“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第二十九帖 Kellyさん的解釈

今回も、上つ巻 第二十九帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、


この世が元の神の世になると云ふことは、
何んなかみにも分って居れど、
何うしたら元の世になるかといふこと分らんぞ、
かみにも分らんこと人にはなほ分らんのに、
自分が何でもする様に思ふてゐるが、
サッパリ取り違ひぞ。
やって見よれ、
あちへ外れ こちへ外れ、
いよいよ何うもならんことになるぞ、
最後のことは この神でないと分らんぞ。
いよいよとなりて教へて呉れと申しても間に合はんぞ。
七月一日、ひつくのか三。



冒頭の言葉、

“この世が元の神の世になると云ふことは、
何んなかみにも分って居れど、
何うしたら元の世になるかといふこと分らんぞ、”

“元の神の世”と“元の世”、
この違いは、“神の”=示すへんに“呂”・・・神の思惑の受信、
そして“元の世”は、
“二”は肉体、
それに儿部(じんぶ、にんにょう)を足した字が“元”で、
それは肉体を持った心(靈)=人(日止、霊止)が、
時間の進行と、
時間の進行を感じ(感じる磁性)る心(靈)の中での認識・・・

複雑な言い回しになってしもたけど、
要は、
時間が進んでいると自分で感じる事。
そやから、時間の進行=儿部(じんぶ、にんにょう)、
それ自体が霊的進化を示す事でもあるし、
始まりに対しゴールがある。
(しかし・・・
多分、ゴールなんて無いのかもしれへんのやけど・・・
意識は、
心(靈)は、
観察行為と認識、
受信と発振、発信は、
時間の進行の概念を、いずれ超越するのやろから・・・)

そして、
時間の進行の中で心(靈)が観察している対象が、
現津(あきつ)=観察され得る事象。
そやからそれは、
神の子である人(日止、霊止)が神の思惑を受信して、
自分の心(靈)の構築をして、
そして、“世”って言うのんは、
発振、発信した自分の振動で、
観察する現津(あきつ)=事象である事。

そやからそれは、
霊的進化をして、
その過程で“行”をして、
肉体を持っている段階であれば=生きているうちは、
生体内電流の強化をして行き、
肉体が持つ身体磁場により、
発振、発信する振動(オーラ)の高振動化が、
“行”で、
それは肉体の磁性の強化=ローレンツ力の強化であり、
その結果“上”の心(靈)の発現と、
それによる心(靈)の構築をして行き、
その時に様々な霊的干渉(電磁誘導)、
他の生命(“上”の存在も含む)や、
霊的存在とのオーラの相互干渉があり、
心(靈)も肉体も時間の進行と共に創り変わり、
良いカタチの事象の創造は、
神の思惑の顕現と人の思惑の顕現が、
両方プラスされた事象である事。

そう言う事を言うてると思えるな。

(注 
“行”って言うと宗教だけの事やと思われがちやけど、
人の行いは、
すべて生体内電流に関わる事って言う意味での、
“行”って言う意味でんねん。
ほんでから“行”を含め、
すべての人(日止、霊止)の行いには、
霊的干渉(電磁誘導)があるって事でんねん。)


そやから、
現時点の進化過程の地球人には、
その事がよく理解出来て無いし、
そんな概念すら持って無い人のほうが圧倒的多数やし、
ほんでから、
今言うた事を伝えるべきやった筈の宗教は、
“上”の概念=神の概念や仏の概念、
それすら形骸にして現世利益に利用して、
自分達の縄張りを示す事に利用して(宗教戦争の事)、
そして、
霊的成長の概念を伝えないし、たいして研究もしていない。
ほんでから、
形骸の宗教の“行”って言うのは、
単なる儀式でしか無く、
祓いも儀式でしか無く、
それらすべて単なる金儲けに成り下がっている。
(職業としての神主とか坊さんとか神父とかの事でんねん。)

その裏には、人の低い価値感=心(靈)の発現の低い段階での思い、
どんな価値のあるものでも自分だけの為に利用して、
現世利益とかの甘い言葉で金儲けして、
結果それは、
“上”の思惑の通信=宗教の教義を形骸にして、
それそのものも、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の、
思惑の顕現でもある。
そして形骸の宗教に携わっている人は、
悪魔の傀儡に成り下がっている人が多い。


話が逸れたやん。

霊的成長して、
神の思惑を受信して、
そして、
この世界=現津(あきつ)=観察され得る事象を、
神聖な事象にして行き、
そこで感じられるのは、
“日月神示”の表現、“うれしうれし”“大歓喜”って事になるんやろけど、
そんな概念すら気が付いて無いからこそ、
次の言い方、

“何んなかみにも分って居れど、”

“上”の存在は、
その事を思いながら、
“下”に振動を垂れてるけど=発振、発信してるけど、
現時点での地球人の大半を指し、
“何うしたら元の世になるかといふこと分らんぞ、”
・・・って言われてる。

そして、
それを強調する文章が次の言葉、

“かみにも分らんこと人にはなほ分らんのに、
自分が何でもする様に思ふてゐるが、
サッパリ取り違ひぞ。”

自我の拡大の事を指摘している言葉が、
“自分が何でもする様に思ふてゐるが、
サッパリ取り違ひぞ。”
・・・でも有り、

“かみにも分らんこと人にはなほ分らんのに、”

・・・って言うのんは、
時間の進行の結果=創造の結果って言うのんは、
神の発振、発信と、
それを受信する人(日止、霊止)・・・
そして人(日止、霊止)自身の発振、発信の結果で、
事象は形成され、
“上”はよいカタチを望んでいるけど、
人(日止、霊止)の進化過程は、
動物の心(靈)の発現から=“下”の心(靈)から発現している。
そやからこそ、
この物質の低次元の創造が出来るとも言い得るんやけど、
それは・・・自分が認識し得る事象の創造って言うのんは、
自分の思惑で創っていくのやから、
“上”にも自分にも、
結果が具体的にどうなるのかは、
“かみにも分らんこと人にはなほ分らん”・・・って事になる。
それは“自由”って事でもあるし、
低い心(靈)の発現由来の事象なら低い結果にしかならへんし、
高い心(靈)の発現由来の事象なら、
神聖な事象になるけど、
それは具体的には分からへんし、そう言う意味の事やろな。
ほんでから、
“個”の意識=独り神になったなら、
それは、
自分の思惑のすべてを顕現し=事象として観察する事が、
出来るようになる。
思った事は全部可能になるって事でんねん。
それが、
人の目指す幸福の概念の結果といい得るし、
すべての事象を思い通りにするって言うのが、
そしてそれを感じていくのが、
又、
“個”の意識=独り神って事でもある。
そやけどそれは、前にも言うたけど、
決して他者の心(靈)を害する事にはならへん。
それは現津(あきつ)=観察され得る事象って言うのんは、
すべて自分の心(靈)の中の観察であり、
あたかもそれが、自分の外側(外国と幽界)に在るかのように、
思い込んでいる・・・んやけど、
この事も又、説明すると長くなるから、
検索Word “太陽凝視 独り神”で、ググったらエエねん。


ほんでから話を戻し、次の言葉は、

“やって見よれ、
あちへ外れ こちへ外れ、
いよいよ何うもならんことになるぞ、”

失敗の事象・・・霊的進化の法則に乗っ取っていない行動、
その結果が今の世界で、
そやからこそ、

“いよいよ何うもならんことになるぞ、”

それは、
“上”から観たなら、
今が、大変な事になってるって事でんねん。
そして地球人の大半は、
その認識を持ってへんって事でんねん。
そやから、“上”の望む事は、
沢山の人に失敗をして欲しくないって事でもあるし、
一人でも多く、
次の世界の創造に携わって欲しいって事でもある。

そやから今、
形骸になっているアセンションの本当の意味、
霊的成長度により場(フィールド)を構築する為に分け、
分けんならんって事なんやけど・・・
それも“上”の思惑の顕現なんやけど・・・

そやから、それを理解して、
その為に自分の心(靈)の動きを自分で見極め、
“上”と“下”、
“善(神格化の方向性と智性の受信)”と、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の、
心(靈)の動きの方向性を、
自分で観察して認識して、それが、
“身魂掃除”“身魂洗濯”であり、
“上”の思惑の受信が、
“特別神憑り”=太陽凝視でもあり、
そして肉体と心(靈)が創り変わって行く事そのものが、
“身魂磨き”・・・肉体組織の結晶化と、
心(靈)が“上”に向かい、
認識し得る事象もだんだん高次になり、
先生のように、
太陽凝視中に失神したり、寝ている間とか目を閉じた時とか、
その時に、起きている間に感じる事象とは違う何かを感じ、
通信を受け、
認識(悟り、幸取=さとり)を拡大するようになる。

ほんでから・・・おせっかいやけど、
今、太陽凝視って言葉を使ってサイトを開いてる人は、
アフィリエイトや自分の心(靈)の中の低い功名心・・・
そやからそれは、ディスプレイ(動物の発情行動)で、
只、目立ちたいだけの心(靈)の動きではなく、
せめて、
それくらいの太陽凝視を目指して欲しいもんでんな。

ほんでから次の言葉、

“最後のことは この神でないと分らんぞ。”
“いよいよとなりて教へて呉れと申しても間に合はんぞ。”

上つ巻 第二十九帖は、
人(日止、霊止)の進化は神格化って事も思わせる文章なんやけど、
それが、“最後のことは この神でないと分らんぞ。”
・・・でもあり、
ゴール、結果は、
“上”の思惑と人(日止、霊止)の思惑の結果って事で、
ほんでからそれは、
それぞれ“個”の意識=独り神が、感じる事やから、
その事をこの言葉自体が言ってるって事でんねん。

ほんでから、その前段階として、
早く、
右往左往と左往右往とか、
自省(胸の磁性“十”)とか、
“観自在”とか、
“直日(なおひ)”とか・・・
その意味するところとその心(靈)の発現、
その事を自分達の認識(悟り、幸取=さとり)にしてくれ!!
・・・って事でんねん。

その事自体を表してるのが、この言葉、

“いよいよとなりて教へて呉れと申しても間に合はんぞ。”

それは今、
右往左往で間違えてる人が大多数やからって事でんねん。

そやから上つ巻 第二十九帖の文章は、
一人でも多く、
次の世界の創造を担ってくれって事でんねん。
その心(靈)の在り方を、
認識して欲しいって事でんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
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