“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話

太陽凝視を一生涯の“行”とし(現在、44年目)、実践し、その上で獲得した認識を述べています。

“日月神示” 荒の巻 第一帖 Kellyさん的解釈 “その二”



 今回も、荒の巻の以下の文(先回の続き)を解釈をおこなうこととする。

“字絶対の世始出づぞ(ジゼッタイのヨハジメイづぞ)。 二一開き(ツキヒヒラき)、結ぶ玉に祝うぞ(ムスぶタマにイワうぞ)。 読む開き(ヨむメヒラき)、字出づ理に成り(ジイづミチにナり)、結ぶ玉に弥栄開く(ムスぶタマにイヤサカヒラく)大和心の道ぞ(ヤマトゴコロのミチぞ)。 道開く理の極みぞ(ミチヒラくリのキワみぞ)。 本能秀(生命)月日の極み成る(ホンノホツキヒのキワみナる)読む言の極み(ヨむコトのキワみ)。 弥栄に真問ひ極む世(イヤサカにマトひキワむヨ)。 那美(名美)那岐(名基)の(ナミナキの)理の玉継ぐ(ミチのタマツぐ)意味開くなり(イミヒラくなり)。 字の絶対継ぐ意味(ジのゼッタイツぐイミ)弥勒弥勒となるぞ(ミロクミロクとなるぞ)。 根っこ理ぞ(ネっこミチぞ)。 誠ざぞ(マコトざぞ)。 弥栄弥栄(イヤサカイヤサカ)。 玉秘出づ理ぞ(タマヒイづミチぞ)。 玉基理ぞ(タマキミチぞ)。 通基秘理(ツキヒミチ)、極み成る識道(キワみナるシキドー)、本能秀(生命)ざぞ(ホンノホざぞ)。 不見の実主ざぞ(ミズのミズざぞ”

冒頭に“字絶対の世”、その後“字出づ理に成り”“字の絶対継ぐ意味”という表記がある。
これはすでに解釈した富士(二二)の巻、この解釈の作業を行った際、資料不足で富士には普字という表記があることを知らなかった。 それでこの普の意味合いは、太陽を示す日、そして並、これは“竝”(ならぶ、結晶化して左右=日足と砌(ひたりとみぎり)に立つ)の旧字、字の意味合いはひろい、あまねし、であり、この字の意味そのものが“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を取り込んで肉体組織の結晶化をしてそれは日足と砌(ひたりとみぎり)の極性を強めていき、普く(あまねく)息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)とせよ、と解するし、字は、言語を表す記号、もじ、の意、それ以外に、実名のほかの呼び名、あざな、あざ、めぐむ(慈に同じ)の意があるので、字の意味合いそのものが先の普にかかり、普の意味を示す何か、それは例えば“日月神示”の文言であったり、あるいは高い振動を獲得して得られる認識(悟り、幸取=さとり)であったり、高い振動を獲得したうえでの心(靈)の動きである慈しむ(“慈悲”と“慈愛”のそれ)であったり、と解することが出来得る。
今回取り上げている文言は、この意の事柄が含まれ、それを詳細に述べている感がある。

冒頭の文。
“字絶対の世始出づぞ(ジゼッタイのヨハジメイづぞ)。 二一開き(ツキヒヒラき)、結ぶ玉に祝うぞ(ムスぶタマにイワうぞ)”

 先に述べた“普字”の意、今後=アセンション後はそれが“字絶対の世(ジゼッタイのヨ)”になる、それは進化(霊的成長、神格化に向かうこと)における“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)であるから、そうなるのが妥当であり、今まではそうでなかったからこそ“世始出づぞ(ヨハジメイづぞ)”と言われ、“二一開き(ツキヒヒラき)”、この“二”は肉体、“一”は智性、1番目のオーラ、目上(めうえ)の脳で発振、発信される息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)、それが“開き(ヒラき)”、そして“結ぶ玉(ムスぶタマ)”、この“玉(ぎょく)”の表記は自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動きを示しており、これ自体が先の“二一”=肉体と“一”、智性、1番目のオーラ、にかかり、高い思惑(智性(神性))で肉体を行使して行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をする、いわゆる“思惑の顕現”=現象化をしていくことを“開き(ヒラき)”“祝うぞ(イワうぞ)”と称されている。

 次の“読む開き(ヨむメヒラき)、字出づ理に成り(ジイづミチにナり)、結ぶ玉に弥栄開く(ムスぶタマにイヤサカヒラく)大和心の道ぞ(ヤマトゴコロのミチぞ)。 道開く理の極みぞ(ミチヒラくリのキワみぞ)”

“読む開き(ヨむメヒラき)”は、先の“普字”の“字”にかかり、これを“読む”、獲得せよの意であり、ひらがなと漢字表記にない()内のカタカナの“メ”は、“その一”で解釈した“瞳ぞ(ヒトミぞ)”、高い認識ゆえの視点、天の御目(あめのおめ)と解し、その視点で“字”を自らの認識(悟り、幸取=さとり)とすること、いわゆる霊的成長度の高まりによる認識(悟り、幸取=さとり)の高まり、これを“開き(ヒラき)”、そして“字出づ理に成り(ジイづミチにナり)”、“普”と“字”で、“理(ミチ)”、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の法則性、あるいは生命が存続し進化の道(時間の進行)を歩んでいく道理、これら一切を含めローム太霊がローム太霊講話集で述べた“法(のり)”であるが、これを理解して認識とする、あるいは理解しようとする、その心(靈)はやはり“玉(タマ)”、自省(胸の磁性“十”)の心(靈)と肉体組織の結晶化の意味合い、であり、これが“上”と“下”である人間を“結ぶ(ムスぶ)”のであり、“弥栄開く(イヤサカヒラく)”、この“弥栄(イヤサカ)”については画像で意味を示す。
彌栄弥栄(いやさか) 弥の旧字 

弓と璽(しるし) 彌の旧字の解字 
 これに続く“大和心の道ぞ(ヤマトゴコロのミチぞ)”は、“大和心(ヤマトゴコロ)”が日本人本来の心という意味合いが一般的だが、“日”、太陽、の“本”、“本津宮”(もとつみや)のそれ、自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の意、そして“日止、霊止”と解するのが妥当であり、胸の磁性“十”を持った心(靈)が“ひつく”“日津久”=太陽凝視を“行”として行うことをして進化(霊的成長、神格化に向かうこと)する、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めて進化する生命(生きる使命=存在理由)、その“道ぞ(ミチぞ)”であるし、“道開く理の極みぞ(ミチヒラくリのキワみぞ)”は進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)、その“極み(キワみ)”であるの意。

 次の文。
“本能秀(生命)月日の極み成る(ホンノホツキヒのキワみナる)読む言の極み(ヨむコトのキワみ)。 弥栄に真問ひ極む世(イヤサカにマトひキワむヨ)”

 これは肉体(月(ツキ))を持った心(靈)(ヒ)の説明、そしてその存在理由、存在の意図、を示した文言。 “本能秀(生命)(ホンノホ)”、この漢字表記の“本能”は、もっとも下等な微生物にも発現し人間も持っている一番下の心のことではなく、本来の生命(生きる使命=存在理由)の能(はたらき、なしとげる力と資質)、それが“秀”、よって“本能秀”はこれ事態が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の意味合いであり、生命は肉体(月(ツキ))を持った心(靈)(ヒ)、“月日(ツキヒ)”、これが“極み成る(キワみナる)”、それは“読む言の極み(ヨむコトのキワみ)”、先に取り上げた“普字”、これを認識(悟り、幸取=さとり)とすることの“極み(キワみ)”、これ自体が“弥栄に真問ひ極む世(イヤサカにマトひキワむヨ)”、“弥栄(イヤサカ)”進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の過程そのものに“真(マ)”を“問ひ(トひ)”、それ自体が進化した生命が“創造”する“極む世(キワむヨ)”、現津(あきつ)、観察され得る事象となるの意。

 次の文。
“那美(名美)那岐(名基)の(ナミナキの)理の玉継ぐ(ミチのタマツぐ)意味開くなり(イミヒラくなり)。 字の絶対継ぐ意味(ジのゼッタイツぐイミ)弥勒弥勒となるぞ(ミロクミロクとなるぞ)。 根っこ理ぞ(ネっこミチぞ)。 誠ざぞ(マコトざぞ)。 弥栄弥栄(イヤサカイヤサカ)。 玉秘出づ理ぞ(タマヒイづミチぞ)。 玉基理ぞ(タマキミチぞ)。 通基秘理(ツキヒミチ)、極み成る識道(キワみナるシキドー)、本能秀(生命)ざぞ(ホンノホざぞ)。 不見の実主ざぞ(ミズのミズざぞ”

 冒頭の“那美(名美)那岐(名基)の(ナミナキの)”、これは“那美(名美)(ナミ)”=砌(みぎり)の極性、現津(あきつ)、観察され得る事象、であり、“那岐(名基)(ナキ)”=日足(ひたり)の極性、思惑、そして“名”の表記は認識するための名称の意であり、認識の中において分類して分析してさらに認識(悟り、幸取=さとり)を構築する、その“基”と、それにつき従う伊邪那美(いざなみ)の“美”、羊はつき従うの意、大きいは人間が手足を広げた様、の意、その“理の玉継ぐ(ミチのタマツぐ)意味開くなり(イミヒラくなり)”は、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)、これに対する認識(悟り、幸取=さとり)、それを“玉(タマ)”、これは自省(胸の磁性“十”)の心(靈)の動き、これにおいて人間代々“継ぐ(ツぐ)”、そして生命、生きる使命、存在理由、“創造”の“主(ヌシ)”と被造物、神と人間の関係、これを“意味開くなり(イミヒラくなり)”。 これに続く“字の絶対継ぐ意味(ジのゼッタイツぐイミ)”は、先に解釈した“普字”、これを“絶対”とする、あるいは“絶対”となる、それを人間代々“継ぐ(ツぐ)”、これ自体が“弥勒弥勒となるぞ(ミロクミロクとなるぞ)”、“弥栄(イヤサカ)”の“弥”、これを“勒”(馬などに使う革紐、勝手に動かないように引き締める、制御する(抑勒)、 程よく調整する、おさめる、まとめる、統率する)とする。 またそれは“根っこ理ぞ(ネっこミチぞ)”、生命の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の根本の法則性であり、“誠ざぞ(マコトざぞ)”今までの不誠実な心(靈)が“創造”した事象でもないしそこにはもう不誠実という概念自体が無くなり、“弥栄弥栄(イヤサカイヤサカ)”は先に解釈した意味合いを強調した言い回しであり、“玉秘出づ理ぞ(タマヒイづミチぞ)。 玉基理ぞ(タマキミチぞ)”、“玉(タマ)”、胸の磁性“十”を持った心(靈)(ヒ)が認識してこの事象に顕現する“理(ミチ)”(法則性)、これが顕現すること事態を“秘出づ(ヒイづ)”、もう秘密ではない、であり、それは今後=アセンション後の事象の“創造”において“基理ぞ(キミチぞ)”、“基”の“理(ミチ)”法則性である。
これに続く“通基秘理(ツキヒミチ)、極み成る識道(キワみナるシキドー)、本能秀(生命)ざぞ(ホンノホざぞ)”、冒頭の“通基(ツキ)”の表記は
日の出の巻 第三帖 “次の世とは通基(月)の世の事ざぞ、一二(ひつき)の通基(二)の世ぞ、 ローレンツ力と ○ ツキ?(日月の巻 第二十五帖 表記)文章用  の月の世ぞ、取違ひせん様に致して呉れよ” 
これの解釈を参照されたいし、これ自体が“秘理(ヒミチ)”、いまだ隠されている法則性と言え、それ自体が“極み成る識道(キワみナるシキドー)”、霊的成長して高まっていく(“極み成る”(キワみナる))、その認識(悟り、幸取=さとり)そのものを“識道(シキドー)”と称され、それ自体が先にも登場した“本能秀(生命)ざぞ(ホンノホざぞ)”であり、またその生命の本来あるべき姿、進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の“道”(時間の進行)“理(ミチ)”(法則性)は、“不見(ミズ)”、見て解るのではなく生命(生きる使命=存在理由)に備わっている、それが又“本能秀(生命)ざぞ(ホンノホざぞ)”であり、その意で“実主ざぞ(ミズざぞ)”、生命の内実にある“主(ヌシ)”、“主(ヌシ)”はローレンツ力 
ローレンツ力 と“一二三”のオーラと|(たてぼう、こん、縦の磁性))、それは“王”、この“主(ヌシ)”の表記自体が進化(霊的成長、神格化に向かうこと)の仕組みそのものを指すものである。

 今回はこれくらいにしときまんねん。




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 Kelly & ○○○大先生

Author: Kelly & ○○○大先生
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Kellyさんと○○○大先生は、
このブログを書いている○○○の、
心(靈)の二面性であり、
同一人物で有る事を、
お断りしておきます。

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四冊目&五冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈4〉
智性無き心は
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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 この二冊は、同時発売です。
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
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目上(めうえ)と目下(めした)


神格化のプロセス 目上と目下 縮小版 ブログ用
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太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈2〉

ローム太霊の教え
日足(ひたり)と砌(みぎり)


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発売中の一冊目は


太陽凝視を行っている鍼灸師の話
〈1〉

ローム太霊との出会い


太陽凝視を行っている鍼灸師の話〈1〉ローム太霊との出会い
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2005年10月1日~2008年1月15日まで、
“Kellyさんとの会話”で、説明して来た事・・・
その内容・・・それは・・・その何年も前から、
何か自分の考えをある程度公表しなければならない・・・
そう言う通信を受け・・・その理由は・・・地球人が低い心(靈)の発現しかしていない・・・
それを自覚していない人が多い。
その事由来の太陽凝視に対する認識、
(太陽凝視=不食・・・としか、認識させない存在の思惑を、受信している事)
霊的成長に対する認識、
神に対する認識、
心=靈に対する認識、
オーラに対する認識、
そして、
高い認識の上での進化の意味と幸福の概念と神の概念・・・
進化=霊的成長=神格化=(相対的に)高い認識を獲得する事・・・
霊的成長=神に近づく事=真の幸福の意味。
霊的成長度は1番目のオーラに顕れる。
よって、宇宙的プログラムにより次の段階に移行する人(日止、霊止)は、 何を考えるべきなのか・・・
そして、人(日止、霊止)の進化を阻む存在の思惑、
その心=靈の動き、それらの意図・・・それが一般に認知されていない事。
それらを伝えなければ成らない・・・そして一応・・・完結はしたのですが・・・
解り難い・・・理解しがたい・・・具体例を示して欲しい・・・そう言う感想も頂き、
そして自分なりにも説明が足らなかった事・・・
更に、
“Kellyさんとの会話”が完結してからも通信を受けている事・・・そう云う事もあり・・・
よって、このブログを立ち上げる事としました。
従って、
“Kellyさんとの会話”が、
自分の意見を述べる上での、ローム太霊の言葉、
“右往左往”(“いきり立つ心(奴と心)”で行動してから考える)・・・と、 するならば、 このブログはアタシ自身の、
“左往右往”(“思う、憂う”・・・体験を教訓として考え行動する)の、
作業になって行くと思います。


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自分達の欲望を満たしたい… 
自分だけ幸福になりたい…
こういった進化程度の低い心(靈)の発現由来の思いが、
低い幸福の概念になり(目下(めした)の思い)
その結果が、飢餓貧困、戦争の原因になったりしています。
(子供の浮游霊の霊的干渉の影響を受け、 それがどんどん増して行く事等が、
“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の“魔”=マーラ(魔羅)
の思惑だと 思えます)

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