“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“ローム太霊講話集”第二十五話 仙道の実例 一心霊神 Kellyさん的解釈


 さて、第二十五話では、ここまでの“仙道”と“天狗道”の話で太霊が述べられたこと、それを具体的に実際の事象に当てはめて話されていらっしゃる。

  それは、S会=紫光会のローム霊訓講話に出席した人間、あるいはローム太霊講話集を読んだ人間に対し、ここまで話された“仙道”と“天狗道”のこと、そこにおける人間の在り方、そして“真の人間”、これをしっかり考え、自分たちなりに検証し、その上で自分の在り方、生き方の指針とせよ、それを悟らせるため実例を述べるのだ、ということである。

 まず“近藤喜三郎”の霊的成長度を示唆する説明、

実家は材木屋で育ちは悪くなかったが信仰は何もなく、ただ山から沢山の材木を伐り出して売捌き、儲けたいの一心で凝り固まって

この“実家は…中略…育ちは悪くなかったが信仰は何もなく”、そして“儲けたいの一心”、これは第二十一話の、

ある神はある霊を人間界に送り出して、物質欲を満喫させる修行によって新しい霊にすることもある

これに相当するものであり、この“物質欲を満喫させる修行”は、霊的成長度の低い段階の行であると言え、単にそれは自分が金持ちをめざし金持ちになり本能由来(目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈))の欲望を満たしたいがために“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を求めそのために頑張る、それは“上”から観たら(通貨としての)金の奴隷であり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”である。
 そしてこの霊的成長度の人間が“信仰は何もなく”であったなら、その行いには、欺くとか騙すとか嘘をつくとか奪うとか、が台頭しているものでもあるからこそ、恨みを買い、恨みの連鎖の霊的干渉の現象化としての因縁を背負う。

 それだからこそその因縁により

彼は山を買う度に見込みが外れ…中略…損を重ねていった
毎年毎年損を続けているうちに、終(つい)にその山も土地も家も全部人手に渡ってしまったが、まだ住む所がないという程ではなく借金をして頑張っていた

ということになる。

 しかしそこに

彼は欲張りには違いなかったが、一つの大変よい道楽を…中略…自分の周囲には貧乏人が多かったので、その人達を助けてやるのを何よりの楽しみと…以下略…

と述べられており、それは、恨みの連鎖の霊的干渉の結果としての因縁、これについて太霊が説明された第二十四話の“起こるべき大難”“起こる筈の災難”、それは各々の人間の一生のうちに“起こるべき”“起こる筈”であるということを知っておかねばならないし、これが現象化してしまっていることを述べられている。

 しかし“近藤喜三郎”は“その人達を助けてやるのを何よりの楽しみ”としていた。
これは同じく第二十四話の “大難が小難となり小難が無難となる”、
この要因として、

本人としてはそうした殊勝な心ばかりではなく、金を儲けて贅沢をしたいという気持も多分にあったのであるが、やはり今日まで行なってきた困った者を助けてやるということが一心霊神に通じた

のであるし、“大難が小難となり小難が無難となる”とするには、自分が“真の人間”になるべく生き方をしている、それは第二十話

為すべき善行のたとい小さいことでも日々に積み重ねて真の力を貯えてゆく

これをしていなければ“上”はその人間を擁護しないのだということを読み取るべき。

 そして結果として“近藤喜三郎”は“一心霊神”の“物理現象”を体験して
なるほど神様はやっぱりあるんだなと感心
これによって“近藤喜三郎”は“実家は…中略…信仰は何もなく”という状況からステップアップして=多少の霊的成長をして、人間と神の関係を考えるようになるものである。

 前後するが“近藤喜三郎”は“その人達を助けてやるのを何よりの楽しみ”としていた、それが“今日まで行なってきた困った者を助けてやるということが一心霊神に通じた”のであり、それは、後半で述べておられる

陰徳を積んだりする人間

これに相当し、これは第二十四話

人間が陰徳を積んで一歩一歩神の道に近付いてゆくのと同じ

これと併せて鑑みるべきである。

 そして、

仙道の人達は、…中略…こういう物理現象により現界や幽界のものを自由に持って来てその何十倍かの福を授けて下さる

これに当たる資質として

自分がけちけちして溜めたものを善意の目的のために使ったり、人に知られずにこつこつと陰徳を積んだりする人間

当然のことながらこれ自体が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”からの脱却の過程であり、さらに自分の在り方として

人間にしても常に人の嫌(いや)がる汚ないもの汚ないものと平気で取り扱えるようになってこそ立派な者

これはこの事象への奉仕、という要素の文言をさらっと述べておられる

(この事象が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)により想像されているので腐りきっていることは幾度となく述べてきている)

が、大概の人間は“人の嫌(いや)がる汚ないもの”これを“平気で取り扱える”のではなく、自分たちの体裁や利益しか考えていないからこれを避ける。
当然のことながらそれでは“上”が認める“立派な者”ではないのだということを読み取るべきである。

 次回のこのカテゴリーでは、第二十六話 仙道と人間の生活 これの解釈に入ることを告知して、今回はこれくらいにしときまんねん。



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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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