“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第二十二話 天狗道と術 Kellyさん的解釈 二十二話の総括



 先回告知した通り、まず“その一”でピックアップした以下の文言の解釈をする。

どんな下積みになり、仮令(たとい)日の目も見ない土台となっていても、自分の積んだ善業というものは必ず光となって現れ、それが肉体から出るオーラとなり幽体、霊体、神体から発する後光(ごこう)となって、天狗道の霊神達によって見出され…中略…運命は一変して、願うところの物質上、精神上の幸福は凡て与えられ…中略…徳を積んでこそそれぞれの名人になれる…中略…人間は、どんなに隠れて事を為そうとも、神の意志は必ずそこまで届いていることを知らなければ…中略…人間としては自分の一番提携し易い背後の霊達…中略…方針についてよく相談し、願いの一心によって努力するならば、その目的が正しいものである限り、必ず仙道、天狗道の人々の助けを得て希望は達せられると考えてよい…中略…その意味において…中略…自分が必要な肉体を持ち神の命によって生まれて来ている以上、敢然と自分の意志を確立して人に媚びることなく、遠つ御(み)祖(おや)に繋がる光の糸に縋(すが)ってその大道を進み行くならば…以下略…

ちなみにこの文言に対し

この文言の後に述べられている人間の在り方を示す文言、またこの文言は、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)をしているならば…という需要な意味合いも含まれ、さらに“上”との感応ということも述べられているものである

と述べた。

 この文言の要旨は、以下の文から読んでいくとよく理解できる。

願いの一心によって努力する…中略…目的が正しいものである限り、必ず仙道、天狗道の人々の助けを得て希望は達せられる…中略…その意味において…中略…どんな境遇にあろうとも…中略…自分が必要な肉体を持ち神の命によって生まれて来ている以上、敢然と自分の意志を確立して人に媚びることなく…中略…光の糸に縋(すが)ってその大道を進み行くならば

 これは、自分が“上”の思惑に適うまっとうな生き方、“目的が正しいものである限り
そして
その大道を進み行く”これをして行く“ならば”と述べておられ、そうすると、

祖先の霊達も…中略…奮い立たざるを得ない…中略…その意図をしっかりと心に縫い付けておくよう心がけるならば、祈らずとも必ず仙道、天狗道の人々が力を添え後押しをして下さる

“力”を持った“上”は“力を添え後押しをして下さる”と述べられているし、これ自体が“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)であり、“上”の思惑を顕現していくことである。

 それがまた、すでに取り上げた第十九話の

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間

これに相当する、ということを知らなければならないし、大概の人間は何のために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を使っているか、どういう思惑で“術”(“力”の顕現)を求めているか、それは“目的が正しい”のか、ということをしっかり考えるべきである。
 なぜならばそれは、第二十一話の、

ある神はある霊を人間界に送り出して、物質欲を満喫させる修行によって新しい霊にすることもある

この“物質欲を満喫させる修行”は、霊的成長度の低い段階の行であると言え、単にそれは自分が金持ちをめざし金持ちになり本能由来(目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈))の欲望を満たしたいがために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を求めそのために頑張る、それは“上”から観たら(通貨としての)金の奴隷であり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”であり、この霊的成長度の人間の行いには、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか、が台頭しているものでもある。
 それで当然のことながらそう言った人間の“力”の使い方、“術”(“力”の顕現)の行使は、先回取り上げた

術者はその術を以て人間のために尽せばよいのであって、それが又天狗の本心とも言える”

これに相当するものではないということが解るし、この文言の解釈を読んだ人は自分が今この世界に生きていること事態が“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)なのか、自問自答して考えてほしいものである。

 また自分が今行なっていることに対し、

人間としては自分の一番提携し易い背後の霊達とその方針についてよく相談し、願いの一心によって努力する

自分が“上”から観て間違ったことをしているならば、“背後の霊達”は何らかの通信を送る、あるいは何か現象を起こす、例えば間違ったことをしているならば失敗をさせて諫める、などのことがあるが、それを見逃さず、自分の生き方の指標とせよ、と述べておられる。

 話を今取り上げている文言に戻し、この文言の前半で述べられていること、

どんな下積みになり、仮令(たとい)日の目も見ない土台となっていても、自分の積んだ善業というものは必ず光となって現れ、それが肉体から出るオーラとなり幽体、霊体、神体から発する後光(ごこう)となって、天狗道の霊神達によって見出され

これは“上”から観るならば、という意味合いであることが読み取れなければ心霊に目が利くとは言えない、神と人間の関係を理解していない、と言いうる事例であり、“上”が望む、“上”が認める、そういった人間は第二十一話の

あらゆる苦難に堪えて術のために精進をする姿は真に尊いもので、人間もかくありたい

第二十二話の

天狗道は…中略…真の目的はやはり済世救民…中略…人間は生まれてから死ぬまで曲(まが)りくねった道を通り真直ぐに歩く者が少いから、苦によって得た術の力で、この迷っている人間を助けよう

でもあり、これら文言を読み、自分がどう頑張るか、何を目的に頑張るか、これをしっかり鑑みよ、である。

 それでこれを踏まえて自分がどう生きるべきか、その生き方の指標としては第二十一話の

自分の入いった門と出て行く門とを確(しっか)りと握りしめ、その間はどうでもよいという考えでなく、その初めと終わりとの繋(つな)がりを少しでも外(はず)れることのないように努力するのが、人間としての道であることを悟るべき

である。

 これを念頭に置いて自分の人生においてなそうとするならば、それは、“上”が望む人間、“上”が認める人間であると言え、その意味合いで、

どんな下積みになり、仮令(たとい)日の目も見ない土台となっていても

“上”は必ずその人間の努力を観ているからこそ、

自分の積んだ善業というものは必ず光となって現れ、それが肉体から出るオーラとなり幽体、霊体、神体から発する後光(ごこう)となって、天狗道の霊神達によって見出される

“上”は援護するものであり、さらに、

天狗道の霊神達によって見出され…中略…その人間の運命は一変して、願うところの物質上、精神上の幸福は凡て与えられる…中略…この第一の道と第二の術においては、その徳を積んでこそそれぞれの名人になれるのであって

であり、もう一つこの文言中の大事な要旨は、

第一の道と第二の術においては、その徳を積んで

この“”は、“自分の積んだ善業”に対する言い回しであることに気付くべきである。
 また“”は、“”(のり)、進化に伴う絶対の法則性、これを認識するためのものである。

 たった今の人間は自分の“力”の使い方、求め方を見誤っている、たった今の事象では、人の霊的成長に何の役にも立たない生業(なりわい)が横行している。
 それで人間は進化すればするほど、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”を容認しなくなるし、進化した生命の事象は、“悪”の無い事象になりうるし、ほかのカテゴリーで述べた“絶対の善”の顕現をしていくものであり、それがまた、次の段階、今後=アセンション後に移行すべき心(靈)の資質でもあり、それも含め太霊は、

神の命を実行するものとなってこそ真の人間

とおっしゃられ、この文言に含まれている意味合いは先に述べた次の“創造”を担う資質の獲得でもあるし、これをしっかり理解させようとして“天狗道”の話を太霊はされたのだと確信する。

 それとまた、“上”が認める、“上”が見出しているならば、程度の低い人間の評価とか、誉めそやすとかなどは、自分の進化のためには一切必要ではない、という文言が、

世に知られる知られないは別の問題…中略…自身の真の幸福の点から言えば有名にならない方が優(まさ)っている…中略…これによっても人間は、どんなに隠れて事を為そうとも、神の意志は必ずそこまで届いていることを…以下略…

であり、これはたった今の事象において、

どんな下積みになり、仮令(たとい)日の目も見ない土台となっていても

自分がどんな境遇にあろうとも

こういう状況は自分の低い功名心と自尊心を諌める“上”の試しであるということもあるが、これを見ている“上”は、

その目的が正しいものである限り、必ず仙道、天狗道の人々の助けを得て希望は達せられる

“上”は援護する、その援護は感応であり、自分が“上”と感応する資質の獲得、その霊的成長度になったならば、という意味合いであるし、その霊的成長そのものが、

遠つ御(み)祖(おや)に繋がる光の糸に縋(すが)ってその大道を進み行く

と称されているものであるし、そこにおいて自分と“上”の関係は、

その目的が正しいものである限り…中略…敢然と自分の意志を確立して人に媚びることなく、遠つ御(み)祖(おや)に繋がる光の糸に縋(すが)ってその大道を進み行く…中略…その意図をしっかりと心に縫い付けておくよう心がけるならば、祈らずとも必ず仙道、天狗道の人々が力を添え後押しを…以下略…

“上”とはそういうものなのだ、これは“上”の“慈悲”と“慈愛”なのだ、ということを読み取るべきでもあると思う。

 それで太霊が第二十一話~二十二話で説明された“天狗道”は、先に述べた通り第十九話の、

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間

これをよく理解させるためであることを述べ、第二十二話の総括とする。


次回のこのカテゴリーでは 第二十三話 術と呪文と真言 の解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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