“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

Kellyさんが“日月神示”岩の巻の解釈を終えてから…感じた事。



 岩の巻は一八の○キであり、この“一八”の“一”、“創造”の“主(ヌシ)”の表記の“一”、あるいは“一二三”のオーラの“一”=智性=1番目のオーラ、最近○○○大先生は“総括編” で、“創造”の“主(ヌシ)”の心(靈)と人間の心(靈)はフラクタル(fractal)(自己相似性、相似象、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)であることを述べたが、たった今の人間は目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)中心で“一”=智性=1番目のオーラが小さい段階、そしてそれは“日月神示”表記の“ケダモノ、獣”であり、“創造”の“主(ヌシ)”とフラクタルとは言い難い感があり平たく言えば今の人間は神に近いとは言い得ないし、多くの人間がその低い価値観と幸福感由来の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)と感応し、悪魔の傀儡になっているものであり、こういった状況を観ると、人間が神に近付くことそのものが進化(霊的成長、神格化に向かうこと)であるからこそ、今の人間は霊的成長度が低いと言うことでもあり、低いままでは次の事象に移行しえない、移行する資質がない、ということでもある。

よって“一八”は、“創造”の“主(ヌシ)”の思惑(“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意)、これを“一”=智性=1番目のオーラとして、丿部(へつぶ)(神の思惑の顕現)と乚部(いんぶ)(人の思惑の顕現)=“八”とする、と解釈するのが妥当であり、たった今の地球人の大多数はこれに相当しない、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きしか持ちえない、それを自覚せよと言う意味合いもある。

だからこそ、第一帖では
“悪の守護となれば、悪よく見えるのざぞ”
と“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)によるこの事象の低さとその低い“観察と認識”自体をを指摘されており、
“ 
ローレンツ力 なきもの悪ざぞ”、
この“
ローレンツ力  ”はこの文において“上”と感応する目上(めうえ)の脳のローレンツ力ローレンツ力 を指すものであるのだが、これが無い、大脳新皮質の磁束の弱いものは“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を取り込めないから“悪”と称されているものであった。

第二帖では、今後=アセンション後に移行する資質として、
“よい御用いたす身霊(みたま)ほど苦労さしてあるのぢゃ”
“こんどの苦の花は真理(ふじ)に咲くのみざぞ。 不二に九(こ)の花咲くや媛(ひめ)まつれと申してあるが、九(こ)の花、おのもおのもの心の富士にも咲くのざぞ。 九(こ)の花咲けば、此の世に出来んことないぞ。 まことの 
渦巻き 左回転 かかりぞ”
これは第十一帖の“因縁みたま結構となる”、次の事象に移行する資質を持った心(靈)には、生きている間に“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の采配としての試練を与えているのだ、ということであり、そうしていくならば“上”と感応する=“まことの 
渦巻き 左回転 かかり”と称されている。

 それで“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の認識、というよりも既成概念や一般常識などを改めよという意味合いも含めて、第三帖の
“これまでは道はいくらもあったのぢゃが、これからの道は善一筋ざぞ。 インチキ神の前には通らんのざぞ、心せよと知らしてあらうがな”
いうまでもなく“善”は神格化の方向性と智性の受信、“上”と感応する心(靈)が無ければ善を言葉でしか知らず、その概念で自分を諌めることもないし、風の巻で登場した表記の“善一筋”の行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)などしないのが今の平均的地球人であり、その低さに相対した言い回しとして、
“まことの集まりが神徳ぢゃ、神徳つむと、世界中 見えすくのざぞ。 神だけではこの世の事は成就せんと申してあらうがな。 神がうつりて成就さすと申してあろうがな”
この“まことの集まり”“神徳”、これ自体が“神がうつりて成就さす”(“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)との感応)、これが先の“一八”の意味合いと合致するものである。

 また平均的地球人の霊的成長度のおける認識の低さに対し、第五帖では
“人民 眼の先見えんから疑ふのも無理ないなれど、ミタマ磨けばよく判るのぢゃ”
“身魂磨き”=(生体内電流による)肉体組織の結晶化して“一”=智性=1番目のオーラが発現して“上”と感応するならば、お前たちの価値観や幸福感は変わるのだと言われている。

 そして第六帖の以下の文では、“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)との感応を指摘している。
“向ふの云ふこと、まともに聞いてゐたら、尻の毛まで抜かれてしまふのが、神にはよく判りて気つけてゐたのに、今の有様その通りでないか。 まだまだ抜かれるものあるぞ”
 また第六帖の以下の表記は、目上(めうえ)の脳のローレンツ力における荷電粒子の回転を指し、これが“一”=智性=1番目のオーラの意味合いそのものでもある。
渦巻き 左回転 渦巻き 左回転  メ(目)雨の巻十五帖表記   ”

 第七帖では、やはり霊的成長度の低い人間に対し以下のように言われている。
“苦しいこと出来て来るのが御神徳ぞ。 この方の許へ来て悪くなったと云ふ人民 遠慮いらん、帰りて呉れよ。 そんな軽い信心は信心ではないぞ。 結構な苦しみがわからん臣民一人も要らんのぞ。 しかと褌締めてついて御座れよ。 
此の方 悪神とも見えると申してあらうがな。 わかりてもわからん、出来ん事致さすぞ、神が使ふのざから楽でもあるのざぞ”
この“苦しいこと出来て来るのが御神徳”、これをどうとらえるのか、霊的成長度の高い人間は目前の事象を“上”の采配である試練(“結構な苦しみ”、“神が使ふのざから楽でもある”)ととらえるべきである、ということが理解できていなければ、自我の肥大(“石屋の仕組み”)から“上”に向かうことは出来ない=“帰りて呉れ”“此の方 悪神とも見える”と述べられているものである。 

第十帖でも、低い霊的成長度の人間に対し以下のように述べられている。
“わからんミタマも今迄は機嫌取って引張りて来たなれど、もう機嫌取りは御免ぢゃ。 こんなことに長う掛かりてゐたなら実地が遅れるから、ひときりにいたすぞ”
もうひとつ、低い人間の息吹による事象の“創造”に対し、以下のように述べられている。
“悪はのびるのも早いが、枯れるのも早いぞ。いざとなればポキンぞ。花のまま枯れるのもあるぞ”
 これに相対して、
“一人となりても、神の申す事ならば、ついて来る者が誠の者ざぞ、誠の者少しでも今度の仕組は成就するのざぞ、人は沢山には要らんのざぞ”
この“誠の者”、これは第一帖の“悪の守護”から脱却して今までの不誠実な心(靈)と行動を自省(胸の磁性“十”)してこうなってくれよ、である。

 第十一帖では“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)で“創造”されたこの事象そのものが間違いであるという言い回しをされている。
“誰の苦労で此の世出来てゐると思ふてゐるのぢゃ。 此の世を我がもの顔にして御座るが、守護神よ、世を盗みた世であるくらゐ、わかってゐるであらうがな。 早う元にかへして改心いたされよ”
それで次の文は、岩の巻の後に書かれた荒の巻(ア
渦巻き 左回転 の○木)の意味合いを示すものである。
“いよいよア
渦巻き 左回転  九(あらく)なって来る”
この解釈は、“ア”は、天より地に降った生命の初声、究極生命の符音、事の初め、アはそれ生之雷(イノチ)に至らす の意。
渦巻き 左回転   ”は、“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転。
“九”は ○ 九 十の“九”、神のひな型であり生命(生きる使命=存在理由)の最終段階としての人(日止、霊止)の意、である。

 ここまで岩の巻で述べられている低い人間の認識を改める表記、そして改めるにはどうしたらよいのか、今後=アセンション後の世界は今と変わってくるのだ、という重要な要旨を大ざっぱにピックアップさせてもらったが、この解釈を読んでそれが心(靈)に止まったなら、自分は生き方を改める、在り方を考える、多くの人にそうなってもらいたい、これ自体が岩の巻の要旨と言いうるものである。

 次回のこのカテゴリーでは荒の巻の解釈に入ることとする。 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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