“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 岩の巻 第八帖 Kellyさん的解釈 

 
 今回も、岩の巻 第八帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

此の方のコト、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのざぞ。 神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐるのにまだ眼覚めんのか。 神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国と申してあらうがな。 
神の国であるぞ、我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ。 気付いてゐる臣民もあるなれど、どうにも、手も足も出せんであらうがな。 それが悪神に魅いられてゐるのぢゃぞ。 道はあるに闇、祓ひ潔めて道見て進め。勇ましきやさかの道、光りあるぞ。
二月十六日、一二 
ローレンツ力と ○ 

 この第八帖も、認識の低い人間を対象に述べている文言である。 そして文中に三回登場する“神の国”の解釈が肝要で、“国”は(囗)くにがまえと“玉(ぎょく)”、“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示す、ということを幾度となく述べてきたが、要は平均的地球人の進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)である自我の確立=固定化よりも自省(胸の磁性“十”)が出来ている心(靈)を持っている、ということであり、“神の”は、“国”=自省(胸の磁性“十”)の出来た心(靈)に対しての言い回しであるから、平均的地球人よりも“上”との感応が出来ている、大体平均的地球人は“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応している場合が圧倒的多数、それは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、の高い部分と感応し智性(神性)を発現させている、そういった心(靈)という意味合いである。

 冒頭の文。
“此の方のコト、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのざぞ。 神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐるのにまだ眼覚めんのか。 神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国と申してあらうがな”

 文中のカタカナ表記の“コト”は、
“コ”は停滞して働く意と細分の音義、物の凝り集まりに固まる意
“ト”は、止まると云う心
なので、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めている、止めて息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)している、それは自分の心(靈)の動きと“行”によって肉体の“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化ができている、あるいはできつつあるということ。 いわゆる“行”が進んだ人間を“此の方”と称し、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止める意の“コト”が“腹にひしひしと響き出した”、腹の心(靈)の発現(腹の水=“江戸と尾張”の“江”…自我の確立=固定化の段階、そして腹の位相のサイクロトロン)は自我なので、これは自我を諌める心の動きとと解するし、それは岩の巻で言われてきている例えば第一帖の
“悪の守護となれば、悪よく見える”
これは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の世界ではこういった程度の低い人間の行いが評価されているが、それは“上”から観たら間違いであり、そのことを示しているのが第三帖の
“これからの道は善一筋ざぞ。 インチキ神の前には通らんのざぞ、心せよと知らしてあらうがな”でもある。
 これに続く
“神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐるのにまだ眼覚めんのか。 神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国と申してあらうがな”
この文中の“真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国”、この表記は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)を示している文言であり、たった今の人間がこれに沿っていないからこういう言われ方をされているものである。
 前後するが“神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐる”、このカタカナ表記の“ミタマ”は
“ミ”は生命の幹 その現実
“タ”は、生命が現れ立つ、建く(たけく)高く成長の音義、進化=霊的成長、神格化に向かうこと
“マ”の行は、有形生命、または正しき生命の音意の音根、まこと神のマ(真固止)
なので、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)していくべき生命そのもの、であるが、先にも述べたとおり立った今の人間は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に沿っておらず“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)とばかり感応して目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)ばかりでこの事象の“創造”をしているものであり、お前たちは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を取り違えているのだというのが“スッカリ取換へられてゐる”、何を取り違えているのかは、大概の人間は自分を含めすべての事象の外側(外国と幽界)の事象しか観ていないものであり、それが具体的には物質偏重、経済効果優先、あるいは自分は外面さえよければよい、形骸の名誉や外側を飾る“美”の概念などこれらすべてディスプレイ(動物の発情行動)であるが、自分たちが生きている間は必ず何かを求めるものであり、たった今の人間の大多数は求めることが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に繋がらず求め方が間違っているのであり、進化を果たすべき人間は、自分の内面に問題を求めて、低い心(靈)を諌めるようになるものである。 それが自我の確立=固定化から自省(胸の磁性“十”)して“慈悲”と“慈愛”の心(靈)を発現させていく筋道、それが“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)、ローム太霊の文言を借りれば“法(のり)”でもあるが、その意のことが“取換へられてゐる”という表記の意味合いである。

 次の文。
“神の国であるぞ、我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ。 気付いてゐる臣民もあるなれど、どうにも、手も足も出せんであらうがな。 それが悪神に魅いられてゐるのぢゃぞ。 道はあるに闇、祓ひ潔めて道見て進め。勇ましきやさかの道、光りあるぞ”

 冒頭の言い回しの“神の国であるぞ”は、“我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ”にかかる文言であることは一読すれば理解できるし、先に述べた“神の国”が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”ではない、ということがすぐわかる文言であるし、先に述べたように“表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐる”、これが程度の低い人間のやることであるから“中は極悪”、そういった人間の心(靈)、“中”は…ということ。
 これに続く“気付いてゐる臣民もあるなれど、どうにも、手も足も出せんであらうがな。 それが悪神に魅いられてゐるのぢゃぞ”、今の世界がおかしいことに気付いていてもこの世界はもう腐りきっていて腐った世界は“神の咎め”を受けるのが“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であり、“神の咎め”を受けねば自省(胸の磁性“十”)が出来ない人間が大多数、しかしほんの少しだけ自省(胸の磁性“十”)の出来ている人間もいるので“気付いてゐる臣民もある”のだが、この世界そのものを変えよう、程度の低い人間の認識を変えようとしても、すでに手遅れであるというのが“手も足も出せんであらう”であるし、それは多くの人間が“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)としか感応していない、その感応による息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)でこの事象の“創造”をしているので“悪神に魅いられてゐるのぢゃ”である。
 これに続く“道はあるに闇、祓ひ潔めて道見て進め。 勇ましきやさかの道、光りあるぞ”の“道はあるに闇”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)はあるのだがそれに沿った生き方をしている人間が少ないし先の“悪神に魅いられて”という事象の“創造”をしているからこそ“祓ひ潔めて道見て進め”、これは“役員づら”の神主や坊主が行う祓いではなく、神道の“本津宮”(もとつみや)へ帰れ、という言葉は、自省(胸の磁性“十”)せよ、の意味合いであり、よってこの言い回しそのものがお前たちは自省(胸の磁性“十”)が出来ていない、自分たちのやっていることをよく見渡して自分たちが低いと言うことをしっかり解れ、ということ。 これに続く“勇ましきやさかの道”、文中の“やさか”は、弥栄、彌栄(いやさか)を読み替えた言い方、彌栄(いやさか)の“彌”の旧字は進化の仕組みが示されているので画像で意味を示す。

弓と璽(しるし) 彌の旧字の解字 

 これに続く“光りあるぞ”は“勇ましきやさかの道”にかかる言葉で、それは第七帖の“神の道 光るぞ”と同義、高い振動と高い波長は観測者にとって光り輝き白く見える(青方変移)。

 今回はこれくらいにしときまんねん。



Top

HOME

tuyukusanotuyu




 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
FC2ブログへようこそ!


Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

出版の告知

四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
悪を容認する


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈5〉
智性無き心は
アセンションを見誤る

 この二冊は、同時発売です。
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <4> 智性無き心は 悪を容認する & 太陽凝視を行っている鍼灸師の話 <5> 智性無き心は アセンションを見誤る サムネイル
(クリックで拡大)

2010年 4月20日(火)ごろより、全国書店(紀伊國屋書店・三省堂書店・旭屋書店・ジュンク堂書店・ブックファースト・リブロ・丸善など)にて順次陳列。


発売中の三冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈3〉

神格化のプロセス
目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
(クリックで拡大)


発売中の二冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


サムネイル太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈2〉ローム太霊の教え 日足(ひたり)と砌(みぎり) 
(クリックで拡大) 

お近くの書店にない場合は
たま出版のサイトでお買い求めください。

発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
(クリックで拡大)

お近くの書店に無いときは
たま出版のサイトでお買い求めください。

この本に付いてはこちらを御覧下さい。


       




初めての方は、
・・・その後の事と・・・これからの事。
からお読みください。

それぞれのカテゴリーをクリックすると
古い順に、記事が閲覧できます。

        

☆ Kellyさん的事象の観察と認識 (104)
Kellyさんがこのブログに霊縁あった人(日止、霊止)に伝えたい事 (22)
Kellyさんと○○○大先生との会話 (7)
Kellyさんとチョ~極上ラブラブ中高年夫婦はんとの会話 (6)
Kellyさんとチョ~ベッピンはんのA野はんとの会話 (7)
Kellyさんと∪・ω・∪ ▼・。・▼ ▼・。・▽ U・。・U U。・ェ・。U たちとの会話 (33)
Kellyさんとメタボ研修医のYっちゃん先生との会話 (2)
Kellyさんとややメタボ内科医のYっちゃん先生との会話 (7)
Kellyさんと和風のベッピンはんのSはんとの会話 (2)
Kellyさんと農業好きの社長婦人K地M美はんとの会話 (12)
KellyさんとNominyan ∥*σ_σ*∥&Senyapoo λ*゜ο゜*λ との会話 (6)
☆ Kellyさん的“日月神示”解釈 (464)
Kellyさんが、“日月神示”の解釈をして行くに当たって・・・考えた事。 (15)
“日月神示” 上つ巻 (42)
“日月神示” 下つ巻 (38)
“日月神示” 富士の巻 (26)
“日月神示” 天つ巻 (30)
“日月神示” 地つ巻 (36)
“日月神示” 日月の巻 (68)
“日月神示” 日の出の巻 (23)
“日月神示” 磐戸の巻 (21)
“日月神示” キの巻 (17)
“日月神示” 水の巻 (36)
“日月神示” 松の巻 (30)
“日月神示” 夜明けの巻 (26)
“日月神示” 雨の巻 (18)
“日月神示” 風の巻 (15)
“日月神示” 岩の巻 (11)
“日月神示” 荒の巻 (12)
☆ Kellyさん的“ローム太霊講話集”解釈 (107)
☆ 紫光会経文の文言 Kellyさん的解釈 (18)
☆ ○○○大先生的バシャールの文言解釈 (9)
☆ 先生が撮るけったいな花の写真 (22)
☆ 先生が撮る比較的まともな写真 (32)
☆先生が室内で写真を撮るときのセッティング (6)
その他 お知らせ (3)



fxwill.com


2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”
太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “改”
予約制 鍼(はり) 灸(きゅう) マッサージ治療 児玉療院
写真部の○○○大先生のページ
写真部に投稿した最新の写真
 ↓


powered by 写真部









○○○大先生の水草水槽記録
facebook 児玉登







このブログをリンクに追加する


自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

恨みの連鎖による霊的干渉を増やさない為、
その解消の為にも、(この趣旨に反する類の物もありますが) クリックをお願いします。
クリックした人に、お金の負担はありません。 ↓↓




飢餓救済のホームページ

JWord クリック募金

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード