は遅い”ものでもある。
 また、死ぬ前の心掛け、死んでからの霊的成長に関わることとして、太霊は以下のように述べていらっしゃる。

第七話
幽体の離脱を楽にするために、人間が常に努力しているのが精神統一であり又信仰である
この“精神統一”については、第一話の解釈で以下のように解釈したから、コピペしておく。

「第一話でいうところの“精神統一”に対し、ローム太霊は“四つの体が統一されてその統合した力を発揮し、種々な活動をする状態が真の精神統一なのである”と述べられておられるから、肉体、現界、そして幽体と幽界を感じうる自らの心(靈)が持つ低い振動だけでなく、霊体、霊界、そして神体、神界を感じうるのは本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動で構成された自らの心(靈)の、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動で構成された部分で、要は自らの心(靈)が持つ一番上の振動は智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)なのだが、智性の発現の少ない平均的地球人を対象に述べられていることとして、その智性(神性)を中心に自らの心(靈)とするならば“四つの体が統一されてその統合した力を発揮し、種々な活動をする状態が真の精神統一なのである”ということになると思うし、そう思う根拠は、この世界が、(あまり智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)の無い)自我の肥大した人の活躍で“創造”されており、恨みの連鎖の霊的干渉に満ち満ちており、もうすぐこの世界そのものが崩壊の局面に至るからである。 よってローム太霊が第一話で使った“精神統一”という言葉の示唆することは、本能から智性(神性)まですべて統一せよということ」
 それと、ここで述べられている“信仰”というのは、いうまでもなく“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち…それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ))が流布しているそれではないことを付け加えておく。

同じく第七話
大切なことは、人間が生まれてから死ぬまでの間に積み重ねたプラス (善行)とマイナス(悪行)との総計であって、それが少しでもプラスになっていれば善い人間と認めるべきであるが、誰しも聖人としての幽界入りは望ましいにしても、普通の人間は零(ぜろ)でもよいからマイナスにならないように心掛けて修行すればよい

第八話
北神の祈りにあったように、人間は生命のある限り世のため人のために尽すという気持を忘れないでいれば…以下略…

第九話
その者が死というものを覚悟し、死後のことをも知っていたなら、その相手に取り付く代りに自分の霊の向上を神に祈ったであろう

第十話、
一番幽体にこたえるのは人を欺(あざむ)いたことで、同じ欺瞞(ぎまん)でも他人に見破られた場合はよいが、それが成功して名声を博したり巨富を積んだりして一生を終ったということになると、それが自分の心の癌(がん)となって…以下略…

汝等に行をせよ行をせよと言っている…中略…寿命は百年とは続かない…中略…その短い間に何か一つ自分の出来る仕事をすればよい…中略…名や富を得る必要はなく、その採点は必ず神によって為される

第十一話
常に善いことをしていながら、世間からどんなに偽善者呼ばわりされようとも、確固たる信念をもって自分に偽るところなければ、それでよい

第十二話
人間は一旦物質である肉体を捨てたなら、あらゆる物質との関係を断つようにするのが幽体の間に努力すべきこと…中略…一つのものに纏わるということは絶対によくない…中略…益々修行をしてこの放下(ほうげ)する心を培(つちか)って…以下略…

第十三話
人間としては現界の修行を積むことが最も大切であることはいうまでもないが、幽界に入いったら努めて肉体の欲を離れて現世の執着を断ち

第十六話
名誉欲などのために不思議の出来る人間になりたいというような考えは、決して起こすべきではない…中略…真に行ずる者は、それが天の使命であるかないかは別として、自然に引かれる方向に向って一段一段と自分の業行を積み上げてゆくことが、自分に負わされた務めであるという自覚を確(しっか)りと持っていることが必要

 ここまでのことをローム太霊講話集と縁があった人ならば、在り方を考える、自分の生きる指針とするべきであると強く思う。

 なお、人間は高い心(靈)と低い心(靈)を持っている。 それを感じうるのが第十四話の以下の文言。

愛着の念について…中略…これを禍(わざわ)い穢(けが)れというふうに見るものもある…中略…心に蟠(わだかま)り即ち邪念がなければ…中略…却って向上する場合もある

そして第十五話
それならもっと行をなさい、必ずその男を憐れんでやる立派な天使になれます

これを読んで、自分の心(靈)の動きには高い低いがある。 “上”と“下”がある。 
それが理解できたなら、自分はどういった心(靈)を顕現すべきか、その指標になるのが、第二話の、
神自身の本当の気持ち
これは
何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたい
であるが、それを実現していくために、自分は何を思い、どう行動するか、そして、第七話から第十六話を読んで、たった今の自分の生きる指針、そして死に際して、死んでからここで述べられていることを思い、霊的成長の方向性を見出す、これが太霊の伝えたいことの要旨なのだ、ということを述べ、総括とさせてもらう。

 次回からこのカテゴリーでは、第十八話~第二十六話の「仙道」、これについて解釈を述べていくことを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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