“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示”上つ巻 第三十三帖 Kellyさん的解釈




今回も、上つ巻 第三十三帖を解釈しまんねん。
原文は以下の通り、


神の用意は済んでゐるのざから、
民の用意 早うして呉れよ、
用意して早う祀りて呉れよ。
富士は晴れたり日本晴れと申すこと、
だんだん分りて来るぞ。
神の名のついた石があるぞ、
その石、役員に分けてそれぞれに守護の神つけるぞ、
神の石はお山にあるから、
お山開いて呉れよ。
ひつぐの民、みつぐの民、早う用意して呉れよ、
神急けるぞ。
七月二日、ひつくのか三。


・・・アセンションに対し、
なんでも商売にしてしまう自己奉仕者の人や・・・そう言う人は、
人(日止、霊止)の霊的成長の為に“上”から“下”に垂れた情報や智慧を、
形骸にして、
主護霊やオーラや形骸の宗教や天皇制やヨガや・・・etc・・・なんかも、
そうなんやけど、ほんでから、
ネット上では只、自分が目立ちたいだけの人や、
そして、アフィリエイトの為にアセンションや太陽凝視・・・
そう言う言葉を使ってる人や・・・

低い心(靈)の発現の人がやる事って言うのんは、
これまで何回も言うて来たんやけど・・・
そうやって大半の人が、
アセンションに対する認識・・・それ自体を形骸にして、
甘い夢だけ見させ、
そして、たいした認識を得させない儘、
時期が来て多くの人が死に至る・・・
それは、不幸の本当の意味と思える事をさせる・・・それが、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑。
そして現時点での地球人の心(靈)の発現は、
自我の確立=固定化の段階が平均的で、
それやからこそ自己奉仕者の行動をとる人が多く、
“慈悲”と“慈愛”=アナハタチャクラ由来の心(靈)の動きが無いからこそ、
自分に対する厳しさも無く、
霊的成長に対する概念も甘く、
只々、甘い夢だけを見たい・・・
苦難を試練と考えず、
逃げたいから、癒されたいとか・・・そう言う人が多いんやけど・・・

そして、
アセンションと認識され得る事象を今、迎えてる・・・
これからもっと多くなる・・・

そやから冒頭の文章・・・

“上”の思惑は、
神の計画は、
宇宙的プログラムは、
それを“神の用意は済んでゐる”と表現され、
そやからそれは“上”としては、
もう時間を待つだけの事なんやけど・・・只、待ってるだけではない。
人の心(靈)の成長段階が相対的に低いからこそ、
一人でも多く間に合って欲しいからこそ、
それは“上”の心(靈)の発現由来の、
“慈悲”と“慈愛”ゆえの言い方やからこそ、
次のように言われてる。

“神の用意は済んでゐるのざから、
民の用意 早うして呉れよ、”

・・・大体、
“上”の存在は、人の時間の進行と違う時間の認識を持っているやろし、
決まっているもんはもう決まっているって言うのんが、
“下”=人からの時間の認識でしか無いんやろけど・・・
人は人の時間の進行の認識を持ってるからこそ、
生命(生きる使命=存在理由)が、
意識を持ち、
そして自分が“どういうつもり”で生きるのか=存在するのか・・・
それが、
アミの本を引用すれば、愛(炁)の果実としての“自由”って事でもある。
そやから一人でも多く、
神の計画を言い表した“神の用意”
それは“上”の“思惑の顕現”=現象化でもある、
神聖な事象の創造に参加出来る様・・・その為に、
“日月神示”は“上”から“下”に、垂れられた。
人(日止、霊止)の認識(悟り、幸取=さとり)の拡大の為に・・・

そやから、
“上”の思惑を受信して理解してくれって言う意味で、

“用意して早う祀りて呉れよ。”

“祀り”に付いては、前にKellyさん的解釈を言うたから、
コピペしときまんねん。


     ↓


“祀り”は、
示すへんに巳、
巳は蛇を示し火を示す。
それは多分、エネルギーの上る様でも有り、
外側の事象・・・“日月神示”の表現なら“外国と幽界”
その“幽”・・・火=灬(よつてん、れっか、れんが)って言う意味での、
“巳”って事やと思う。
そやからそれは、
S会=紫光会で言われた表現、
火=肝と酸素を取り込みエネルギーを変化させる事。
そう言う事やと思いまんねん。
そやから肝=砌(みぎり)のエネルギー=“いきり立つ心(奴と心)”、
そうやって肉体の“行”をして行き、
肉体の変容は酸素を取り込み=火で行われ、
その事を示しているのが“祀り”って事やと思いまんねん。

(“日月神示”上つ巻 第二十五帖 Kellyさん的解釈)


・・・要は“上”の思惑を受信し、
自分の思想にする事と、
結果それが自我より“上”の心(靈)の発現になり、
そして自省(胸の磁性“十”)し、
“観自在”し、
“直日(なおひ)”し、
自分の今後の在り方、
発振、発信の仕方=現津(あきつ)=観察され得る事象の創造の仕方を、
自分自身が思い、
深く考え、
それ自体が、
現津(あきつ)=観察され得る事象の認識の拡大ともなり、
様々な次元を自分で感じ取れるようになり・・・
そやからそれは、
只、自分が物質の世界だけに存在するのでは無い事を知り、
物質の次元の自分だけが自分のすべてでは無い事を、
認識するようになり・・・
しかし、こんな表現をしても・・・
一般には理解不能やろな。

・・・まあエエわ。

“上”の思惑の受信・・・そしてその結果として、

“富士は晴れたり日本晴れと申すこと、
だんだん分りて来るぞ。”


富士=宀(うかんむり)と畐、
晴れたり・・・日=太陽と、
乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)・・・
生きると言う字から丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)を外した字、
そして青の下の部分は、丹で、
これは月では無いって説明を以前にした。
これは上つ巻 第一帖で言うた事を、
上つ巻 第二十八帖でも言うたけど、もう一回コピペしときまんねん。


     ↓

青は、
三=三つのオーラと(たて棒、コン)と、月・・・
そやけどこれは辞書を見ると月部(げつぶ、にくづき)ではなく、
“丹”って言う字らしく、
それは地中にある鉱物って言う意味らしいやん。
そやからそれはストレートに帯電するミネラルって事を思わせる・・・
ほんでからに、“青”の上半分は、
生きるって言う字の、
丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)を外した物らしいやん。
ほんでからにその、“青”の上半分は、
芽生えるって言う意味でもあるって辞書に書いてあった。
ほんでからにこれも、
三つのオーラを縦に繋いで、
ほんでからにそれは“一”の上に出てる・・・
それは“上”に向かう意志やねん。
そしてこの字そのものが、
“土”=2~3番目 + “一”って言う事やと思いまんねん。
更にこれは、先生と話した事やけど・・・
生きるの丿部(へつぶ)を外した残りは、
乚部(いんぶ)で、乙で、
この事は前回のアップでも言うた事や。
“七”の象形文字のところを読んで欲しいねん。
そやからそれは、
日足(ひたり)“上”から横に砌(みぎり)“上”に移行し、
そして、
砌(みぎり)“上”から日足(ひたり)“下”に移行し、
そして、
日足(ひたり)“下”から砌(みぎり)“下”に移行し、
最後に“上”にはねる。

・・・複雑な言い回しをしたんやけど・・・
生きるの丿部(へつぶ)を外した残りは、
こう表現するのが妥当やと思いまんねん。


     ↑


・・・以上でんねん。


要は、
“富士”=“上”の思惑を受信して、
宀(うかんむり)=頭で、
増幅=畐・・・それは自分の思想にして、
そして行動に移す。
ほんでから“富士”の“士”。
これは三つのオーラ“三”の、
“上”から二本の横棒を指し、
それは荷電粒子の回転をも示してるんやけど、
それが“上”に突き出てるし、
書き順としてはその(たて棒、コン)は、“上”から“下”に降ろす。
そやから“士”は、
“上”に向かう事を示してる。

ほんでから“日本晴れ”・・・
それは以前、こういう解釈をした。

     ↓

“晴れたり日本晴れ”=“八れ十二ほん八れ”
八れ十=晴れたりって事でもあると思うけれど、
これも、先生の解釈から言うたなら、
“十”は、自省(胸の磁性“十”)って事やろし、
それは自省(胸の磁性“十”)=“直日(なおひ)”で、
自分を振り返る心(靈)の動きが無いと、
それはローム太霊さんの言葉、左往右往って事でもあるけれど、
それをして行かんと、霊的進化して行かへんって事を言うてはると思うやん。
(上つ巻 第一帖 Kellyさん的解釈)

何回も言うまでも無い事なんやけど・・・

・・・ほんでから次の言葉、

“神の名のついた石があるぞ、
その石、役員に分けてそれぞれに守護の神つけるぞ、”


この文章の中の、
“神の名のついた石”

“上”の思惑を、
情報として受信出来る“石”=帯電するミネラル、
そして“名のついた”って表現は、
それは使命=命名でもあり、
帯電するミネラルがなければ、
又、
帯電するミネラルの結晶化がなければ、
“上”の思惑の受信を自分の認識に出来ない。
それが“日月神示”内の表現での“身魂磨き”の意味でもあり、
それは、
太陽凝視を教えてくれたKさんや先生が、
“行”を通じ、
太陽凝視や電気行を行いながら獲得した認識でもあり、
そして“行”が進むに連れて、
自分の認識が変容して行く事を、
自己観察に於いて体験しているからでもあり、
それは、
太陽凝視を教えてくれたKさんや先生に、
段々“上”の思惑を伝える霊的存在の憑依が、
“行と修行”の時間を、
累積すれば・・・するほど、
その為にエネルギーを贖えば贖う(あがなう)ほど、
それは有り体に言えば“行と修行”が進めば進むほど、
自分自身に通信を送ってくる霊的存在が、
相対的に現時点より“上”の存在になって行き、
そして、
自分自身の“一”=智性=1番目のオーラも、
それに連れて大きくなって行く事を観測したからでもある。
それが先生の言葉、
“人(日止、霊止)が“宝玉(ほうぎょく)”になる”・・・
その認識を生み出した過程でもある。

その“石”に応じて、
段々“上”の思惑と感応共振して、
帯電するミネラルを結晶化するのは、
自分の苦悩を試練と感じ(感じる磁性)、
そして生体内電流の強化と、
“力(ちから)の根(ね)”=肉体内の鉄分子が持つ磁性で、
肉体の組織の様々な部分の、分子単位の結晶化が行われ、
それを先生は、
“人(日止、霊止)が“宝玉(ほうぎょく)”になる”・・・と、
表現した。

・・・しかし、そうなるには、
自分のエネルギーを沢山贖い、
時間も費やし、
自分の生活もある程度犠牲にして、
“行と修行”をせんならん。
そして、
どれくらいの“行”をしたのかによるからこそ、
“神の名のついた石”を獲得する事が出来る。

それは又、そう言う方法でなければ、
“上”からの思惑を、自分の思想に出来ないって事でもある。
そして、長年、
長時間の太陽凝視をして、
そして“上”から許可が出て、
太陽凝視を教えてくれたKさんが電気行の事を発想し=“上”から受信し、
電気行をする事が出来るようになり・・・
その事を受信した事が、
その“行”の結果、肉体組織の結晶化が出来ないと、
“上”の思惑を受信する事が出来ないからでもあり、
“上”から許可が出たからこそ電気行を発想し、
そしてそれを実践し・・・
そしてそれを、
先生は、Kさんから教えられた。

・・・そう言う経緯がある・・・

そして、
“上”が人に自分の思惑を伝える為に、
今までの憑依現象によるメッセージ、
霊媒とかチャネラーとか、
そして“日月神示”のように自動書記で伝えるとか・・・
しかしそれは、メッセージを伝えただけの段階で、
実際にそれに携わった人が霊的生長してる訳では無い。
そやからそれは、只の受信機とも言い得る。
それに対し、肉体の組織の結晶化を伴う行をして、
自分の思想に“上”の思惑を加味して行く事が、
霊的成長を果たした事と同義でもある。

そやから、自動書記や憑霊現象や・・・
それは自分の思惑では無く、
ある意味、“上”からの通信を受けさせる為の手段であり、
その為の方法でもあり、
自動書記や霊媒の交霊会は、道具とも言い得る・・・
“霊眼”でも“霊耳”でもそういう事は言い得る。
それに対し・・・
その手段と道具で得られた情報を自分自身がどういう認識にして行くのか・・・
そこに智性が無いと、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑が入り込み、
現状の霊感商法や霊能力バラエティや・・・てんで低い事象になる。
ほんでから大概の現象は、
動物霊や低い先祖や浮游霊の現象やったりもする。
結果それは低い心(靈)の発現同士の感応共振って現象に過ぎない。

そして今までの地球人の霊的進化過程では、
“上”の思惑を伝える方法はそう言う方法が主でもあったって事やと思う。


ほんでから手段と道具・・・
それを通じ“上”の思惑を“下”に伝える事は、
“上”から許可が無いと、人に示す事が出来ない。
T霊媒が太陽凝視を教えてくれたKさんと先生にこっそり言った事・・・
“交霊会のたびに毎回死ぬ思いだ”・・・
その言葉が何を示すのか・・・
インチキ霊感商法や霊能力バラエティが本当やと思うてる人に言いたい事やな。

話を戻し、
“上”の思惑の受信・・・それは、
太陽凝視を“どういうつもり”で行うのかにより、
段々“上”からの通信を受け=“上”の思惑が自分の思想になり、
それは“天の御目”の獲得って事になり、
霊的進化した世界の構築を任されるって事になり、
そうなるべく人だけが・・・或いは、
その素地を持っている、少し心(靈)が“上”に向かっている人だけが、
次の世界に移行する=アセンション後の世界に位置出来る。
そう言う人(日止、霊止)を対象に、
“役員”って言うてるって事でんねん。
神さんの仕事をする=“上”の“思惑の顕現”をするって事でんねん。

そやから・・・太陽凝視って言うのんは、
それをはじめた時点での心(靈)の部分と、
本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動と、
その心(靈)の発現の程度と、
感応共振する・・・そして増幅されていく。

そやから今自我の確立=固定化の段階の人が、
太陽凝視をし始めれば、
それは目立ちたいとか・・・自分は凄いとか・・・
そう思いたい。
そして自我の確立=固定化は“下”三つのチャクラの覚醒段階で、
腹の機能の強化になり、
それが不食とか、微食とか・・・そう言う結果になる。
しかし、
先生はそんな事自体にたいした意味は無いって見解を持っている。
物質で構成された肉体は、
“気血栄衛(營)”し、
相対的に低い思想を受信して来た帯電するミネラルを、
新陳代謝して放棄しなくてはいけないからで、
そやからこそ、
菜食が、
結果として他者を害さない思想の構築に一役買う・・・
それに対し、動物を食べて育ってきた地球人は、
その動物の恨みの思想を持った帯電するミネラルを、
段々放棄しなくてはいけない。
そやから食べる事は大事で、
そやけど、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の思惑は、
太陽凝視=不食・・・あまりエサを摂らない動物霊の憑依をさせ、
(爬虫類とか・・・)
帯電するミネラルの入れ替わりを阻止し、
動物の恨みの思想・・・それすら維持させようとしてる・・・
それが先生とKellyさんの見解でもある。

まあエエわ・・・“人は信じたいものを信じればよい”・・・
これは・・・先生の言い回しやけど・・・
自分の認識=自分自身の心(靈)の発現より“上”の思惑は、
変圧の過程があるからこそ、
霊的成長に階層があるからこそ、
自分が思い、出来る事からはじめ・・・
そして段々“上”の思惑を受信し=気が付く(オーラの拡大と高振動化=認識の変容)
・・・って事になって行く。
そやから今、
短い時間の太陽凝視をしてはる人に言いたいのは、

不食を目的に太陽凝視してはる人には、

それが太陽凝視やと思うてる人には、

もっと長時間の太陽凝視にチャレンジして欲しい・・・


そして太陽凝視は“上”の思惑の受信の方法であり、
その結果が“人(日止、霊止)が“宝玉(ほうぎょく)”になる”・・・
肉体組織の結晶化=“身魂磨き”でもあり、
“宝玉(ほうぎょく)”は、
宝は、
體(からだ)のアナグラムでもあり、
體(からだ)は、
骨が豊かって事でもあり、
そして、
宀(うかんむり)=頭、
“玉(ぎょく)”=“王”+ローレンツ力 ローレンツ力 
その事を知って欲しい・・・多分それが、
先生の本音でんねん。
但し、自己責任において・・・
それが、
大人(胸の磁性“十”+丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)の在り方でんねん。

そう言う点でも次の言葉、

“神の石はお山にあるから、
お山開いて呉れよ。”


“山”=脳って事でんねん。
これも何回も言うたから説明を省きまんねん。
ほんでから“日月神示”内の表現としての“岩戸”の、
“山”と、
“石”と、
“戸”=“一”=智性=1番目のオーラと尸(しかばね、かばね)・・・
それは、
この世界で自分の思想を活かす肉体でもある。

ほんでから次の言葉、

“ひつぐの民、みつぐの民、早う用意して呉れよ、
神急けるぞ。”


ヒツグとミツグは前回、三十二帖で説明したから省きまんねん。
ほんでから前回の、
“ヒツグ”と“ミツグ”は、カタカナで書かれてた。
それは“上”から目線の言い方で、
三十三帖のこの平仮名の書き方は、
こちら側からの観察と認識って事でんねん。

そやから、
“上”の認識=カタカナ、
人(日止、霊止)、“下”の認識=平仮名って事で、
大体カタカナと平仮名の違いはそう言う事やと思いまんねん。
ほんでからそれに漢字が当てられてる時は、
平仮名の表記に対し、
“下”・・・情報を受信した人(日止、霊止)がその情報に対し、
もっと意味を見出してるからこそ、
深い意味があるからこそ、
漢字で書かれてるし、
漢字って言うのんは又、言葉の意味を具象化し、
細分化したものでもある。
そやからそれは前のブログでの先生の言葉・・・
“言葉は事象を認識する為の道具”って事でもあるな

ほんでからそれは、
先生が前に言うてた事、
“しゃれ”みたいやけど、漢字=感じ(感じる磁性)って事で、
それは言葉に含まれた情報を=荷電粒子に含まれた情報を、
荷電粒子の場(フィールド)である心(靈)が、
受信し、
認識(悟り、幸取=さとり)とする。
その為に漢字が出来たって思いまんねん。

話を戻し・・・
時期が迫っているから間に合ってくれって事で、
次の言葉、

“早う用意して呉れよ、
神急けるぞ。”

・・・って事でんねん。

そやけど・・・現状、
“上”の“思惑の顕現”=現象化に、
間に合う人はとても少ない・・・

今の事象は、
そういう事ばかり感じさせられ・・・先生も多分・・・
その事でとても現状を憂いてる。

そやからそれは“神急ける”・・・でんねん。

今回はこれくらいにしときまんねん。

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コメント

はじめまして田舎と申します。
日月神示と検索しましてここに。
エントリー読まさせていただきました。
感銘します。

サイトをしておりますので、
御縁あればよろしくお願い致します。
失礼します。

拝礼

田舎様へ


この我田引水な解釈に目を通して頂いた様で、恐縮です。

現時点、
“日月神示”の解説本やそれを扱ったサイトは、
只、
“日月神示”の言葉の解釈と、現状を照らし合わせた物でしかない印象を持っており、
手前味噌ですが、
“日月神示”を“上”から“下”に垂れた霊的存在と、
近い智性を持っていなければ、
(高い智性・・・それは、34年半の太陽凝視の結果です。)
“日月神示”の意味を読み取る事が出来ないと思い、
このブログを立ち上げた次第です。

是非、お読みになられた感想を教えてください。

田舎様の感想・・・それは又、
アタシ自身の文章を書く為の、
今までとは違う視点を得られる事となると思います。
そしてそれは、
このブログを読んでいらっしゃるアタシと霊縁あった人(日止、霊止)・・・
それは、田舎様を含め、
極少数の方の認識の変容に、役に立つ事だと思えます。

コメントありがとうございました。
又のご来訪、お待ちしております。

はじめまして!

お花の名前を教えていただいて
ありがとうございました。

私は来週「オーラ測定」に行ってきます。
心霊現象や霊にも興味あります。
前世「巫女」らしいですが
いいことしか信じてません(^^*

みっちゃん様

わざわざのご来訪ありがとうございます。

ジジイのおせっかいが役に立った様で、
良かったです。

re:

>是非、お読みになられた感想を教えてください。

御返信ありがとうございました。
最新のエントリーにもコメントさせていただきました。
勉強させていただきました。感謝!


○○○大先生様、御縁ある方々と真剣に情報を共有したい為、
貴殿ブログを紹介したいと思います。
よろしくお願い致します。

拝礼

田舎様へ

リンクを貼って頂いた様で恐縮です。

ありがとうございました。

re:

こちらこそありがとうございました。

拝礼

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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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智性無き心は
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“日月神示” 地つ巻 (36)
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“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
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“日月神示” 水の巻 (36)
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“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (13)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




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