“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その二”


 第二十三話の冒頭では、術に堪能な人間、その実情、これについてまず多くの人間が間違った解釈をしている、ということを、

名人と呼ばれている人は、これまでに何度か生まれ変ってその道の鍛錬を積んできたのだと…中略…二百歳三百歳の碁の研究をした人の再生だと教える支那の宗教も…以下略…

こう述べておられ、これに対し先回取り上げた“背後の霊を知るということ”これを以下のように説明しておられる。

心霊を知らない者…中略…そういう風に解釈してもよいが、少くともそれに携わっている者なれば、二百年三百年の修行をした人の霊が或いはその道に達者な奇鬼神天霊神などが、その人の支配霊となって働いているのだと考えるべき

これは、人間と霊の関係を分析するに当たって重要な指針となる文言のひとつである。

 それは、たった今の人間が自我中心の心(靈)でしかないので、自分に“力”が顕現した、“”に堪能になった、“名人と呼ばれている人”になったとしたら、自分だけ(人間だけ)の力であると勝手な解釈をしがちであるが、“”にはさまざまな霊的干渉があるものであるし、まずそれをよく知らなければならない。 

 また霊的干渉を鑑みるならば、そこに“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)と“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)を見いだせるものである。 
 それは、人間が行っている“”には、まっとうなものでない、“善(神格化の方向性と智性の受信)”ではない、“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)ではない、こういったものが多い。  
 例えば○○○大先生は著書の<5> 智性無き心はアセンションを見誤る で「泥棒の術」などという表現を使った。 それを以下にコピペしておく。

「うん。分かりやすい話をしようか。
例えば、ある泥棒が世界一の泥棒を目指すとする。そして、その泥棒はうまいやり方の泥棒の術=力を獲得しようとする」
「“力”の感応共振…自分の発振、発信で神の“力”を得ようとする行為でんな。願いは発振、発信で、その願いが実現して“力”を発揮するのは現象化でんな」
「そう…神のオーラを自分の欲望の達成に使うといってもいいね。そのために“力”を得ようとする。それは、いつでも誰でも、自分にとって価値のある何か…価値の高低とか善悪は別にして、それを求めているって言ってもいい。そのために泥棒自身は、泥棒に入った時、精神的な緊張もするだろうし、体力も消耗する。だからそれは贖って(あがなって)いる」
「エネルギーを使う…泥棒の“行”“修行”でんな」
「そう。そうやって発振、発信しているわけだ。そしてエネルギーを使ったことで、オーラも拡大していく」
「生体内電流でんな」
「そう。そして泥棒の心の動きとして、泥棒の仕事の成功を願う…泥棒の神にね…神というにはふさわしくないかもしれないが……」
「それは前に話してもらった、神っていう字はエネルギーの回転を示す(霊的干渉“目上(めうえ)と目下(めした)”“その六” 参照)。そやからその泥棒はん…その人にとって、自分より高い存在とのオーラの相互干渉で泥棒の“力”…“術”を得ていく。そういうことでんな」
「そのとおり。だから泥棒にとっての泥棒の神、そういう認識もあるだろう。それは、自分より“力”を持っている何かの霊的存在が神って認識だね。
そして、願った=発振、発信したことにより、泥棒自身に、泥棒の神さんの眷属…さまざまな霊的存在の憑依が起きる。
泥棒が“力”を願ったことから、それを現象化とするためにね」
「現象化は砌(みぎり)でんな。帯電するミネラルで振動の受信をして体と心を構築していく。同時に泥棒のオーラも大きくなり、泥棒の“術”も獲得していく…そやからそれは“力”を顕すために……」
「そう。そういう心と体の構築をしなくては、泥棒として活躍し、その力を顕すことができないともいえる。エネルギーを費やさないと…贖う(あがなう)ことをしないと、その泥棒の“術”は、泥棒の神と思われている存在から“力”を使う許可が出ない。
“力”を得て使うためには、それなりの資格がいるってことだよ。その“力”を具体的に顕すために、その泥棒の霊的成長に応じた程度の存在との感応共振…泥棒の人生を送った浮游霊とか…そういう存在は、泥棒として修行したオーラを持っているわけだ。
それ以外にも、身を隠すのがうまい…そういう習性の動物霊とか…周囲の警戒のために感覚が敏感な動物霊とか…忍足(しのびあし)で歩くのが得意な動物霊とか…そして動物霊は、本能が中心の進化で、だから、自分の身を守る…動物霊はそういうことに長けているだろうからね。そして、逃げ足の速い動物霊とか…金の匂いに敏感な動物霊とか…特に下着泥棒なんか…動物の嗅覚由来の力を発揮している。それは、初めて入った家の中で、獲物を物色する時間を短縮しなければならない。そういう思いに共振する動物霊…下着のありかをすぐに見つけたりするわけだ。こういう事例は、うちのお客さんに聴いたことがある。短時間の間に仕事をしていった下着泥棒がいるってね」
「なるほど…」
「今の泥棒の話…自分の霊的成長度に応じた霊的存在の憑依…エネルギーを使い、だんだんオーラの拡大をしていく。贖う(あがなう)ってことだが、そうやって泥棒の力を持っている存在とのオーラの相互干渉で、泥棒の“力”と“術”を得る霊的干渉が起きる。
それも、ただ単に、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)って視点で観れば、神のオーラの受信…神の力の低振動化ともいえることだ。
神のオーラの低振動化…その過程では、だんだんそれを神から引き継いで、低い霊的存在に低振動化して伝えられる。その段階は無数にあると思う。
そしてそれは、泥棒自身の霊的成長度に応じた霊的存在の憑依ってことになり、泥棒の“力”と“術”を顕すことになる。それは、泥棒自身が“力”を願い、頑張って(元の気を張って)発振、発信した結果でもある。そのことも忘れてはいけない」
「そうでんな…それは泥棒でも“力”を求めている…泥棒って行為を通じて進化していきはるんやな。それも“行”“修行”…でんな」
「そう。そのとおり」
「泥棒の力の求め方…泥棒の“行”“修行”。先生にしては解りやすい説明でんな」(チョ~珍しいことやな)


ここで説明している通り、泥棒であっても泥棒という“”に堪能な霊的存在の力を借りているのであって、当然のことながらその泥棒がどんなに泥棒としての“行”を積み、“名人と呼ばれている人”、達者な泥棒であっても、その泥棒の“行”に応じた霊的干渉があり、「泥棒の術」を顕現するものである。

 こういった事柄を考える指標となる文言が、

いろいろな道の指導霊によって授けられる術は、鍛錬に鍛錬を重ねて初めて現れるものであるが、その反面には道に外(はず)れた術のあることも知っておかなければならない。例えば、年功を積んだ動物霊などに可愛がられて急に力が付き有頂天になる人間がよくあるが、これは非常に危険なことで、さんざ弄(もてあそ)ばれた揚句に捨てられ悲惨な結果になる場合が多いから、この裏道の術には達者にならないようにしてもらいたいのである

この
いろいろな道の指導霊によって授けられる術
鍛錬に鍛錬を重ねて初めて現れる
この時点で太霊は“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”については述べておられないが、そのあとに、
その反面には道に外(はず)れた術のあることも知っておかなければならない
と述べておられる。

 いうまでもなくたった今の人間は“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”が多い、自分の都合のために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を行使して他者のことなど考えない人間が多すぎる。

だが太霊は、第二話

何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ち

これを顕現すべく“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を行使して“”とすべきであるので、重複するが先に取り上げた文言、

いろいろな道の指導霊によって授けられる術は、鍛錬に鍛錬を重ねて初めて現れるものであるが、その反面には道に外(はず)れた術のあることも知っておかなければならない。例えば、年功を積んだ動物霊などに可愛がられて急に力が付き有頂天になる人間がよくあるが、これは非常に危険なことで、さんざ弄(もてあそ)ばれた揚句に捨てられ悲惨な結果になる場合が多いから、この裏道の術には達者にならないようにしてもらいたいのである

この
道に外(はず)れた術のあること
年功を積んだ動物霊などに可愛がられて急に力が付き

これは○○○大先生が著書で取り上げた「泥棒の術」が理解しやすい一例であり、
さんざ弄(もてあそ)ばれた揚句に捨てられ悲惨な結果になる
自分が為したことがまっとうな事でなければ、他のカテゴリーで述べた
“創造”の法則性としての自己責任という要素
まっとうでないことを行ったならばまっとうでないことが起きる

悲惨な結果になる場合が多い”、
ということをよく知っておけということであり、人間が為さねばならないことは、第六話

神が人間のために尽されるように、人間にも人間のために尽さして下さいと願う所と思えばよいのである。これは人間としては自分の使命を完成さしてもらう元であって、この北神の祈りは言葉にすれば、どうか今日も世のため人のために役立たせていただきたいということになる

この“人間にも人間のために尽さして下さいと願う
これを“”の使い方の指標とすべきであるし、そうしていくならばこの第六話の文言中の“自分の使命を完成”ということになり得るのであり、それが第十九話

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間

この
人間本来の特権である神の命”これを“実行するもの”となってこそ、“上”は“真の人間”(まことのにんげん)と評価して認めるものであることをよく認識(悟り、幸取=さとり)としておけよ、ということである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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目上(めうえ)と目下(めした)


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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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日足(ひたり)と砌(みぎり)


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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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○○○大先生の水草水槽記録
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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