“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 岩の巻 第十一帖 Kellyさん的解釈 



 今回も、岩の巻 第十一帖を解釈しまんねん。 原文は以下の通り。

誰の苦労で此の世出来てゐると思ふてゐるのぢゃ。 此の世を我がもの顔にして御座るが、守護神よ、世を盗みた世であるくらゐ、わかってゐるであらうがな。 早う元にかへして改心いたされよ、
神国(かみくに)の王は天地の王ざぞ、外国(とつくに)の王は人の王ざぞ。 人の王では長う続かんのぢゃ。 外国にはまだまだ、きびしいことバタバタに出て来るぞ、日本にもどんどん出て来るぞ。
云はねばならんことあるぞ。 出づ道は二つ、一はひらく道、二は極む道、道出で世に満つ、ゑらぎゑらぐ世ぞ。 前に書かしてあること、よく読めばわかるのぢゃ、御身(みみ)に利(き)かして御身でかかしたもの二曰(じし)んの巻といたせよ。 いよいよア
渦巻き 左回転 九(あらく)なって来るのざぞ。 因縁みたま結構となるのざぞ。
旧一月十五日、ひつ九のか三神示。

 冒頭の文。
“誰の苦労で此の世出来てゐると思ふてゐるのぢゃ。 此の世を我がもの顔にして御座るが、守護神よ、世を盗みた世であるくらゐ、わかってゐるであらうがな。 早う元にかへして改心いたされよ”

 文中の“守護神”、これは“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度におけるそれであり、これに関しては第一帖の以下の文が解り易い。
“悪の守護となれば、悪よく見えるのざぞ”
あわせて、風の巻 第十三帖の以下の文も解り易い。
“楽してよい御用しようと思ふてゐるのは悪の守護神に使はれてゐるのざぞ。 人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐるのも悪の守護神ざ。 肉体いくら滅ぼしても、よき世にならんぞ”
これに関しては恨みの連鎖の霊的干渉の現象化についても触れられている(人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐる)し、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)と行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)は、必ずこれを生み出して自分たちの首を絞める結果となっていくものである。
本題に戻り、先に述べたように“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の“守護神”というのはてんで霊的成長度が低い、だが今の事象はこれが当たり前であり、多くの人間が自分にとって都合の良い神の概念を持っているからこそこういう言われ方をされていることに気付かねばならないし、霊的成長度の低い人間とそれに対応する“守護神”がこの事象の“創造”をしているのではない、それは“創造”における道理、どんなに“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の悪がはびこっても“神の咎め”でその道を正す。
だからこそ今、程度の低い人間の馬脚を現すことを“神烈しく(はげしく)”によって示されているが、それを
“誰の苦労で此の世出来てゐると思ふてゐるのぢゃ”、
今の事象にも“上”の介入はあり、
“此の世を我がもの顔にして御座るが、守護神よ、世を盗みた世であるくらゐ、わかってゐるであらうがな”、
程度の低い人間とその“守護神”がたった今の事象を牛耳っているかのように錯覚しているが、それは“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)にそぐわない、よって、
“早う元にかへして改心いたされ”、
と言われているものであるし、この文からその意図するところが読み取れない、この意味が解らないのは、程度の低い心(靈)である。

 次の文。
“神国(かみくに)の王は天地の王ざぞ、外国(とつくに)の王は人の王ざぞ。 人の王では長う続かんのぢゃ。 外国にはまだまだ、きびしいことバタバタに出て来るぞ、日本にもどんどん出て来るぞ”

 幾たびか述べている通り文中の“神国”は右翼傾向の人が勝手に解釈するそれではなく、神は“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)、“国”は、(囗)くにがまえと“玉(ぎょく)”、“玉(ぎょく)”は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動き、これを示しており、これが現地球人の霊的成長度の自我の確立=固定化から“上”への進化、“慈悲”と“慈愛”の心(靈)の発現、そして自省(胸の磁性“十”)の心(靈)、これは“身魂掃除”“身魂洗濯”“改心”でもある。
それで冒頭の文の“神国(かみくに)の王は天地の王ざぞ”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)を果たすべき心(靈)、それを“天地の王”と称され、天地=“上”と“下”一切の法則性、これによって支配されているのだ、またこれが“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)なのだと言う意味合いであり、“外国(とつくに)の王は人の王ざぞ”、これも右翼傾向の人が思う外国ということではなく、外側(外国と幽界)の事象、人の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によって“創造”されているこの事象、この事象の“創造”そのものを担っているのが人間であるの意、ではあるが、たった今の人間の息吹が低いから“人の王では長う続かん”、“上”と感応する“神国(かみくに)”の息吹により今後の事象は“創造”されるものであり、たった今の低い息吹で作られたこの世界は崩壊するの意であるし、これからどんどんひどくなる=“外国にはまだまだ、きびしいことバタバタに出て来るぞ、日本にもどんどん出て来るぞ”、であるし、これはたとえ日本が神国であると勝手な解釈をしようが、霊的成長度の低い息吹で創られた事象にはところ構わず“神の咎め”があるのだ、の意。

次の文。
“云はねばならんことあるぞ。 出づ道は二つ、一はひらく道、二は極む道、道出で世に満つ、ゑらぎゑらぐ世ぞ。 前に書かしてあること、よく読めばわかるのぢゃ、御身(みみ)に利(き)かして御身でかかしたもの二曰(じし)んの巻といたせよ”

 文中の“出づ道”、これは今後=アセンション後に対する言い回し、“一はひらく道”、これは岩戸開き、“石”(帯電するミネラル)と“山”(脳の意味)で、“戸”(横隔膜)を開く、いわゆる自我の確立=固定化から“慈悲”と“慈愛”と自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを発現させて進化(霊的成長、神格化に向かうこと)すること、“二は極む道”は、自分の心(靈)の動きを観る、在り方を観る(“観自在”“直日”自省(胸の磁性“十”)の“行”)、それが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であり、それが出来ていくならば“道出で世に満つ”、進化した心(靈)は今後=アセンション後の事象に“世に満つ”、“次の世”にとって“適つ”であるの意。
 そしてその事象は“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”はいないので恨みの連鎖もなく因縁も消失し、それだけではないが、一切が“ゑらぎゑらぐ世ぞ”、文中の“ゑらぎ”は、歓喜、楽しく笑う、などの意、そういった事象になっていくの意。
 これに続く“前に書かしてあること、よく読めばわかるのぢゃ、御身(みみ)に利(き)かして御身でかかしたもの”、これは自分(“御身(みみ)”)の認識(悟り、幸取=さとり)(“御身(みみ)に利(き)かして御身でかかしたもの”)とせよ、の意。
 これに続く“二曰(じし)んの巻といたせよ”、この“二曰”の“二”は自分自身の肉体、この事象における心(靈)の入れ物としての肉体、“曰”は、口(息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)の意)+乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)の意、要約すればここまでの“日月神示”の内容を自分の認識(悟り、幸取=さとり)としてそれを息吹け、の意である。

 次の文。
“いよいよア
渦巻き 左回転 九(あらく)なって来るのざぞ。 因縁みたま結構となるのざぞ”

 “ア
渦巻き 左回転 九(あらく)”の“ア”は、天より地に降った生命の初声、究極生命の符音、事の初め、アはそれ生之雷(イノチ)に至らす の意。
渦巻き 左回転  ”は、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転。
“九”は ○ 九 十の“九”、神のひな型であり生命(生きる使命=存在理由)の最終段階としての人(日止、霊止)の意。

○ 九 十(まこと)の解字 
これが次の事象の“創造”を担っている、その資質を持っている、その意で“因縁みたま”と称され、今後=アセンションにおいてはその“因縁みたま”が“結構となる”、“上”の思惑に適う、の意。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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