“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 三光道萬壽壽経文 第一巻の総括



 三光道萬壽壽経文の第一巻は、人生、生きている間、その時々における外側(外国と幽界)の事象の事象で自分が育つために“上”が課す試練や課題、これを乗り越える過程において自分の内面とか内側(心の中と感じている事)において心(靈)が動き、心(靈)が育ち、その育ちつつある心(靈)は“上”の振動と感応し、変容し、第一巻最後の文言の 炁一定身 となしていく、これが第一巻の要旨である。

 まず、人生における時間の進行を船の運行にたとえ 無音東辺 陸々陵々 洋碧左舷 赤壁右現 と称され、外側(外国と幽界)の事象と内面とか内側(心の中と感じている事)おける心(靈)の動き、この心(靈)の動きにはすべて“上”の采配があり、この“上”の采配そのものが自分の心(靈)を育てるものであり、これを 雲運龍昇 と称され、それに向き合っているときの心(靈)の動きを 水域模索 これは右往左往と左往右往の意味合いを持つが、こうして心(靈)は育っていくものであることを述べられている。
 
 そして、心(靈)が育っていくならば 振動水平 自分の心(靈)の中の日足と砌(ひたりとみぎり)の極性があいまって良い形の心(靈)となっていくものであり、そうなるならば、心(靈)の極性の偏りが少なくなるので、程度の低い存在との感応がなくなっていくことを 秒魔堆散 と称される。 またこれは低い情動を自分で諌める段階にまで心(靈)が育ったならば、低い存在、悪霊(魔)とは感応しにくい、ということを暗に示してもいる。

 そして、人生においての時間の進行とともに“神の咎め”と“神の采配”を認識しながら心(靈)が育って日足と砌(ひたりとみぎり)の極性を悟っていく、この極性が一切の事象、外側(外国と幽界)の事象にも内面とか内側(心の中と感じている事)にもあり、それが又、一切の根元なのだ、日足と砌(ひたりとみぎり)は両翼なのだ、の意味合いで 根元兩翼 と称される。

 そしてその心(靈)の育つこと、いわゆる進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であるが、それは神の“思惑の顕現”、であり、それを 天辺良地 と称され、これは、神の子である人は“上”(天)を目指して生きる、これ事態が進化の過程であり、なぜ人は自分の良い形を望んで求め、それに対して努力するか、それは神の思惑をこの地に顕現するためであり、その意味合いを含んだ文言である。

 そうして心(靈)の極性の偏りも少なくなり、低い情動を諌められるほど心(靈)も育っていくならば、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、これとより感応するようになっていく、これは程度の低い人間の心(靈)は動物に近い振動としか感応していないから、やることや心(靈)の動きが動物に近いのであり、進化を果たしていくならば、たった今よりも、“上”からの振動の高い部分と感応して心(靈)はより育つ、そしてそれ自体が心(靈)の動きと行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に反映していくものである、その意の事柄を 砂平衰峻(高く険しい日足と砌(ひたりとみぎり)の極性の偏りはない) 平盡漠照(“上”からの振動は、陰影なく、一面の砂漠に降り注ぐ太陽のように一様に照る)と称されているものである。

 それで現地球人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)は、自我の確立=固定化であり、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をするということすらあまり体験の無い心(靈)の持ち主が大半、要は自省(胸の磁性“十”)が足りない、そこまで心(靈)が育っていない、しかしそれも進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の過程であるという意味合いで 黄駄理利 無盡赤心 黄色は軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”、肝=“いきり立つ心(奴と心)”であり、赤心は一番下の心(靈)、波長の長いオーラの色、しかしこれは、自分が生きている間と死んでから=いわゆる存在ある限りという意味合いだがが、それ自体は尽きることがないので、盡(つきる、つくす)無(なくならない)と称され、その黄色と赤は、腹にとどまっている、それを 一點泉
せき 三光道萬壽壽経文 小   (せき) と称されているし、それがたった今の地球人の平均的な心(靈)である。

 これに続く 常陽無盡 白砂平等 これは先の 砂平衰峻(高く険しい日足と砌(ひたりとみぎり)の極性の偏りはない) 平盡漠照(“上”からの振動は、陰影なく、一面の砂漠に降り注ぐ太陽のように一様に照る)に意味が近く、常に“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意=陽、太陽の陽は、つきることなく=無盡、であり、その振動を受け止め溜める場(フィールド)が、日足と砌(ひたりとみぎり)の極性に偏りが無ければ=平等、白く輝く砂のように見えるの意であり、霊的成長をある程度果たしたうえでの表記である。 

 これに続く 行目金扉 来樂個々 “行”(“行”と生業(なりわい)の“行”)は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)が目的の価値のある(金)扉、それを為すならば個々の心(靈)には、真の樂(楽の旧字)が来るものであり、そうなっていくならば、眞容白扇 眞(まこと)を容れる、認識(悟り、幸取=さとり)とする、これが進化の一側面でもあり、そうなっていくならば、“上”から白扇と称される価値のある何かを贈られるものである。

 これに続く 常々非無 これは先の 常陽無盡 白砂平等 にかかり、“上”からの振動は無に非ず(あらず)、それは休まず常に“上”から降り注ぐの意。
 
 これに続く 三振一握 三振は、右往左往と左往右往、自らの心(靈)の動きと行動、そして日足と砌(ひたりとみぎり)の極性、この三つの行使で得る認識(悟り、幸取=さとり)、これは自らと日足と砌(ひたりとみぎり)=三に対して、認識(悟り、幸取=さとり)は一と称され、またこの一は、“一”=智性=1番目のオーラの意。

 これに続く 友愛母神 月明日發 閃光光明 これは“創造”の“主(ヌシ)”の思惑、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、を称した文言。

 これに続く 彩瑳玉善 無盡自悟 この二つ文言は霊的成長を果たした様であり、それは“玉(ぎょく)”であり“善(神格化の方向性と智性の受信)”であり、それをあざやかに切磋琢磨せよであり、自分自身の悟りは霊的成長の過程において尽きることがない(無盡)、そうなっていくならば 従容陽樂 この樂は先の 来樂個々 のそれと同義。

 次の 非世觀容 長離無外 萬別陸泉 急喼如命 亂離翩翻 粛々動静 久遠差示 巢賀綠身 これは自分が霊的成長を果たしていき 巢賀綠身(アナハタチャクラの内奥の色、緑、心(靈)の動きならば自省(胸の磁性“十”)と“慈悲”と“慈愛”、これが身に巣くう、それは賀(よろこび、寿ぎ))となるまでに 非世觀容 長離無外 これは自分の心(靈)が行う事象の観察でなにを悟っていくのか、萬別陸泉 萬別は、自分が遭遇するさまざまな事象の区別、これらをなしていって 急喼如命 早く早く(急喼)使命の如く悟り 巢賀綠身 とせよの意。しかしその過程では 亂離翩翻 事象に遭遇して心(靈)が乱れ右往左往と左往右往するものであり 粛々動静 久遠差示 粛々と自分の心(靈)の動きの動静を観察し、長い時間(久遠)を振り返って、体験してきた事象、その時々の心(靈)の動きが“善(神格化の方向性と智性の受信)”か“悪(心の動きの本能化と低振動化)”か、この差を示す、認識せよ、そうして 巢賀綠身 とせよの意。

 次の 無搖立氣 綠辺無想 自分の自我に振り回されない無想の心(靈)は綠(アナハタチャクラの内奥の色、緑)、その揺るぎ無い氣を立てよ、そうすれば 萬樂盡陽 萬(万)の樂(楽)、先の 来樂個々 従容陽樂 のそれと同義であり、それは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、それは陽であり、尽きるものではない(盡)の意。

 これに続く 宇外色食 本能由来の欲望など自分の外に捨て置け、そんなものに捉われるな、の意であり 高辺怠惰 骨粉散飛 土壌解理 これは程度の低い心(靈)と程度の低い心(靈)ならば肉体は崩壊して低い存在としか感応しないし、この状態自体が“玉(ぎょく)”とは真逆になり、“上”と感応しえないことまで暗に示している文言。

 次の  命々梵鐘 天道多盡 神聖な二つの命、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の為の“行”と苦痛や苦悩を体験しエネルギーを贖って(あがなって)、認識を高め、尽きる(盡)ことがないくらい多くの道を歩むのが“上”=天に至るの意。

 次の 即壁無償 これは、壁=“上”の采配、霊的成長のための試練において、無償、代価を求めない、苦痛や苦悩と戦ってエネルギーを贖って(あがなって)得られるものは心(靈)の中の認識であるの意。

 次の 
盡打 
盡打眞力 匕部と県  盡と打と力は、先の壁、“上”の采配、試練に対するエネルギーの贖い(あがない)を指し、頑張って頑張って自分の持っているエネルギー(力)をこれ以上ないくらいつくす(盡)、それで は、眞(まこと)であり、眞は匕部(ひぶ)ひ、さじ、さじのひ、(さじ、あるいは変化の意符をもつ)と鼎(かなえ)の意があり、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を掬い肉体(鼎)で獲得せよの意。
 次の 絹布流達 渾々利勝 進化を果たした肉体は神経線維は絹の布のように密になり、第一巻は人生を船の進行にたとえているから流れ達すると称され、それは“上”から観た利、利福、利生(りしょう)これが渾々(こんこん)、、尽きることなく湧くさま、のようになっていくの意。

 次の 悠備遠達 遠々千里 進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の道のり、道程、その時間の進行に伴うエネルギーの贖い(あがない)、これを示した文言。

 次の 磨化良非 磨いて=進化して良い肉体(生体内電流による肉体組織の結晶化、“玉(ぎょく)”)と、進化していくべき、あるいは進化を果たした心(靈)になるのが、もともと持っていた肉体と心(靈)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものであり、それが又、生命(生きる使命=存在理由)でもあり、それは化ける、違う存在になる、ということに非ず(あらず)の意。

 次の 千便羅布 “羅(目の下の錐体状の神経)”は進化した生物ゆえの目と脳下垂体と神経の成り立ち、その神経が密になったさまが布という表記、それを千回=何回も何回も、そして便は、障りなく事が運ぶ、都合よく事を運ぶ、の意味合いがあるが、これは神経を伝わる情報=生体内電流、このやり取り、末梢から中枢へ、中枢から末梢へ、ということである。

 次の 飛楊潜在 樂々陽々 飛楊は、楊(かわやなぎ、ねこやなぎ)が、風に揺られ飛んでいるかのような、一見楽しそうな、進化した心(靈)にはそれが潜んで内在し、これは自分の心(靈)が 樂々陽々 ならば、という意味合いで、この樂(楽)は先の 来樂個々 萬樂盡陽 のそれと同義。

 これに続く 變闘盡慾 氣殺煩悩 慾(欲、むさぼる心(靈)の動き)は、自身の霊的成長度が高まれば、慾は、変容する(變)もの、それは霊的成長の過程=“上”が課す試練との闘い(たたかい)の結果、氣殺煩悩 煩悩=目下(めした)の心(靈)由来の欲望を、 無搖立氣 (揺るがない氣(気)を立てよ)の氣、これで煩悩を諌める(殺)の意。

 次の 條理多變 條は“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を野放図に使わない、“力”をどう扱うべきか考え、それを理念とする、それは法則性といえ、“力”の使い方の悟りは“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)であるが、その意のこと。

 次の 物々倫理 現界における外側(外国と幽界)の事象、これを物々と称し、これに対して、倫理=人としての生き方の規範、道徳やモラルの意、これを見出していくの意。

 これに続く 歡樂翻飜 歡樂(歓楽)、喜びに対する認識、楽しい、と思うことに対する認識、これ自体が霊的成長の過程で変容(翻飜)するの意。 いわゆる価値観の変容。

 最後の 粒子遂全 綠秘無風 清涼流々 炁一定身 これは、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、粒子をまっとう(遂全)し、アナハタチャクラの内奥の色、綠、その心(靈)の動きは霊的成長の秘訣であり、その心(靈)は自我と相対して、無風であり、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、炁空無光眞奇力存(きくうむこうしんきりきぞん)の炁、“創造”の“主(ヌシ)”の愛(炁)を 清涼流々 と称し、それを獲得して身に定め、“一”=智性=1番目のオーラとすることを、炁一定身 と第一巻では括られているが、冒頭でも述べたようにこれは第一巻が人生において様々な事象に遭遇して心(靈)が育ち、その過程で心(靈)も肉体も変容して“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意をより獲得し(“日止、霊止”の意)、“一”=智性=1番目のオーラを獲得していき神格化していくのだということを述べていると解する。 

 なお、個々の文言の詳細な解釈については、端折ったところもあるので、それぞれの解釈を詳細にお読みいただきたい。

次回のこのカテゴリーでは、三光道萬壽壽経文 第二巻の解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


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神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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