“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第二十三話 術と呪文と真言 Kellyさん的解釈“その四”



 今回は、“”の行使と“神の免許(ゆるし)が得られる”、その資質と資格について述べておられる文言を解釈する

 まず、先回も取り上げた以下の文言、

「アビラウンケンソワカ」と三回唱えれば直ると、秘伝の本に書いてある。ところが実際にやってみると中々直らない…中略…それはその人間が術というものを知らないからで、この類の呪文は昔から数えきれないほどあっても、自分に合うものは容易に見当たらない

この“実際にやってみると中々直らない…中略…その人間が術というものを知らない…中略…自分に合うものは容易に見当たらない”に関しては、先回解釈した通りその呪文を使う資質がないからである。

 それで太霊は、

今の「アビラウンケンソワカ」にしても、それを唱えると同時にその言霊(ことだま)の波動がその元の神に通じて、その癒(いや)しの波動を受け入れることが出来るから火傷や歯痛が直るのであって、それでこそ術者と言えるのである

と述べておられる。

 この“言霊(ことだま)の波動がその元の神に通じ”の“言霊(ことだま)の波動”、これは息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)である。
 そして“その癒(いや)しの波動”、これは“その元の神”、あるいはその眷属、の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)である。
 そしてそれを“受け入れる”のは受信であり、感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)である。
 その“受け入れる”それには資質があるという意味合いの文言が“受け入れることが出来る”であって、“それでこそ術者と言える”=“”を行使する資質と資格を持っている、ということである。

 それで“言霊(ことだま)の波動”が“元の神”に通じない、それは先回取り上げた文言の
天狗道、仙道その他いろいろな道の指導霊によって授けられる術は、鍛錬に鍛錬を重ねて初めて現れる
この“鍛錬”が足らない、だからこそ“神の免許(ゆるし)が得られる”ということになり得ないので“実際にやってみると中々直らない”のである。
 それと
しかしそれとは別に、術の修行を全然しない者でも、その呪文を一心に唱えることによってその波動が神に通じ、患部の直る場合も往々ある
この“一心に唱える”、これは誠意であると言いうる。 
 だが、誠意だけではやはり“直る場合も往々ある”とはなかなかなり得ないと思え、これは“患部の直る”べく条件を“上”から観て具えている場合だけ、やはりこれは“神の采配”由来のこと、“上”が認める条件があってこそのことであると思う。


 それで“”を行使する資質と資格については以下の文言中で述べておられる。

この術が本当に身に付いてくると、そこに一定の法則が出来るから、名人とも言われる者は、それを高弟に伝えるために文章に書き残しておくことになる。これが法(のり)の條文であって、そこにはこれこれの術はこういうふうに鍛錬してゆけば出来るようになるということが簡単に記されている

これは一読すると“法(のり)の條文”の存在そのものの説明のように取る人が多いだろうが、それだけではなく、
術が本当に身に付いてくる
そうなったならば、“”を行使する資質と資格を持ちえたならば、
名人とも言われる者”は“法(のり)”を体得するので、それを“高弟”(弟子(でし)の中で、特にすぐれた者の意)に“條文”として“伝えるために文章に書き残しておく”と述べられていらっしゃるのであり、間違えていけないのは“條文”が“法(のり)”ではないということ。
 
 それで大事なのは“法(のり)”の体得、その認識(悟り、幸取=さとり)であり、これに関しては進化(霊的成長、神格化に向かうこと)における絶対の法則性であると解釈している。

 そう思う理由と根拠は、第二十一話の“天狗道”の説明において

彼らは術によってその道の法(のり)を得、天仙の域に近付こうと努力している

この“天仙の域”とは“衆生済度とか真理の探究”であり、これは“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)の具体的な高度な事柄であると思うからである。
 また“衆生済度とか真理の探究”に至るまでには“その道”において、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする、ということを幾度となく経験し、自分の在り方、自分自身の存在の意義、何のために自分は生きているのか、などを考えて考えて、そしてたどりつくのは、第十九話

神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間と言える

自分が行っていることが“神の命”に沿っているか、沿っていないから“神の咎め”を受けているのではないか、“神の咎め”自体が自分の在り方を示しているのではないか、だからこそ“神の咎め”は自分を育てる“神の采配”ではないか、これこそが“神の恩恵”ではないか、など、自分の在り方について鑑み、その上で“業行”(生業(なりわい)と“行”)を行い、“術”を行使していこうとするならば、必ずそこには先の文言の
術が本当に身に付いてくると、そこに一定の法則が出来る”、
この“法則”を見出し、その意は何か、なぜ法則があるのか、などと自問自答してさらに神と人間の関係を鑑み、そして自分が為そうとしていることは“衆生済度とか真理の探究”ではないのかと気づくものであり、この気付きがあってこそ初めて“法(のり)”の認識(悟り、幸取=さとり)、体得に至るものであると解する。

 前後するが“衆生済度とか真理の探究”は“世為人為”であり、これも第十九話
神が与えた人間本来の特権である神の命を実行するものとなってこそ真の人間と言える
これの、
神が与えた人間本来の特権である神の命
に相当し、それは先回も取り上げた第二十二話
術者はその術を以て人間のために尽せばよい
これが “真の人間”(まことのにんげん)と“上”が評価して認めうる存在になるものであると思うし、第二十三話の中の言い回し

自分が人間として今日までに鍛錬し修行したその波動の中から生まれるもの、言い易えれば、長年納めた年貢米によって初めて神の免許(ゆるし)が得られるのであって、これでこそ真の人間を完成することが出来る

ここまで解釈してきた“神の免許(ゆるし)”、これを得たならば“真の人間を完成”と述べておられることに気付き、ローム太霊講話集に縁のあった方はこの太霊の説明を厳に受け止め、自分の生き方や在り方を鑑みるべきであると思う。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
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