“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

日月神示” 風の巻 第十二帖 Kellyさん的解釈 



今回も、風の巻 第十二帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

日本の人民 餌食(えじき)にしてやり通すと、悪の神申してゐる声 人民には聞こへんのか。 よほどしっかりと腹帯締めおいて下されよ。
神には何もかも仕組てあるから、心配ないぞ。 改心出来ねば気の毒にするより方法ないなれど、待てるだけ待ってゐるぞ、月の大神様が水の御守護、日の大神様が火の御守護、お土つくり固めたのは、大国常立の大神様。 この御三体の大神様、三日この世構ひなさらねば、此の世、くにゃくにゃぞ。 実地を世界一度に見せて、世界の人民一度に改心さすぞ。 五十になっても六十になっても、いろは、一二三(ひふみ)から手習ひさすぞ。出来ねばお出直しぞ。 慢心、早合点 大怪我のもと、今の人民、血が走り過ぎてゐるぞ、気付けおくぞ。
二月十六日、ひつ九のか三。

 冒頭の文。
“日本の人民 餌食(えじき)にしてやり通すと、悪の神申してゐる声 人民には聞こへんのか。 よほどしっかりと腹帯締めおいて下されよ”

そのまま読んでも意味は通じる。 だが、風の巻 (カ千の○キ) の“カ千”は、
“カ”は、幽れたる(かくれたる)生命と力(ちから)の音意
“千”は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と“十”(シンクロトロン放射)
なので、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)をある程度果たした生命は神の思惑を顕現するがその際の発振、発信は胸の磁性“十”と頭のシンクロトロン、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)であり、その“○キ”は、その心(靈)、霊○と、
“キ”は、天地の精気 モノの現れを示す音根、その表し得ざる心の素幸霊(スサノオ)自ら明津(アキツ、現津(あきつ)、観察され得る事象)させんにぞかし
なので、進化した生命の事象の“創造”、“上”と感応しながら現津(あきつ)、観察され得る事象を顕現していくの意がある。

これを考えるから次のような解釈をする。
まず“日本の人民”は日本人だけという意味合いではなく、日は太陽、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことで霊的成長を目指す人間、あるいはそれをさせようとしている“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の存在を含む、本は“本津宮”(もとつみや)のそれ、胸の磁性“十”と丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)とそれを強調する下の横棒━(よこぼう、水平磁場)、艮(うしとら)の金神を名のる霊団は、最初に黒住教で朝日の日拝(にっぱい)(太陽凝視の入門、初心者向け)を教えた経緯がある。
それで“日”“本”を観るならばこの二つの要素、太陽凝視=“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の取り込みと、自省(胸の磁性“十”)の“行”、これを教えるために艮(うしとら)の金神は“日月神示”を書かせ、多くの人間の霊的成長をもくろんだと言いうる。
だが、太陽凝視に関しては長時間の太陽凝視をさせたくない存在が不食云々などのご利益を強調してそれを求めさせている。 確かに食事をしないで“行”をするという方法や段階はあり得る。
だが、長時間の太陽凝視、例えば○○○大先生は真夏に十時間以上太陽凝視をすることが多々あるが、食わないで長時間の太陽凝視をしたならば、“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)の妨げになることを以前このブログで述べたし、この意のことをS会=紫光会の交霊会でも聞き及んでいる。 真摯に太陽凝視を行い、その意味を追求しようとしている人はこれを参考にされたらよいし、“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)のような存在は、人に飛躍的な霊的成長をさせたくないので、不食やダイエット、はては超人になるなどという間違った情報を流布させているものであるが、それを“餌食(えじき)にしてやり通すと、悪の神申してゐる声 人民には聞こへんのか”から感じ取れるものである。
これに続く“よほどしっかりと腹帯締めおいて下され”は、腹の心(靈)、自我、自我が肥大した人間ほどご利益に引っかかりやすい、だから自我の肥大を諌めよの意であり、また、腹のエネルギーは左回転して大日如来の条帛(じょうはく)のように上昇し、アナハタチャクラ、自省(胸の磁性“十”)、“慈悲”と“慈愛”、こういった心(靈)になっていくことを示している(これは○○○大先生の未刊行の著書、<7>で述べられている)、その意味合いで腹のエネルギーを“締めおいて”と称されている。

次の文。
“神には何もかも仕組てあるから、心配ないぞ。 改心出来ねば気の毒にするより方法ないなれど、待てるだけ待ってゐるぞ、月の大神様が水の御守護、日の大神様が火の御守護、お土つくり固めたのは、大国常立の大神様。 この御三体の大神様、三日この世構ひなさらねば、此の世、くにゃくにゃぞ”

 最初の“神には何もかも仕組てある”は、霊的成長度の高低における区分け、アセンションそのものが神の計画であることを指している。 
これに続く“改心出来ねば気の毒にするより方法ない”は、“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”、これらすべて“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”であり、これが出来なければたった今の平均的地球人の霊的成長度(自我の確立=固定化、自我の肥大)より上に行けないからであるし、“待てるだけ待ってゐる”は、艮(うしとら)の金神が先に述べた“日”“本”、これを教え多くの“人民”が次の段階に移行しうる資質を獲得する、これをもくろんでいるからこういう言い方をされるものである。
これに続く“月の大神様が水の御守護、日の大神様が火の御守護”これは“月”が砌(みぎり)、“日”が日足(ひたり)であり、砌(みぎり)の極性、自分の思惑を事象へ顕現、それは自我という心(靈)がなければならないが、これを)に関して“月の大神様が水の御守護”と称し、“日の大神様が火の御守護” これと同じ表記が
雨の巻 第三帖にあるので解釈とともに以下にコピペしておく。

“天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ”
これは“上”=“天から”“ミロク”、これは、
“ミ”は生命の幹 その現実
“ロ”は、根を纏めチカラを詰め固める意、咲き裂くの意ありて物を清め広め 神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”
“ク”は、亜のくぐもり(つづまり、結合) 奇霊(くしみたま) 炁空無光眞奇力存の奇(あらわれ)の意
なので、“創造”の“主(ヌシ)”の振動を顕現した生命、の意、を示した言葉であるが、それが“みづの御守護遊ばすなり”、この“みづ”は、稜威(“イツ” 古代日本語で、“イチ”が変化した言い方、意味は、神霊の威力、みいつ、天子の威光、 類義語として、威霊)のことであると思える。 
 そして“日の大神様は火の御守護なさるなり”=太陽からの振動は、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)と点二つ(回転を示す)で構成された“火”は、自らのローレンツ力
ローレンツ力 で“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止め肉体が持つ円形加速粒子機の構造で“一二三”のオーラを発振、発信して事象の“創造”をする、それが“火の御守護なさるなり”であるし、ここまでの、進化の仕組み、進化の理由と根拠、生命の存在の意義と意味、生命と“創造”の“主(ヌシ)”の関係、これらを“日月神示”で幾度となく述べられ、それをみずからのにんしきとせよ、という意味合いで“此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らん”と称され、この“判らん”に当たるのは、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度の心(靈)である。

 なお、日足と砌(ひたりとみぎり)については、
天つ巻 第三十帖を読んでいただき参考にされたい。

“富士とは火の仕組ぞ、渦うみとは水の仕組ぞ、今に分りて来るのぞ…中略…火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(おみ)とあればよいのざぞ”
この“富士とは火の仕組ぞ、渦うみとは水の仕組ぞ、今に分りて来るのぞ”って言われているとおり、“富士、火の仕組み=火乗(ひだり)”と“渦うみ、水の仕組み=水極(みぎり)”、これは、肉体の腹と胸であり、心(靈)の動きとしては、自我の肥大から自省(胸の磁性“十”)して、“慈悲”と“慈愛”を発現していく様子を言い表しているって解釈をした。
そしてそれは、愛(炁)の顕現の順番でもあるし、地球人の心(靈)の変容は、今後=アセンション後にむけて、こうあるべきだからこそいろんな宗教で、たとえば汝の隣人を愛せよとか“慈悲”と“慈愛”を説いたと思われ、それぞれ言葉が違うだけで、それは結局、マニピューラチャクラからアナハタチャクラ、第三密度から第四密度、“日月神示”なら腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロンから、その“上”が、“富士、火の仕組み=火乗(ひだり)”ってことになる。
そして自我の肥大から“慈悲”と“慈愛”の発現にいたるには、どんな霊的存在が憑依して通信を送るのかが大事であるし、それは言うまでもなく“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)がかからねばならないからこそ“いつも心にてんし様拝みておれば、何もかも楽にゆける様になりてゐる”って言われている。
 ほんでから“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)がかかれば、それは自我の肥大になり、心(靈)の動きは脾=“思う、憂う”から肝=“いきり立つ心(奴と心)”になり、それは“上”から見たならば右回りの回転になる。

 
 それでこれに続く“お土つくり固めたのは、大国常立の大神様”、この“お土”は肉体のこと、“大国常立”は、大が人間が手足を広げた様、“国”は(囗)くにがまえと“玉(ぎょく)”、“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す、それが常に立つ、これは平均的地球人より上の霊的成長度を指す意味合いである。
 よって“この御三体の大神様、三日この世構ひなさらねば、此の世、くにゃくにゃぞ”、肉体を持った心(靈)、そして日足と砌(ひたりとみぎり)、ことにここで述べられている日足と砌(ひたりとみぎり)は霊的成長の法則性、カテゴリーが違うがローム太霊講話集解釈で述べた“法(のり)”進化に伴う絶対の法則性、これが現地球人の場合、自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”と自省(胸の磁性“十”)の“行”、こういった心(靈)になっていくことを示し、これをしなければ“此の世、くにゃくにゃ”、これは先に解釈した“餌食(えじき)にしてやり通すと、悪の神申してゐる声 人民には聞こへんのか”と併せて考えていただきたいものである。

 次の文。
“実地を世界一度に見せて、世界の人民一度に改心さすぞ。 五十になっても六十になっても、いろは、一二三(ひふみ)から手習ひさすぞ。 出来ねばお出直しぞ。 慢心、早合点 大怪我のもと、今の人民、血が走り過ぎてゐるぞ、気付けおくぞ”

 “実地”は、“創造”の“主(ヌシ)”の計画であるアセンションに伴う事象、その後、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”のいない世界、これを示すためたった今の事象はやってきたことの結果、ことに程度の低い人間が行ってきたこと、それは「馬脚を現す」、これは言うまでもなく、本性をあらわす、ボロを出すの意であるが、これまでうまく人をごまかして漁夫の利を得てきた人間が神の思惑通りではないからこそ“神の咎め”を受けるものであり、こういった事例は年年歳歳、馬鹿らしいと思えるほど増えているものである。 こういったことを観て何を思うべきか、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の行いは欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとかであり、それは神の思惑通りではないからこそ“神の咎め”を受け自省(胸の磁性“十”)するが、そんなレベルでは次の事象に移行する資質などないのであり、低い心の動きの行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)を観たならばそれを反面教師として自分を諌めるべき、その意味合いで“実地を世界一度に見せて、世界の人民一度に改心さす”、これは程度の低い人間の批判ではなく、自分たちも自我を持っているから自分の在り方を間違えるとこうなってしまうのだ、ということを知れ、自我の肥大を諌めよ、の意味合いである。
 これに続く“五十になっても六十になっても、いろは、一二三(ひふみ)から手習ひさす”、これは年齢のことも言っている、ある程度の年齢になったら分別を持て、自分の低い心(靈)くらい諌められるようになれ、でもあるが、“五”は糸巻の象形文字、進化した生物は神経が密になりそれ由来のローレンツ力の強化があるからこそ“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を下等な生物よりも取り込むことが出来得るのであり、“十”は人間が持っている胸の磁性“十”であり、“慈悲”と“慈愛”と自省(胸の磁性“十”)の心(靈)であるし、“六”は爻部(こうぶ)、交わるの意味であり、これは丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)で構成された文字であるので、生物として進化してきた人間、“日止、霊止”(“上”からの振動を止める意)のことを指した表記であり、これに続く“いろは、一二三(ひふみ)から手習ひさす”の“いろは”と“一二三(ひふみ)”は、ここまでの“日月神示”に幾たびか登場しているが、“一二三(ひふみ)”は1番目、2番目、3番目のオーラであり、これも含めて“いろは”に関しては、
キの巻 第十一帖が解りやすいので以下にコピペしておく。


“皆の者に一二三唱へさせよ、五柱 御働きぞ、八柱 十柱 御働きぞ、五十連(いつら)ぞ、意露波(いろは)ぞ、判りたか”

“唱えさせよ”は、受発信のこと、“五柱”の五は糸巻の象形文字、神経が密になった様、コイル線の巻数が多い様子、磁場の強化で、
(“慈(しげる)”の意味でもあり、心(靈)(ヒ)が“慈(しげる)”ならば、“慈悲”と“慈愛”、すべての事象を慈しみ悲しみ慈しみ愛しむ(いつくしみかなしみいつくしみいつくしむ)ということになる)
磁場の強化があってこそ“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を自らに止めて加速して発信するの意。
(それがまた“畐”の意味でもある)
(“畐”は、“創造”の“主(ヌシ)”の表記“一”を吸収する、取り込む意の口、そしてそれは頭で高い振動を止めるから、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド)、大脳の新皮質)の表記がされている)

 そして“八柱”は、人が持つ“富士(二二)”=肉体の二つの磁性、日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道のことを指し、“十柱”は、|(たてぼう、こん、縦の磁性))と横棒━(水平磁場)のこと、シンクロトロンの構造を指す。
 そして“五十連(いつら)ぞ”の、“五”と“十”は先に述べたことを強調するものであり、これは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)した生命である“日止、霊止”という意味合いのことでもある。
 そして進化した生命が成すこと、それが“意露波(いろは)”で、“意”は、日に立つ心、太陽に立つ心の意、言うまでもなく太陽の振動を取り込むこと、“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことであるし、“露”は、天意が降り注ぐ意味合いの雨、

雨の象形文字 解字 

そして路で構成されているが、路は、道のり、行程、あるいは、そこへ行く道、そこを通る道、の意味合いがあり、またそれは太陽の振動を取り込んで派生する“露”=水=錯体の意味があると思えるし、最後の“波”は振動の受発信のことを述べ、これらのことを一括して“意露波(いろは)”と称されているものである。


 また、
松の巻 第十帖でも“今度はいろはの世に戻す”の表記があり、その際に以下のように解釈した
 
この“いろは”は、ひらがな表記なので、“創造”の“主(ヌシ)”に対し被造物である人間の目線による“観察と認識”であり、“イ”“ロ”“ハ”それぞれの意味は、
“イ”は、生気生命の発生力
“ロ”は、根を纏めチカラを詰め固める意、咲き裂くの意ありて物を清め広め 神の奇霊(くしみたま)(“創造”の“主(ヌシ)”の振動の低振動化、“思惑の顕現”=現象化の意)
“ハ”は、生命発現成長の音義
なので、“創造”の“主(ヌシ)”が生命(生きる使命=存在理由)を“創造”し、その詳細、意味、生命の存在理由、人はなぜ生きているのか、神と人とは、の意味合いを認識しうる文言であるが、たった今はそうではなく=人間と神の関係性などを感じうる事象ではないので=“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が台頭し活躍する事象なので、“今度はいろはの世に戻す”、今後=アセンション後は違ってくるのだという意味合いである。


 これに続く“出来ねばお出直しぞ”は、次の事象に抗する資質を持ちえないならば、今の奪い合いの地球のような星で出直せよ、であり、“慢心、早合点 大怪我のもと、今の人民、血が走り過ぎてゐるぞ、気付けおくぞ”、これは、自我の肥大による勘違い、アセンションにご利益しか求めない、時期が来ればアセンション出来て皆幸せになれる、など、こんなバカげた勘違いをしている人間は多すぎるので“慢心、早合点 大怪我のもと”であり、これに続く“今の人民、血が走り過ぎてゐる”、これは、血の気が多い、詳細を観ずに物事に入れ込んでいる、そして興奮しやすい、あるいはすぐ激昂する、いわゆる低い情動中心の心(靈)のダメな点の指摘であり、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を目指す人間は“ほんとう”を求めることに対して慎重に鑑み、その上で事象の“観察と認識”をして自分の在り方を見出すべき、その意のことを“気付けおくぞ”と称されていると思える。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (472)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (15)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (20)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
写真部に投稿した最新の写真
 ↓


powered by 写真部









○○○大先生の水草水槽記録
facebook 児玉登







このブログをリンクに追加する


自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード