“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第十七話 仙道 尸解仙とその実例 Kellyさん的解釈“その三”


 “その一~二”で述べたとおり、人間は自分たちの生き方と死に方に対して無知、だからこそ、

死をもっと立派なものに変えて一生を終る人々の話をしてゆきたい

と太霊は述べておられ、そして、

神から生命をもらって…中略…人間が神と名付ける分らない存在から生命と呼ばれる分らない…以下略…

この言い回しは、大概の人間、平均的地球人の霊的成長度における認識では、いわゆる神と人間の関係に関して真剣に考えたことが無い、それは“上”から観たら無頓着に見える、あるいはてんで考えが浅い、さらに、自分たちの生命の存在の意味と意義についても、お前たちの認識は低いのだ、と述べておられるのであり、だから以下のように述べておられる。

死の彼岸にある幽界とか霊界とかという分らない世界について少しずつ教えてきた

汝等の死に対する予期の一端に触れて、そこに一道の光明を与えるならば、真によき教えと言わなければならない

 これから太霊自身が仙道について述べるにあたって、このことに留意せよ、という太霊の意図を感じ取るべきである。

 それで、第七話~第十六話「死の前後 死後の種々相」までの話は、第七話で述べられている通り、

幽体の離脱を楽にするため…中略…凡ての宗教が説くように、肉体を離れたからと言って直ぐにそのよい所へ行けるわけではない

これが大概の地球人の死後のことである。

 だからこそ“死をもっと立派なものに変え…以下略…”これは、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指す、あるいはそのための“行”をなそうとしている人、自分と神の関係において真摯に考え、生命(生きる使命=存在理由)とは何かを鑑みる人、そういった人に対して述べられていることに気付くべき。

 それで以下の文言、

最初に取り上げるのは汝等も知っている仙道…中略…いろいろの種類があり、その中には仏仙道、神仙道というような各宗教の頭字を取っているものもあるが、その根本は凡て同じ…中略…この仙道では一般に天仙、地仙、尸解仙(しかいせん)の三つの階級に区別されているから、先ずその一番低い尸解仙(これは氷解仙とも言う)から始めることにする

この説明自体が、人間の認識(自分たちの宗教の立場を主張する自我の肥大した“役員づら”)においての“仏仙道、神仙道というような各宗教の頭字を取っているものもある”、要はこの(勝手な)分類に惑わされず、“上”から観てきちんとした分類をまず知れ、それは“上”と“下”であり、それが“天仙、地仙、尸解仙(しかいせん)の三つの階級に区別されている”ということを知れ、である。

 それで“尸解仙(しかいせん)”の場合、

目に見えない指導霊や現身(うつしみ)の先達について修行の生活に入いる者が大部分…中略…当座の間は海や山から余り手が掛からずに取れる自然のものを食べて命を繋いでいるが、段々にそれも必要でなくなると、眠りが半分精神統一が半分という状態になって…中略…その間に周囲のものから受ける非常な神の霊気によってそこの地の神との関係も深まり、山とすれば山霊や山童や関所関所を守っている支配の霊達との交渉の道も開け、また木の精、草の精、動物の精などの精霊達との交際(つきあい)も出来…中略…そうなればもう尸解仙の幼稚園に入ったようなもの

と説明されていて、この文言の
指導霊や現身(うつしみ)の先達について修行の生活に入いる

自分の霊的成長に妥当な感応、それは“変圧”(アミの本で使われた概念。高い振動の霊的存在はいきなり低い心(靈)とは、感応共振しない)の過程があるからであり、さらにそこにおいて
眠りが半分精神統一が半分という状態

“上”の指導による幽体離脱や、“精神統一”をする、これについては太霊が第一話で、

肉体と幽体と霊体と神体との四つから成り立っているのであるが、この四つの体が統一されてその統合した力を発揮し、種々な活動をする状態が真の精神統一

という説明をなされていることに着目すべきであるし、この言葉自体をはき違えている人も多い。
 第一話解釈において、太霊が述べていらっしゃる“真の精神統一”は“本能から智性(神性)まですべて統一せよ”ということなのだと述べたので、しっかり理解したい方は以下のリンクを参照のこと。

“ローム太霊講話集”第一話 物と心の満足を得る法 Kellyさん的解釈“その二”

 また、次のように説明されている。

当座の間は海や山から…中略…自然のものを食べて命を繋いでいるが、段々にそれも必要でなくなる
“幽界へも自由に入いれるようになり、精神統一をすると恐らく体の半分は幽界に行って肉だけが現界に残る状態になるので、死という観念は次第に薄らいでくる。そうして食事も一年に一度位になり、殆んど大気だけでその肉を養っていられる

この“段々にそれも必要でなくなる”“食事も一年に一度位になり、殆んど大気だけで”、この過程は腹の“行”であり、腹は自我の心(靈)の発現であるから、自我の強化、そして自我より少し“上”の心(靈)の発現に至る段階、さらに幽体は自我主体の心(靈)であることを「死の前後 死後の種々相」で解釈したので、尸解仙(しかいせん)の“行”はこれに相当することと思われる。

 またこの段階の“行”、この段階の霊的成長度の仙人を、“尸解仙(しかいせん)”と呼称しているのだと解釈しうるし、その“上”の“地仙”は、幽体と霊体、“天仙”は霊体と神体、その段階の“行”をしていくものであると推察しうるものでもある。 これについてはそう思う理由と根拠を後述することとする。

 それと、尸解仙(しかいせん)の“行”が進むと“殆んど大気だけでその肉を…以下略…”という段階に入るが、たった今の霊的に低い地球人が不食を実践する、これをあっ旋するサイトや出版物もあるが、これらすべて“役員づら”であり、例えば物を食わなくなったら仙人になれると思うのは錯覚であり、霊的成長が進み、腹の“行”を行うこと事態に対し、“上”の許可があるならば、先ず食べる物の変化があり、その過程で“上”との感応が盛んになることが、今取り上げている文言で述べられているものである。

 それと不食に関してだが、仮に厳しい太陽凝視を行うならば、食わねばならないことを以前、“日月神示” 松の巻 第二十八帖解釈で述べたので以下にコピペ。

 生物が行っている行為、捕食、物を食うこと、そしてそれによる“腑”の電磁誘導、この事柄による肉体(月(ツキ))の作り変わり、それは肉体の成長といってもよい。
 だが着目しなければならない重要なこととして、ことに“行”においての作り変わり、またそれは高い振動の取り込みによる“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)、これを示唆した意味合いで“保食(うけもち)の神”という表記が使われていると思える。
 それは、厳しい“行”を行うこと、長時間の“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うこと、捕食して“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化して“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を取り込み進化=霊的成長、神格化に向かうこと、を、果たしていくのが進化していくべき生命、それは“日止、霊止”であるという意味合いで、
“保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。 煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ”
といわれており、この文の“保食(うけもち)の神祀らづに”は、食うことは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)にとって大事なのだ、食わねば厳しい“行”は出来ないのだ、という意味合いである。
 ちなみに○○○大先生がS会=紫光会の交霊会において、本人に直接言われたのではないが以下のような言葉を聴いている。

人間が霊力を得る“行”を行じるにおいて、羅漢(らかん)のようにやせ細ってしまっていては、大した“行”は出来ないものである
 厳しい“行”は、先も述べたが肉体(月(ツキ))も心(靈)(ヒ)も“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)するし、大変なエネルギーを贖う(あがなう)ものである。
 よって自分が自分の完成を目指すための“行”をするならば、食うことの大切さをよく認識し、それに反する太陽凝視=不食、というのは、低い功名心と自尊心に感応する悪魔の思惑で人間を進化させない、“行”させないのだということを見ぬくべきでもある。


 話を戻し、“尸解仙(しかいせん)”の場合は、

益々現世のことを忘れて自然に合体していく

と述べられているが、この“然に合体”は、

人間が分らない自然━━ここではそれそのもの即ち神と考えてよい━━の一部分であることをはっきりと認識してこそ、その中に自身を見出すことが出来る

この意味合いであって、尸解仙(しかいせん) における“上”との感応、それ事態を、

益々現世のことを忘れて”=未練と執着を断ち切り、
自然に合体”=“上”と感応して“人間が分らない自然━━ここではそれそのもの即ち神と考えてよい━━の一部分であることをはっきりと認識

この“認識”が出来上がっていくのだと解するべきである。

今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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